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本編
キョンシー将棋セット【猫鍋】
「『八方桂』をやろう」
「はっぽーけい?」
「棋聖・天野宗歩の弟子『市川太郎松』が考案した駒落ち将棋だ」
映画で有名な坂田三吉の棋譜も残っており、意外に歴史は深い。
「手合いは4枚落ち。つまり飛車・角と両サイドの香車を落とす。その代わり桂馬は八方桂、いわゆるチェスのナイトと同じ動きになる」
「オー、ナイトゲーム!」
ナイトの意味が違う。
ちなみに本来のナイトゲームとは、野球などの野外スポーツで夜に試合を行うことだ。
「ただ下手の桂馬は普通の桂馬で……。上手の桂馬を奪っても普通の桂馬としか使えない。ただし上手は奪った桂馬を八方桂で使える」
「でも八方桂ってナイトでしょ。チェスでもそんなに強くなくない?」
「八方桂が弱いんじゃなくて、他の駒が強すぎるんだよ。そもそも世界中のチェス類を見ても桂馬に相当する駒は八方桂で、将棋も昔は八方桂だったはずなんだ。たぶん持ち駒制度が生まれた影響だろう。八方桂を好きな場所に打てるとバランスが崩壊するから、桂馬は二か所にしか跳ねられなくなったんだ」
「ナルホド」
「でも桂馬のままだと紛らわしくありませんか?」
「……たしかに桂馬と八方桂の区別がしにくいな。それならこれを使いましょう」
『馬兵』という駒を取り出した。
「なにこれ?」
「『広将棋』の八方桂だ。『騎総』になると2回行動できるようになる。ただ1回目こそ八方桂で飛べるんだが、2回目は1回目に飛んだのと同じ方向にしか桂馬飛びできない」
「1回目で前に飛ぶと、2回目は横や後ろに飛べないの?」
「ああ。ただ元の位置に戻る場合は例外だ。騎総が『天馬』に成ったら八方桂で2回行動できる」
「? 馬兵が騎総に成るんなら、もう成れないんじゃないの? 騎総の駒を裏返しても馬兵に戻るだけじゃない」
「広将棋は初期配置で馬兵が8枚、騎総が2枚いるんだよ。だから騎総は天馬に成れる」
「……八方桂が盤上に20枚あるんですか」
「悪夢(ナイトメア)」
「誰が上手いこと言えと」
海外では人に悪夢を見せる黒い馬、もしくは悪夢に現れる黒い馬をナイトメアと呼ぶ。
夜(Night)と騎士(Knight)、そして霊(Mare)と雌の馬(Mare)をかけて馬の姿なのだろう。
「ナイトゲームならサイマーチャオの出番デスね!」
「さ、さいま?」
「『塞馬脚』と書きマス。中国将棋(シャンチー)のルールですヨ?」
「塞翁が馬ね」
「違いマス」
「そういや昔プロ棋士が『日本の将棋のルーツを探る』とかいう趣旨の本でシャンチー指してたな。たしかその本では『馬にクツワをハメる』って表現してたが」
クツワは馬に噛ませる口輪であり、手綱に繋がっている。
馬を操るのに必要な馬具だ。
「シャンチーの馬(マー)は駒(ピース)をジャンプすることができまセン」
「どういうことですか?」
「隣に並ばれるとその方向へ跳ねられなくなるんです。八方桂は『前後左右の二か所に飛べる』わけだから、一方向に飛べなくなるっていうルールは意外に大きいですよ。ただ飛びこせないのは前後左右の四マスに並ばれた場合だけなんで、斜め四マスに駒を置いても動きを封じることは出来ません」
□●□●□
●□□□×
□□馬○□
●□□□×
□●□●□
※右に駒があるので右方向の2か所には跳ねられない
「味方の駒は飛び越えられるの?」
「敵味方の区別なく飛び越えられない」
「『四面楚歌』の場合は?」
「ソレは塞八方馬(サイパーファンマー)、ノットムーブですネ」
四方を囲まれると動けなくなるということだ。
「どうせならオリジナルのゲームにしよう。馬だから騎兵か?」
「騎兵は縮小するとイラストが見にくくなりますね」
