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一小節目
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__教室__
「うっす 宮嶋。 相変わらず練習の音でけぇな」
「うるせぇよ」
「いや、お前の練習の方がうるせぇよ」
「ふっ、それは間違いないわ。 いやね、朝に失礼な女にあったんだよ」
「失礼な女? 一体どんな奴なんだよ」
「いやね、めっちゃ可愛い子だったんだけど、譜面見せてやったら色々いちゃもんつけられたわけよー」
「譜面にいちゃもん? そいつも音楽やってるのか??」
「知らねぇよ。 第一、今日はじめてあった奴にいちゃもんつけてくるとか正気の沙汰じゃねぇよ。 確実にヤバイ奴だよ」
「そうだな。 でも美少女かー。 会ってみたかったもんだぜ」
「今日会えると思うぜ。 部活紹介でお前も前に出るわけだし、お前サッカー部だろ? 他の奴らよりも一年生に近いわけだし、探しやすいと思うぜ」
そんなことを話しているとホームルーム開始前の呼び鈴がなり始めた。
そろそろ新しい一日が始まるらしい。
しばらく授業を受けている辺りで一つの疑問が浮かんできた。
まず、あの少女は何者だったのか。 別にsing sing singは有名だし、ディズニーシー等でもよく演奏されているから、知っていることに疑問がなかった。しかし、俺の渡した譜面には曲名は書かれていないし、しかもトロンボーンの譜面だったこともあり、一番有名なメロディーは書かれていなかった。
ということは一度、演奏したことがあるか、譜面を覚えるほど聞き込んでいることになる。
次に、彼女の歌声だった。 これでも音楽を数年間やって来ているから多少の音の高低は分かっていたが、彼女は的確に歌っていた。
これに関しては不明確ではあるが、ある程度音楽を、特に声楽をやって来ているのではないかと俺は思った。
最後に、彼女の声だ。 俺はあの声をどこかで聞いたことがあった。しかもここ一年間の間に二回程度聞いた覚えがある。 何故だろう、今思うと凄いデジャブを感じる。 聞き間違いなんだろうか。
「………嶋」
「…………宮嶋」
「宮嶋!」
「え?」
「もう昼だぞ? 早く購買に行こうぜ?」
「あ、あぁ。」
気がついたらもう昼だった。
しかし、彼女は一体何者なんだろう………
__4限終了__
「んじゃぁ、俺準備してくるわ」
「おう、俺もさっさと着替えてシュートの練習しなくちゃな」
授業が終わると、部活をやっているやつらはそれぞれの練習場所に散った。
一年生が残りのガイダンスをしている間に部活紹介の準備をするためである。
おれも例外ではなく、そそくさと音楽室に向かった。
「よう、宮嶋。」
「霧島パイセン、お疲れさまっす」
「そのパイセンって呼び方さー、やめない? 敬われてる感ゼロだし、後輩も真似するでしょ」
「まぁ、真似をしたらしたで一ヶ月の辛抱っすよ」
「本当にふざけてるわね。あんた」
「こんなこと言うの、貴方だけですよ」
こんな感じで、部長との会話はこんなものだった。
吹奏楽部は音楽室で簡単なアップと演奏の合わせを行ったあと、体育館に向かった。
合わせは上々、あとは本番を残すだけだった。
体育館に向かう途中、部長が俺の横に並んで耳元で小さく囁いた。
「なんかあったの? 今日はやけに静かじゃん」
そういえば、演奏中も終始謎の少女のことが頭から離れなかった。
「朝、変な女にあったんですよ」
「変な女? なにそれ?」
「おそらく新入生だと思うんすけど、なんかいきなり譜面を見せろとかいってくるし、色々いちゃもんつけてくるし、年下の癖に高圧的だし」
「ちょっと待って、譜面は読めてたの?」
「えぇ、しかも曲自体も知っていましたよ」
「それってさ、経験者なんじゃないの? しかも中低音の楽器の経験者」
うちの部活は慢性的な低音楽器不足に悩んでいた。しかも、入ってきても未経験者や楽器すらやったことがない初心者ばかりで、上達するまでに時間がかかっていた。
