天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~

みつまめ つぼみ

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第1章 そして幕が上がる

第5話 王国第一王子(2)

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 私とステファンが見つめ合っていると、遠くから衛兵たちを率いた騎士が駆け寄ってきた。

「申し訳ありません! 取り逃がしました!」

 ステファンが手で制止ながら答える。

「いい、追い払ったなら十分だ」

 そばの騎士が黒塗りの矢を拾い上げ、月明かりで確認していた。

「……毒矢です」

 ステファンがため息と共に告げる。

「またそれか。りない奴らだ」

 私は思わずステファンにたずねる。

「ちょっと、こんなことがしょっちゅうあるっていうの?!」

「ま、第一王子だから、このぐらいは珍しくないさ。
 命を狙われるのは、王位継承者の宿命みたいなもんだ」

 そんな悠長に笑ってられる話題かなぁ?!

 遠くからサラ様の声が聞こえる。

「ステファン殿下! ご無事ですか?!」

 遮る衛兵たちをくぐってサラ様がテラスまで出て来た。

 まぁ安全が確認できたから、通してくれたんだろうけど。

 ステファンが涼しい顔で答える。

「無事だ、問題ない」

「――良かった!」

 サラ様は迷うことなくステファンの胸に飛び込んでいった――私へ視線でのけん制も忘れずに。

 私は微笑ほほえみを浮かべながら、そっとステファンから数歩離れる。

 女の嫉妬に巻き込まれるのは御免だ。

 サラ様が勝ち誇ったように目を細めた。

 ステファン殿下が私に告げる。

「今夜は本当に助かった。改めて礼を言う」

「いえ、そんな。大したことはしていませんし……」

 再びサラ様が私を鋭い眼差まなざしで射抜いた。

「……ステファン殿下をお守りくださり、感謝いたします」

「偶然、偶然ですわ。たまたまお助けできただけですので」

 ――うっわー、めちゃくちゃ警戒されてるー?!

 私がさらに数歩距離をとると、ようやくサラ様がにらむのをやめてくれた。

 ステファン殿下が告げる。

「サラ、中に戻ろう」

「はい、ステファン殿下」

 ステファンはサラ様の肩を抱きながら、室内へ戻っていった。

 入れ替わるように室内からシュバイクおじさまが飛び出てくる。

「メルフィナ! 無事かい?!」

 私はにこやかに微笑ほほえみながらうなずいた。

「ええ、無事ですわ。ご心配をおかけしました」

 シュバイクおじさまは私に駆け寄ると、優しく抱きしめてくれた。

「殿下がいらっしゃると分かっていたから、普段より念入りに警備体制を敷いていたんだが……。
 すまない、私の落ち度だね」

「そんなこと! 気に病まないでください、おじさま。
 あれはプロの暗殺者、防ぐのは簡単ではありませんわ」

 ――そう、あの殺気の殺し方、そして手の引き方。

 そこいらに居るようなチンピラじゃない。

 騎士たちの追跡すら容易に振り切る、本物の技術者だ。

 本来ならサラ様を連れて殿下がテラスに出てくるのを狙ったんだろうけど、たまたま私が一緒だった。

 それが彼らの計算ミスだったんだろう。

 シュバイクおじさまが私に告げる。

「夜風は体にさわるよ、メルフィナも中へ戻ろう」

「はい、おじさま」

 私もおじさまに肩を抱かれながら、室内へと戻った。




****

 化粧を落として着替え終わり、入浴を済ませてからベッドにもぐりこむ。

 明かりが消された部屋の中で、私は月明かりに照らし出された天井を見上げていた。

 ……なんだったんだろう、『あれ』は。

 私の中の『誰か』が『危ない』と叫んでいた。

 それに呼応するように体が勝手に動いて、防御結界を作り上げていた。

 あれは『カリナ』なんだろうか。

 夢の中の――ううん、前世の『カリナ』が私たちを助けてくれた?

 確信を持てない。だけど心のどこかが『そうだ』と答えてくる。

 こんな理屈で納得できないこと、簡単には呑み込めない。

 私はメルフィナ。ジルケ公爵家のメルフィナだ。

 じゃあ……『カリナ』、貴女あなたは誰なの?