「あー、そういう欠点があるのか」
上半分が人間、下半分が馬になるので、将棋の駒の大きさに合わせてイラストを2センチぐらいに縮小するとキャラが目立たない。
「ではキョンシーにしまショー!」
「死後硬直で関節が曲がらないから、ピョンピョン飛び跳ねて移動するゾンビだっけ?」
「いえす」
キョンシー
「しかも『キョンシーにシャドウをスタンプされるとバインドされマス!」
「は?」
「『キョンシーに影を踏まれると動けなくなる』そうです。キョンシー映画では定番のネタですよ?」
「キョンシーは駒のいる方向へ跳ねることができない代わりに、その相手の動きを止められるわけか」
「いぐざくとりー」
影踏み
「でも味方の動きも止まるし、同時に数枚の駒の動きを止められることにならない?」
「影を踏む相手を1人選択する方式にしよう」
「妥当ですね」
駒の上に碁石などを置いて影を踏まれていることがわかるようにする。
ただし隣接する駒が1つしかない場合、たとえそれが味方の駒でも動けなくなるので注意。
「跳ね駒は2種類ほしいな」
「文官キョンシーは八方桂、武官キョンシーは神僧タイプというのはどうでしょう」
「キョンシーに文官と武官があるの?」
「マンダリンスクエアでわかりマス」
キョンシーの胸元の模様を指差した。
「これは長袍(チャンパオ)という清王朝の役人の服で、胸の模様が補子(マンダリンスクエア)ですね。鳥類が文官、麒麟やライオンなどの四足歩行の動物が武官の服です」
「キョンシーって役人のゾンビなんだ」
「一般人も混じっている可能性はありますが」
「え? どういうこと?」
「モンゴルの元王朝のように、清は満州族が興(おこ)した王朝です。チャンパオは満州族の服なので、漢民族が着ることは許されていません。ただその決まりも死人にまでは適用されないので、埋葬する時にチャンパオを着せることがあったそうです」
「へー」
映画に出てくるキョンシーが全部役人とは考えにくいので、漢民族のキョンシーが確実に混ざっているだろう。
こういう事情を知ってからキョンシー映画を観ると、また違った発見があるかもしれない。
なおマンダリンスクエアは描かれている生き物の種類によってランク分けされているのだが、同じランクでも武官より文官のほうが格上だ。
中国では伝統的に武官より文官のほうが偉い。
文官キョンシー
●□×□×
□□□○□
●□文□×
□□□□□
●□●□●
※斜め隣りに駒が立つと、その方向へ跳ねられなくなる
「ちなみにお札が貼られてるのは道士が操っているキョンシーです。出稼ぎ先で埋葬すると鬼になったり、家族に不幸が起こると思われていたので、道士が術をかけて死体を動かしていたとか」
「え、これ死体を運ぶ術なの」
「物語の導入としてわかりやすいので、映画だとキョンシーが1列になって道士に操られてますね」
たしかに大量の死体がピョンピョン跳ねて移動しているのはインパクトがある。
映画の導入にはぴったりだ。
道士
「ん、なんだこの剣」
「『銭剣』ですね。キョンシーの弱点である『清めた銭』をヒモで結んだロマン武器です」
「なにそれほしい!」
「まねーいずぱわー」
穴開き硬貨なら作れそうなので自作したい。
寛永通宝で作って銭形平次に持たせてみたい武器だ。
桃の木で作った武器もキョンシーに効くらしいが、やはり銭剣のインパクトにはかなわない。
「キョンシーと道士なら他の駒も中国系にしたいな。歩はいつものやつでいこう」
歩
これはいつも使っている歩の擬人化駒だが、モチーフは平安神宮の節分のイベントに出てくる方相氏(ほうそうし)である。
チェスの歩(ポーン)は槍と盾を持った兵士だとされているので、歩の擬人化駒に採用した。
鬼を追い払う『追儺(ついな)』の儀式は中国由来だから、このゲームに出しても問題ないだろう。
