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第5章 私の選択
第34話 リセット
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――時間は少し進められ、シュバイク侯爵家別邸から離れる馬車の中に移る。
ステファンは手の平の中にある金の指輪をみつめていた。
「なぁケーニヒ」
「なんだ?」
「俺にも、耐えられるだろうか」
ケーニヒが鼻を鳴らして答える。
「知らんな。貴様の覚悟次第だ。
――だが無理に耐える必要はない。
貴様にはこの魔道具が合っていなかった。そう思っておけ」
「……俺は、メルフィナを幸福にできるのだろうか」
「それこそ知らんな。
少なくとも、今の貴様には無理だ。
あらゆるものが足りていない。
今の貴様を認めることは、俺にはできん」
ステファンがケーニヒを見て尋ねる。
「『今の俺』と言ったな?
いつかは、そうなれるのだろうか」
ケーニヒがステファンを見て答える。
「どうした? 魔王を退治した男の生まれ変わりにしては、決断力がないな。
『ハインツ』も、貴様も、『決めたことは覆さずにやり遂げる男』ではなかったか?」
「……ケーニヒには、メルフィナを幸福にする自信があるのか?」
ケーニヒが前に目を戻し、小さく息をついた。
「愚問だ。
俺はメルフィナのために生きる、メルフィナだけの味方だ。
俺の人生はメルフィナを幸福にするためだけにある。
ならば父である魔王も殺してみせるし、人間に生まれ変わってもみせよう。
メルフィナを脅かすものは全て俺が排除してみせよう。
メルフィナの笑顔を守るためならば、あらゆる手段を惜しまず費やそう」
「……なぜ、そこまでする」
「メルフィナにそれだけの価値があるからだ。
少なくとも、俺にとってはな。
それだけで理由に足る――貴様は違うのか?」
ステファンが目を伏せて苦悶の表情を見せた。
「俺は……」
「言い切れんようでは、まだまだ俺が認めるには足りんな。
『俺に並べ』とは言わん。
貴様なりに全身全霊を賭してメルフィナを幸福にできる男になってみせろ。
そうしてメルフィナが貴様を選らんだ時には、俺も祝福してやろう」
――こいつには、勝てない。
ステファンは敗北感に打ちのめされていた。
****
「朝でございます、メルフィナお嬢様。ご起床ください」
カタリナの声でゆっくりと目を開ける。
……ステファンと話し合いの日か。
顔を洗い、着替えて髪を整えてもらいながら、陽光に左手をかざしてみる。
三つの指輪が光を反射し、キラキラしていた。
でもたぶん、今日この指輪は二つ減るだろう。
ステファンがくれた婚約指輪と金の指輪、この二つを返すことになる。
ふぅ、とため息が漏れた。
「お嬢様、終わりました」
「……ありがとう、カタリナ」
私は朝食を食べるため、食堂へと向かった。
****
学院に向かう馬車の中で、私はぼんやりと窓の外を見ていた。
話すとしたら貴賓室かな。じゃあ、放課後かな。
窓の外に学校の影が見えてくる。
なんだか、怖いな。
教室に入るのが、怖い。
『お前が必要とするならば、俺はお前の傍に居よう』
ケーニヒの言葉が頭をよぎる。
そうだ、今は教室にケーニヒが来てくれる。
だからきっと、大丈夫――。
****
「ごきげんよう、皆様」
教室に入り、みんなに挨拶をする。
自分の席に目を向ける――その机の上で、ケーニヒが腰を下ろして待っていた。
驚いて目を見張り、足が止まった。
私に気づいたケーニヒがこちらを見て告げる。
「どうした? 何を驚いている?」
「……いつもより、早いね」
「そうだな。だが、俺が居ることを確認して、少しは安心しただろう?」
「……早く来てくれたんだ?」
「お前に必要だと思っただけだ――さぁ、立ってないで座るがいい」
「はーい」
私は軽やかな足取りで着席する。
ケーニヒは何も言わず、私の顔を見ている――いつものように。
私の右手は机の下で、そっと黒い指輪を撫でていた。
「おはよう、諸君!」
明るいステファンの声が教室に響き渡る。
声に振り向くと、明るい笑顔のステファンが目に入った。
あれ? なんで笑ってるんだろう?
