少年兵と流れ星

阿納あざみ

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第一章

第10話 母

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 二階層の最奥でテラの妹、ルナにようやく巡り合えたが、母は北部支援者保護区域の住民代表となっていた。

「住民代表って何?」

 三階へ移動しながら、メテオラはもっともな質問をした。
 スバルは周りの警戒をしている。
 ルナは言いにくそうに視線を落とすと、保護区域の現状について話し始めた。

「北部支援者保護区域は、軍管轄の建物。だから、住民からも代表を出して仕事や炊事とかの振り分けをしようって提案されたの。最初はそれでもよかった。戦争が始まってすぐは、まだ余裕があったから」

 でも、とルナは大きく息をつく。
 現実から目をそらすように短い呼吸を繰り返し、やがて口を開く。

「戦争が長引くと、うまく回らなくなりだした。みんなピリピリして、仕事の量も増えて。……ねえテラ。手紙、書いてくれた?」
「書いた。書いていたよ。毎日。どうして?」

 それを聞くとルナはまた泣き出しそうな顔をして、つっかえそうになりながら言葉を紡いだ。

「手紙、こなくなっちゃった……」
 
 ルナはまたぽろぽろと涙を流す。
 あの気丈だったルナが、一回りも二回りも小さく見えた。

「それから、母さんおかしくなっちゃって。軍の言うこと、ばっかり聞くようになって。せ、洗脳、されたみたいに、なっちゃって。 変だよって、言ったら。引き離されちゃった。母さんともう、しばらく会えてないの」

 メテオラはしゃくりあげるルナの背中をさする。
 そしてルナはテラに縋りつくように座り込んでしまった。

「……テラ……母さんを、助けて」

 喉の奥から絞り出すようなルナの涙声に、メテオラとスバルに目配せしてから、テラは答える。

「分かった。俺たちで助ける」

 メテオラもスバルも頷いた。
 おそらく通信機の向こうにいるヘリオスとミーティ・アイもそうだろう。
 テラはもう宇宙海賊ミーティアの面々を信頼していた。
 いちばんしたいことをするなら。

「家族みんなを助けたい。こんなところ、壊したい」

 テラはそう宣言した。
 己に向かって。
 夜闇にそびえ立つ施設に向かって。
 それを聞いてふたりとも嬉しそうに笑った。

「まかせて、テラ君。わたしたちはキミの決断を大いに支援しよう」
「仕方ないなぁ。ボクがいないと何にもできないんだから!」

 ふたりは笑顔で先へ進む。
 ルナはぽかんとして、涙も止まっていた。
 それを見てテラは手を差し伸べながら、自覚無く微笑みかける。

「大丈夫、安心して。俺たちでこんなところ、ぶち壊してしまおう」
 
 △▼△▼△▼△▼△

 北部支援者保護区域内、生活棟。
 そこにはもう秩序はなかった。
 壁の標語は引きはがされ、ベッドは乱雑に扱われていた。
 そして、多くの人、人、人――。
 みな一様に疲れた顔、くたびれた服であったが、それでも瞳に希望の光を宿していた。
 
 部屋の鍵は開け放たれ、もうすぐ看守たちがやってくるに違いない。
 その中心で、ルナは椅子の上に立っていた。
 そしてマイクを片手に彼らを扇動していた。

「サルドニクスに反乱するのは本意ではない! そこを間違えるな。狂ってしまった北部支援者保護区域に新たな秩序を! 正しい理念を!」

 それを見ながらスバルは少し遠い目をしながらテラに話しかけた。

「なんか、上手くない? 扇動するの」
「クラス委員とかリーダー役とか、上手かったから……」

 ルナはいまも二階層の住民に演説を続けている。
 メテオラもそれを見て満足そうに頷いている。
 彼らが他の惑星で似たようなことをしていたのなら、宇宙海賊呼ばわりされることも仕方がないな、とテラは己が引き起こした事実を棚に上げてぼんやりと思った。

「それでは、三階層の同士を迎えに行く! サルドニクスに栄光あれ!」

 群衆もまた、サルドニクスに栄光あれ、と続いた。
 轟くような声だった。
 熱狂は伝播し、三階層の人々も一気に解放された。
 異変を察知した看守たちを殴り倒し、テラとメテオラ、スバル、ルナは一気に四階層へ駆けあがった。

 
 四階層には軍の意見に賛同する者が多く住んでいるらしい。
 確かに二段ベッドが三つ並んではいたが、一つのベッドにふたりを押し込めるようなことをせず、一人用のベッドを一人が使う、普通の様子だった。
 それでも六人部屋だから、休むには少々慣れが必要だと思った。

 「ここに母さんがいるんだ」

 ルナははっきり断言した。
 ひとつひとつ部屋を見て回る。
 突如発生した狂乱に、まだ適応できていないのか、おびえた目でこちらを見ている。
 一つの部屋で、メテオラは足を止めた。

「ねぇ……あのひと、お母さん?」

 少し警戒心の滲んだ声に違和感を抱きつつ、指し示した方を見やれば、テラはその有様に思わず目を覆いたくなった。

 部屋中に戦争を駆りたてるような標語が、二段ベッドにまでべたべたと、いくつも重なり合って張られている。

「……なにごとなの、貴方たちは?」

 そう、部屋の奥でメテオラに話しかけているのは、間違いなく母だった。
 下層住民と同じシンプルな作業着ながらも、母の服は清潔感があるような気がした。

「テラ……? あなた、テラ? どうして? 戦場は?」

 違和感を抱きつつも、スバルに頼んで部屋の扉を開けて貰う。
 母は強くテラの肩を掴んだ。下層のような弱々しさはなく、目にも力強い光が宿っている。

「か、母さん、助けに来たんだ」
「助け? 誰に助けがいるの? この下のうるささは何? テラが起こしたの?」

 嫌な予感がぬぐえない。母は叱るときのように顔を覗き込んでいる。
 テラは何故、こんな風に言われているのか、徐々に理解してきていた。
 足にちからが入らない。
 もう、己の母は。

「テラ、まさか、戦場から逃げ出して来たんじゃないでしょうね」

 母は、もう疲れきって、洗脳されていたのだ。
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