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第1章 そして幕が上がる
第1話 夢(1)
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満月の光が降り注ぐ森の中で、私たちは焚火を囲んで酒宴をしていた。
一時間前に魔王を倒し、みんなは満身創痍。
だけど倒木に座り込んで私の肩を抱く勇者――ハインツの顔は晴れやかだった。
「これもみんなのおかげだ。
無事に全員生還できて本当に良かった」
老魔導士――ギルベルトが疲れたように呟く。
「私らは足手まといだったさ。
勇者ハインツと聖女コルネリア、そしてカリナのおかげだよ」
みんなの笑顔が私に向けられ、照れながら俯いた。
「私は防御結界を張っていただけだし、大したことはしてないよ」
ハインツの手に力がこもる。
「そんなことないさ。カリナが居なければ旅は完遂できなかった。
お前はパーティの功労者だ」
私は上目遣いでおずおずとハインツに尋ねる。
「ねぇハインツ、これって『返事』と受け取ってもいいの?」
彼が微笑んで頷いた。
「もちろんだとも」
その彼の視線が一瞬、コルネリアに向けられた。
彼女の表情はどこか寂しそうだけど、微笑みながら黙って私たちを見守っていた。
酒宴は月が高くなるまで続いていった。
****
野営の近く、切り立った崖の上で私は崖下からの風を浴びて酔いを醒ましていた。
いくら魔王を倒したといっても、酔っ払って眠るわけにもいかない。
「――ふぅ。いい風」
ちょっと嬉しくて飲みすぎちゃったかな。
「ここに居たんですね」
背後でかさり、と草を踏む音が聞こえた。
「……コルネリアも、酔い醒ましに?」
なんだか顔を見づらくて、振り返らずに答えた。
「ええ、そんなところです」
コルネリアが横に並び、しばらく黙って二人で風に当たる。
その沈黙を、彼女が破った。
「勇者様は貴女を選んだんですね」
「……ごめんなさい」
コルネリアが吹っ切れたようにサバサバとした微笑みを浮かべた。
「あの人の選択ですから、謝ることじゃありません」
私は黙って俯いた。
コルネリアがため息をついた後、崖から離れていく。
私は空を見上げ、まだ高い満月を見つめた。
「――でも」
突然、背中に突き飛ばされたような衝撃が走った。
私の体はバランスを崩し、崖下に向かって落ちていく。
「――コルネリア?!」
体を捻って伸ばした手を、彼女は掴んではくれなかった。
「あなたがいなくなれば、彼は私のものよ」
彼女の顔は、まるで魔族のように醜悪な笑みを浮かべていた。
私の足が崖から離れ、コルネリアの姿が小さくなっていく。
激戦の直後――≪浮遊≫を使う魔力は、私には残っていなかった。
私は暗い崖の中へ真っ逆さまに落ちていき――。
****
春の陽光が差す街道を、二台の馬車が進んでいた。
馬車の中で眠る少女――メルフィナがハッと目を覚まして辺りを見回す。
頭を動かすたびに金糸のような長い髪の毛が揺れ、陽光を跳ね返していた。
その琥珀色の瞳が安堵したように落ち着き、小さくため息をついた。
――また『あの夢か』。
小さなころから時折みる夢だ。
小柄なメルフィナに、隣に座る侍女のカタリナが声をかける。
「よくお眠りになっていましたね」
「私、どれくらい寝てたのかな?」
「一時間くらいでしょうか。
間もなく宿場町ですから、そこでごゆっくりおやすみください」
メルフィナが唇を尖らせて答える。
「あと何日かかるの?」
「順調に行けば、四日程度かと」
――まだそんなにかかるのか。
ため息をついたメルフィナの眼差しが窓の外を見る。
近づいてくる宿場町を確認しながら、外の景色に目を向けた。
メルフィナは十五歳を迎えたジルケ公爵家の一人娘。
彼女はこれから婚姻相手を見繕うため、王都にある魔導学院に通う準備をするところだ。
――お父様が縁談を組んでしまっても構わないのに。
貴族子女として、親の命じた縁談に応じる覚悟くらいはできている。
それでもジルケ公爵は、娘に自分の意思で相手を選ぶ機会を与えた――親心だ。
だが親の心、子知らず。
