偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~

みつまめ つぼみ

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第5章 聖女認定の儀式編

第26話 特別な場所

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 私の部屋のドアがノックされた――アンリ兄様だ。

「大丈夫かシトラス。体がつらいなら、今からでも横になっておくか?」

 私はソファから起き上がり、微笑んで首を横に振った。

「緊張していたので、それで疲れたのだと思います。でも、もう大丈夫ですわ。
 それより、お兄様は王都に来たことがありまして?」

「いや、王都は初めてだ。
 赤ん坊の頃には来たことがあるらしいのだがな」

「では、お兄様に王都をご案内しますわ!
 実は『とっておきの場所』がありますの。
 ぜひそこを、お兄様にも見ていただきたいと思います」

 私はソファから立ち上がり、アンリ兄様の腕を胸で抱えこんだ。

「さぁ、お父様に許可をいただいてきましょう!」

 歩き出した私たちに、レイチェルが慌てて追いついてくる。

「お待ちくださいお嬢様、私も付いてまいります!」




****

 お父様の部屋を訪ねると、お父さんと何かを相談しているようだった。

「お父様、少しお兄様と王都を散策したいのですが、よろしいでしょうか」

 お父様は少し悩むように眉間にしわを寄せた。

「王都を? 体調は大丈夫なのか?」

 私はお父さんの顔を見ながら告げる。

「ええ、お父さんが付いてきてくれるなら、不安はありません」

 お父様がお父さんに振り返って告げる。

「ではギーグ、付いて行ってくれ。
 シトラスの体調が悪くなったら、無理やりにでも連れ帰ってきて欲しい」

 お父さんが不敵に微笑んで答える。

「シトラスのことなら任せておけ!
 アンリ公爵令息も一緒なら、騎士を三人程度連れていくが、構わないか」

 お父様がうなずいた。

「その程度の人数なら、お前の判断で騎士を選んで連れていけ。だが遅くなるなよ」

 お父さんがその場にいる騎士たちに目を走らせ、三人の騎士を選び出した。

「お前たちはアンリ公爵令息を守れ。私はシトラスだけを守る」

 騎士たちはしっかりとうなずき、準備を始めた。

 私はアンリ兄様の腕を胸に抱きしめたまま、公爵家別邸から外へ出た。




****

 てくてくと貴族区画を歩いていく。

 戦乱が始まっていない王都は、平和そのものだ。

 だけどやっぱり国王や宰相の治世で、通り過ぎる人々の顔には疲れが見える。

 お父さんは周囲に目を走らせながら、私の背後を付いてきてるみたいだった。

 時々嫌な気配を感じるけど、身の危険を感じるほどじゃない。

 お父さんが私に尋ねる。

「どこに向かうつもりだ、シトラス」

「王都の貧民区画に、特別な場所があるんだよ。
 そこをお兄様に見せてあげようと思って」

 振り返ると、お父さんの表情が硬い。

「貧民区画だと? あそこは治安が悪い。それをわかって言ってるのか」

「わかってるよ?」

 あそこは貧しい人や、ガラの悪い人が大勢住んでいる場所だ。

 そんな場所でも聖教会の施設はあるし、善良な人たちも住んでる。

 それに道を選べば、比較的安全に移動できることを『前回の人生』で知っている。

 やがて商業区画を通り抜け、貧民区画に入った。

 私が歩いていくと、周囲の人たちは珍しそうに奇異の目を寄越してくる。

 まぁ、お兄様は明らかに貴族だし、貴族がこの場所に近づくこと自体が珍しいからね。

 周囲からの視線に危険は感じない。

 この道は危なくない道だから、住んでる人たちも善良な人が多い。

 てくてくと歩いていった先――そこには、薄汚れている小さな聖教会の礼拝堂があった。

 懐かしい補修の跡。板材で穴をふさいで、なんとか雨風を防いでるだけの場所。

 貧民区画の住民たちが、今日もそんな場所に礼拝に来る。

 私たちもその流れに混じり、礼拝堂の中へ足を踏み入れた。




****

 中は薄暗く、満足な明かりもついていない。

 長椅子のあちこちで、聖神様に必死に祈りを捧げる人たちがいた。

 苦しい生活を救ってほしいと、毎日祈りに来る人たちだ。

