愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ

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 応接間で木椅子に腰を下ろしたラインハルト殿下に、私は告げる。

「では、参ります。
 しっかりと魔王の剣を持っていてくださいね」

 戸惑いながらうなずいたラインハルト殿下、その醜い痣に覆われた顔にそっと近づき、私は聖魔法を込めて口づけを交わした。

 まばゆい光が応接間を照らし出し、パキリ、パキリと音が響く。

 最後にパキン、と甲高い音が鳴り響くと同時に、私の魔力が底をついて、そのまま倒れ込んだところをラインハルト殿下に支えられた。

「――アリシア嬢! しっかりしろ!
 魔力を全て使うなど、なんて無茶をするんだ!」

 私はふらつく頭で、なんとかラインハルト殿下を視界に収め、ニコリと微笑んだ。

「魔王の剣はどうなりましたか?」

 ラインハルト殿下が、自分の手を見ているようだった。

「……粉々に砕け散っている。もう跡形も残っていない。
 いったい、アリシア嬢は何をしたのだ?」

「ふふ、私の魔法では、魔王の断末魔を全て浄化することはできません。
 ですから、聖魔法の一つ、≪呪詛返し≫で別の人間に呪いを移し替えましたの。
 魔王の剣に宿っていた邪悪な魔力も上乗せして、ゴルテンファル王家の方々にね」

「なん……だと? それは、どういうことだ?!」

「私は公爵家、ゴルテンファル王家の血筋を引くものです。
 ですからその血脈を辿り、クラウス王子やマティアス王子、ゴルテンファル国王に呪いをお渡ししたのですわ。
 聖女アネットが命がけの祈りを行えば、彼らは救われるでしょう。
 本来、彼女がやるべき仕事をお返ししただけですわよ?」

 かすんで見えるラインハルト殿下の顔から、紫色の痣も消え去っている。

 おそらくは今頃、ゴルテンファル王家の直系たちに、分散して呪いが襲い掛かっていることだろう。

 分散している以上、魔王の剣の魔力が上乗せされていても、一人分の解呪の難易度は本来の呪いより下がっているはずだ。

 正統な聖女なら、これぐらいはこなしてほしい。

「これで、ゴルテンファル王国がヴィンタークローネ王国に攻め込む余裕もなくなったはずです。
 たとえ聖女アネットが解呪できたとしても、数か月は時間が稼げるのではなくて?」

 ラインハルト殿下は、私を戸惑うように見つめて告げる。

「……アリシア嬢、あなたは三年見ない間に、恐ろしい女性に育ったのだな」

 私は上目遣いでラインハルト殿下の目を見つめる。

「幻滅、されてしまったかしら?
 でもラインハルト殿下をいじめた方々に、そしてあなたの死を顧みなかった王族たちに、きちんとあなたの苦難を思い知って欲しかったのです。
 殿下は立派な方です。たとえ孤独でも戦い抜き、最後に魔王すら打ち倒した。
 そんなあなたの命こそが尊いのだと、彼らに知って欲しかったのです」

 私の敬愛するラインハルト殿下は、世界で最も素晴らしい男性なのだと、胸を張って言いたかった。

 そんな彼を陥れたクラウス王子や、彼の訃報をなかったことにした国王、ついでに無理やり私を手に入れようとしたマティアス王子に、ラインハルト殿下と同じ苦しみを味わわせただけだ。

 ラインハルト殿下が、戸惑いながら私に告げる。

「なぜ、そこまでして私などを救ったのだ」

 私は最後の力を振り絞って、ニコリと微笑んだ。

「お気づきになられなかったの?
 三年前、お会いした時から私の心はあなただけのもの。
 あなたが魔王討伐からお帰りになったら、クラウス王子との婚約を破棄して、あなたに婚約を申し込むつもりでしたの。
 少し予定が変わってしまいましたけど、私のこの願い、叶えてくださるかしら?」

 クラウス王子との婚約は、私が幼い頃に王家とお父様が勝手に結んだもの。そこに私の意思など、なかったのだ。

 ラインハルト殿下が苦笑を浮かべたあと、私の額に口づけを落とした。

 私はそれで満足してしまい、急速に意識を手放していった。




****

 私はワイエンマイアー伯爵の養女となり、ラインハルト殿下と婚約を締結した。

 元ローゼンガルテン公爵家の令嬢だったこともあり、私と殿下の婚約は反対する者もなく、民衆からも祝いの声が上がった。

 国王陛下が仰るには、今回の私の働き――殿下の解呪と呪詛返しによるゴルテンファル王国軍の侵攻を未然に防いだ功績が、密かに評価されたらしい。

 ゴルテンファル王国に帰った使者から聞いた話では、ゴルテンファル王家の直系――国王とクラウス王子、マティアス王子は呪いで立て続けに命を落としたという。

 彼らの呪いの解呪を拒み続けた聖女アネットは、『偽聖女』の烙印を押され、処刑されたとも。

 筆頭宮廷魔導士だったルーカスも、直系の王族を襲った呪いに対して無力だった責任を取らされ、地位を剥奪されたそうだ。

 あの国はお父様が王統を継ぎ、ローゼンガルテン公爵家が新しい王家となった。

 となると、弟のエリックが次の国王になるのかな。

 私は新しい王家の王女筋になるわけだから、私とラインハルト殿下の婚約に反対する者なんて、いるわけもないか。


 リビングで静かに紅茶を飲む私に、穏やかな顔のラインハルト殿下が告げる。

「いつか、おそらく数百年後には再び魔王が復活するだろう。
 その時までに、立ち向かえるだけの国家に我が国を育てておかねばならないな」

「私と殿下の子孫ですわよ?
 きっと強く優しく、賢い王子が、魔王に立ち向かってくれるはずですわ。
 ゴルテンファル王国も、弟の子孫が魔王に立ち向かっていく。
 今度こそ、手と手を取り合って魔王を打倒してくれますわよ」

 殿下がクスリと笑みを漏らした。

「アリシアの子孫なら、きっと謀略だろうと屈せずに跳ね返すのだろうな」

「あら? それはどういう意味でして?」

 私が頬を膨らませて抗議の意を示すと、殿下が優しい笑みで頬に口づけを落とした。

「お前の強さを受け継ぐ子供を作らねばな、という話だよ」

「もう! ごまかされませんわよ?!」


 今日もヴィンタークローネ王国は平和だ。

 争いもなく、人々が笑いあっている。

 やがて私とラインハルト殿下は婚姻し、子供を産み育てていく。

 だけど今は――

「ねぇ殿下、今日も海に出かけてみませんか?」

「また海か? アリシアは海が気に入ったのだな」

「だって! 殿下と過ごせなかった三年間、その分を取り戻さなければ嘘というものでしょう?
 今は公務も一区切りついていますし、少し遊びにいくくらいは大丈夫ではなくて?」

 ラインハルト殿下が私の手を取り、その甲に唇を落とした。

「もちろんだとも、我が愛しのアリシア。
 今の私があるのは、全て君のおかげだ。
 君が望むことなら、私は全力で叶えよう」

 私たちは微笑みあいながら立ち上がり、出かける準備をするためにリビングを後にした。
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