メルフィナは憂鬱そうな顔で街道沿いを流れる小川を見つめていた。
****
夕食を終えて宿の一室に入ると、私はすぐに着替えてベッドに身を沈めた。
カタリナがクスリと笑みをこぼしながら私に告げる。
「食べてすぐに寝ては体に悪いですよ?」
「そんなすぐには寝ないってばー」
仰向けになり、枕に頭を乗せながら告げる。
「どうしてお父様は『王立魔導学院に通え』なんて言ったのかなー。
別にお父様が縁談を組んでいいと思うんだけど。
魔導学院だって、私に必要なの?」
これでもシュバイクおじさまから魔導を習って育ってきた。
宮廷魔導士であるシュバイクおじさまは、魔導の腕も一流だ。
教師としても一流なので、私は同年代の中でもトップクラスの実力があるといわれている。
学院に通わなくても、おじさまが今まで通りマンツーマンで教えてくれれば済むとおもうんだけど。
――といっても、魔導は本来十五歳から学院で習う物だ。
『他人より魔力制御力が高い』という意味合いでしかない。
「あーあ、学校かー。ちゃんと友達作れるかなー?」
「メルフィナお嬢様、ご友人よりも婚姻相手をきちんとお探し下さいね。
王都の社交界で、相応の方をお選びください」
「えー、めんどくさいよー」
我がジルケ公爵家は王家の傍系、遠い親戚筋だ。
だから『相応の相手』なんて言われると、とたんに条件が厳しくなる。
そんな条件を付けなければ、公爵領内で話は済んだと思うんだけど。
「旦那様は恋愛結婚でしたから、メルフィナお嬢様にもその経験を与えたいとお思いなのでは?」
恋愛結婚かー。そんなのできるとも思えないけど。
……夢の中の勇者様みたいな人に会えるなら、ちょっとは考えてもいいかな?
なんて、あんな人が本当に居るわけないのにね。
私がため息をついていると、カタリナが毛布を掛けてくれた。
「夜は冷えますから、そろそろご就寝の用意をなさってください」
「はーい」
布団もかけてもらい、私は黙って目をつぶった。
****
馬車が王都にあるシュバイクおじさまの別邸に到着する。
カタリナの手を借りて馬車から降りると、玄関先でシュバイクおじさまが出迎えてくれた。
まだまだ若々しい見た目のおじさまは、これで五十代とは思えない。
「よくきたね、メルフィナ」
その優しい笑顔を浮かべるおじさまの胸に、私は飛び込んだ。
「お久しぶりです! シュバイクおじさま!」
私がそのまま抱き着いていると、おじさまが優しい声で答える。
「メルフィナ、お前ももう十五歳なんだから、異性にみだりに飛びついてはいけないよ」
やんわりと体を引き剥がされてしまい、私は照れ笑いを浮かべた。
「えへへ……ごめんなさい、おじさま」
デンケンス・シュバイク侯爵――お父様の親友で、見た目通りの温厚な人。
小さい頃から公爵領に遊びに来てくれていたシュバイクおじさまに、私はすっかり懐いていた。
おじさまが私の背中を押して玄関に案内してくれる。
「お前の部屋も用意してある。クラウスに案内させよう」
「はーい」
玄関の中では、紫の短髪を撫でつけた整った顔の従僕が姿勢正しく私を迎えた。
「クラウスと申します。用向きがございましたらご遠慮なく。
――ではお部屋へご案内いたします」
「よろしくね、クラウス!」
私はカタリナを伴って、クラウスを先頭に二階へと上がっていった。
****
暗い密室で一人の青年が水晶球の魔道具を覗き込んでいた。
年の頃は二十代前半だろうか。
背中までの長いつややかな黒髪、その瞳は切れ長の金色――のような琥珀の色。
人とは思えぬ美貌の持ち主の口の端が、ニィッと持ち上がった。
「見つけた……とうとう見つけたぞカリナ」
青年は水晶球に移るメルフィナを丹念に観察しながら魔導術式で情報を精査していく。
執念深く、だが優しく撫でるような魔力がメルフィナの情報の欠片を届けてくる。
「……そうか、ジルケ公爵家か。
ブライテンブルン王国に居たんだな。
隣国にいるとは、これも運命か」
青年が水晶球から手を放すと、メルフィナの映像が途絶えた。
そのまま魔道具に背を向け、部屋の外に足早に歩いていく。
「――ルーウェン! 出かける支度をしろ!」
