お命頂戴!勇者様!

餅米シリアス

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序章

とある魔物の話

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 悲鳴と怒号が飛び交っていた。

 翼が焼け焦げてしまったため、ボクには地を駆けることしか逃走の手立てがなかった。恐怖で上手く動かない脚に、時折己の拳を叩き込みながら、走る 。
 敵の攻撃により崩れてしまった家の瓦礫、その隙間に身を隠し、縮こまった。

「ハァッ、ハァッ……!」

 乱れた呼吸を整えながら、すぐにこの集落を離れるべきか、それとも、敵が撤退するまでここに身を隠すべきか考えていたときだ。

「だ、誰か!!誰かたすけてっ_____!!」

 ほんの数メートル先から女性の声が聞こえた。恐らく同族の誰かだろうが、暫くすると断末魔と共に、肉の焼ける匂いが漂ってきた。

(誰も、助けてくれなかったみたいだね)

 それもそうだ。
 こんな弱い魔物しかいない集落、誰もが自分の身を守るのに精一杯……いや、それすら出来ない奴らばっかりで。
 だからボクだって一人で逃げたんだ。家族を置いて、助けを求める友達を見捨てて……

「そこかっ!!!」

「!!」

 身を隠している瓦礫ごと、凄まじい勢いで吹っ飛ばされる。地面にぶつかり弾む身体に、石やら木屑やらが食い込んで皮膚を裂く。
 ____________熱い。全身が熱くて、痛い。
 仰向けに倒れた身体。瞳には黄昏時の橙色の空が写り込んだ。

「……ッう、アァ……!」

 嫌な予感がした。
 
 右の太腿を伝う温かい液体の感触が、徐々に痛みを伴ったものになる。鋭くなってくる痛みと明らかな違和感。何かが、何か鋭いものが、肉と骨の隙間に入り込んでいる異物感が、時間と共に鮮明になってくる。
 恐る恐る、頭を上げて下半身を確認した。

「ヒッ………!」

 真っ赤に濡れた棒が右太腿を貫いていた。正確には、途中からスパッと切られ、先端が鋭利になった庭の柵に突き刺されていた。

「ぃ、イ"あ"、嫌だッ! 痛い、足が……ッ!」

 抜こうにも痛みで上手く動けない。
 両目からボロボロこぼれ落ちる涙で視界がぼやけ、少しでも脚を動かすと走る激痛に悶えていたボクは、近づいてきたニンゲンに気づかなかった。

「おぉ、まだこんなちっこいのも生きていたか」

(!!)

「おい見ろよ! まだ死に損ないがいるぞ! この辺りはお前が殺るっていってなかったか?」

「……っあー? そいつはお前んとこから逃げてきた奴じゃねーの? 俺んとこはちゃんと皆殺しにしたはずだぞ」

「俺だってちゃんと全員殺ったんだがなぁ……まあいいや、じゃあ俺が殺るぞ」

(あ…………あぁあ………)
 
 そのニンゲンは遠くにいる別のニンゲンと会話をしながら、片手間でボクのことを殺すつもりだった。
 でも、振り下ろした剣の先がボクの心臓を突き刺すより先に、その男は遠くへ吹っ飛ばされ、壁に激突し息絶えた。
 そしてそれを見ていたもう1人のニンゲンは、剣を抜く間も無く氷の柱で腹に穴を開けられ、血を吐いて、死んだ。




(助かっ…た…………?)










 ボクの隣に、あの御方がいた。









 思い返せば、最初から最後まであの御方はボクのことを見てはくれなかった。
 ただ降り立ったその場所に目障りなニンゲンの兵士がいたから軽く払っただけで、ボクのことを助けるつもりなんて微塵も無かっただろう。
 だって、だってあの御方は、無礼にも声をかけてしまったボクに対して、去り際にこう言ったんだ。






「下賤で脆弱な人間に殺されかける者の命など、救うに値しない。己の無力さを嘆きながら貴様はここで死ね」
























ガシャンッ

「ハッ_____________!」

 ガラスの割れる音で、現実に意識を戻された。思い出に浸るのに夢中になりすぎて、持っていたガラスのコップを床に落としてしまったらしい。慌てて破片を片付け始める。

 昔のことを思い出すのは辛い、けど、ボクはあの日の出来事を忘れたことは1日だって無い。大事なものを沢山奪われた最悪の日で、あの御方に出会うことのできた最高の日。


「…………必ず、必ずボクが殺るんだ。あの御方_______魔王様のために」


 明日、とうとう勇者が召喚される。

 数日前にこの国に辿り着いたボクは、人間のふりをしてツォーイナココ王国主催の武闘会に参加し、優勝を勝ち取った。
 優勝した者に与えられるのは賞金と、勇者と共に魔王討伐の旅に出るという___________栄光。

 ボクは勇者一行に加わって旅をする。奴が油断した隙に殺すために。
 もう少しで全てが魔王様のモノになる、というときに出された人類最後の切り札。どんな奴が召喚されるかは知らないが、魔王様を倒そうとするくらいだからきっとそれなりに強いんだろう。

(簡単には殺せないだろうな。吐き気がするほど嫌だけど……勇者と仲良くなって、信頼を得た後に後ろから刺そう。それか毒殺……?)

 どんな手を使ってでも、魔王様のお手を煩わせる前にボクが奴を殺す。
 それが、あの日ボクを救ってくれた魔王様への恩返しになれば……ボクのことなんか覚えていなくても、少しでも役に立てれば______

(召喚の儀は明日の朝か……今日は興奮で眠れそうにないな)

 武闘会優勝者に用意された、城の豪華な一室。
 その窓から見える星空を、ボクは静かに眺めていた。
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