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舞台練習は順調に進んでいた

より良い物にしたくて役者同士言い合いになる事もあるが、いつも叶さんが間に入り話し合いが行われ、どんどん良い作品に仕上がってきている

そして12月18日

初出演作品『涙の花束を』の映画の完成披露試写会が行われる

初めての演技を人前に披露する今日、僕の緊張は最高潮だった

舞台練習から急いでここに来た為時間ギリギリで、ほかの出演者の皆さんや監督に挨拶出来ず準備をする

今回の試写会では映画上映の前に舞台挨拶があって、その後映画上映、最後にまた挨拶がある

映画上映の時間は僕達も一緒に観る

撮影は物語に沿って撮るわけではなかったので、どんな風に仕上がっているか楽しみだ

「彼方、そろそろ舞台袖で待機」

頼さんに促され、緊張から縺れそうになる足を叱咤し頼さんの後に続く

舞台袖には既にキャストの皆さんが揃っていた

「彼方君久しぶり~!」

「おぉ!彼方!生放送見たぞ~!オーディション凄かったなぁ!」

挨拶してくれる先輩方に挨拶を返し、出ていく順番に並ぶ

司会の人が注意事項などを話し出すと、会場は水が打ったように静かになった


『ではご登場頂きましょう。この度監督を務められました赤松監督です!』

会場から大きな拍手が起り監督が手を振りながら舞台へ出ていった

『こんばんは。赤松です。今日はよろしくお願いします。』

『よろしくお願いします!さっそくお話伺って宜しいでしょうか?』

『はい、どうぞ』

『今回、テレビとは全く違う試みが行われたとお聞きしたんですが、一体どう言ったものだったんでしょうか?』

『ああ…実は台本が未完成というものでして。』

『未完成ですか?』

『ええ。全部台本を読めば、矛盾点が出てきてしまうんですよ。それをシーン数を変えずに、役者がセリフと演技で完成にまでもっていくという無謀な試みでした。』

『えぇ~!ではキャストの皆さん、大変だったんじゃないですか?』

『そうなんです。初めの顔合わせで既にスタッフとキャスト皆で意見を出し合ったりして、気がついたら日付を跨ぎかけてましたね。』

『スタッフさんも交えてですか。それは色々と意見が飛び交いそうですね。』

『はい。おかげで初日からチームワークが生まれ、撮影も上手く行きました。』

『ではそんなチームワークの良いメンバーの紹介をお願いできますか?』

『分かりました。まずは暗殺者【華月】を演じました主演叶響。』

叶さんが呼ばれ舞台へ出ていく

監督の隣に立ち深々と頭を下げる

『ご紹介に預かりました、叶響です。』

会場からは悲鳴のような声援が飛んでいる

『続きまして、暗殺者と行動を共にする青年【咲夜】を演じました相田彼方』

僕が呼ばれ、緊張から頭がパンク寸前のまま舞台へ出る

ヤバい、右手と右足一緒に出てたりしない?大丈夫かな…

何話すんだっけ?と頭が真っ白になっていく

何とか叶さんの隣に立ちペコッと頭を下げる

挨拶の為、マイクを叶さんから受け取ろうと視線を向けると、叶さんはニヤニヤ笑っている

「そんなに緊張する?もうすぐ舞台も始まるのに。予行練習だと思って気楽に。困ったことがあれば絶対助けるから。」

叶さんにそう耳元で囁かれた

会場からは黄色い声が飛び交っている

叶さんに背中をポンポンと叩かれ、体の力がフッと抜けた

『初めまして。相田彼方と申します。』

まだ完全に緊張が解けた訳では無いが、笑顔で挨拶することが出来た

監督もホッとした表情をしていた

『では続いてーーーーー』

続々と出演者が紹介され舞台に出てくる


上演後のトークには出ない人も居るので、その人達メインでトークが展開され、僕は振られた事に答える程度で前半トークを終了した


上映は一番前の特別席でソファー席のようになっていた
なのでスクリーンを見上げる形になり首が痛くなったが、叶さんが持たれさせてくれたので、自宅でいつも映画を見ている時の格好になりリラックスして見ることが出来た


