司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第6章:司書ですが、何か?

78.

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 王都の中はいくつもの川が流れている。

 港に運び込まれた荷物を市場に持ち込むのに使われる運河だ。

 市場で荷物を下ろした船は空荷になるので、代わりに乗客を乗せながら港に戻るらしい。

 私は初めて乗る船の感覚に感動しつつ、運河の中から町を見上げていた。

「新感覚ですね。馬車と違ってガタガタと揺れませんし、風が冷たくて心地いいです」

 フランツさんが爽やかな笑顔で頷いた。

「王都の観光スポットの一つだよ。
 ヴィルマには馴染みがなかったのかな?」

「そりゃそうですよ。毎日かつかつの生活でしたから。
 王都市民でしたけど、観光スポット巡りをする余裕なんてありませんでしたし」

 船には私たち二人だけ――侍女や船頭は乗ってるけれど。

 のんびりした時間を、二人だけで共有しながら船は進んでいく。

 やがて船着き場に付き、私はフランツさんの手を借りて船を降りた。

「――ふぅ。悪くないですね、こういうの」

「たまにはいいだろう? さぁ、そろそろ十時を過ぎる。
 店が開くから、馬車に乗って商店通りに行こうか」

 気が付くと船着き場の傍に馬車が待機している。

 なるほど、先回りってこういう事か。

 私たちが乗りこむと、馬車は商店通りに向けて走り出した。




****

 商店通りの入り口で馬車を降りると、私たちは通りに面したお店に立ち寄っていった。

 服を見たり、アクセサリーを見たり、民芸品を見たり――気に入ったものは買ったけど、ほとんどは見て終わるだけ。

「なんだか悪いですね、冷やかしみたいで」

「全部を買っていたら、動けなくなるしお金も足りなくなるよ」

 まぁそれはそうか。

 ふと立ち寄ったアクセサリーショップで、ペアリングが目に留まった。

 装飾もないシンプルな銀のリングが、不思議と気になって仕方がなかった。

「どうしたんだい――ああ、それは魔法銀ミスリルの指輪だね」

「これが魔除けになるんですか」

 魔法銀ミスリルは魔導と親和性が高い金属だ。様々な術式を中に仕込むことで、防護具にもなるし物騒なものにもなる。

「これは――プレーンな指輪だし、純度も低い。
 気に入ったなら、買っていくかい?」

 私は少し考えてから「はい!」と元気よく応えた。

 店の人から受け取った包みを早速開け、リングを中指に通す。

 ペアリングの片方をフランツさんに差し出した。

 フランツさんは戸惑いながら私に尋ねる。

「私に? 自分が付けるんじゃないのか?」

「ペアリングですよ? 一人でつけてどうするんですか」

「そりゃ、そうなんだけど……まいったな」

 なんだか照れているフランツさんの手のひらに、ペアリングの片方を無理やり握らせた。

 しばらく悩んでいたフランツさんは、諦めたように右手の中指にリングを通していた。

 不思議な充足感で胸を満たしつつ、フランツさんの肘に掴まる。

「次はどこに行くんですか?」

「そうだな……そろそろお昼だ、食事ができる場所に行こう」

 アクセサリーショップを出た私たちは、商店通りの一角に向けて歩き出した。




****

 ちょっと豪勢なレストランの中に入ると、フランツさんが店員に名前を告げ、席に案内されて行った。

 二人席に座るとメニューを眺め、ほどよくボリュームのある物を注文していく。

 シードルとワインで乾杯した私たちは、料理が来るまで話をする事にした。

「どうだろうか、ここまで楽しめてるかな」

 私はフフっと笑いながら応える。

「さぁ、どうでしょう? 当ててみてください」

「う~ん……楽しんでくれてる気がするんだけど、自信がないな」

「やれやれ、頼りない人ですねぇ」

 軽く笑い合いながら、届いた料理に手を付けていく。

 朝一で歩いたからか、肉料理もパクパク食べていける。

 ふと気になって周囲を見ると、周りは貴族だらけ。

 みんな上品に食事をする中、私一人が平民のマナーで食べていた。

「……もしかして、目立っちゃってます?」

「気にする事はないだろう。
 食事は楽しんで食べるのが一番だ」

 私はにっこりと微笑んで頷いた。