青年のバリトンボイスが室外に響き渡り、彼の姿が部屋から消えた。
一時間前に魔王を倒し、みんなは満身創痍。
だけど倒木に座り込んで私の肩を抱く勇者――ハインツの顔は晴れやかだった。
「これもみんなのおかげだ。
無事に全員生還できて本当に良かった」
老魔導士――ギルベルトが疲れたように呟く。
「私らは足手まといだったさ。
勇者ハインツと聖女コルネリア、そしてカリナのおかげだよ」
みんなの笑顔が私に向けられ、照れながら俯いた。
「私は防御結界を張っていただけだし、大したことはしてないよ」
ハインツの手に力がこもる。
「そんなことないさ。カリナが居なければ旅は完遂できなかった。
お前はパーティの功労者だ」
私は上目遣いでおずおずとハインツに尋ねる。
「ねぇハインツ、これって『返事』と受け取ってもいいの?」
彼が微笑んで頷いた。
「もちろんだとも」
その彼の視線が一瞬、コルネリアに向けられた。
彼女の表情はどこか寂しそうだけど、微笑みながら黙って私たちを見守っていた。
酒宴は月が高くなるまで続いていった。
****
野営の近く、切り立った崖の上で私は崖下からの風を浴びて酔いを醒ましていた。
いくら魔王を倒したといっても、酔っ払って眠るわけにもいかない。
「――ふぅ。いい風」
ちょっと嬉しくて飲みすぎちゃったかな。
「ここに居たんですね」
背後でかさり、と草を踏む音が聞こえた。
「……コルネリアも、酔い醒ましに?」
なんだか顔を見づらくて、振り返らずに答えた。
「ええ、そんなところです」
コルネリアが横に並び、しばらく黙って二人で風に当たる。
その沈黙を、彼女が破った。
「勇者様は貴女を選んだんですね」
「……ごめんなさい」
コルネリアが吹っ切れたようにサバサバとした微笑みを浮かべた。
「あの人の選択ですから、謝ることじゃありません」
私は黙って俯いた。
コルネリアがため息をついた後、崖から離れていく。
私は空を見上げ、まだ高い満月を見つめた。
「――でも」
突然、背中に突き飛ばされたような衝撃が走った。
私の体はバランスを崩し、崖下に向かって落ちていく。
「――コルネリア?!」
体を捻って伸ばした手を、彼女は掴んではくれなかった。
「あなたがいなくなれば、彼は私のものよ」
彼女の顔は、まるで魔族のように醜悪な笑みを浮かべていた。
私の足が崖から離れ、コルネリアの姿が小さくなっていく。
激戦の直後――≪浮遊≫を使う魔力は、私には残っていなかった。
私は暗い崖の中へ真っ逆さまに落ちていき――。
****
春の陽光が差す街道を、二台の馬車が進んでいた。
馬車の中で眠る少女――メルフィナがハッと目を覚まして辺りを見回す。
頭を動かすたびに金糸のような長い髪の毛が揺れ、陽光を跳ね返していた。
その琥珀色の瞳が安堵したように落ち着き、小さくため息をついた。
――また『あの夢か』。
小さなころから時折みる夢だ。
小柄なメルフィナに、隣に座る侍女のカタリナが声をかける。
「よくお眠りになっていましたね」
「私、どれくらい寝てたのかな?」
「一時間くらいでしょうか。
間もなく宿場町ですから、そこでごゆっくりおやすみください」
メルフィナが唇を尖らせて答える。
「あと何日かかるの?」
「順調に行けば、四日程度かと」
――まだそんなにかかるのか。
ため息をついたメルフィナの眼差しが窓の外を見る。
近づいてくる宿場町を確認しながら、外の景色に目を向けた。
メルフィナは十五歳を迎えたジルケ公爵家の一人娘。
彼女はこれから婚姻相手を見繕うため、王都にある魔導学院に通う準備をするところだ。
――お父様が縁談を組んでしまっても構わないのに。
貴族子女として、親の命じた縁談に応じる覚悟くらいはできている。
それでもジルケ公爵は、娘に自分の意思で相手を選ぶ機会を与えた――親心だ。
だが親の心、子知らず。
メルフィナは憂鬱そうな顔で街道沿いを流れる小川を見つめていた。
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夕食を終えて宿の一室に入ると、私はすぐに着替えてベッドに身を沈めた。