会場が明るくなると、こちらを見た司会者と監督がギョッとした顔をする

叶さんが僕の腰から腕を外し体を起こしてくれる

『で…では監督、叶さん、相田さん、佐藤さん、渡辺さん舞台へお願いします。』


再び舞台へ上がると大きな拍手が湧き上がる


『えー、まずこの場にいる方を代表して一言言わせてください!最高です!!』

司会者が興奮したように叫ぶ

『あはははっ、ありがとうございます』

『映画ならではの壮大なアクションシーンやジェットスキーは、実際に叶さんと相田さんがされてるとお聞きしたんですが、スタントマンは使われなかったんですか?』

『はい。響には事前にジェットスキーの免許をとって貰いました。
彼方は元々空手経験者だったようで、アクションシーンは本人がやった方が見栄えが良かったので、事務所に交渉して本人達に演じてもらいました』

そう、最後の1月で撮影したのは殆どがアクションシーンだった

叶さんはジェットスキーを操り、敵役のアクションスタントマンさんと洋画顔負けのアクションを披露した

新人刑事役の佐藤さんやベテラン刑事役の渡辺さん2人を相手にアクロバットなアクションをしたけど、叶さんに2人がついていけず引きの撮影はスタントマンを起用した

僕も、殺陣を教えてもらい自身で演じた


『そうだったんですねー!最も苦労したシーン等あれば教えて貰えますか?』

『そうですね…私は上り坂をダッシュした事ですね。』

渡辺さんは苦笑いで答える

『あ、【華月】が【咲夜】をバイクで連れ去るシーンの所ですね!』

『はい、片手で響君が彼方君を引っ張りあげて後ろに乗せるんですけど、減速すると思ってたらそのままのスピードでやってのけちゃうんですよ。
つい反応が遅れて3回もNGにしちゃって。』

