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118.ジャスミン畑(2)
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――迷ってる時間はない!
私は意を決して、男子たちの隙間から灰色狼めがけ、強くて大きな火炎を叩きつけた。
火炎の奔流はジャスミンと一緒に、灰色狼五匹を燃やし尽くしていく。
辺りにむせ返るほどのジャスミンと、肉の焦げるにおいが立ち込めた。
息をつく間もなく、私は次々と狙いを定めては灰色狼を燃やしていく。
何度目かの火炎魔術で、周囲に居る灰色狼は残り四匹となった。
それを男子たちが複数で取り囲み、なのか戦闘不能に持ち込んでいった。
男子たちが転がっている灰色狼にとどめを刺している間、私は大きく息を吐いた。
――なんとか制御できた。
一歩間違えれば、男子たちを巻き込んでいた。
そうならないように、細心の注意を払って魔術を使っていた。
緊張が途切れ、酷い疲れを自覚した。
集中、しすぎたのかな。
全身が汗まみれで、身体から体温が逃げていく。
サニーが私の額の汗を、ハンカチで拭いていた。
「大丈夫? 酷い汗よ?」
私は精一杯の笑顔で応える。
「あー、だいじょーぶ、だいじょーぶ」
サニーが眉をひそめ、心配そうに私を見つめた。
男子たちがとどめを刺し終わると、サイ兄様が懐中時計を確認する。
「……もう昼に間に合わないな。
雷は覚悟しておけよ?
我が家の家訓は『母上だけは怒らせるな』だ。
それを破るんだからな」
みんながうなずいて、男子たちが来た道を戻っていく。
女子たちも、その後に続いた。
私も後に続こうとして、足を前に踏み出した――その足が、踏ん張り切れずに転んでしまった。
あれ、足に力が入らないや。
転んだ音で気付いたのか、女子三人が私に駆け寄ってきた。
「マリー! どうしたの?! 大丈夫?!」
私はまた、精一杯の笑顔で応える。
「たぶん、緊張が解けて腰が抜けたのよ。
だいじょーぶだって」
私は手を振りながら、笑って応えていた。
ララに手を借りて、なんとか立ち上がる。
だけどやっぱり、足に力が入らない。
うーん、この言うことを聞かない足を、どうしたらいいのかな。
自分の足を見つめて居ると、私の視界を影が覆った。
顔を上げると、サイ兄様が目の前で、険しい顔をして立っていた。
「……サイ兄様?
兄様が先導しないと、道がわからなくなってしまいますよ?」
サイ兄様は返事をしてくれない。
ただ黙って、私を見つめていた。
えっと、これはどうしたらいいのかな?
くるっとサイ兄様が背中を見せ、しゃがみ込んだ。
「……乗れ。おぶる」
「え? でも、森を歩くのにそんなことをしたら、危ないですよ?」
「いいから乗れ。兄貴命令だ」
『命令』なんて言葉を使うの、初めてね。
サイ兄様は、いつも優しい兄だった。
私に無理に何かをさせようなんて、今までしたことはなかったのだ。
だけど、兄の命令なら従わないといけない。
貴族令嬢には、『嫡男の命令』に背く権利なんて、ないのだから。
私は黙って、ゆっくりとサイ兄様の背中にしがみついた。
サイ兄様も、黙って私を両手で支え、立ち上がった。
そのままサイ兄様は、足元を確かめながら、女子三人と一緒に歩いて行く。
時折、先頭の男子たちに道を声で示していた。
サイ兄様が小さな声でつぶやく。
「……すまん。お前の魔力制御が難しいのは知っていたのに。
それに頼らざるを得ない状況を許した。俺の判断ミスだ」
別に、サイ兄様のミスじゃないと思うんだけどな。
マーセル殿下のわがままに付き合った。
