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第一章
第9話 妹
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二階層、生活棟。
壁には戦争意欲を高めるような標語ばかり。
そして二段ベッドを三つ並べて、そのうえひとつのベッドに、押し込めろとばかりにふたりで寝かされている。
そんな状況でまともに寝られるとは思えない。
実際部屋からはうめき声が漏れ聞こえている。
扉には鍵がかけられ自由に行動することはできない。
部屋はうちっぱなしのコンクリートで仕切られ、埃っぽく乾燥した空気がよどんでいる。
息をするだけで憂鬱になりそうだ、とテラは思った。
スバルは格子戸の部屋を見て回りながら、悲しそうにぼそりと呟く。
「ひどいな。まるで牢獄みたいだ」
「……そうだな。こんなところにみんなを置いておけない。早く母さんと妹……ルナを見つけないと」
雰囲気が重くなる。
壁にはほかの部屋でも見たような、戦争を助長するような標語がいくつも張ってあるうえ、あまり眠れそうもない環境だ。
ギリギリ男女でわかれているものの、家族は引き離されているかもしれない。
考えるだけでどんどん悪い方に流れていく。
メテオラはその思考を切りかえるようにパッと顔を明るくして話かけた。
「ルナちゃんさ、いま十五歳くらいだっけ! 会うの楽しみだな」
「……ああ。メテオラとよく似ている。明るくて元気なところとか」
「へぇ、どんな子なの?」
メテオラの期待するような声に、テラは言葉を選びながら、ぽつりぽつりと妹の話をし始めた。
「妹、ルナは、明るい女の子、で。小さい頃から気が強くて。家にいたあの頃は、喧嘩が多くて。それを母さんに、止められたりした。……いま思うとあの時が、いちばん楽しかったかも、しれない。……今は、元気だろうか。手紙は、毎日出したんだが……」
テラ自身は気づいていなかったが、懐かしむような笑みを浮かべていた。
それをメテオラもスバルも指摘することなく、少し急ぎ足になりながら母と妹を探し回った。
しかし、彼女らを二階の何処にも見つけ出せなかった。
△▼△▼△▼△▼△
写真は作戦前に共有していたため問題ないと思われていた。
しかし部屋にいる人々は疲れはて、戦争が始まって二年前後とは思えないほど老け込んでいた。
まだ起きているものもいたが、彼らは一様に光の失った目で茫洋と虚空を眺めているだけだった。
テラとメテオラ、スバルは定時連絡のために一旦集合した。
各々持っている通信機からミーティ・アイとヘリオスの連絡が入る。
『アイから定時連絡の時間をお知らせするよ! 作戦修正より一定時間経過。どうする? このまま二階の探索をする?』
「このまま居座るのも得策じゃないよ。日の出まであと四時間だ。この調子で探していたら大騒動になるね」
確かに時計は一時を指していた。そもそもここの労働環境の詳細もわからない。
日の出とともに働きだすような環境下なら、制限時間は前述した四時間もないかもしれない。
しかも迷彩機器を切っていないため、一部屋ずつざっとでも見て回らなければならない。
「テラはどうしたい?」
メテオラはテラにたずねた。
テラは己に質問が来るとは思っていなかったため、咄嗟に言葉にできなかった。
ぐるぐると思考が回る。どうする。
二階層にはいないかもしれない。このように一部屋ずつまわるのも時間ばかりかかって徒労かもしれない。
こうやって悩んでいる時間も惜しい。
いますぐ次の階層へ行って探し回ったほうがいいかもしれない。
だとしても。
「あと少しで最後まで行く。だから、探したい」
テラは決めた。
この階層をきちんと最後まで丁寧に探しぬくことを。
ただ、みんなに反対されたり否定されたりすることだけが少し恐ろしかった。
それでも彼女たちなら大丈夫だと、心の声に従った。
メテオラは一瞬驚いたように固まり、徐々ににんまり嬉しそうに笑ってはっきり断言した。
「よーし頑張って探そう! 隅の隅まで探そう!」
スバルも仕方ないなと笑いながら探しに行った。
通信機からも反対する声はなかった。
テラは、いつのまにか詰まっていた息をおおきくついた。
こんなに緊張したのは、初陣以来だろうか。
「……こんなところで、足踏みしている場合じゃないな」