「どーかんです! マナーを気にしてたら、美味しい食べ方ができなくなります!」

 私たちはパクパクと食べ続け、食後のお茶を飲む頃には二時になっていた。

「そろそろ次の場所に行こうか」

 立ち上がったフランツさんの肘に掴まり、私たちはレストランを後にした。




****

 馬車は中央通りに面した王都中央公園で止まった。

 馬車から降りた私たちは、ゆっくりと公園の中を歩いて行く。

 木々の緑は生命力に満ち溢れ、花壇には季節の花々が咲き誇っている。

 私たちはのんびり足を前に進めながら、花の香りや色を楽しんだ。

 ただ公園の景色を見るだけ――それだけなのに、なんだか私は心地良さを感じている。

 右手を持ち上げて銀のペアリングを見つめてみる。気まぐれで買ってもらった指輪だけど、同じ物をフランツさんもしている。

 それがなんだか心にくすぐったくて、つい顔がほころんでしまう。

 ふと気が付くと空はオレンジ色に染まって居て、夕日が眩しく輝いていた。

「ヴィルマ、少しベンチに座ろうか」

 私は促されるままにベンチに腰を下ろし、その隣にフランツさんが座った。

 夕日を浴びる中、フランツさんが戸惑うように私に尋ねる。

「こんな感じの一日だったんだが、楽しんでもらえただろうか」

「――え? もうお終いなんですか? もっと他にないんですか?」

 フランツさんが爽やかな笑顔で告げる。

「もう十六時を回っている。これ以上は日が落ちてしまうよ」

 私は唇を尖らせて告げる。

「何を言ってるんですか! またこの前みたいに酒場にでも行きましょうよ!
 そのあと、一緒に星空でも眺めたらいいじゃないですか!
 少しはロマンティックを演出しようとか思わないんですか?!」

 フランツさんがクスリと微笑んだ。

「そんなプランでいいのかい?
 じゃあ、今度は酔い潰れないように注意しないとね」

「酔い潰れませんよ! ……たぶん!」

 クスクスと笑うフランツさんが、寂しそうに公園の風景を眺めていた。

「……こんな時間を過ごせるのは、今日が最後か」

「なんで最後って決めつけちゃうんですか。
 また機会があるかもしれないじゃないですか。
 なんでそんな、いつもここ一番で腰が引けちゃうんですか」

「……そうだね。そうかもしれない。
 だがヴィルマは来週から宿舎を出て、王宮で夜会に向けた所作の練習をするんだろう?
 おそらくそのあとは新居に移り、宿舎に戻ることもない。
 週末の飲み会も、昨日が最後ってことになるね」

 それは――そう、なんだけど。

 私もなんだかしょんぼりしてしまって、地面を見つめた。

 私はぽつりと呟く。

「王族なんて、私に務まるんですかね」

 フランツさんがフッと笑って応える。

「私には王族がどれほど大変かはわからないからな。
 『大丈夫だ』と言ってあげたいが、おそらく大変だと思う。
 ヴィルマはスーパー司書だけど、それ以外は不器用で元気だけが取り柄の女の子だ。
 社交界はたぶん、辛い世界に感じると思う」

「……お爺ちゃんも言ってましたけど、亡国の王族って、何の意味があるんでしょう」

「ヴィルマやラーズさんには、途轍とてつもない魔導の素質がある。
 そしてラーズさんしか知らない、エテルナ王国の秘儀がある。
 そのことに敬意を表したものだというのは、すぐに広まるだろう」

「そんな私が社交界に参加することに、意味がありますか?」

「私にはわからない。
 けれど王族という権威を持つ以上、逃れることもできないはずだ」

 そっか、そういうものなのか。

 社交界とか、庶民の私には噂でしか知らない世界だ。

「社交界って、どんな世界なんですか。フランツさんは知ってるんですよね?」

「うーん、表向きは華やかだよ。
 私たち下位貴族の世界なら、それほど大変でもない。
 けれど上位貴族の世界は、とても過酷だと聞くね」

 なんだかどんどん気持ちが暗くなっていく。

 私はこれから、そんな世界に足を踏み入れるのか。

「――ああもう! 飲みに行きましょう! しんみりなんてしたくないです!」

 私が立ち上がって声を上げると、フランツさんも立ち上がって手を差し出してきた。

「そうだな。酒でつまらないことを忘れてしまおう」

 私はその手を取ると、公園の外で待つ馬車に向かって歩きだした。
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