ただそれだけのことだ。
灰色狼の群れに出会ったのは、不幸な事故だと思う。
だけど兄様からは、深い後悔の気配が漂っていた。
……そんなに自分を責めなくても、いいのに。
もうしばらく歩けば、森を抜けられる――そこで私たちは、本物の鬼に出会った。
****
侯爵邸に全員で帰り、サロンに移動した。
私以外は一列に整列させられている。
私はソファに横たわり、その光景を眺めていた。
お母様のお説教は、一時間近く続いた。
お父様の話通り、お母様は怒るととても恐ろしかった。
サイ兄様を含め、みんなの顔は青ざめている。
女子三人は、足が震えてるみたいだった。
途中でお爺様が割って入った。
「もう、その辺にしておきなさい」
お母様は黙ってうなずき、お説教の時間は終了した。
****
内庭に昼食用のテーブルが用意され、私たちは食卓に着いていた。
運ばれてくる料理を、みんなは、作法なんてそっちのけで食べ物を胃袋に流し込んでいく。
食べ盛りの子供があれだけ暴れたのだから、お腹が空いてるんだろう。
私たち女子は、比較的お行儀よく、食事を口に運んでいた。
私は帰ってすぐにお母様に体を診てもらって、問題ないことを確認されていた。
精神力の使い過ぎだそうだ。
休んでいれば、すぐ治ると言われた。
私が一人で動けるようになると、お母様は安心したようにため息をついた。
『私は別室で昼食を取ります。
マリーはみんなと食べてらっしゃい』
と言って、お母様は書斎に消えていった。
私は女子三人の隣に合流し、昼食を口に運んでいった。
隣にはお爺様が座っていて、みんなと一緒に食事をしている。
「灰色狼の群れだなんて、みんな頑張ったね」
と、人の良い笑みで健闘を褒めてくれた。
私は疑問に思って、お爺様に尋ねる。
「なぜお母様は、書斎に行ってしまわれたのでしょうか」
「んー? ああ、あれは怒りが収まらないからだろう。
一緒に居るとまた雷を落としてしまう。
だから、気を使ったんだろう」
お母様が家の中で、あれほど怒りを見せるのを、私は初めて見た。
私やサイ兄様は聞き分けの良い子供だったし。
お父様も、お母様を怒らせるようなことはしない人だ。
お爺様が楽しそうに告げる。
「ヒルダは今、子供たちの命を預かる身だ。
だから、神経質になっているんだよ」
私はきょとんとして、小首をかしげる。
「そんなに大変な事なのですか?
他人の命を預かった経験なら、お母様にはあるはずです。
昔、王都を西方国家から守ったじゃないですか」
「それとこれとは、訳が違うのさ。
自ら危険に身を投げ込む愚か者を守るのは、とても難しいことだ。
それが無関係な人間なら、見捨ててしまうくらいにはね」
そんな愚か者を守ろうとして居たら、自分の命がいくつあっても足りない。
だから普通は見捨ててしまうそうだ。
今回は無関係じゃないから、森まで助けに来てくれた。
だけど同じことを繰り返すなら、対応を考えてくるだろう、と言われた。
そのくらい愚かなことを、私たちはしてしまったのだと。
お爺様は、やっぱり優しいなぁ。
みんなが帰って来てからも、ずっと冷静で怒るそぶりもないし。
きっと、教師としての経験が長いから、慣れてらっしゃるのだろう。
私はふと湧いた興味を、お爺様にぶつけることにした。
「お爺様がお母様の立場だったら、私たちをどうされてましたか?」
お爺様は顎に手を当てて少しの間、考えていた。
その後、私にウィンクをしながら告げる。
「お前たちの今日の食事は、無かっただろうね。
優しいヒルダに、お前たちは感謝すべきだ」
――この、貪るように食い散らかしてる成長期の子供たちから、食事を奪い取るの?!