そんな中で経験者がいたということは部活にとってチャンスなのである。
「その可能性もありますが、僕はそうでないと思います。 彼女、唇をいじるしぐさをしてませんでしたし」
金管楽器をやっている人は唇が乾くと演奏できなくなるため、定期的にリップクリームを塗ったり、無意識に唇を舐めたりすることがある。
しかし、彼女はそんな様子はなかった。
「そうだったの? だったらなんで読めたんだろうね」
「多分ピアノでもやってたんじゃないんですか? 一応左手の譜面はヘ音記号でかかれてますし、それよりも、もうそろそろ俺たちの番ですよ。」
「あら、もうそんな時間なの? んじゃぁ、行かないとね」
俺たちは舞台端から舞台に上がった。
目の前には新入生がずらっといる中に見覚えのある髪があった。 やはり一年生だったのか。
いつまでも引きずっていても仕方ない。 俺はやるべき仕事をやろう。
演奏はドラムの軽快なリズムから始まった。そのドラムの裏で部活紹介が始まる。
俺は、トロンボーンに軽く息を入れて楽器を温めた。春になったが温度はまだ高くなく、体育館も制服だけでは少し肌寒い位だった。
俺は部活紹介と終わると同時に吹き始めた。
人数がいれば俺だけではなく他の人もいたのだが、生憎人数不足でソロのようになっていた。
しかし、会場は思った以上に盛り上がっていて、正直驚いていた。
その後の演奏も上手くいき、部活紹介も滞りなく進んだ。
そして、部室に戻る途中に部長から肩を叩かれた。
「相変わらず盛り上げるのうまいよね」
「ありがとうございます。 演奏は大してうまい訳じゃないんですけどね」
「なんか秘訣とかあるの?」
「うーん、特に意識していることはないんだけどー…あ、よく動きますね」
「それだけ??」
「そんなもんですよ」
「ふーん」
そして、音楽室に帰って練習していると、わらわらと一年生たちが音楽室にやってきた。
そういえば、仮入部は今日からだったのか。
そして、わらわら入ってきた一年生の中にあの少女もいた。
少女と目が合うと、少女は俺の方に歩いてきた。
少女は目の前まで来ると、立ち止まり俺をじっと見つめた。
演奏が気に入らなかったとでも言いたいのか??
「あんた……あの演奏はどこで習ったの?」
「は?? 特に習ってないぞ?」
「嘘でしょ!? だってあの演奏は…」
「もう一度言うが、俺は演奏について指導を受けたことは一度もないぞ? ましてや御前が考えてるほど俺は上手くないし」
「そう、まぁいいわ。 ありがとう」
それを言い残すと、少女は音楽室を出ていった。
あいつは俺の演奏について聞いてきた。 しかし、いった通りで俺は誰かに指導してもらったこともないし、部活以外で演奏なんてしたことない。
なにか引っ掛かる。
「なに? あの子、感じ悪くない??」
同級生の伊藤 真が不機嫌そうに近寄ってきた。
「まぁ、そう言ってやるな。 他の子を見てるし、良い印象を与えないぞ」
俺はそうなだめると一日目の仮部活が始まった。
それから仮部活がはじまる度にあの少女は現れた。
どこで部活をやっていた。どこで育っていた。どこで楽器を買ったか。
何個か質問をした後に彼女は去っていく。
一度、どうせ来たなら部活をやっていけと行ったが、興味がないと言われ、そそくさと去っていかれた。
「んあー!! 誰なんだよあの女はよー!!!」
一年生を教えている時にとうとうキレてしまった。
俺の頭のなかは不必要な考察によって、パンクすんぜんにまでなっていた。
そのままじゃ本当にあの少女の胸ぐらを掴んでキレてしまうくらい不可解で、謎だった。
「あの女って、マリアちゃんのことですか??」
教えていた一年生は心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「あいつ、マリアって言うのか?」
「はい。 橘 マリアって言う名前で、一年生の中で一番頭のいいハーフの子なんですよ」
「橘か……た、橘!?」
俺は今思い出した。 奴は俺が5才の頃まで隣に住んでいた、あの外人じゃねぇか!
