司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第5章:羽化

60.

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 宿舎の外は、春が間近の空気でいくらか温かく感じた。

 それでも冷たい夜風が頬を撫でる中、フランツさんが歩くのに付いて行く。

 宿舎から少し離れた木の下、振り返ったフランツさんの目の前で足を止め、彼が口を開くのを待った。

 少し言いづらそうに、フランツさんが告げる。

「あーその、今日はお疲れ」

「ありがとうございます……それで、何の話です?」

 私と目を合わせずにフランツさんが告げる。

「その、なんだ。明日なんだが、一緒に中央通りで観劇をしないか。
 今、『薔薇騎士と月下の姫』という歌劇が上演中なんだ。
 かなり女性に人気らしくてな。どうだろうか」

 私は小首を傾げながらフランツさんを見つめた。

「歌劇ですか? 私は見たことないですけど、歌を歌いながら演劇をするんでしたっけ? どういう内容なんですか?」

「……ヴィルマは、『氷雪王興隆譚』という叙事詩を知ってるか」

 叙事詩? それは対応範囲外だなぁ。第五図書館でもほとんどカバーしてなかったジャンルだし。

「いえ、知らないですけど……それが何か?」

「……その叙事詩の中でノルドガルト王国という国が滅びるんだが、その国の王女と騎士の恋愛をつづった部分を抜き出し、歌劇にしてあるんだ」

 私はちょっと驚いてフランツさんを見つめた。

「へぇ、そんな風に作品が作られることがあるんですね。
 主役じゃなく、滅ぼされる王国の話なんですか」

「元が叙事詩だし、少しはヴィルマも興味が出るんじゃないかと思ったんだが、返事をもらえるかな」

 うーん、私は魔導書が好きなだけで、文学作品が好きな訳じゃないしなー。

 でもフランツさんが誘ってくれたのを断るのも悪いし。

 っていうか、なんで私を誘ってきたんだろう?

 私はフランツさんの目を見て告げる。

「なぜ私なんですか?」

 わずかにたじろいだフランツさんが、赤くなりながら応える。

「それは! ……他の女性と見ても、私には意味がないから」

 意味がない? フランツさんが見たい訳ではない、ということ?

 でも恋愛をつづった部分を抜き出すって、ロマンティックな歌劇なんじゃないの? 女性に人気って話だし。

 恋愛に興味を持てない私が見て、何か面白いんだろうか。

「私には意味があるんですか?」

「え?! それは……少しは、ヴィルマが恋愛に興味を持ってくれないかなと、そういう期待を持ってるのは否定しない。
 ――でも! 歌劇を見たことがないなら、一度は体験してみてもいいんじゃないか?!」

 なんだか必死だなぁ、フランツさん。

 私が恋愛に興味がないことは理解してくれてるのか。でも――

「なんで私に、恋愛への興味を持たせようとするんですか?」

「それは……」

 なんだかフランツさんは口をつぐんでしまった。

 私の背中からマギーの声が響く。

『ヴィルマ、そりゃ可哀想ってもんだぜ。
 これだけ頑張ってるんだから、デートの誘いくらい乗ってやれよ』

 ……でーと?! 私が?!

「まさかフランツさん、私をデートに誘ってたんですか?!」

 フランツさんが疲れたようにうなだれた。

「それ以外の、何があるんだ……」

「だって、フランツさんは二十三歳で、七歳も年上で、それが私とデートして、楽しいんですか? もっと年相応の女性を誘った方がいいですよ?」

 フランツさんが気を取り直したように私を見つめて告げる。

「だから、他の女性じゃ意味がないんだ」

 そんなこと言われてもなぁ~~~~~。

 フランツさんの目は真剣そのもの。これを断るのは、なんだか可哀想にも思える。

「私と一緒で、楽しいんですか?」

 フランツさんは無言で頷いた。

「貴族子女は二人きりになっちゃいけないんじゃないですか? ……まぁ今も、二人きりといえば二人きりですけど」

 とはいえ視界の隅に衛兵の姿が映ってる。彼らからも、私たちの事は見えてるだろう。

「家から侍女を一人付ける。それで体裁は整うはずだ」

 それでいいんだ? まぁ女性職員さんがいるだけでオッケーになる訳だし、同じか。

「私は自分で外に出ることも帰ってくる事もできませんけど、どうするんですか? 大丈夫なんですか?」

 フランツさんが頷いて応える。

「そこは私がきちんとここまで送り迎えをする。
 明日の午後、ここまで侍女を連れて迎えに来るよ」

 そっか。そこまで考えてはいるのか。

 私はフランツさんの目を見つめながら考えて、答えを出す。

「うーん、仕方ありませんね。今回くらいは応じてあげます。
 でもたぶん、面白くはありませんよ?」

 フランツさんの顔に笑顔の花が咲いた。

「――ありがとう、ヴィルマ! じゃあ明日、十三時に!」

 頷いた私を見たフランツさんが宿舎に戻っていく。

 私はその背中を見ながら歩きだした。

 ……デートねぇ。どうなるんだろう?