「他に使えそうなのは……鍾馗(しょうき)か?」
鍾馗
「日本でも有名な厄除けの神さまですね」
中国の役人になるための試験、いわゆる科挙(かきょ)に落ちたショックで鍾馗は自殺してしまう。
しかし皇帝が彼を手厚く埋葬したため、守り神となって皇帝の病気を治したり妖怪を退治するようになった。
中国でも日本でも厄除けとして鍾馗の絵を飾るという風習がある。
縁起がいいので旧日本軍では戦闘機の名前にも使われているぐらいだ。
「鍾馗はなんの駒なの?」
「『鬼や悪霊は真っ直ぐにしか進めない』っていう迷信があるから、T字路や三叉路の突き当りに鍾馗の絵を飾って厄除けにしていたらしい。だから鍾馗は走り駒を止める能力がある」
疫鬼(えきき)
鬼
|
|
↓
×□□
□鍾□
□□□
※走ることのできる駒は、鍾馗の周囲8マスに進むと自動的にそこで動きが止まってしまう
「鍾馗の周囲にいる駒は1マスしか動けない」
「守りの駒ね」
「でも馬(マー)や炮(パオ)ならディフェンスラインをジャンプしてアタックできマス」
「ああ。桂馬みたいなジャンプできる駒には鍾馗の能力も意味がない。ちなみに元ネタはモンゴル将棋の『護衛(ヒャー)』だ」
「ひゃー!」
「……言うと思ったよ」
●□●□●
□●●●□
●●鍾●●
□●●●□
●□●□●
八方向に2マス進める
「炮(パオ)はカオスにしまショー!」
「カオス?」
「たぶん『渾沌(こんとん)』ですね」
「いえす。フェイスレスモンスター!」
渾沌
「ニャルラトホテプみたい」
ニャルラトホテプといえばクトゥルフ神話でおなじみの『這い寄る混沌』あるいは『無貌(むぼう)の神(顔のない神)』。
顔がないのでどんな顔にもなれるトリックスターだ。
そして中国の渾沌も七孔(目・鼻・耳・口の7つの穴)がない、六本足に四枚羽の妖怪として登場する。
『四凶』と呼ばれる四大妖怪の一匹だ。
『荘子』では妖怪ではなく中央の帝として登場し、南海の帝と北海の帝を丁重にもてなす。
2人の帝はお礼として渾沌の顔に7つの穴を開けた。
すると渾沌は死んでしまったという。
日本の怪談でも『のっぺらぼう』で似たようなエピソードを聞いた覚えがある。
元ネタは間違いなくこれだろう。
炮は間にいる駒を飛び越えないと相手を攻撃できない。
渾沌は自分と鍾馗の間にいる駒の影にひそみ、鍾馗のディフェンスラインを上からではなく『下から這いよって攻撃する』イメージだ。
まさに中国のニャルラトホテプ。
面白い将棋になりそうだ。
「さっそくキョンシー将棋で賭けてみよう。オーダーは?」
「猫鍋」
「は?」
「……お金がないのよ」
「うちでバイトしてんのに何で金ないんだよ」
「あんたが巻き上げるからでしょ!」
それは盲点だった。
「にゃーす」
注文どおりにテーブルへ鍋を置くと、早速ちはやがやってきて丸くなる。
なぜ猫はダンボールや鍋の中を好むのだろう。
「かわいい」
「きしゃー!」
お触り禁止らしい。
腹は膨れないが、見るだけで幸せになれる鍋だ。
元手もかからないので、メニューに追加しても面白いかもしれない。
「金欠なら今日は家治ルールにしよう」
「イエハル?」
「徳川家治だ」
「将棋好きの将軍ですね」
「はい。自作の詰将棋も残してる将棋狂です。『翁草』によると勝ったら相手の耳を引っ張ってたんだとか」
「ほほえましいわね」
「はーとふる」
とても将軍とは思えないエピソードである。
だがそれがいい。
「さて……」
将棋盤を3つ並べる。
三面指しだ。
俺一人で三人と戦う。
実力通りに俺が全勝するか、逆に負け越すかでゲームバランスが崩壊しているかいなかわかる。
テストプレイにはちょうどいい。
「ガンガンいくわよ!」
「ぐ」
さっそく火力を活かして攻めてくる。
そもそも駒の初期配置からして、
歩 歩歩歩歩歩 歩
渾 渾
鬼武鍾文道文鍾武鬼