ステファンが近づいてきて告げる。
「ようメルフィナ! おはよう!」
「お、おはよー」
「放課後、貴賓室に来てくれ。そこで説明するから」
――やっぱり。
「う、うん。わかった……」
思い切ってお願いしてみよう。
「あの! ケー――」
「もちろん、ケーニヒも一緒に連れて来い」
……先に言われてしまった。
ケーニヒが机の上から、不敵な笑みでステファンに告げる。
「貴様に言われずとも、俺はメルフィナの傍に居るさ。
――少しは成長したみたいだな」
「いいや? まだまだこれからだろ?」
「ああ、まだまだ、まるで足りてないからな」
ステファンとケーニヒが、二っと楽し気な笑みを交わしていた。
……男の子って、よくわからない。
****
貴賓室には私とケーニヒとステファン、三人だけが居た。
私の向かいにはステファン、隣にはケーニヒ。いつものポジションだ。
ステファンが口を開く。
「突然の白紙撤回ですまなかったな。
だが、俺もようやく目が覚めた」
ステファンの顔は、吹っ切れたように爽やかだった。
「目が覚めた――って?」
「そもそも、メルフィナを望まない契約で縛り付けていることが間違いだったんだ。
これを清算しなけりゃ、俺とメルフィナはこれより先に進めない。
――それに気が付いた」
「でも、婚約白紙にしたらステファンの信用が――」
「その程度、俺が跳ね返して見せればいいだけだ。
時間が必要だというのなら、時間をかけて取り戻す。
たったそれだけのことだ。お前が気にすることじゃない」
なんだか、言うことがケーニヒに感化されてない?
「でも、王妃教育とかはどうするの?
婚約解消したら、受けられなくなるよ?」
「別に、学院を卒業したら即婚姻、というわけじゃない。
俺がメルフィナを手に入れた後、ゆっくり覚えてもらえばいいさ。
焦る必要なんてなかったんだ」
「……そっか、まだ私を諦めてはいないんだ?」
「俺は、一度決めたことは覆さないことにしているからな!」
ステファンはそう言って、子供みたいな笑顔で笑った。
その笑顔が眩しくて、思わず微笑んでしまった。
「そっか。なら、私も納得、できるかなー」
ステファンが頷いて答える。
「じゃあ、婚約指輪だけ返してくれ。
婚約を解消する以上、持たせてられないからな」
「……この菌の指輪は、返さなくていいの?」
ステファンの手を見ても、そこには対になる金の指輪は見当たらない。
ステファンが少し寂しそうな笑顔に変わる。
「その指輪はメルフィナが持っていてくれ。
……俺は荷はまだ、対の指輪をつける資格がない。
でも必ず、俺の指にも嵌めてみせる!
その決意を忘れないよう、メルフィナにはその指輪を持っていて欲しいんだ」
「……それも『一度決めたこと』?」
「もちろんだ!」
いつの間にか私は、ステファンと微笑み合っていた。
なんだか、怖がってたのが馬鹿みたい。
ステファンが、最初に出会った頃みたいに輝いて見えた気がした。
今まで黙っていたケーニヒが告げる。
「どうだ? メルフィナ。
お前は今、どちらを選びたいと思った?
俺か? ステファンか?」
「んー、そうだね。まだ、わかんないや!