テラは再度、へそのあたりに力を籠める。
そして改めて声に出す。
「ルナ、どこだ」
いくつも部屋を覗き込む。
囚人のようなうめき声をあげるひとたちを一人ずつ眺めていく。
やがて、二階層の一番奥までたどり着く。
記憶よりずいぶん痩せた灰色の髪の少女がいた。
「ルナ……?」
二段ベッドの一番奥、埃をかぶった灰色の髪がゆらりと振り返った。
ぼろぼろの作業着、穴の開いたブーツの少女がいた。
「うぅ……テラ……?」
力ない暗い瞳がテラを見た。みるみるうちに目に光が戻っていく。
「テラ……!?」
下の段のベッドからはね起き、扉に倒れかかるようにテラの下へ駆けつけた。
顔は蒼白で幽霊を見るような目で話しかけている。
「うそ、テラ、なんでここに、戦場はどうしたの? まさか死んじゃったの?」
「ルナ、待ってろ。今開けるから」
スバルとメテオラに連絡を取り鍵を開けてもらう。
当然、保護区域の管理側からは開いていないように見せかけるのを忘れない。
「テラ! どうしてここにいるの。看守はどうしてこないの。このひとたちは誰?」
「落ち着いて、ルナ。大丈夫」
テラはすっかり瘦せて細くなってしまったルナを抱きしめながら落ち着かせる。
そして、今までのことを説明する。
戦場から、妹と母親を助けるために出てきたことを。
ルナは安心するとぼろぼろと涙を流し始めた。
いくらぬぐっても零れおちるそれを、テラは優しくなでる。
テラは涙を流せなかったが、鼻の奥が痛くなるのを感じた。
「……ああ、テラ、そんな、ごめんね、ごめんねテラ」
「大丈夫だ。大丈夫」
スバルも鼻をすすっている。
メテオラにそれをからかわれるとぷいと横を向いた。
メテオラはくしゃくしゃの顔をしているふたりを移動させながら事情を聞く。
「無事でよかった。それで、テラ君のお母さんが何階層にいるか分かる?」
その言葉にルナは表情を暗くした。
言いたくなさそうに視線を落とし、長い沈黙の後にくちを開いた。
「…………会わない方が、いいよ」
「もう大丈夫だよ、ルナ。俺が来たから」
テラは安心させるように話しかける。
いまなら何でもできる気がしていたし、実際そのつもりでいた。
ルナはテラに説得されて、おずおずと母の居場所を伝える。
「母さんは……いま四階にいる。この……北部支援者保護区域の、住民代表」
壁には戦争意欲を高めるような標語ばかり。
そして二段ベッドを三つ並べて、そのうえひとつのベッドに、押し込めろとばかりにふたりで寝かされている。
そんな状況でまともに寝られるとは思えない。
実際部屋からはうめき声が漏れ聞こえている。
扉には鍵がかけられ自由に行動することはできない。
部屋はうちっぱなしのコンクリートで仕切られ、埃っぽく乾燥した空気がよどんでいる。
息をするだけで憂鬱になりそうだ、とテラは思った。
スバルは格子戸の部屋を見て回りながら、悲しそうにぼそりと呟く。
「ひどいな。まるで牢獄みたいだ」
「……そうだな。こんなところにみんなを置いておけない。早く母さんと妹……ルナを見つけないと」
雰囲気が重くなる。
壁にはほかの部屋でも見たような、戦争を助長するような標語がいくつも張ってあるうえ、あまり眠れそうもない環境だ。
ギリギリ男女でわかれているものの、家族は引き離されているかもしれない。
考えるだけでどんどん悪い方に流れていく。
メテオラはその思考を切りかえるようにパッと顔を明るくして話かけた。
「ルナちゃんさ、いま十五歳くらいだっけ! 会うの楽しみだな」
「……ああ。メテオラとよく似ている。明るくて元気なところとか」
「へぇ、どんな子なの?」
メテオラの期待するような声に、テラは言葉を選びながら、ぽつりぽつりと妹の話をし始めた。
「妹、ルナは、明るい女の子、で。小さい頃から気が強くて。家にいたあの頃は、喧嘩が多くて。それを母さんに、止められたりした。……いま思うとあの時が、いちばん楽しかったかも、しれない。……今は、元気だろうか。手紙は、毎日出したんだが……」
テラ自身は気づいていなかったが、懐かしむような笑みを浮かべていた。
それをメテオラもスバルも指摘することなく、少し急ぎ足になりながら母と妹を探し回った。
しかし、彼女らを二階の何処にも見つけ出せなかった。
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写真は作戦前に共有していたため問題ないと思われていた。