しかも、その後の授業も普通に行うと言っていた。
優しいなんてとんでもなかった。
お爺様こそ、厳しい人なんだな……。
お母様が魔術教師で、本当に良かった。
あとでお母様に、改めて謝ろう。
昼食を先に終えたお爺様が立ち上がった。
「ちょっと様子を見てくるよ」
そう言って、お母様の書斎へ向かっていった。
戻ってきたお爺様がみんなに告げる。
「今日は各自、自習をしていなさい。
何かあったら私か、ヒルダのところにおいで」
と言い残し、お爺様も自分の書斎に戻っていった。
私は意を決して、男子たちの隙間から灰色狼めがけ、強くて大きな火炎を叩きつけた。
火炎の奔流はジャスミンと一緒に、灰色狼五匹を燃やし尽くしていく。
辺りにむせ返るほどのジャスミンと、肉の焦げるにおいが立ち込めた。
息をつく間もなく、私は次々と狙いを定めては灰色狼を燃やしていく。
何度目かの火炎魔術で、周囲に居る灰色狼は残り四匹となった。
それを男子たちが複数で取り囲み、なのか戦闘不能に持ち込んでいった。
男子たちが転がっている灰色狼にとどめを刺している間、私は大きく息を吐いた。
――なんとか制御できた。
一歩間違えれば、男子たちを巻き込んでいた。
そうならないように、細心の注意を払って魔術を使っていた。
緊張が途切れ、酷い疲れを自覚した。
集中、しすぎたのかな。
全身が汗まみれで、身体から体温が逃げていく。
サニーが私の額の汗を、ハンカチで拭いていた。
「大丈夫? 酷い汗よ?」
私は精一杯の笑顔で応える。
「あー、だいじょーぶ、だいじょーぶ」
サニーが眉をひそめ、心配そうに私を見つめた。
男子たちがとどめを刺し終わると、サイ兄様が懐中時計を確認する。
「……もう昼に間に合わないな。
雷は覚悟しておけよ?
我が家の家訓は『母上だけは怒らせるな』だ。
それを破るんだからな」
みんながうなずいて、男子たちが来た道を戻っていく。
女子たちも、その後に続いた。
私も後に続こうとして、足を前に踏み出した――その足が、踏ん張り切れずに転んでしまった。
あれ、足に力が入らないや。
転んだ音で気付いたのか、女子三人が私に駆け寄ってきた。
「マリー! どうしたの?! 大丈夫?!」
私はまた、精一杯の笑顔で応える。
「たぶん、緊張が解けて腰が抜けたのよ。
だいじょーぶだって」
私は手を振りながら、笑って応えていた。
ララに手を借りて、なんとか立ち上がる。
だけどやっぱり、足に力が入らない。
うーん、この言うことを聞かない足を、どうしたらいいのかな。
自分の足を見つめて居ると、私の視界を影が覆った。
顔を上げると、サイ兄様が目の前で、険しい顔をして立っていた。
「……サイ兄様?
兄様が先導しないと、道がわからなくなってしまいますよ?」
サイ兄様は返事をしてくれない。
ただ黙って、私を見つめていた。
えっと、これはどうしたらいいのかな?
くるっとサイ兄様が背中を見せ、しゃがみ込んだ。
「……乗れ。おぶる」
「え? でも、森を歩くのにそんなことをしたら、危ないですよ?」
「いいから乗れ。兄貴命令だ」
『命令』なんて言葉を使うの、初めてね。
サイ兄様は、いつも優しい兄だった。
私に無理に何かをさせようなんて、今までしたことはなかったのだ。
だけど、兄の命令なら従わないといけない。
貴族令嬢には、『嫡男の命令』に背く権利なんて、ないのだから。
私は黙って、ゆっくりとサイ兄様の背中にしがみついた。
サイ兄様も、黙って私を両手で支え、立ち上がった。
そのままサイ兄様は、足元を確かめながら、女子三人と一緒に歩いて行く。
時折、先頭の男子たちに道を声で示していた。
サイ兄様が小さな声でつぶやく。
「……すまん。お前の魔力制御が難しいのは知っていたのに。
それに頼らざるを得ない状況を許した。俺の判断ミスだ」
別に、サイ兄様のミスじゃないと思うんだけどな。
マーセル殿下のわがままに付き合った。
ただそれだけのことだ。
灰色狼の群れに出会ったのは、不幸な事故だと思う。
だけど兄様からは、深い後悔の気配が漂っていた。