……でも、いつかは答えをだなきゃだめだよね」
「なに、俺はいつまでも待つ」
対抗するようにステファンが声を上げる。
「俺だって! 今度は期限なんか付けない!」
私はふと気づいてしまった。
「……あれ? これってもしかして、ケーニヒが言ってた状況なのかな?」
ケーニヒがフッと笑みを漏らした。
「そうだな。片方は時期尚早だが――お前を確かに幸福にできる男たちが自分を取り合う。
どうだ? 女冥利につきると思わないか?」
私は吹き出してしまった。
「だーかーらー! 私にそんな趣味はないって!」
私は左手から婚約指輪を引き抜き、ステファンに返却した。
婚約解消の話し合いは、明るい笑顔と笑い声で幕を閉じた。
ステファンは手の平の中にある金の指輪をみつめていた。
「なぁケーニヒ」
「なんだ?」
「俺にも、耐えられるだろうか」
ケーニヒが鼻を鳴らして答える。
「知らんな。貴様の覚悟次第だ。
――だが無理に耐える必要はない。
貴様にはこの魔道具が合っていなかった。そう思っておけ」
「……俺は、メルフィナを幸福にできるのだろうか」
「それこそ知らんな。
少なくとも、今の貴様には無理だ。
あらゆるものが足りていない。
今の貴様を認めることは、俺にはできん」
ステファンがケーニヒを見て尋ねる。
「『今の俺』と言ったな?
いつかは、そうなれるのだろうか」
ケーニヒがステファンを見て答える。
「どうした? 魔王を退治した男の生まれ変わりにしては、決断力がないな。
『ハインツ』も、貴様も、『決めたことは覆さずにやり遂げる男』ではなかったか?」
「……ケーニヒには、メルフィナを幸福にする自信があるのか?」
ケーニヒが前に目を戻し、小さく息をついた。
「愚問だ。
俺はメルフィナのために生きる、メルフィナだけの味方だ。
俺の人生はメルフィナを幸福にするためだけにある。
ならば父である魔王も殺してみせるし、人間に生まれ変わってもみせよう。
メルフィナを脅かすものは全て俺が排除してみせよう。
メルフィナの笑顔を守るためならば、あらゆる手段を惜しまず費やそう」
「……なぜ、そこまでする」
「メルフィナにそれだけの価値があるからだ。
少なくとも、俺にとってはな。
それだけで理由に足る――貴様は違うのか?」
ステファンが目を伏せて苦悶の表情を見せた。
「俺は……」
「言い切れんようでは、まだまだ俺が認めるには足りんな。
『俺に並べ』とは言わん。
貴様なりに全身全霊を賭してメルフィナを幸福にできる男になってみせろ。
そうしてメルフィナが貴様を選らんだ時には、俺も祝福してやろう」
――こいつには、勝てない。
ステファンは敗北感に打ちのめされていた。
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「朝でございます、メルフィナお嬢様。ご起床ください」
カタリナの声でゆっくりと目を開ける。
……ステファンと話し合いの日か。
顔を洗い、着替えて髪を整えてもらいながら、陽光に左手をかざしてみる。
三つの指輪が光を反射し、キラキラしていた。
でもたぶん、今日この指輪は二つ減るだろう。
ステファンがくれた婚約指輪と金の指輪、この二つを返すことになる。
ふぅ、とため息が漏れた。
「お嬢様、終わりました」
「……ありがとう、カタリナ」
私は朝食を食べるため、食堂へと向かった。
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学院に向かう馬車の中で、私はぼんやりと窓の外を見ていた。
話すとしたら貴賓室かな。じゃあ、放課後かな。
窓の外に学校の影が見えてくる。
なんだか、怖いな。
教室に入るのが、怖い。
『お前が必要とするならば、俺はお前の傍に居よう』
ケーニヒの言葉が頭をよぎる。
そうだ、今は教室にケーニヒが来てくれる。
だからきっと、大丈夫――。
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「ごきげんよう、皆様」
教室に入り、みんなに挨拶をする。
自分の席に目を向ける――その机の上で、ケーニヒが腰を下ろして待っていた。
驚いて目を見張り、足が止まった。
私に気づいたケーニヒがこちらを見て告げる。
「どうした? 何を驚いている?」
「……いつもより、早いね」
「そうだな。だが、俺が居ることを確認して、少しは安心しただろう?」
「……早く来てくれたんだ?」
「お前に必要だと思っただけだ――さぁ、立ってないで座るがいい」
「はーい」
私は軽やかな足取りで着席する。
ケーニヒは何も言わず、私の顔を見ている――いつものように。
私の右手は机の下で、そっと黒い指輪を撫でていた。
「おはよう、諸君!」
明るいステファンの声が教室に響き渡る。
声に振り向くと、明るい笑顔のステファンが目に入った。
あれ? なんで笑ってるんだろう?
