司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第6章:司書ですが、何か?

71.

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 季節は夏になった。涼しいこの地方でも、夏になればそれなりに暑い。

 汗ばむ外気から逃げるように図書館に逃げ込むと、私は一息ついてから空調術式の調整をしていく。

 それが済むと蔵書点検を開始し、傷んだ本を浮遊型移動書架台フロートに積んでいった。

 生徒たちの卒業研究も大詰めで、毎日のように魔導書が借りられていく。

 読まれれば魔導書はどうしたって傷んでいく。

 それを修復したいけれど、平日はカウンターと書架を往復してるだけで時間が潰れてしまう。

 だからこうして休日に、修復作業をするようにしていた。


 修復室に持ち込んだ魔導書を淡々と修復していく私に、背中からマギーが声を響かせる。

『なんでお前一人が作業してるんだよ』

「だってこれは私がやりたくてやってることだし」

 魔導書が傷んでいくのを見るのはつらい。私が直接本を運んでるから、嫌でもページが擦り切れていくのが見てわかってしまう。

 だから平日の間に傷みだした本を覚えておいて、こうして休日に補強するのだ。

 早めに補強してあげれば、大きく損傷することもない。

『他の奴も巻き込めばいいだろう? ヴィルマ一人が抱え込むなよ』

「休日に業務をしろなんて、みんなには頼めないし。
 私は宿舎に住んでるから通うのは楽だし。
 私が一番早く作業できるから、この方が効率がいいんだよ」

『やれやれ、お前は苦労性だな』

 黙々淡々と作業を進め、お昼のベルが鳴ったところで手を止めた。

「ふぅ! じゃあご飯を食べに戻ろっか!」

 私は魔導書をそのままにして、図書館を後にした。




****

 宿舎でお昼を食べていると、アイリスが心配そうに私に告げてくる。

「最近、なんだかお疲れに見えますけど、大丈夫ですか?」

「んー? 大丈夫だよ、私は若いんだし!」

 お爺ちゃんが小さく息をついて告げる。

「お前な、そういうのを過信と呼ぶんだ。
 お前は『異界文書マギア・エクストラ』に魔力を食われ続けてるのを忘れるなよ?
 その上で過労なんざ、いつ倒れても不思議じゃねぇぞ」

「はーい、気を付けまーす」

 私は豚肉と葉野菜の炒め物をもっしゃもっしゃと食べながら、冷製スープで流し込む。

 パンもモリモリ食べて、午後からの作業に向けて力を蓄えた。

「――よし、ごちそうさま! 作業に戻るね!」

 ため息をつくお爺ちゃんと不安気なアイリスを残し、私は図書館に向けて部屋を飛び出した。


「……なんで?」

 目の前には信じられない光景が広がっていた。

 無人のはずの図書館で蔵書点検に走り回るフランツさん、カールステンさん、ファビアンさんの姿。

 みんなは私に気付かないみたいで、一心不乱に傷んだ本をチェックして回ってる。

 戸惑いながら修復室に入ると、室内にはサブリナさんとシルビアさんの姿。

 部屋に残していた魔導書の何割かを別の机に移動させ、補強処理を行っていた。

 シルビアさんが私に気付いて顔を上げる。

「あら、おかえりヴィルマ」

「なんでみんなが、図書館に居るの?」

 サブリナさんが修復作業の手を止めずに応える。

「あなたが休日返上で作業してるのなんてお見通しなのよ。
 なのに何も言わないし、だんだん元気がなくなっていくし。
 心配するこちらの身にもなって欲しいものだわ」

 シルビアさんがクスリと笑って告げる。

「だからね、ヴィルマには内緒でみんなで集まろうって相談してたの。
 午前にいきなりは無理だから、午後からになっちゃったけどね」

 それって、休日の予定があったってことなんじゃ……。

 だってみんなは私と違って貴族子女、社交界とか付き合いとかあるはずだし。

「そんな、大丈夫ですよ! ちゃんと寝て食べてますし! みなさんにご迷惑をかけるほどのことじゃ――」

 突然立ち上がったサブリナさんが、私の額を指でビシッと弾いた。

「あなたね、心配させてる時点で大迷惑なの。少しは周りを頼ることを知りなさい」

「サブリナさん……」

 私が思わず涙ぐんで袖で目元を拭っていると、背中からマギーが声を響かせる。

『良い仲間を持ったじゃねーか。頼れる奴がいるなら頼れよ。それが大人ってもんだぜ』

「……うん、わかった」

 私は涙を拭き終わると、机に残された魔導書の修復作業を再開した。

「よーし! 頑張るぞー!」




****

 修復作業を終えて魔導書を所定位置に戻し、私たちは司書室に戻っていった。

「……ディララ、さん?」

 ソファでゆったりとくつろぐディララさんが、ニコリと私に微笑んだ。

「あなたたち、休日返上で働くのは止めなさい?
 そんなことでは過労で身体を壊してしまうわ。
 ――でも、それが必要な時期だというのも理解はするの。
 だからね? 学院長に交渉して、この時間は勤務時間に含めることにしてもらったわ」