強くてトリッキーな駒ばかりなので、力押しでもさばくのが難しい。
守りのかなめである鍾馗もキョンシーには無力だ。
油断すると即死する。
しかも、
「あれ、守りの駒と思ってたけど持ち駒なら攻めにも使えるじゃない」
「げぇ、鍾馗!?」
自陣の守りは鍾馗と走り駒にしていた(キョンシーは1マス単位で動けないので守りにくい)。
そこへ鍾馗を持ち駒として打たれると、取るのが難しい上に機動力が落ちてしまう。
「……参りました」
「やった!」
とうとう守りきれずに一発貰ってしまった。
「はい、耳出して」
何たる屈辱。
「ふー」
「耳に息を吹きかけるな!」
「はいはい」
ぎゅーと耳を引っ張られる。
あまり痛くはない。
……将棋だけでなく、耳までもて遊ばれているのがむかつく。
だがこれでコツはつかめた。
「歩を打ってキョンシーのジャンプを防ぎます」
「……シャンチーにはできない技ですね」
持ち駒さえあれば、ある程度キョンシーの動きをコントロールできる。
しかも、
「ここに歩を置いておこう」
「ふぁっ!? これでは王手(チェック)できまセン!」
キョンシーが移動するであろう場所の隣にあらかじめ駒を打っておけば、行動を制限できる。
逆にキョンシーを敵陣へ打ってもいい。
「玉の影を踏んで動きを封じる」
「しっと!」
キョンシーがいれば、どんな駒も影を踏まれて動けなくなるからだ。
「あ、負けました」「とーりょーデス」
先生とアリスがほぼ同時に投了する。
「耳出してください」
「いたたたた!? 痛いです!?」
「こら、逃げんな。罰ゲームだぞ」
「のーーー!?」
「はっはっは。……って痛!?」
二人の耳を引っ張って悦に入っていたら、なぜかまた瑞穂に耳を引っ張られる。
「なんでまた引っ張るんだよ!?」
「知らない!」
勝ったはずなのになぜ怒っているのか。
「ああ、馬にクツワをハメるというのはこういうことなんですね」
「誰が馬ですか」
「はっぽーけい?」
「棋聖・天野宗歩の弟子『市川太郎松』が考案した駒落ち将棋だ」
映画で有名な坂田三吉の棋譜も残っており、意外に歴史は深い。
「手合いは4枚落ち。つまり飛車・角と両サイドの香車を落とす。その代わり桂馬は八方桂、いわゆるチェスのナイトと同じ動きになる」
「オー、ナイトゲーム!」
ナイトの意味が違う。
ちなみに本来のナイトゲームとは、野球などの野外スポーツで夜に試合を行うことだ。
「ただ下手の桂馬は普通の桂馬で……。上手の桂馬を奪っても普通の桂馬としか使えない。ただし上手は奪った桂馬を八方桂で使える」
「でも八方桂ってナイトでしょ。チェスでもそんなに強くなくない?」
「八方桂が弱いんじゃなくて、他の駒が強すぎるんだよ。そもそも世界中のチェス類を見ても桂馬に相当する駒は八方桂で、将棋も昔は八方桂だったはずなんだ。たぶん持ち駒制度が生まれた影響だろう。八方桂を好きな場所に打てるとバランスが崩壊するから、桂馬は二か所にしか跳ねられなくなったんだ」
「ナルホド」
「でも桂馬のままだと紛らわしくありませんか?」
「……たしかに桂馬と八方桂の区別がしにくいな。それならこれを使いましょう」
『馬兵』という駒を取り出した。
「なにこれ?」
「『広将棋』の八方桂だ。『騎総』になると2回行動できるようになる。ただ1回目こそ八方桂で飛べるんだが、2回目は1回目に飛んだのと同じ方向にしか桂馬飛びできない」
「1回目で前に飛ぶと、2回目は横や後ろに飛べないの?」
「ああ。ただ元の位置に戻る場合は例外だ。騎総が『天馬』に成ったら八方桂で2回行動できる」
「? 馬兵が騎総に成るんなら、もう成れないんじゃないの? 騎総の駒を裏返しても馬兵に戻るだけじゃない」
「広将棋は初期配置で馬兵が8枚、騎総が2枚いるんだよ。だから騎総は天馬に成れる」
「……八方桂が盤上に20枚あるんですか」
