新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~

みつまめ つぼみ

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106.神との邂逅(2)

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 私はなんのために、ここに連れてこられたんだろう?

 なんでここに座らされてるの?

 男性が私に告げる。

「ああ、私が君を観察しているだけだよ。
 その精霊眼を、見極めたくてね」

 『見極める』と、男性が言った。

 じゃあさっきからずっと、見られていたのか。

 神様を名乗るなら、『見た瞬間に全てがわかる』とかできそうだけど。

 男性が軽やかに笑い声をあげた。

「ハハハ! 神は万能ではないからね!
 できることと、できないことがある。
 できることは人間よりはるかに多いが、できないことはできない。
 そこは人間と同じだ」

 できないこともある、と断言した。

 神様でもできないことって、いったいなんだろう?

 男性が私に告げる。

「私は豊穣の神。人間に豊穣を与える存在だ。
 だから例えば――『治癒の奇跡』。
 これは『治癒の神』だけに与えられた特権で、他の神には許されていない」

 人間の傷を癒してあげたくても、この男性にはできないそうだ。

 『治癒の神』――また知らない神様の名前が出てきた。

 もしかして、もっとたくさんの神様が居るのかな?

 男性――豊穣の神が私に告げる。

「ああ、かつてはとても多くの神が居た。
 だが今はほとんど残っていない。
 治癒の神も、もう滅んだ」

 『創世の神』とやらも、どこか遠くへ行ってしまったらしい。

 残っているのは、一握りの神様だけだと言われた。

 『創世の神』か。白竜教会が信仰する神様は『創竜神』とか言ったっけ。

 なんだか名前が似てるな。

 『どこか遠くへ行ったしまった』なら、その神様への祈りは届くのかな。

 豊穣の神がにこやかに告げる。

「人間の祈りを、神が受け取ることはできるはずだ。
 だが上の世界に行った創世の神が、人の世界に影響を及ぼせるのか。
 それは、今の私にはわからないな」

 創世の神は、今も『死後の魂を判定する役割』を担当しているらしい。

 死んだ人間の魂は創世の神の所へ行き、判定をされて人の世界に帰されるそうだ。

 そして新しい人間として生まれ変わり、次の人生を送るのだ、と言われた。

 死んだ人間の魂が、神様のところへ送られる。

 それは白竜教会の教義だった気がする。

 じゃあ教義は真実だった、ということかな? 神様は違うけど。

 ……そろそろ待ちくたびれたんだけど。

 『精霊眼の見極め』って奴は、まだ終わらないのかな。

 豊穣の神がニコリと微笑んで告げる。

「ああ、見極めは終わっている。
 だが君を見ていると面白いのでね。
 少し観察させてもらっていただけだ」

 私は十二歳とは言え、淑女だぞ?

 淑女を『観察』なんて、随分と良い趣味をした神様だ。

 かなり失礼な人だな!

 豊穣の神がまた、軽やかに笑った。

「ハハハ! すまない、レディ。
 せめてその紅茶を飲んで、気分を落ち着けて欲しい」

 そんなものを出された覚えはない――のだけど、目の前にはティーカップが置いてあった。

 高級そうなカップには、湯気の立った琥珀色の液体が満たされている。

 いつのまに置かれてたの?

