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序章
我が愛しきクローディア
しおりを挟む毎朝クローディアと散歩をするのが俺の日課だ。
爽やかな朝の陽光に包まれながら、日々の喧騒や自分の身分も忘れ、愛しいクローディアとただただゆっくりとした時間を過ごすことが、毎日の楽しみだ。
いつもは屋敷の庭しか歩かないが、今日は時間があったため近くの森の中へまで足を延ばしていた。
「ここも穏やかで過ごしやすいな……頻繁に来れるところでもないが、たまになら空気を吸いにくるのも悪くない…君もそう思うか?クローディア」
「…………」
「クローディア?」
「…………」
「どうした、具合でも…………」
隣にいたはずのクローディアが、いない。
ならば、と後ろを見るとそこには__________
「ク、クロォォォォォォーーディアァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!」
口から血を吐き出し、ぐったりと横たわっているクローディアの姿が!
「そんなっ! クローディア……! 一体どうしてこんなことにィッッッ!! クローディア!! 大丈夫かクローディアァァァァァッッッ!!!!!!」
倒れているクローディアに近づき呼びかけると、クローディアはわずかに顔を顰めた。 見たところ外傷はないが、どうやらそうとう具合が悪いらしく、「クゥ……」とか細い声を出すとそのまま蹲ってしまった。
「早く何とかしないと!!」
クローディアを抱き抱え、全速力で来た道を引き返す。
一分一秒も無駄にはできない。朝の冷たい空気に喉を痛めつけられようが、木々の枝に身を切られようが御構い無しに走り抜ける。
走る、
走る、
走る__________________。
「くそッ!まだ着かないのか!」
すぐに屋敷に辿り着かない焦りが、足元への注意を疎かにさせた。
「しまったッ!」
むき出しになった木の根に足を引っ掛け、地に飛び込むかのように盛大にすっ転んだ。
クローディアだけは傷つけてなるものかという俺の強い意志で、何とか彼女への被害は及ばずに済んだ。が、お陰で100%の衝撃を俺が受け止めることになる。
「ぐあぁッッッ!!!」
大きな石に背を打ち、頬を裂かれる。痛みで起き上がれないまま視線だけをクローディアに向けると、なんと純白だったはずの彼女の体毛が薄い紫色へと変色しているではないか!
こんな病気があるのだろうか……
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。一刻も早く医者に診せねば……呼吸も先程よりも早くなっている気がするし……!
急いで身体を起こすが、足も挫いていたらしく上手く走ることが出来ない。それでも、少しずつでも前に進む。
「すまないクローディアッッ……!!だれか!!だれかいないのかァァァッ!!!誰かーーーーーーーーーーーーーーーーーァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
「呼んだ?」
「ハッ!!」
まさか本当に人がいるとは思わなかった。全身を白いローブで覆い隠したその女は、突如として木の陰から姿を現した。
「さっきから森の中で暴れ回っている奴がいて警戒してたんだけど、そいつがあまりにも盛大にズッコケるからちょっと心配になって出てきちゃった。私は怪しい者じゃないわよ」
「誰かは知らんが、今は藁にもすがりたい状況なんだ!!医者を呼んできてくれないか?!俺のクローディアが大変なんだ!!!」
「この私を藁扱いとは……まあ良いわ。そのクローディア?って子、普通の医者でもどうしようもないわよ」
「何!?どういうことだ!」
「その子は呪いによって奇病に侵されているみたいね。放っておけばもって1週間といったところかしら」
「呪い……?」
聞き慣れない言葉に頭が混乱する。こんなに愛らしいクローディアが恨みを買う訳がない。ならば________
「俺、か?俺のせいでクローディアは……!」
他より優れた家の生まれであることは理解している。支配するかされるかで言えば、支配する側の人間であるということも。優れた家に生まれ、優れた教育を受けてきた俺はその優れた容姿も相まってどこへ行っても目立つ存在だ。こちらが何をしなくとも、それだけで恨み嫉みを買うこともあるだろう。
「あと1週間だなんて……クソォッッッ!一体どうすればァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!」
