天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~

みつまめ つぼみ

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第5章 私の選択

第29話 手向け花

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 戦争のような平日が終わり、休日の朝になった。

 今日も天気がいいなぁ。平和だ……。

 この平和に癒されるぐらい、今週はひどい一週間だった。

 だいたい全て、ケーニヒのせいだ。

 魔導学院では、私たちが三角関係だと有名になってしまっている。

 昨晩の夜会でも、社交界に噂が流れただろう。憂鬱だ……。

 シュバイク侯爵家の従僕が部屋の入口に来て告げる。

「お食事のご用意ができました」

「はーい」

 クラウスの声をなつかしみながら、私はカタリナを連れて食堂へと向かった。




****

 シュバイクおじさまは困り顔だ。

「メルフィナ、お前は婚約したばかりだ。
 それが愛人だなんて、とてもはしたないよ?」

 私は精一杯の抗議をする。

「愛人じゃないよ、おじさま! 誤解だよ!」

「じゃあ、何だというんだい?」

「古い友人なんだよ、本当に!
 でも癖と性格が悪くて、手に負えないんだ……」

 私はため息をついてしまった。

 そのままずるずると、食卓の上にへばりついてしまう。

「なんで昨日の今日で、おじさまの耳に入ってるの……」

「これでも交友関係は広いからね。
 お前に変な噂が立てば、すぐに知らせてもらえるようにしてあるだけだよ」

 社交界、恐るべし!

 私はしょんぼりとしたまま、朝の食事を済ませて部屋に戻った。




****

 どんよりとした気分と重たい足取りで部屋に入り、ソファに倒れ込んだ。

「カタリナぁ、ミルクティーちょうだーい」

「かしこまりました」

 カタリナが入れてくれた紅茶を、起き上がってそっと口に含む。

 ほぅ、とため息をついて告げる。

「なんでケーニヒって、あんなに自由人なの?!」

 傍若無人ぼうじゃくぶじんとは、あいつのためにある言葉に思えて仕方がない。

 カタリナが優しい声で答える。

「あの方は……本当に独特でいらっしゃいますからね」

 カタリナは実物をの当たりにしてる。

 ケーニヒが私を気遣う様子も、実際に間近で見てきてるしなぁ。

 全部じゃないだろうけど、ケーニヒの本質を理解してくれてるのかな。

「その上で、あの美貌びぼうと美声だから一目は引くし声は通るし、とにかく悪目立ちするんだよ!」

 私がぶちぶちとカタリナに愚痴を吐き出していたら、部屋の入り口で従僕が告げる。

「ケーニヒ殿下がお見えになりました」

 ――早くない?!