「悪夢(ナイトメア)」
「誰が上手いこと言えと」
海外では人に悪夢を見せる黒い馬、もしくは悪夢に現れる黒い馬をナイトメアと呼ぶ。
夜(Night)と騎士(Knight)、そして霊(Mare)と雌の馬(Mare)をかけて馬の姿なのだろう。
「ナイトゲームならサイマーチャオの出番デスね!」
「さ、さいま?」
「『塞馬脚』と書きマス。中国将棋(シャンチー)のルールですヨ?」
「塞翁が馬ね」
「違いマス」
「そういや昔プロ棋士が『日本の将棋のルーツを探る』とかいう趣旨の本でシャンチー指してたな。たしかその本では『馬にクツワをハメる』って表現してたが」
クツワは馬に噛ませる口輪であり、手綱に繋がっている。
馬を操るのに必要な馬具だ。
「シャンチーの馬(マー)は駒(ピース)をジャンプすることができまセン」
「どういうことですか?」
「隣に並ばれるとその方向へ跳ねられなくなるんです。八方桂は『前後左右の二か所に飛べる』わけだから、一方向に飛べなくなるっていうルールは意外に大きいですよ。ただ飛びこせないのは前後左右の四マスに並ばれた場合だけなんで、斜め四マスに駒を置いても動きを封じることは出来ません」
□●□●□
●□□□×
□□馬○□
●□□□×
□●□●□
※右に駒があるので右方向の2か所には跳ねられない
「味方の駒は飛び越えられるの?」
「敵味方の区別なく飛び越えられない」
「『四面楚歌』の場合は?」
「ソレは塞八方馬(サイパーファンマー)、ノットムーブですネ」
四方を囲まれると動けなくなるということだ。
「どうせならオリジナルのゲームにしよう。馬だから騎兵か?」
「騎兵は縮小するとイラストが見にくくなりますね」
「あー、そういう欠点があるのか」
上半分が人間、下半分が馬になるので、将棋の駒の大きさに合わせてイラストを2センチぐらいに縮小するとキャラが目立たない。
「ではキョンシーにしまショー!」
「死後硬直で関節が曲がらないから、ピョンピョン飛び跳ねて移動するゾンビだっけ?」
「いえす」
キョンシー
「しかも『キョンシーにシャドウをスタンプされるとバインドされマス!」
「は?」
「『キョンシーに影を踏まれると動けなくなる』そうです。キョンシー映画では定番のネタですよ?」
「キョンシーは駒のいる方向へ跳ねることができない代わりに、その相手の動きを止められるわけか」
「いぐざくとりー」
影踏み
「でも味方の動きも止まるし、同時に数枚の駒の動きを止められることにならない?」
「影を踏む相手を1人選択する方式にしよう」
「妥当ですね」
駒の上に碁石などを置いて影を踏まれていることがわかるようにする。
ただし隣接する駒が1つしかない場合、たとえそれが味方の駒でも動けなくなるので注意。
「跳ね駒は2種類ほしいな」
「文官キョンシーは八方桂、武官キョンシーは神僧タイプというのはどうでしょう」
「キョンシーに文官と武官があるの?」
「マンダリンスクエアでわかりマス」
キョンシーの胸元の模様を指差した。
「これは長袍(チャンパオ)という清王朝の役人の服で、胸の模様が補子(マンダリンスクエア)ですね。鳥類が文官、麒麟やライオンなどの四足歩行の動物が武官の服です」
「キョンシーって役人のゾンビなんだ」
「一般人も混じっている可能性はありますが」
「え? どういうこと?」
「モンゴルの元王朝のように、清は満州族が興(おこ)した王朝です。チャンパオは満州族の服なので、漢民族が着ることは許されていません。ただその決まりも死人にまでは適用されないので、埋葬する時にチャンパオを着せることがあったそうです」
「へー」
映画に出てくるキョンシーが全部役人とは考えにくいので、漢民族のキョンシーが確実に混ざっているだろう。
こういう事情を知ってからキョンシー映画を観ると、また違った発見があるかもしれない。