まさかあんな美人になっているなんて想像も出来ていなかった。
「お知り合いだったんですか?」
「あ、あぁ、お互い忘れていたけどな」
そういうことだったのかよー! あのバカタレー、そうならそうと言えよ。
「???」
俺は部活が終わると一目散に帰り、部屋の中から一つのカセットを取り出した。
しばらく使っていなかったため埃を被っていたが、まだ使えるらしい。
俺は家の中にあるCDレコーダーにカセットをセットして、再生ボタンを押した。
流れていたのは、sing sing singであった。
「なるほどな……やっと引っ掛かってたものがきれいに取れたよ」
_翌日_
放課後に俺は一年生の教室に入り、橘を呼んだ。
橘はかなり驚いた顔をしていたが、なにも言わずに着いてきた。
階段の踊り場に着くと、橘の方から口を開いた。
「何故、私の名前を知ってるのよ」
「お前、4才の頃まで北区にすんでただろ」
「え? なんでそんなこと」
「俺は、お前の住んでいた家の隣の慎一なんだよ」
「え? えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
橘はかなり動揺していた。 俺も知ったときはかなり驚いたし、今でも信じがたいと思っている。
「んじゃぁ、あの演奏は??」
「お前の親父の演奏の癖が自然と出ていたらしい。 もっとも、意識したことは一度もないけどな」
「そう、そうだったの……」
すべてを知ると、橘は目から涙を流した。
その涙に悲しみや辛さは無く、嬉し泣きのように見えた。
「おい、なに泣いてるんだよ。 ここだと目につくし、下まで行くぞ」
俺は泣いている橘の手を掴み、人の少ない音楽準備室の奥まで連れていった。
ひとしきり泣くと、彼女は俺と離れてからのことを話始めた。
父親が死んだこと、アイドルになったこと、そして、アイドルを辞めたこと。
話はかなり長く、それだけ壮絶な人生だったことがわかった。
話終わると、俺たちの間で長い沈黙が起きた。
確かに悲しく、辛い人生だったと思う。その分、軽い言葉はかけづらく、なにを言えばいいのかわからなくなっていた。
音楽準備室は静かで、聞こえるのは微かな足音と、お互いの息づかいのみだった。
俺は何か言おうと口を開いた瞬間、音楽準備室のドアが開いた。
そこには部長がいて、俺たちは目があってしまった。
「ほう、宮嶋。 お前部活サボって女の子とイチャイチャしてんのか?」
「や、やだなぁ。 そんなわけないじゃないですかー」
終わった。
これは確実に怒られるやつだわ。
お母さん、お父さん。 先立つ不幸を許してください。
俺は心の中で手を合わせて、未来の自分に冥福を祈った。
「違います! この人は私の話を聞いていただけです! この人は悪くないんです!」
橘は朝見せた態度から一変して、俺を全力をかばっていた。
この子、実はとってもいい子なんじゃないのか?
橘の説得のおかげで俺はしばかれることはなくなった。
部員のみなにも無礼を謝り、今までの不可解な日常は終わった。
そう、終わったはずなのだが……
「うっす 宮嶋。 相変わらず練習の音でけぇな」
「うるせぇよ」
「いや、お前の練習の方がうるせぇよ」
「ふっ、それは間違いないわ。 いやね、朝に失礼な女にあったんだよ」
「失礼な女? 一体どんな奴なんだよ」
「いやね、めっちゃ可愛い子だったんだけど、譜面見せてやったら色々いちゃもんつけられたわけよー」
「譜面にいちゃもん? そいつも音楽やってるのか??」
「知らねぇよ。 第一、今日はじめてあった奴にいちゃもんつけてくるとか正気の沙汰じゃねぇよ。 確実にヤバイ奴だよ」
「そうだな。 でも美少女かー。 会ってみたかったもんだぜ」
「今日会えると思うぜ。 部活紹介でお前も前に出るわけだし、お前サッカー部だろ? 他の奴らよりも一年生に近いわけだし、探しやすいと思うぜ」
そんなことを話しているとホームルーム開始前の呼び鈴がなり始めた。
そろそろ新しい一日が始まるらしい。
しばらく授業を受けている辺りで一つの疑問が浮かんできた。
まず、あの少女は何者だったのか。 別にsing sing singは有名だし、ディズニーシー等でもよく演奏されているから、知っていることに疑問がなかった。しかし、俺の渡した譜面には曲名は書かれていないし、しかもトロンボーンの譜面だったこともあり、一番有名なメロディーは書かれていなかった。
ということは一度、演奏したことがあるか、譜面を覚えるほど聞き込んでいることになる。
