Epitaph 〜碑文〜

たまつくり

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最近めっきり体力の衰えを感じているコーウェル侯爵は、手元の書類からようやく顔を上げた。

書類は爵位に関するもので、長男のケビンに爵位を譲る準備の最終段階に入ったのだ。

「…ようやく、だな」

敗戦から休むことなく戦後復興に携わってきた、そろそろ後進に譲っていい頃合いになった。

ケビンは単純なところがあるが、補佐のナキスがそれを補ってくれるだろう。

ナキスは非情だ、それこそつい先程まで笑顔で語り合っていた友人にも刃を向けられるほど。

だからスパイになれたのだ、確認をしたことはないがそれは確信している。

戦争は負ける、確かな情報と事実を積み上げて現実を見据えたナキスがどう動いたのか、具体的には分からない。

しかし思ったよりも早く終わった戦争、そして復興への素早い対応、何もかもが既定路線だったとしか思えない。

「助けられたのだな…」

ナキスにだけではない、ある意味レオノーラにもだ。

あんな目にあったのにどうしてそこまで出来るのか?

一度だけ彼女に尋ねたことがあった。

『私はザダ王国の王族です、国を残すために出来ることをしているだけですわ』

王族だから、それだけの理由であそこまで出来るものか!

敵国の王子を次の国王として招き、わずかな期間で破壊された道路を再建、岩塩をブランド化し、とどめはシガーという特産物を考案した。

これらは現国王の主導で行われたが、その影に彼女がいたのは間違いない。

敗戦から立ち直るのに精一杯だった人々は彼女の存在など思い出しもしなかっただろう。

『忘れられた最後の王族』

当時を知る数少ない者は彼女のことを密かにこう呼んでいた。

なろうと思えば自らが王位につくことも出来たのに、それをせず、あくまで影に徹したのは彼女の復讐だろう。

何に対する?

と聞かれたらザダ王国全てだ。

レオノーラ・カージリアンという存在を忘れ、偽りの勝利に酔いしれていた貴族、疑いもしなかった平民。

ザダ王国最後の王族が王位につくことなく、自分達が敵とした国の王族がそこにつく、そして旧体制では思いもしなかった政策を掲げ、周辺諸国からも一目置かれる国となった。

どんな気分だ?

と突きつけられた。

ザダ王国を他国、しかも敵国の王族が発展させていく、これほどの復讐があるだろうか。

愚か者は彼女を忘れているだろう、自分達の国の最後の王族だというのに!

結婚もせず子も成していない、このまま彼女が亡くなれば、ザダ王国の王族はこの世にいなくなる。

彼女はザダ王国を残すことで復讐を果たしたのと当時に、ある意味ザダ王国を滅亡させた。

このまま誰にも気づかれることなく遠い地から最後の王族としてザダ王国の行く末を見ていくのだろう。

その覚悟は手紙の最後の文に表れている。

『私は墓に名を刻むことはしません、ザダ王国最後の王族として碑文のみを刻むことにします』

レオノーラ・カージリアンでもサイナリィ・マグドロスでもない、碑文のみ。

彼女は今後、サイナリィ・マグドロスとして生きていくとしても、最後は王族レオノーラ・カージリアンに戻るということだろう。

つまり、もう二度とザダ王国の本来の王族はこの世に存在しない。それに気づいた者は絶望する。

「彼女にしか出来ない復讐だな」

どのような碑文にするのか、それを確認することが出来ないことが心残りだ。
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