なおマンダリンスクエアは描かれている生き物の種類によってランク分けされているのだが、同じランクでも武官より文官のほうが格上だ。
中国では伝統的に武官より文官のほうが偉い。
文官キョンシー
●□×□×
□□□○□
●□文□×
□□□□□
●□●□●
※斜め隣りに駒が立つと、その方向へ跳ねられなくなる
「ちなみにお札が貼られてるのは道士が操っているキョンシーです。出稼ぎ先で埋葬すると鬼になったり、家族に不幸が起こると思われていたので、道士が術をかけて死体を動かしていたとか」
「え、これ死体を運ぶ術なの」
「物語の導入としてわかりやすいので、映画だとキョンシーが1列になって道士に操られてますね」
たしかに大量の死体がピョンピョン跳ねて移動しているのはインパクトがある。
映画の導入にはぴったりだ。
道士
「ん、なんだこの剣」
「『銭剣』ですね。キョンシーの弱点である『清めた銭』をヒモで結んだロマン武器です」
「なにそれほしい!」
「まねーいずぱわー」
穴開き硬貨なら作れそうなので自作したい。
寛永通宝で作って銭形平次に持たせてみたい武器だ。
桃の木で作った武器もキョンシーに効くらしいが、やはり銭剣のインパクトにはかなわない。
「キョンシーと道士なら他の駒も中国系にしたいな。歩はいつものやつでいこう」
歩
これはいつも使っている歩の擬人化駒だが、モチーフは平安神宮の節分のイベントに出てくる方相氏(ほうそうし)である。
チェスの歩(ポーン)は槍と盾を持った兵士だとされているので、歩の擬人化駒に採用した。
鬼を追い払う『追儺(ついな)』の儀式は中国由来だから、このゲームに出しても問題ないだろう。
「他に使えそうなのは……鍾馗(しょうき)か?」
鍾馗
「日本でも有名な厄除けの神さまですね」
中国の役人になるための試験、いわゆる科挙(かきょ)に落ちたショックで鍾馗は自殺してしまう。
しかし皇帝が彼を手厚く埋葬したため、守り神となって皇帝の病気を治したり妖怪を退治するようになった。
中国でも日本でも厄除けとして鍾馗の絵を飾るという風習がある。
縁起がいいので旧日本軍では戦闘機の名前にも使われているぐらいだ。
「鍾馗はなんの駒なの?」
「『鬼や悪霊は真っ直ぐにしか進めない』っていう迷信があるから、T字路や三叉路の突き当りに鍾馗の絵を飾って厄除けにしていたらしい。だから鍾馗は走り駒を止める能力がある」
疫鬼(えきき)
鬼
|
|
↓
×□□
□鍾□
□□□
※走ることのできる駒は、鍾馗の周囲8マスに進むと自動的にそこで動きが止まってしまう
「鍾馗の周囲にいる駒は1マスしか動けない」
「守りの駒ね」
「でも馬(マー)や炮(パオ)ならディフェンスラインをジャンプしてアタックできマス」
「ああ。桂馬みたいなジャンプできる駒には鍾馗の能力も意味がない。ちなみに元ネタはモンゴル将棋の『護衛(ヒャー)』だ」
「ひゃー!」
「……言うと思ったよ」
●□●□●
□●●●□
●●鍾●●
□●●●□
●□●□●
八方向に2マス進める
「炮(パオ)はカオスにしまショー!」
「カオス?」
「たぶん『渾沌(こんとん)』ですね」
「いえす。フェイスレスモンスター!」
渾沌
「ニャルラトホテプみたい」
ニャルラトホテプといえばクトゥルフ神話でおなじみの『這い寄る混沌』あるいは『無貌(むぼう)の神(顔のない神)』。
顔がないのでどんな顔にもなれるトリックスターだ。
そして中国の渾沌も七孔(目・鼻・耳・口の7つの穴)がない、六本足に四枚羽の妖怪として登場する。
『四凶』と呼ばれる四大妖怪の一匹だ。
『荘子』では妖怪ではなく中央の帝として登場し、南海の帝と北海の帝を丁重にもてなす。
2人の帝はお礼として渾沌の顔に7つの穴を開けた。
すると渾沌は死んでしまったという。