 私は悶々もんもんと解けない悩みを抱えながら、ゆっくりと夢の中に落ちていった。




****

 瓦礫と化した魔王城跡。

 ゾーンがその場で私に告げる。

「カリナ、俺はこの場で別れよう。
 各地の生き残った魔族たちを探し出し、保護せねばならん。
 ――おいハインツ、カリナのことは任せたぞ。
 必ず、彼女を守り通せ」

 ハインツが不満気に唇をとがらせた。

「てめぇに言われるまでもねーよ!」

 私は眉を顰めつつ、笑顔で告げる。

「もー! 最後くらい仲良くしなさいよ!」

「知るか! ――行くぞ、みんな!」

 アクセルやトニー、ギルベルトたちがハインツに続いていく。

 私もハインツを追いかけようとして、その足を止めた。

 振り返ってゾーンに告げる。

「……今までありがとうゾーン。
 あなたも魔族の統治、頑張ってね」

 ゾーンがフッと不敵な笑みを浮かべた。

「誰にものを言っている?
 そんな心配はハインツにこそしてやれ。
 王国に戻れば英雄扱いだ。
 カリナは逃げられんよう、しっかりとその馬鹿を捕まえておけ」

「――うん! 任せて!」

 ハインツが振り返って、眉をひそめて声を上げる。

「だぁれが逃げるか! 行くぞカリナ!」

「う、うん――本当にありがとう、ゾーン!
 いつかまた、会える時が来たら!」

 ゾーンの金色の瞳が、私を射抜くように見つめた。

「……ああ、その時はゆっくりと語り明かそう。
 忘れるな。『俺はお前だけの味方』だ。いつまでもな」

 私はハインツに手を引かれ、魔王城跡から離れていった。

 背中に視線を感じて振り返るたびに、ゾーンと目が合う。

 ゾーンは私の姿が見えなくなるまで、ずっと私を見つめているようだった。




****

 ブライテンブルン王国の西方、ヴィシュタット帝国の街道を馬車が砂塵を立てて進んでいく。

 一刻が惜しいかのように走り続ける馬車は、馬が潰れるのも構わないとでも言いたげだ。

 だが馬には外部から≪身体強化≫の魔導術式が施されている。

 その術者である青年は、馬車の中で静かに水晶球を見つめていた。

 メルフィナの静止画が映し出されたそれを、青年は愛おし気にながめている。

 同乗する侍従のルーウェンが青年にたずねる。

「ケーニヒ殿下、何もここまで急がなくてもよろしいのでは?」

「……お前は気にするな。
 それより、短期滞在の件はどうなった?」

「はぁ……現在は外交官に指示を出し、ブライテンブルン王国に交渉する計画を立ててる頃かと。
 しかし、短期滞在とは? いつまでなのですか?」

 青年――ケーニヒがフッと笑みを作った。

「さぁな。俺にもわからん。何か月か、はたまた何年か。
 今回は身分を隠しての入国となるが、それも仕方があるまい」

「当たり前ですよ! 友好国とはいえ殿下は皇位継承権第一位なんです!
 突然入国なんて、先方が対応できません!
 お忍びなんですから、派手なことは慎んでくださいよ?!」

 ケーニヒが背もたれに背を預けながら答える。

「父上の許可は取った。ならば俺の好きにするまでだ」

 ――いくら陛下でも『帝国の災厄シュヴァルツァー・フェアダー」相手に、断れるわけないでしょうに?!

 頭痛を覚えたルーウェンが額を押さえ、ため息をついた。

 ヴィシュタット帝国第一皇子ケーニヒ。

 『我が道を行く男』として知られていた。

 彼を止められる者は、皇帝を含めても帝国内には存在しないのだ。




****

 あれから数日が経過しある日、カタリナが封筒を差し出してきた。

「メルフィナお嬢様、手紙が届いております」

 私は読んでいた魔導書から目を離さずに答える。

「誰から?」

「それが……ステファン殿下からです」

 ――はい?! なんでステファンから?!

 顔を上げると、目の前には王国の封蝋が施された封筒があった。

 差出人は……ステファン。間違いない。

 宛名も私で間違いない……。

 私はペーパーナイフを取ると、慎重に封を開けていった。

 中の手紙に目を通し、盛大にため息をつく。

 ――あいつ、何考えてんだ?!
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