「ま、まあ落ち着け青年。可哀想だから私が少し力を貸してあげよう」
ローブの女がクローディアの額に手を当てるとクローディアの身体がほのかに光った。すると、徐々に呼吸が落ち着き始め、薄っすらと目を開けた。
「クローディア!!」
「私には病の進行を遅らせることしか出来ないわ、何ヶ月持つかわからないけどね」
「ひとまず感謝する……が、お前は一体何者だ?その知識や技量、そして取り乱していたとは言え近くに人がいたのに俺が気づかないとは……ただ者じゃないな」
疑いの目を向ける俺に、女はフードを下げ顔を見せた。
深緑の緩いウェーブがかかった髪から、切れ長の目が覗いている。血に染まったような真っ赤な唇が弧を描くと、女は軽くお辞儀をした。
「あら、申し遅れましたわ。私はただの通りすがりの大魔術師、ツェーナオンと申します。最近よく色んなとこに顔出してるから噂になってると思うんだけど、聞いたことないかしら」
「名前だけなら」
「私、人助けが趣味でね、各地で困っている人々を助けているうちに、ちょこーーっと有名になったみたいなのよ。……まあそれはどうでもいいとして、ここで出会ったのも何かの縁だから、私もこの子の病気を治す手助けをしてあげるわよ」
「本当か!?でもさっき進行を遅らせることしかできないって……」
「今はね。だから早く解決策を見つけなくちゃいけない」
ツェーナオンは懐から銀色の細い鎖を取り出して俺に渡した。鎖の一方の先端には翡翠色の宝石が取り付けられている。
これはなんだ、とツェーナオンを見ると「石がついてる方を垂らしてみて」と言われたので、その通りにしてみた。
「!?」
垂らした石は小さく円を描くようにグルグルと動き出した。徐々に円が大きくなると、やがて地面と並行になるようにある一方を指し示し、ピタリと動きを止めた。
ツェーナオンは石の指す方向を見ると、顎に手を当て考えるような仕草をした。
「その石はね、貴方が行くべき場所を示す道具なの。この方角だとツォーイナココくらいしか目立った場所はないはずだけど……あの国に病気を治す薬が……?」
「ツォーイナココに行けばいいのなら都合がいいな、丁度今日向かう予定だったんだ」
「あら、どんな予定?」
「俺は魔王討伐に参加することになっているから、2日後の勇者召喚の儀にも立ち会わなければならないんだ。そのために…」
「そうか!勇者か!!!!!」
急に大声を出したツェーナオンから庇うようにクローディアを抱きしめる。身体に障るから大きな音を出さないで欲しい。
「うるさい、勇者がなんだ」
「勇者の生き血は万病に効くという噂があるのよ。勇者なんて何百年も存在を確認されていなかったから、噂というより伝説に近いんだけど。でも、このタイミングで石がツォーイナココを指したということは、もしかしたら……!」
「その噂は本当なのかもしれないな。まあなんでもいいさ、今は少しの可能性にもかけたい。俺は予定より早くツォーイナココに向かって現地で情報収集でもするとしよう」
「じゃあ私は私で色々と方法を探してみるよ。てか、君魔王討伐に行くって、その間その子はどうするの」
「そうだな……」
クローディアは腕の中で静かにこちらの様子を伺っている。先ほどまでと比べるとだいぶ良くなってはいるが……
「正直、この状態のクローディアから離れたくはない。だが当初の予定通り、俺が旅から帰ってくるまでは屋敷の者に世話をさせる」
「それがいいわね。私もたまに様子を見るから安心して。じゃあ善は急げってことで私はもう行くわ、貴方も頑張って」
「ああ。お前もな」
そうして、屋敷の者にクローディアを預けた後すぐに出発した。
予定よりだいぶ早くツォーイナココに着いた俺は、コネと権力を使って情報を掻き集めたが…………有益な情報は手に入らないまま、召喚日を迎えてしまった。
(この国にはクローディアを治す手がかりになりそうなものは何もなかった。となると、やはり勇者の血が必要なのか……? それとも勇者が何か情報を持っているのか……いずれにせよ、まずは本人に会わないとな)
__________ツォーイナココ王国召喚の間。
王国召喚士が呪文を唱え終えると、辺りは静寂に包まれた。
息を呑んで魔法陣をじっと見つめていると、突然、旋風が巻き起こった。
そしてほんの一瞬、思わず目を瞑ってしまう程の光が辺りを包むと、魔法陣の中心に1人の人間が現れた_______________
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