 私は意味が分からず、尋ね返す。

「それは、つまり?」

「きちんと報酬が出ると言う事よ。
 王立施設が無給で職員を扱き使うなんて、あってはならないわ。
 早朝蔵書点検ぐらいなら大目に見てあげられたけど、休日丸々は見逃せない。
 だから正式に労働時間の規定を変更してもらっていたの」

 ディララさんがソファから立ち上がり、私の両肩に手を置いた。

「報酬は出してあげるから、それできちんと栄養を取って、英気を養うのよ?
 ――ヴィルマの場合、ラーズさんが居れば外に買い出しに行ってもらえるでしょう?
 好みの食べ物をたくさん食べて、たくさん寝て頂戴」

 カールステンさんが大きく両手を打ち鳴らした。

「そうと決まれば、これから少し飲まないか!
 もちろん短い時間だが、英気を養うならやっぱり酒だろう!」

 賛成の声が上がっていき、みんなが私の顔を見つめた。

「……うん! お爺ちゃんたちに知らせてくるね!」

 私は手早く着替えると、一足先に宿舎に向けて駆け出した。




****

 カールステンさんの明るい声が大きく上がる。

「それじゃあみんな――お疲れ!」

「お疲れー!」

 美味しいお酒を一気に喉に流し込む。夏の夜に冷えたお酒は――

「かぁ~! シードルが沁みる!」

 お爺ちゃんが苦笑を浮かべて私に告げる。

「だから言っただろう。それじゃおっさんの口ぶりだ。少しは王女らしい仕草も身につけとけ」

 私はきょとんとしてお爺ちゃんの顔を見つめた。

「王女らしい口ぶりって、なに? どういうこと?」

「グリュンフェルト王国の防衛ラインが崩壊した。もうあとは、押し込まれて終わりだ。
 近いうちに俺はエテルナの王、そしておまえはエテルナの王女という扱いに正式に変わる。
 平民じゃなくなっちまうが、それ以外は今までと変わらねぇ。
 ――だがお前が身分を理由に移動を制限されることは、もうなくなる」

 私は戸惑いながらお爺ちゃんに尋ねる。

「だってお爺ちゃん、『俺たちは平民だ』ってずっと言ってたじゃない。
 なんで急に王族の扱いを受け入れちゃったの?」

 お爺ちゃんが優しい微笑みで、私の頭にポンと手を置いて応える。

「お前は気にしなくていい。安心して司書の仕事を続けてろ」

 いいのか、そうか。

 ……王女が司書とか、なんだか変な話だな?

 ま、いいか! 司書を続けられるなら!

 私は気にするのを止めて、フランツさんと言葉を交わしながらお酒と料理を楽しんでいった。


 飲み会が一時間も過ぎる頃、ファビアンさんがお爺ちゃんに告げる。

「ラーズさん――いやラーズ王。王宮で魔導教練をするという噂がありますが、本当なのですか」

 お爺ちゃんがニヤリと微笑んで応える。

「ほぉ? どこから聞いた話だ? そいつぁまだ本決まりじゃねぇ。詰めを話し合ってる最中なんだが」

 ファビアンさんが肩をすくめて応える。

「魔導士たちの社交界で、最近噂になっているだけですから、出どころまではちょっとわかりません。
 だがおそらく、宮廷魔導士あたりだと思いますよ」

「ケッ! この国は情報統制すら満足にできねぇのか。先が思いやられるな。
 ――それと、俺に敬語は要らねぇぞ。ここはヴィルマの家、礼節が重んじられる場所じゃねぇ」

 ファビアンさんが困ったように微笑んだ。

「そうはいきません。王族の扱いがほぼ決まったのなら、それに従うのが我ら貴族という生き物。
 エテルナ王国は我がクラールルフト王国よりも格上の国。亡国とはいえ、ぞんざいな扱いはできませんから」

 お爺ちゃんはエールを飲み干すと、一息ついてから応える。

「――ふぅ。まぁ好きにすりゃいいさ。亡国の王なんていう滑稽な見せ物だ。そんなもんに敬意を表す必要なんぞ、ねぇんだがな」

 なんだかお爺ちゃん、ちょっと不機嫌そうだ。

 やっぱり王族の扱いが嫌なんじゃないかなぁ。

 それに、魔導教練ってのも意外だ。

 私にも魔導をほとんど教えようとしてこなかったお爺ちゃんが、他人に魔導を教えるなんて。


 うっすらとした不安感が私の心を漂いながら、その日の飲み会は終了した。
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