カタリナがクスリと笑みをこぼしながら私に告げる。
「食べてすぐに寝ては体に悪いですよ?」
「そんなすぐには寝ないってばー」
仰向けになり、枕に頭を乗せながら告げる。
「どうしてお父様は『王立魔導学院に通え』なんて言ったのかなー。
別にお父様が縁談を組んでいいと思うんだけど。
魔導学院だって、私に必要なの?」
これでもシュバイクおじさまから魔導を習って育ってきた。
宮廷魔導士であるシュバイクおじさまは、魔導の腕も一流だ。
教師としても一流なので、私は同年代の中でもトップクラスの実力があるといわれている。
学院に通わなくても、おじさまが今まで通りマンツーマンで教えてくれれば済むとおもうんだけど。
――といっても、魔導は本来十五歳から学院で習う物だ。
『他人より魔力制御力が高い』という意味合いでしかない。
「あーあ、学校かー。ちゃんと友達作れるかなー?」
「メルフィナお嬢様、ご友人よりも婚姻相手をきちんとお探し下さいね。
王都の社交界で、相応の方をお選びください」
「えー、めんどくさいよー」
我がジルケ公爵家は王家の傍系、遠い親戚筋だ。
だから『相応の相手』なんて言われると、とたんに条件が厳しくなる。
そんな条件を付けなければ、公爵領内で話は済んだと思うんだけど。
「旦那様は恋愛結婚でしたから、メルフィナお嬢様にもその経験を与えたいとお思いなのでは?」
恋愛結婚かー。そんなのできるとも思えないけど。
……夢の中の勇者様みたいな人に会えるなら、ちょっとは考えてもいいかな?
なんて、あんな人が本当に居るわけないのにね。
私がため息をついていると、カタリナが毛布を掛けてくれた。
「夜は冷えますから、そろそろご就寝の用意をなさってください」
「はーい」
布団もかけてもらい、私は黙って目をつぶった。
****
馬車が王都にあるシュバイクおじさまの別邸に到着する。
カタリナの手を借りて馬車から降りると、玄関先でシュバイクおじさまが出迎えてくれた。
まだまだ若々しい見た目のおじさまは、これで五十代とは思えない。
「よくきたね、メルフィナ」
その優しい笑顔を浮かべるおじさまの胸に、私は飛び込んだ。
「お久しぶりです! シュバイクおじさま!」
私がそのまま抱き着いていると、おじさまが優しい声で答える。
「メルフィナ、お前ももう十五歳なんだから、異性にみだりに飛びついてはいけないよ」
やんわりと体を引き剥がされてしまい、私は照れ笑いを浮かべた。
「えへへ……ごめんなさい、おじさま」
デンケンス・シュバイク侯爵――お父様の親友で、見た目通りの温厚な人。
小さい頃から公爵領に遊びに来てくれていたシュバイクおじさまに、私はすっかり懐いていた。
おじさまが私の背中を押して玄関に案内してくれる。
「お前の部屋も用意してある。クラウスに案内させよう」
「はーい」
玄関の中では、紫の短髪を撫でつけた整った顔の従僕が姿勢正しく私を迎えた。
「クラウスと申します。用向きがございましたらご遠慮なく。
――ではお部屋へご案内いたします」
「よろしくね、クラウス!」
私はカタリナを伴って、クラウスを先頭に二階へと上がっていった。
****
暗い密室で一人の青年が水晶球の魔道具を覗き込んでいた。
年の頃は二十代前半だろうか。
背中までの長いつややかな黒髪、その瞳は切れ長の金色――のような琥珀の色。
人とは思えぬ美貌の持ち主の口の端が、ニィッと持ち上がった。
「見つけた……とうとう見つけたぞカリナ」
青年は水晶球に移るメルフィナを丹念に観察しながら魔導術式で情報を精査していく。
執念深く、だが優しく撫でるような魔力がメルフィナの情報の欠片を届けてくる。
「……そうか、ジルケ公爵家か。
ブライテンブルン王国に居たんだな。
隣国にいるとは、これも運命か」
青年が水晶球から手を放すと、メルフィナの映像が途絶えた。
そのまま魔道具に背を向け、部屋の外に足早に歩いていく。
「――ルーウェン! 出かける支度をしろ!」
青年のバリトンボイスが室外に響き渡り、彼の姿が部屋から消えた。
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