次に、彼女の歌声だった。 これでも音楽を数年間やって来ているから多少の音の高低は分かっていたが、彼女は的確に歌っていた。
これに関しては不明確ではあるが、ある程度音楽を、特に声楽をやって来ているのではないかと俺は思った。
最後に、彼女の声だ。 俺はあの声をどこかで聞いたことがあった。しかもここ一年間の間に二回程度聞いた覚えがある。 何故だろう、今思うと凄いデジャブを感じる。 聞き間違いなんだろうか。
「………嶋」
「…………宮嶋」
「宮嶋!」
「え?」
「もう昼だぞ? 早く購買に行こうぜ?」
「あ、あぁ。」
気がついたらもう昼だった。
しかし、彼女は一体何者なんだろう………
__4限終了__
「んじゃぁ、俺準備してくるわ」
「おう、俺もさっさと着替えてシュートの練習しなくちゃな」
授業が終わると、部活をやっているやつらはそれぞれの練習場所に散った。
一年生が残りのガイダンスをしている間に部活紹介の準備をするためである。
おれも例外ではなく、そそくさと音楽室に向かった。
「よう、宮嶋。」
「霧島パイセン、お疲れさまっす」
「そのパイセンって呼び方さー、やめない? 敬われてる感ゼロだし、後輩も真似するでしょ」
「まぁ、真似をしたらしたで一ヶ月の辛抱っすよ」
「本当にふざけてるわね。あんた」
「こんなこと言うの、貴方だけですよ」
こんな感じで、部長との会話はこんなものだった。
吹奏楽部は音楽室で簡単なアップと演奏の合わせを行ったあと、体育館に向かった。
合わせは上々、あとは本番を残すだけだった。
体育館に向かう途中、部長が俺の横に並んで耳元で小さく囁いた。
「なんかあったの? 今日はやけに静かじゃん」
そういえば、演奏中も終始謎の少女のことが頭から離れなかった。
「朝、変な女にあったんですよ」
「変な女? なにそれ?」
「おそらく新入生だと思うんすけど、なんかいきなり譜面を見せろとかいってくるし、色々いちゃもんつけてくるし、年下の癖に高圧的だし」
「ちょっと待って、譜面は読めてたの?」
「えぇ、しかも曲自体も知っていましたよ」
「それってさ、経験者なんじゃないの? しかも中低音の楽器の経験者」
うちの部活は慢性的な低音楽器不足に悩んでいた。しかも、入ってきても未経験者や楽器すらやったことがない初心者ばかりで、上達するまでに時間がかかっていた。
そんな中で経験者がいたということは部活にとってチャンスなのである。
「その可能性もありますが、僕はそうでないと思います。 彼女、唇をいじるしぐさをしてませんでしたし」
金管楽器をやっている人は唇が乾くと演奏できなくなるため、定期的にリップクリームを塗ったり、無意識に唇を舐めたりすることがある。
しかし、彼女はそんな様子はなかった。
「そうだったの? だったらなんで読めたんだろうね」
「多分ピアノでもやってたんじゃないんですか? 一応左手の譜面はヘ音記号でかかれてますし、それよりも、もうそろそろ俺たちの番ですよ。」
「あら、もうそんな時間なの? んじゃぁ、行かないとね」
俺たちは舞台端から舞台に上がった。
目の前には新入生がずらっといる中に見覚えのある髪があった。 やはり一年生だったのか。
いつまでも引きずっていても仕方ない。 俺はやるべき仕事をやろう。
演奏はドラムの軽快なリズムから始まった。そのドラムの裏で部活紹介が始まる。
俺は、トロンボーンに軽く息を入れて楽器を温めた。春になったが温度はまだ高くなく、体育館も制服だけでは少し肌寒い位だった。
俺は部活紹介と終わると同時に吹き始めた。
人数がいれば俺だけではなく他の人もいたのだが、生憎人数不足でソロのようになっていた。
しかし、会場は思った以上に盛り上がっていて、正直驚いていた。
その後の演奏も上手くいき、部活紹介も滞りなく進んだ。
そして、部室に戻る途中に部長から肩を叩かれた。
「相変わらず盛り上げるのうまいよね」
「ありがとうございます。 演奏は大してうまい訳じゃないんですけどね」
「なんか秘訣とかあるの?」
「うーん、特に意識していることはないんだけどー…あ、よく動きますね」
「それだけ??」
「そんなもんですよ」
「ふーん」
そして、音楽室に帰って練習していると、わらわらと一年生たちが音楽室にやってきた。
そういえば、仮入部は今日からだったのか。
そして、わらわら入ってきた一年生の中にあの少女もいた。
少女と目が合うと、少女は俺の方に歩いてきた。
少女は目の前まで来ると、立ち止まり俺をじっと見つめた。
演奏が気に入らなかったとでも言いたいのか??