……そんなに自分を責めなくても、いいのに。
もうしばらく歩けば、森を抜けられる――そこで私たちは、本物の鬼に出会った。
****
侯爵邸に全員で帰り、サロンに移動した。
私以外は一列に整列させられている。
私はソファに横たわり、その光景を眺めていた。
お母様のお説教は、一時間近く続いた。
お父様の話通り、お母様は怒るととても恐ろしかった。
サイ兄様を含め、みんなの顔は青ざめている。
女子三人は、足が震えてるみたいだった。
途中でお爺様が割って入った。
「もう、その辺にしておきなさい」
お母様は黙ってうなずき、お説教の時間は終了した。
****
内庭に昼食用のテーブルが用意され、私たちは食卓に着いていた。
運ばれてくる料理を、みんなは、作法なんてそっちのけで食べ物を胃袋に流し込んでいく。
食べ盛りの子供があれだけ暴れたのだから、お腹が空いてるんだろう。
私たち女子は、比較的お行儀よく、食事を口に運んでいた。
私は帰ってすぐにお母様に体を診てもらって、問題ないことを確認されていた。
精神力の使い過ぎだそうだ。
休んでいれば、すぐ治ると言われた。
私が一人で動けるようになると、お母様は安心したようにため息をついた。
『私は別室で昼食を取ります。
マリーはみんなと食べてらっしゃい』
と言って、お母様は書斎に消えていった。
私は女子三人の隣に合流し、昼食を口に運んでいった。
隣にはお爺様が座っていて、みんなと一緒に食事をしている。
「灰色狼の群れだなんて、みんな頑張ったね」
と、人の良い笑みで健闘を褒めてくれた。
私は疑問に思って、お爺様に尋ねる。
「なぜお母様は、書斎に行ってしまわれたのでしょうか」
「んー? ああ、あれは怒りが収まらないからだろう。
一緒に居るとまた雷を落としてしまう。
だから、気を使ったんだろう」
お母様が家の中で、あれほど怒りを見せるのを、私は初めて見た。
私やサイ兄様は聞き分けの良い子供だったし。
お父様も、お母様を怒らせるようなことはしない人だ。
お爺様が楽しそうに告げる。
「ヒルダは今、子供たちの命を預かる身だ。
だから、神経質になっているんだよ」
私はきょとんとして、小首をかしげる。
「そんなに大変な事なのですか?
他人の命を預かった経験なら、お母様にはあるはずです。
昔、王都を西方国家から守ったじゃないですか」
「それとこれとは、訳が違うのさ。
自ら危険に身を投げ込む愚か者を守るのは、とても難しいことだ。
それが無関係な人間なら、見捨ててしまうくらいにはね」
そんな愚か者を守ろうとして居たら、自分の命がいくつあっても足りない。
だから普通は見捨ててしまうそうだ。
今回は無関係じゃないから、森まで助けに来てくれた。
だけど同じことを繰り返すなら、対応を考えてくるだろう、と言われた。
そのくらい愚かなことを、私たちはしてしまったのだと。
お爺様は、やっぱり優しいなぁ。
みんなが帰って来てからも、ずっと冷静で怒るそぶりもないし。
きっと、教師としての経験が長いから、慣れてらっしゃるのだろう。
私はふと湧いた興味を、お爺様にぶつけることにした。
「お爺様がお母様の立場だったら、私たちをどうされてましたか?」
お爺様は顎に手を当てて少しの間、考えていた。
その後、私にウィンクをしながら告げる。
「お前たちの今日の食事は、無かっただろうね。
優しいヒルダに、お前たちは感謝すべきだ」
――この、貪るように食い散らかしてる成長期の子供たちから、食事を奪い取るの?!
しかも、その後の授業も普通に行うと言っていた。
優しいなんてとんでもなかった。
お爺様こそ、厳しい人なんだな……。
お母様が魔術教師で、本当に良かった。
あとでお母様に、改めて謝ろう。
昼食を先に終えたお爺様が立ち上がった。
「ちょっと様子を見てくるよ」
そう言って、お母様の書斎へ向かっていった。
戻ってきたお爺様がみんなに告げる。
「今日は各自、自習をしていなさい。
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