『あれ凄かったですよね。雨が降りそうって言うんで練習殆どしなかったのに、1発で決めちゃって。
渡辺さんの後ろから走る俺も反応が遅れちゃいました』

佐藤さんも苦笑いをこぼす


『いや、あれは彼方のバランス感覚的に下手に減速すると上手く乗れないだろうと判断したんですよ。』

『そうですね…あのスピードで引っ張って貰ったから飛び乗りやすかったですね』

僕達の会話に司会者は『凄い身体能力ですね』なんて持ち上げてくれる

色々な裏話をして、あと少しで終わりの時間に近づいた時、司会者さんから僕的には触れて欲しくない話題が振られてしまった


『では最後になるんですがラストのシーン、あれは衝撃的だったんですが【華月】の気持ちが痛いほど伝わって来ました。あれも話し合われたんですか?』

『いや、あれば響に全て任せました。』

最後のシーン

警察に捕まった【咲夜】は、警察署から送検される為地下駐車場へ連れて行かれる

そこに現れた【華月】は【咲夜】を取り返そうとする

【華月】の射殺許可が降りていた警察は【華月】に拳銃を向けるが、【華月】の方が行動は早く両手に銃を構え、銃を持つ制服警官の腕や手を撃ち抜き制圧していく


銃を携帯していない刑事達は慌てて、制服警官の銃を取ろうとするがホルスターと繋がっているため、地面に膝を着いた警官から上手く取れずもたつく

それを見ていた【咲夜】が手錠の縄を持った刑事に回し蹴りし、縄から手が離れた瞬間【華月】の元へ走り出す

焦った新人刑事は狙いも定めないまま拳銃の引き金を引く

弾は【咲夜】の背後から腹部に命中し、体勢が前のめりになった【咲夜】は自分が撃たれた事に気づくが、撃たれた腹部を手で押え【華月】の元へ向かう

先輩刑事から拳銃を奪われた新人刑事は腰を抜かし地面に尻もちをついて動けなくなる

【華月】は1歩1歩血を流しながらも自分へ向かってくるが倒れそうになる【咲夜】を、焦ったように駆け寄りその体を抱き留めた

【咲夜】は荒い息をしながらも、しっかりと【華月】を見て、震える手で【華月】の頬を撫でた

その手に手を重ねる【華月】は今にも泣きそうな顔をしていた

その姿に周りの刑事は驚き、動く事も出来ない

【咲夜】は【華月】へと幸せそうな顔で笑ったが次の瞬間手の力も抜け、ゆっくりと目を閉じた


【華月】は震える手で【咲夜】の手を握る

その目からは涙が流れていた

握った手をゆっくりと下ろし、【咲夜】の頬を撫で、そっと【咲夜】の唇に自身のそれを重ね合わせた




【華月】は【咲夜】を抱き抱え、刑事達に背を向け歩き出す

刑事達は動く事も出来ずその場に佇んでいた


ここでエンディングが流れる


『あのシーンは1発撮りで、セリフも全てアドリブなんですよ』

佐藤さんの言葉に会場がザワつく

『台本には、セリフが一切書かれてなかったね。個々の行動しか書かれてなかったからすごく難しかった。』

渡辺さんも懐かしそうに話す

『でも、1発で撮れたのって叶さんと彼方君のおかげですよね。』

『言えてる!この2人の演技に凄く引っ張られたもの。逆にセリフがあったら、あんなシーンは取れなかったんじゃないかなぁ?ねぇ、監督?』

『そうだな。あのシーンは、やり直しするつもりが無かったから、カメラを10台回して画角を調整してって大変だったけど、本当に良い画を撮らせてもらったよ』

監督は満足そうに笑う


『叶さんと相田さんは、あのシーンを演じて居る時どんな気持ちでしたか?』

司会の人に話を振られる

『あの時は【華月】に入り込んでいたので、警官を全て殺してでも【咲夜】を取り戻そうとしか頭にありませんでしたね。
ところが【咲夜】が撃たれて、血を流しながらも【華月】の元へ戻ろうとしている。
【華月】は頭が真っ白になるんですが、【咲夜】が倒れかけてやっと体が動いたんです。
抱き留めたら【咲夜】が幸せそうに笑って……』

当時の事を思い出したのか叶さんの表情が曇り言葉に詰まる

そんな叶さんを見て監督が笑う

『まだ【華月】の気持ち引きずってんなぁ。』

『ですね。【咲夜】の体から力が抜けた時、【華月】は絶望したんですよ?そのままエンディングを迎えちゃったんで引きずっちゃいますよ』

『珍しく撮影後も【華月】が抜けなくて、彼方をずっと離さなかったもんなぁ。近寄ろうもんなら泣いてる癖に凄い形相で威嚇されて。
でも彼方も【咲夜】が抜けなかったよな?』

監督がニヤニヤしている

『えっ……と……、【咲夜】はとにかく【華月】に逢えただけで本当に嬉しくて、撃たれたけど【華月】の腕の中に戻れた事が凄く幸せだったんです。
薄れ行く意識の中で、【華月】が泣いてるような気がして…けど意識が保てなくて……目が覚めた時、【華月】に抱きしめられててホッとしたし、ずっと泣いてる【華月】が心配で……』

撮影後2人とも役から抜け出せず、抱きしめ合ったままタクシーに乗り、監督から事情を聞いた志乃さんがホテルを予約してくれて、僕達はそのホテルへ直行した

ホテルの部屋に着くと、血糊の着いたままの服を脱がされ怪我が無いか確認され、一緒にお風呂に入ってご飯を食べて、抱きしめ合って眠った

次の日、寝たことでリセットされたのか【咲夜】の気持ちを引きずる事は無くなったし、叶さんも【華月】の人格は消え、いつも通りになっていた

『……俳優さんって凄いですね』

まさかのエピソードにちょっと引いているような司会者に、監督は『いや、こんだけ役にのめり込むのはこの2人以外見たことない。』と真面目な顔で答えていた





完成披露試写会が終わり、翌日は朝のニュースに取り上げられていた

呟きにも、会場に来ていたであろう人がどんな話をしていたかつぶやいていて、またもや『ひび かな』がトレンド入りしたそうだ

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