Epitaph 〜碑文〜

たまつくり

文字の大きさ
17 / 30

17

しおりを挟む
レオノーラがスパイの疑いがある、というのはカイルも聞いていたし、いざという時の人質だというのも理解していた。

しかし、そんな酷い扱いだったと?

初耳だった。

貼り付いてしまったかのように動かしづらくなった喉を動かし、なんとか声を出す。

「…王太子妃に無礼を働いて怪我をしたというのは?」

カイルは自身の想像が外れて欲しいと願った、しかしそれは悪い方向に当たってしまう。

「そういう話になっていたようですわね、まったく違います。私は王太子妃に階段から突き落とされたんです。満足な手当てもされないまま放置されて、障害が残ったんです」

「そんな…」

「アルキス伯爵が信じていた世界が崩れましたか?あの女・・・との思い出は美しいもので彩られているのでしょうね?カージリアン公爵邸の美しい庭園で将来を約束された他愛のない会話を楽しむ婚約者同士。こんな感じかしら?」

嘘をついていたミリアーヌ、レオノーラを突き落とした王太子妃、共通しているのは被害者はレオノーラだということ。

しかし、だ。果たしてそれらは信じていいのだろうか。片方の話しか聞けない今となってはどうやって真実を知ればいいのか。

「私の言葉だけでは信用できないようでしたら、コーウェル侯爵にお聞きください。きっと真実を話していただけますわ」

「父に…?」

「全てご存知のはずですわ」

カイルを見るレオノーラは、かつて将来の王太子妃として毅然と前を向いていたレオノーラの雰囲気そのままだった。

「そう、全て・・・ね…」

含みを持たすような物言いにカイルは疑問を抱く。

「私がどのような扱いを受けていたのか、私が誰とも連絡が取れなくなっていたこと、そして誰がスパイだったのか、もご存知のはずですわ」

「スパイ?」

「ええ、戦争は情報が命ですもの。どこかの誰かがスパイだとしてもおかしくはないでしょう?あ、私ではありませんわ」

ニッコリと微笑むレオノーラの姿がかつてのレオノーラと重なる。

「なぜ、優勢だった戦況が突然劣勢になったのか、疑問を抱きませんか?」

ザダ王国、ウエズ王国、トルトメスタン王国から成る連合軍は一時期ヤルシュ王国の首都のすぐ近くまで進行していたのだ、そこまでは知らされていた。

しかし劣勢に陥ると途端に情報が規制された、そのことを知ったのは後になってからなのだが。

なぜ劣勢に?

軍事力だけの問題ではないと?

情報がどこからか漏れていたとしてもそれはお互い様だろう。あちらの情報だっておそらく漏れていたのだろうから。

「少し考えれば分かるはずですわ、戦況を覆すほどの情報がヤルシュ王国あちらに渡っていた。それが出来るのは誰なのか?」

カイルにはそれが誰なのか想像もできない。

「今は混乱しているでしょうから考えられないでしょう、どうぞザダ王国に到着するまで考えてください」

そこまで言うとレオノーラはカイルにきちんと封蝋された手紙を手渡した。かなり分厚いそれはこれまでの話の内容と相まって重く感じさせた。

それを受け取ってカイルはよろよろと立ち上がる、もう何も言えなかった。

「ねえ、アルキス伯爵」

扉に手をかけたところで不意にレオノーラが声をかけた。

「あなたは異母妹ミリアーヌの顔を覚えていますか?」

「…?」

「声を覚えていますか?」

「そんなのっ、覚えているに…」

決まっている、というあとに続く言葉がカイルは出てこない。

「覚えていないでしょう?もうずいぶんと昔のことですもの。あなたは悲劇に終わった恋愛を美しいものとして取っておきたいだけ。あの時はよかった、と少しでも現実から逃げたいだけ」

もうレオノーラの方を向くことさえ出来なかった。

「戦後復興に必死にならなければ生きていけない現実を少しでも癒そうと過去を美しいものにしていただけ」

カイルの背後から手を伸ばし、レオノーラは扉を開ける。

「どうぞ、列車のお時間があるでしょう?」

外からの新しい空気がカイルの頬を撫でた。

「さようなら、アルキス伯爵」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...