****

 部屋の入口に現れたケーニヒは、ダークスーツに黒いコートを羽織っていた。

 くそぅ、様になるなぁ。

「ケーニヒ、前触れもない上に朝からやってくるって、皇子としてどうなの?」

「なに、気にするな。俺も好きにする」

 そう言って私の隣に座り、カタリナから紅茶を受け取っていた。

 私は紅茶を飲むケーニヒに告げる。

「ねぇケーニヒぃ」

「どうした? 最近は夜の会話も来なくなったし、落ち着いたんじゃないのか?」

「その節は大変お世話になりました!
 ……そうじゃなくてさ、君のおかげでこの一週間、ズタボロなんだけど?」

 ケーニヒは悪びれる様子もなく答える。

「そうか? 俺にはお前が生き生きと楽しそうに見えたが」

「貴族令嬢としての体面たいめんがズタボロだよ?!」

「元からお前に『貴族令嬢など似合っていない』ということだ」

「いやそれひどくない?!
 今の一言で私の半生を全否定されたんだけど?!」

「お前は野に咲く自由な花だ。
 天高く広がる青空を目指し、好きに手を広げろ。
 それが『お前らしい生き方』だ」

 私はケーニヒの横顔を見上げながらたずねる。

「……もしかして、そういう生き方をさせるのが『君の目的』なのかな?」

「そうだな。『お前がお前を選択する』というのは、そういうことだ」

「でもそれじゃ、貴族令嬢なんてやっていけないよ……」

 思わずため息をついた。

 貴族社会のしきたり、ルール。この世界は雁字搦がんじがらめだ。

「俺は貴族令息をやっているが?」

「君みたいに誰でも自由に振る舞えると思うなよぉ?!」

 ケーニヒの金色の瞳が私を見つめた。

「なぜだ? お前ならできる。好きにやってみろ」

「そんなことしてたら、王太子妃も王妃も務まらないってば……」

「だから言っただろう。
 お前が国ではなく自分を選んだ時、その相手になるのは俺だけだ」

 私はケーニヒの金色の瞳を見つめ返しながらたずねる。

「この国を捨てて、帝国に来いってこと?」

 ケーニヒが優しく微笑ほほえんだ。

「まぁ、そういう道もあるだろう。
 お前が望むならそうしよう」

「……望んでない。少なくとも、今は」

「では保留にしよう」

「それ以外、どんな道があるのさ?」

 私はため息をついて、紅茶を一口飲んだ。

「そうだな……帝国の辺境に引っ込んで、読書でもして生きるか?
 それとも二人で国を捨て、諸国を旅してまわるか?」

「辺境に引っ込むのはまだわかるけど、旅をしてどうやって生きていくのさ……」

「その辺りの手近な道行く商人でも襲えばいい」

「――盗賊?! やだよそんなの!!」

「では芸でもやってみるか?」

 私は眉をひそめて答える。

「できないよ?! ケーニヒは持ち芸あるの?!」

「いや、俺もそう言ったものは持ち合わせていないが」

「それ、無計画って言わないかい?!」

 ケーニヒが紅茶を一口飲んで答える。

「きっちり計画を立て、その通りに生きるなど、俺たちらしくはなかろう?」

「それは……そうかもだけどさー」

 私は分からないけど、ケーニヒらしくないのは確かだ。

 ふぅ、とため息が漏れる。

「……お父様や両陛下を悲しませたくないんだよ」

「おや、ステファンは悲しませてもいいのか?」

 言われて、私は驚いて目を見張った。

「あれ? なんでステファンが抜けたんだろう?」

「ククク……この間、奴に幻滅しただろう? それの影響だ」

「なんか怖いなぁ。『カリナ』と『ハインツ』の想いが消えちゃいそうで」

「何をいまさら。どちらも死人だ。
 想いなど、党に消えている」

「私の中には残ってるんですぅー!」

 ケーニヒに舌を出して抗議した。

 彼は悠然と紅茶を口にして答える。

「空虚な幻だ。既に、『ハインツ』の記憶を持った男は居ない。
 報われなかった想いなど、とっとと葬ってしまえ」

「……ステファンは、ちょっとだけ記憶があるもん」

「そうだな……だが、うっすらと『カリナ』の面影を覚えているだけだ。
 それ以上を期待するのはこくというものだ。めておけ」

 私はうつむいて答える。

こく、なのかな……」

「残酷だ。どう頑張ろうと、ステファンは『ハインツ』の代わりにはなれん。
 どうせなら、きちんとステファン自身を見てやれ」

 私はケーニヒを見上げてたずねる。

「……そのためには、『カリナ』の想いは邪魔ってこと?」

「そうだな。勇者を想った『カリナ』の心は、花を手向けて寝かせてやれ。
 そしてステファンには、お前の心で応えるんだ」

 私は優しい金色の瞳を見つめてたずねる。

「もしかしてケーニヒ、ずっと『それ』が言いたかったの?」

 ケーニヒがフッと微笑ほほえんだ。

「さぁな。ただ俺は、お前の幸福を願っているだけだ。
 忘れるな、いつでも、どこまでも、『俺はお前だけの味方』だ」


 私たちのやり取りを聞いていたカタリナは、なぜか優しく微笑んでいた。
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