日本の怪談でも『のっぺらぼう』で似たようなエピソードを聞いた覚えがある。
元ネタは間違いなくこれだろう。
炮は間にいる駒を飛び越えないと相手を攻撃できない。
渾沌は自分と鍾馗の間にいる駒の影にひそみ、鍾馗のディフェンスラインを上からではなく『下から這いよって攻撃する』イメージだ。
まさに中国のニャルラトホテプ。
面白い将棋になりそうだ。
「さっそくキョンシー将棋で賭けてみよう。オーダーは?」
「猫鍋」
「は?」
「……お金がないのよ」
「うちでバイトしてんのに何で金ないんだよ」
「あんたが巻き上げるからでしょ!」
それは盲点だった。
「にゃーす」
注文どおりにテーブルへ鍋を置くと、早速ちはやがやってきて丸くなる。
なぜ猫はダンボールや鍋の中を好むのだろう。
「かわいい」
「きしゃー!」
お触り禁止らしい。
腹は膨れないが、見るだけで幸せになれる鍋だ。
元手もかからないので、メニューに追加しても面白いかもしれない。
「金欠なら今日は家治ルールにしよう」
「イエハル?」
「徳川家治だ」
「将棋好きの将軍ですね」
「はい。自作の詰将棋も残してる将棋狂です。『翁草』によると勝ったら相手の耳を引っ張ってたんだとか」
「ほほえましいわね」
「はーとふる」
とても将軍とは思えないエピソードである。
だがそれがいい。
「さて……」
将棋盤を3つ並べる。
三面指しだ。
俺一人で三人と戦う。
実力通りに俺が全勝するか、逆に負け越すかでゲームバランスが崩壊しているかいなかわかる。
テストプレイにはちょうどいい。
「ガンガンいくわよ!」
「ぐ」
さっそく火力を活かして攻めてくる。
そもそも駒の初期配置からして、
歩 歩歩歩歩歩 歩
渾 渾
鬼武鍾文道文鍾武鬼
強くてトリッキーな駒ばかりなので、力押しでもさばくのが難しい。
守りのかなめである鍾馗もキョンシーには無力だ。
油断すると即死する。
しかも、
「あれ、守りの駒と思ってたけど持ち駒なら攻めにも使えるじゃない」
「げぇ、鍾馗!?」
自陣の守りは鍾馗と走り駒にしていた(キョンシーは1マス単位で動けないので守りにくい)。
そこへ鍾馗を持ち駒として打たれると、取るのが難しい上に機動力が落ちてしまう。
「……参りました」
「やった!」
とうとう守りきれずに一発貰ってしまった。
「はい、耳出して」
何たる屈辱。
「ふー」
「耳に息を吹きかけるな!」
「はいはい」
ぎゅーと耳を引っ張られる。
あまり痛くはない。
……将棋だけでなく、耳までもて遊ばれているのがむかつく。
だがこれでコツはつかめた。
「歩を打ってキョンシーのジャンプを防ぎます」
「……シャンチーにはできない技ですね」
持ち駒さえあれば、ある程度キョンシーの動きをコントロールできる。
しかも、
「ここに歩を置いておこう」
「ふぁっ!? これでは王手(チェック)できまセン!」
キョンシーが移動するであろう場所の隣にあらかじめ駒を打っておけば、行動を制限できる。
逆にキョンシーを敵陣へ打ってもいい。
「玉の影を踏んで動きを封じる」
「しっと!」
キョンシーがいれば、どんな駒も影を踏まれて動けなくなるからだ。
「あ、負けました」「とーりょーデス」
先生とアリスがほぼ同時に投了する。
「耳出してください」
「いたたたた!? 痛いです!?」
「こら、逃げんな。罰ゲームだぞ」
「のーーー!?」
「はっはっは。……って痛!?」
二人の耳を引っ張って悦に入っていたら、なぜかまた瑞穂に耳を引っ張られる。
「なんでまた引っ張るんだよ!?」
「知らない!」
勝ったはずなのになぜ怒っているのか。
「ああ、馬にクツワをハメるというのはこういうことなんですね」
「誰が馬ですか」
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