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本物お貴族様
しおりを挟むそのご令嬢がきたのはまだ朝も早い時間で、父様はまだ寝ぐせのついた髪をぼりぼりかきながら
「で、その……ほんとに来ると思うか? あの令嬢さん」
「来ると思うよ。効果が高い化粧水なら絶対また欲しくなるはずだし」
「そっかぁ……それにしても、化粧水……いや、ポーションを化粧水って言い張って売るなんてなぁ。やっぱりリナ、商売人なんじゃ――」
「商売じゃありません。あくまで宣伝です。宣伝は大事なんですよ」
「いや、お前……昨日の言い方、完全に街の薬屋の女主人だったぞ……」
「ほめ言葉として受け取っておきます」
なんて会話をしていたときだった――。
「アルステッド様はいらっしゃいますか?」
宿の玄関の方から、凛とした女性の声が響いた。
旅籠のざわめきが、一瞬だけすっと静まる。
「……来た?」
「来たな!」
カイル兄様が意味もなく腕をぶんと振り、父様は慌てて服の襟を正した。
私も深呼吸して、玄関へと出る。
昨日の侍女が開けた馬車の扉から現れたのは、これぞお貴族様といった洗練された姿のご令嬢だった。
白磁のように滑らかな肌。上品な薄紅色の唇。
「本当にありがとうございます。アルステッド様。」
ご令嬢は深々と頭を下げる。
父様は挙動不審になった。
「い、いやいや! うちなんて田舎の騎士爵でして! 昨日のは、えっと、その、娘が勝手に!」
「お父様、勝手ではありませんから」
私がすっと前に出ると、ご令嬢は柔らかく微笑んだ。
「私はエルミナ・ラモーナと申します。ラモーナ侯爵家の娘です」
「ラ、ラモーナ……侯爵……!」
「それ、めっちゃすごい家のはず……父様、前言ってた!」
カイル兄様が小声で叫び、
父様はさらにあたふたしたが、エルミナ様は首を横に振る。
「家柄など、今日は関係ありませんわ。私はただ、助けてもらったことに礼を言いにきただけです」
そう言うと、彼女の侍女達が机の上に色とりどりの箱を置いた。
高級そうな王都菓子の箱。侍女に私達が田舎の子供だと聞いて用意してくれたのだろう。
そして――その声の調子が少しだけ低くなる。
「そのかわり……少し“噂話”を置いていきますね。お礼とお考えください」
「噂……?」
「はい。アルステッド家は、確かカール侯爵閣下の派閥に属しておられますよね?」
父様が少し眉を寄せた。
「まあ……昔からお世話になっておりまして……」
エルミナ様は視線を落とし、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「私の兄は貴族議会で書記官をしていますの。兄の話によれば――カール侯爵閣下や御嫡男については良い話を聞かないと」
「それは……?」
「詳しいことは分かりません。ただカール侯爵については偽善者、御嫡男については人格破綻者、むしろ御病気なのではとまで噂が」
エルミナ様はまっすぐに私を見た。
「誰かの“お人好し”が、利用されませんように」
その言い方は、優しく、しかし鋭かった。
エルミナのが馬車に戻り去ったあと――。
私たちはしばらく口を開けないまま立ち尽くした。
「……父様、ほんとうに、何も?」
「いや、まぁ……お母さんと出会った時にな。ちょっと、気に入られてたみたいな……そんな話は……あった、かもしれん……」
「父様、それめっちゃ重要な話だよ」
「でもだなぁ、貴族なんて誰だって噂の一つや二つはあるもんだろ? な、カイル」
「父様、楽観的すぎるだろ、まぁ
でもそんなもんかもね」
脳筋父子にかかればこんなもんだろう。みんながいつもの調子に戻ったので、私は軽く息をはいた。
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