****

 ヴィルヘルミーナが宴会場に戻ると、カールステンが立ち上がった。

「おー戻ったか――ヴィルマ、ちょっと席を変わってくれよ」

「え? いいですけど」

 ヴィルヘルミーナとカールステンの位置が入れ替わる――サブリナの隣にヴィルヘルミーナが、フランツの隣にカールステンが座った。


 サブリナがヴィルヘルミーナと語り合う姿を見ながら、カールステンがエールを片手にフランツに告げる。

「それでどうだ? 巧く行きそうなのか?」

 フランツはワイングラスを手に持ちながら、自信なさげに応える。

「それはわからないな。まるで手ごたえを感じない。
 ――だが、これを機にヴィルマが恋愛に興味を持ってくれれば、次に繋がるはずだ」

 カールステンの向こう側で、ラーズが楽しそうに笑みを漏らす。

「ククク……歌劇ね。ヴィルマの奴が寝ないと良いがな」

 フランツは驚いてラーズを見つめた。

「なぜ、それを……」

 ラーズがニヤリと笑ってフランツの目を見つめた。

「魔導を使えば、少し離れた場所の会話くらいは聞き取れる。術式なんぞ知らねぇでもな」

 フランツは戸惑いながら尋ねる。

「だがそれは、≪盗聴≫の術式と何が違うんだ? 魔力制御だけで、術式と同じ効果を得られると言うのか?」

 ラーズはエールを一口飲み、息を吐いてから応える。

「お前らひよっこ共に少しだけ教えてやろう。
 魔導術式なんてものは、魔導の深奥しんおうに辿り着けねぇ未熟な魔導士が使う小手先の技だ。
 小賢しいことなんざ、本来魔導には不要なんだよ。
 神髄は魔力制御にこそある――この意味は、まだお前らひよっこ共には理解できねぇだろうがな」

 フランツはその言葉と迫力に圧倒された。

 亡国エテルナの王族、その末裔の言葉。魔導王国と称えられた、その一族の秘儀だ。

 今、目の前に居るのは、ヴォルフガングを遥かに凌ぐ魔導の達人。その技量の底など、知れたものではない。

 カールステンが明るい声で笑った。

「ハハハ! なんでもいいじゃないか! ともかく最初の一歩だ! しくじるなよ!」

「あ、ああ……」

 フランツは背中を叩いてくるカールステンとグラスを打ち鳴らし、密かな祝杯を上げた。




****

 なんだかカールステンさんが楽しそうだな。

 フランツさんは、逆に不安そうだ。

「ねぇサブリナさん。デートって何を目的とするものなんですか?」

 サブリナさんが弾けるように私に振り向き、唖然としながら告げる。

「まさか、フランツがあなたをデートに誘ったの?」

「ええまぁ、その通りなんですけど。
 なんだか必死で可哀想だったから、お誘いを受けてみました」

 サブリナさんはテーブルの反対側に居るフランツさんを眺めつつ、シードルを一口飲んだ。

「……ふーん、あの意気地なしが一歩前進したか」

 私は自分のグラスを両手で持ちながら、シードルを見つめつつ口を開く。

「フランツさんは、私とデートして楽しいんですかね?
 もっと年上の、というか年相応の女性とデートした方がいいんじゃないですか?」

「……あなたはどう思うの? フランツと一緒に居て楽しいと思える?」

 私はきょとんとしてサブリナさんの顔を見た。

「それは考えたことがなかったですね。楽しいんでしょうか?」

 ガクッと力の抜けたサブリナさんが、私の肩に掴まって告げる。

「あなたね……デート相手なんだから、そういうところをきちんと見極めなさいよ?」

「はぁ……そういうものなんですか」

「服はあるの? いつデートするの?」

「服ですか? 明日、中央通りで観劇するらしいですし、普段着で行くつもりですけど」

「――はぁ?! まさかあいつ、『薔薇騎士と月下の姫』にでも誘ったの?!」

「よくわかりましたね。その通りです」

 ふぅ、とサブリナさんがため息をついた。

「どう考えてもヴィルマ向きじゃないわ。あなた、退屈だからって寝ないようにね」

 寝る? 寝ることが出来る場所なのかな?

 劇場は外からしか見たことないし、中の様子を知らないんだよなぁ。

「善処しますが、退屈なら我慢できる気がしませんね」

 疲れたようなサブリナさんのため息が、明日の私を暗示しているような気がした。
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