しかし部屋にいる人々は疲れはて、戦争が始まって二年前後とは思えないほど老け込んでいた。
まだ起きているものもいたが、彼らは一様に光の失った目で茫洋と虚空を眺めているだけだった。
テラとメテオラ、スバルは定時連絡のために一旦集合した。
各々持っている通信機からミーティ・アイとヘリオスの連絡が入る。
『アイから定時連絡の時間をお知らせするよ! 作戦修正より一定時間経過。どうする? このまま二階の探索をする?』
「このまま居座るのも得策じゃないよ。日の出まであと四時間だ。この調子で探していたら大騒動になるね」
確かに時計は一時を指していた。そもそもここの労働環境の詳細もわからない。
日の出とともに働きだすような環境下なら、制限時間は前述した四時間もないかもしれない。
しかも迷彩機器を切っていないため、一部屋ずつざっとでも見て回らなければならない。
「テラはどうしたい?」
メテオラはテラにたずねた。
テラは己に質問が来るとは思っていなかったため、咄嗟に言葉にできなかった。
ぐるぐると思考が回る。どうする。
二階層にはいないかもしれない。このように一部屋ずつまわるのも時間ばかりかかって徒労かもしれない。
こうやって悩んでいる時間も惜しい。
いますぐ次の階層へ行って探し回ったほうがいいかもしれない。
だとしても。
「あと少しで最後まで行く。だから、探したい」
テラは決めた。
この階層をきちんと最後まで丁寧に探しぬくことを。
ただ、みんなに反対されたり否定されたりすることだけが少し恐ろしかった。
それでも彼女たちなら大丈夫だと、心の声に従った。
メテオラは一瞬驚いたように固まり、徐々ににんまり嬉しそうに笑ってはっきり断言した。
「よーし頑張って探そう! 隅の隅まで探そう!」
スバルも仕方ないなと笑いながら探しに行った。
通信機からも反対する声はなかった。
テラは、いつのまにか詰まっていた息をおおきくついた。
こんなに緊張したのは、初陣以来だろうか。
「……こんなところで、足踏みしている場合じゃないな」
テラは再度、へそのあたりに力を籠める。
そして改めて声に出す。
「ルナ、どこだ」
いくつも部屋を覗き込む。
囚人のようなうめき声をあげるひとたちを一人ずつ眺めていく。
やがて、二階層の一番奥までたどり着く。
記憶よりずいぶん痩せた灰色の髪の少女がいた。
「ルナ……?」
二段ベッドの一番奥、埃をかぶった灰色の髪がゆらりと振り返った。
ぼろぼろの作業着、穴の開いたブーツの少女がいた。
「うぅ……テラ……?」
力ない暗い瞳がテラを見た。みるみるうちに目に光が戻っていく。
「テラ……!?」
下の段のベッドからはね起き、扉に倒れかかるようにテラの下へ駆けつけた。
顔は蒼白で幽霊を見るような目で話しかけている。
「うそ、テラ、なんでここに、戦場はどうしたの? まさか死んじゃったの?」
「ルナ、待ってろ。今開けるから」
スバルとメテオラに連絡を取り鍵を開けてもらう。
当然、保護区域の管理側からは開いていないように見せかけるのを忘れない。
「テラ! どうしてここにいるの。看守はどうしてこないの。このひとたちは誰?」
「落ち着いて、ルナ。大丈夫」
テラはすっかり瘦せて細くなってしまったルナを抱きしめながら落ち着かせる。
そして、今までのことを説明する。
戦場から、妹と母親を助けるために出てきたことを。
ルナは安心するとぼろぼろと涙を流し始めた。
いくらぬぐっても零れおちるそれを、テラは優しくなでる。
テラは涙を流せなかったが、鼻の奥が痛くなるのを感じた。
「……ああ、テラ、そんな、ごめんね、ごめんねテラ」
「大丈夫だ。大丈夫」
スバルも鼻をすすっている。
メテオラにそれをからかわれるとぷいと横を向いた。
メテオラはくしゃくしゃの顔をしているふたりを移動させながら事情を聞く。
「無事でよかった。それで、テラ君のお母さんが何階層にいるか分かる?」
その言葉にルナは表情を暗くした。
言いたくなさそうに視線を落とし、長い沈黙の後にくちを開いた。
「…………会わない方が、いいよ」
「もう大丈夫だよ、ルナ。俺が来たから」
テラは安心させるように話しかける。
いまなら何でもできる気がしていたし、実際そのつもりでいた。
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