「あんた……あの演奏はどこで習ったの?」
「は?? 特に習ってないぞ?」
「嘘でしょ!? だってあの演奏は…」
「もう一度言うが、俺は演奏について指導を受けたことは一度もないぞ? ましてや御前が考えてるほど俺は上手くないし」
「そう、まぁいいわ。 ありがとう」
それを言い残すと、少女は音楽室を出ていった。
あいつは俺の演奏について聞いてきた。 しかし、いった通りで俺は誰かに指導してもらったこともないし、部活以外で演奏なんてしたことない。
なにか引っ掛かる。
「なに? あの子、感じ悪くない??」
同級生の伊藤 真が不機嫌そうに近寄ってきた。
「まぁ、そう言ってやるな。 他の子を見てるし、良い印象を与えないぞ」
俺はそうなだめると一日目の仮部活が始まった。
それから仮部活がはじまる度にあの少女は現れた。
どこで部活をやっていた。どこで育っていた。どこで楽器を買ったか。
何個か質問をした後に彼女は去っていく。
一度、どうせ来たなら部活をやっていけと行ったが、興味がないと言われ、そそくさと去っていかれた。
「んあー!! 誰なんだよあの女はよー!!!」
一年生を教えている時にとうとうキレてしまった。
俺の頭のなかは不必要な考察によって、パンクすんぜんにまでなっていた。
そのままじゃ本当にあの少女の胸ぐらを掴んでキレてしまうくらい不可解で、謎だった。
「あの女って、マリアちゃんのことですか??」
教えていた一年生は心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「あいつ、マリアって言うのか?」
「はい。 橘 マリアって言う名前で、一年生の中で一番頭のいいハーフの子なんですよ」
「橘か……た、橘!?」
俺は今思い出した。 奴は俺が5才の頃まで隣に住んでいた、あの外人じゃねぇか!
まさかあんな美人になっているなんて想像も出来ていなかった。
「お知り合いだったんですか?」
「あ、あぁ、お互い忘れていたけどな」
そういうことだったのかよー! あのバカタレー、そうならそうと言えよ。
「???」
俺は部活が終わると一目散に帰り、部屋の中から一つのカセットを取り出した。
しばらく使っていなかったため埃を被っていたが、まだ使えるらしい。
俺は家の中にあるCDレコーダーにカセットをセットして、再生ボタンを押した。
流れていたのは、sing sing singであった。
「なるほどな……やっと引っ掛かってたものがきれいに取れたよ」
_翌日_
放課後に俺は一年生の教室に入り、橘を呼んだ。
橘はかなり驚いた顔をしていたが、なにも言わずに着いてきた。
階段の踊り場に着くと、橘の方から口を開いた。
「何故、私の名前を知ってるのよ」
「お前、4才の頃まで北区にすんでただろ」
「え? なんでそんなこと」
「俺は、お前の住んでいた家の隣の慎一なんだよ」
「え? えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
橘はかなり動揺していた。 俺も知ったときはかなり驚いたし、今でも信じがたいと思っている。
「んじゃぁ、あの演奏は??」
「お前の親父の演奏の癖が自然と出ていたらしい。 もっとも、意識したことは一度もないけどな」
「そう、そうだったの……」
すべてを知ると、橘は目から涙を流した。
その涙に悲しみや辛さは無く、嬉し泣きのように見えた。
「おい、なに泣いてるんだよ。 ここだと目につくし、下まで行くぞ」
俺は泣いている橘の手を掴み、人の少ない音楽準備室の奥まで連れていった。
ひとしきり泣くと、彼女は俺と離れてからのことを話始めた。
父親が死んだこと、アイドルになったこと、そして、アイドルを辞めたこと。
話はかなり長く、それだけ壮絶な人生だったことがわかった。
話終わると、俺たちの間で長い沈黙が起きた。
確かに悲しく、辛い人生だったと思う。その分、軽い言葉はかけづらく、なにを言えばいいのかわからなくなっていた。
音楽準備室は静かで、聞こえるのは微かな足音と、お互いの息づかいのみだった。
俺は何か言おうと口を開いた瞬間、音楽準備室のドアが開いた。
そこには部長がいて、俺たちは目があってしまった。
「ほう、宮嶋。 お前部活サボって女の子とイチャイチャしてんのか?」
「や、やだなぁ。 そんなわけないじゃないですかー」
終わった。
これは確実に怒られるやつだわ。
お母さん、お父さん。 先立つ不幸を許してください。
俺は心の中で手を合わせて、未来の自分に冥福を祈った。
「違います! この人は私の話を聞いていただけです! この人は悪くないんです!」
橘は朝見せた態度から一変して、俺を全力をかばっていた。
この子、実はとってもいい子なんじゃないのか?
橘の説得のおかげで俺はしばかれることはなくなった。
部員のみなにも無礼を謝り、今までの不可解な日常は終わった。
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