ステファンが近づいてきて告げる。
「ようメルフィナ! おはよう!」
「お、おはよー」
「放課後、貴賓室に来てくれ。そこで説明するから」
――やっぱり。
「う、うん。わかった……」
思い切ってお願いしてみよう。
「あの! ケー――」
「もちろん、ケーニヒも一緒に連れて来い」
……先に言われてしまった。
ケーニヒが机の上から、不敵な笑みでステファンに告げる。
「貴様に言われずとも、俺はメルフィナの傍に居るさ。
――少しは成長したみたいだな」
「いいや? まだまだこれからだろ?」
「ああ、まだまだ、まるで足りてないからな」
ステファンとケーニヒが、二っと楽し気な笑みを交わしていた。
……男の子って、よくわからない。
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貴賓室には私とケーニヒとステファン、三人だけが居た。
私の向かいにはステファン、隣にはケーニヒ。いつものポジションだ。
ステファンが口を開く。
「突然の白紙撤回ですまなかったな。
だが、俺もようやく目が覚めた」
ステファンの顔は、吹っ切れたように爽やかだった。
「目が覚めた――って?」
「そもそも、メルフィナを望まない契約で縛り付けていることが間違いだったんだ。
これを清算しなけりゃ、俺とメルフィナはこれより先に進めない。
――それに気が付いた」
「でも、婚約白紙にしたらステファンの信用が――」
「その程度、俺が跳ね返して見せればいいだけだ。
時間が必要だというのなら、時間をかけて取り戻す。
たったそれだけのことだ。お前が気にすることじゃない」
なんだか、言うことがケーニヒに感化されてない?
「でも、王妃教育とかはどうするの?
婚約解消したら、受けられなくなるよ?」
「別に、学院を卒業したら即婚姻、というわけじゃない。
俺がメルフィナを手に入れた後、ゆっくり覚えてもらえばいいさ。
焦る必要なんてなかったんだ」
「……そっか、まだ私を諦めてはいないんだ?」
「俺は、一度決めたことは覆さないことにしているからな!」
ステファンはそう言って、子供みたいな笑顔で笑った。
その笑顔が眩しくて、思わず微笑んでしまった。
「そっか。なら、私も納得、できるかなー」
ステファンが頷いて答える。
「じゃあ、婚約指輪だけ返してくれ。
婚約を解消する以上、持たせてられないからな」
「……この菌の指輪は、返さなくていいの?」
ステファンの手を見ても、そこには対になる金の指輪は見当たらない。
ステファンが少し寂しそうな笑顔に変わる。
「その指輪はメルフィナが持っていてくれ。
……俺は荷はまだ、対の指輪をつける資格がない。
でも必ず、俺の指にも嵌めてみせる!
その決意を忘れないよう、メルフィナにはその指輪を持っていて欲しいんだ」
「……それも『一度決めたこと』?」
「もちろんだ!」
いつの間にか私は、ステファンと微笑み合っていた。
なんだか、怖がってたのが馬鹿みたい。
ステファンが、最初に出会った頃みたいに輝いて見えた気がした。
今まで黙っていたケーニヒが告げる。
「どうだ? メルフィナ。
お前は今、どちらを選びたいと思った?
俺か? ステファンか?」
「んー、そうだね。まだ、わかんないや!
……でも、いつかは答えをだなきゃだめだよね」
「なに、俺はいつまでも待つ」
対抗するようにステファンが声を上げる。
「俺だって! 今度は期限なんか付けない!」
私はふと気づいてしまった。
「……あれ? これってもしかして、ケーニヒが言ってた状況なのかな?」
ケーニヒがフッと笑みを漏らした。
「そうだな。片方は時期尚早だが――お前を確かに幸福にできる男たちが自分を取り合う。
どうだ? 女冥利につきると思わないか?」
私は吹き出してしまった。
「だーかーらー! 私にそんな趣味はないって!」
私は左手から婚約指輪を引き抜き、ステファンに返却した。
婚約解消の話し合いは、明るい笑顔と笑い声で幕を閉じた。
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