 従者の姿なんて、見えないけど。

 豊穣の神が私に告げる。

「私が『そこに在れ』と願えば、それは『そこに在る』。
 それだけのことだ。
 神だからね、簡単なことさ」

 従者や使用人は、この館には居ないらしい。

 豊穣の神は『必要がないからね』と言った。

「――君が欲しければ生み出してもいいが、別に今は必要がないだろう」

 従者を『生み出す』って。

 さっきは『できないこともある』って言ったのに。

 そんな荒唐無稽なことを『できる』と言った。

 この紅茶も、『生み出した』ってことになる。

 言ってることが本当なら、確かに神の御業みわざだ。


 お母様がたまりかねたように声を上げる。

「ちょっと豊穣の神! 三人以上いる時に、心を読んで会話しないで頂戴!
 話が見えないから、私が会話に参加できないわよ!」

 私はそれで、ようやく気が付いた。

「あ、今まで私、まったくしゃべってませんでしたわね……」

 豊穣の神が楽しそうに笑いだした。

「ハハハ! すまない、マリオンが賢いものだから、つい質問に応えてしまった。
 以後、気を付けよう」

 面と向かって『賢い』と言われると、さすがに照れてしまう。

 私は照れ隠しに、紅茶を一口飲んだ。

 うん、お屋敷の紅茶より、良い茶葉を使ってる。美味しい。

 豊穣の神が嬉しそうに微笑んだ。

「そうか、口に合って良かった」

 お母様がイライラしたように豊穣の神に告げる。

「また心を読んでるわよ?! あなたの悪い癖ね!
 ――それで? 見極めた結果は、いつ教えてもらえるのかしら」

「これは間違いなく、かつて私が君に贈った『精霊眼の片割れ』だ。
 私の寵愛が含まれているからね。
 だが、愛の神に『横取り』されているな。
 あいつめ、随分と勝手なことをしてくれる」

 ふぅ、と豊穣の神が小さく息をついて、言葉を続ける。

「マリオンに精霊眼が発現したのは、愛の神のせいかもしれない。
 あいつが何を考えているかは、私にもわからない」

 豊穣の神は、肩をすくめて困った顔をした。

 お母様は眉をひそめて尋ねる。

「愛の神? それは何者なの?」

「その名の通り、『愛をつかさどる神』だ。
 愛と言っても、恋慕の類の愛だね。
 女性が相手を愛する心をつかさどる」

 私たちの言葉で言えば、豊穣の神の『妹のような存在』だそうだ。

 だから力の強さは、豊穣の神と大きく変わらないらしい。

 だけど『戦いの神』の側面を持たないそうだ。

 代わりに、とても大きな力を与えられてるのだとか。

 お母様が怪訝な顔で豊穣の神に告げる。

「……愛の神には、会えないの?」

「では呼び出そう。おそらく来てくれるだろう」

 豊穣の神が言い終わった瞬間、応接室のドアが開け放たれた。

 ドアから部屋の中に、美しい女性が入ってくる。

 長い金髪と人間離れした美貌。

 豊穣の神と、兄妹のようによく似ていた。

 つまりこれが、『愛の神』なんだろう。

 その服装は、質素なシルクを身にまとって、肩で留めてあるだけ。

 貴族子女の常識からしたら、考えられない服装だ。

 とんでもなくはしたないぞ?

 思わず、眉をひそめてしまった。


 愛の神は、豊穣の神の横に腰を下ろした。

 やや不機嫌そうに、愛の神が告げる。

「急に呼び出して、何の用?」

 お母様が愛の神に告げる。

「あなたが愛の神なの?」

 愛の神は、微笑みながら応える。

「ええ、そうよ?」

「あなたがマリーに精霊眼を与えたの?」

「そういうことになるわね」

「――それは何故?!」

 愛の神が、ニコリと私を見て微笑んだ。

「マリオンが望んだから、と言って通じるかしら」

 私が、望んだ?

 愛の神は私に向き直り、うなずいた。

「ええ、そうよ。あなた、強い魔力を求めていたでしょう?
 だから精霊眼に、力を込めて与えたの。
 今の貴方の魔力は、とても強いものになっているわ。
 あなたが望んだとおり、とびきり強大な力を与えてあげたの」

「――ほんとですか?!」

 私は立ち上がって声を上げ、思わず小躍りして喜んでいた。

 ――って、落ち着け自分! これは淑女らしくない!

 私はすぐに我に返り、スカートを整えて座り直した。

 恥ずかしくて、顔を上げていられない。

 愛の神が、クスクスと笑った。

「やはり、私はヒルデガルトよりマリオンの方が好みね。
 ――でもこれは神の試練よ。
 簡単にあなたが望む愛が手に入ると思わないことね」

 神の……試練?

 私は初めて聞くその言葉に、言い知れない不安を感じていた。
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