 彼らの救いを懇願する眼差しがふっと胸をよぎる――今度こそ、この人たちを救いたい。

 私はそのまままっすぐ祭壇に向かい、その正面に立った。

 アンリ兄様が戸惑いながら尋ねる。

「ここが特別な場所なのか?」

 私はアンリ兄様を見上げて、にこりと微笑んで答える。

「ええ、そうですわ。少し見ていてください」

 私はアンリ兄様から離れ、祭壇の前でしゃがみこんだ。

 目をつぶり、聖神様への祈りを捧げ始める。

 それと共に私を温かい力が包み込み、アンリ兄様や騎士たちの驚く声が聞こえてくる。

「これは……天井から光?」

「明かりなどないのに、どこから光が湧いて来たんだ?」

 そのまま祈りを捧げ続けていると、今度は他の人々の声が聞こえてくる。

「花だ! 花が降ってきてるぞ!」

 私は自分の体に触れる花びらの感触を確認すると、そっと目を開けた。

 私のところに降り注ぐように光が差し込み、天井から白い花びらが舞い落ちる。

 まるで『聖女認定の儀式』のような光景が、ここでは祈るだけで何度でも見られる。

 多分、聖神様の力が強い場所なんだろうな。

 私は舞い散る花びらを手のひらで受け止め、それをアンリ兄様に手渡した。

「聖神様の力が宿ったお守りですわ。
 それを持っていると、悪いことを遠ざけてくれますの」

 私が祈りをやめると、次第に光が収まっていった。

 天井から降ってくる花びらも途切れていく。

 辺りはすっかり元の薄暗い礼拝堂に戻っていた。

 呆然とするアンリ兄様たちに、私は静かに微笑んだ。

 満足、してくれたかな?

 不意に横から、聞きなれた男性の声が聞こえる。

「あなたは……聖女様ですか」

 私はその声に振り向いた。

 振り向いた先には、私だけがよく知る顔があった。

 線の細い、初老の男性司祭――コッツィ司祭だ。

「ええ、そうですわ。お元気そうですわね、コッツィ司祭」

 彼は戸惑うように近づいてきて、私に尋ねてくる。

「申し訳ありませんが、どこかでお会いしたでしょうか。
 初めてお会いすると思うのですが」

 ん-、なんて答えようかな。この場所だし、それっぽい感じにしようか。

 私は微笑みながら答える。

「聖神様が教えてくださったのですわ。
 初めましてコッツィ司祭。
 私はシトラス・ファム・エストレル・ミレウス・エルメーテ。
 よろしくお願いしますわね」

 コッツィ司祭は私の目の前で聖神様に祈りを捧げ始めた。

 この姿、『十年前』と変わらないなぁ。あの時もこんなだったっけ。

「あなたの信心深さは変わりませんわね。
 そんなあなただからこそ、この場所を維持できているのですね」

 アンリ兄様が戸惑いながら私に尋ねる。

「この人は特別な司祭なのか?」

 私は微笑んでうなずいた。

「彼はグレゴリオ最高司祭の友人ですわ。
 一度は最高司祭候補にまでなったのに、『貧民区画の住民を救済したい』と言って、その地位を辞退してしまわれたの。
 それからはこの場所を拠点に、貧民区画で活動を続けている方ですわ。
 伯爵位も持つ貴族なのに、その私財を全て救済に回してしまわれる変わり者よ?」

 コッツィ司祭が目を見開いて私を見つめていた。

「……なぜ、そのようなことまでご存じなのですか。
 あなたのような幼い少女が知るよしもない事情のはずですが」

 私はコッツィ司祭に曖昧あいまいな微笑みを向けた。

「……聖神様が教えてくださったのですわ」

 コッツィ司祭が体を震わせながら私に告げる。

「先ほどの奇跡、拝見しました。
 あなたは間違いなく聖女なのだと確信しています。
 ですが『聖女認定の儀式』は五日後のはず。
 なぜこちらにいらしたのですか?」

「今の奇跡は、この場所でしか起こせないのです。
 『聖女認定の儀式』では聖水の力を借りて奇跡を起こしますが、先ほどの奇跡は私の祈りだけで起こせます。
 それをお兄様にお見せしようと思って、こちらにお連れしたのですわ」

 私は自分の服についている花びらを手に取り、コッツィ司祭に手渡した。

「それは聖神様のお守り。悪い縁を遠ざけてくれますの。
 大きな力は持ちませんが、病を遠ざけてくれます。
 幼い子供に持たせると良いと思いますわ」

 貧民区画の住民は、まともな医療を受けられない。

 病気を遠ざけてくれるだけでも大違いだ。

 コッツィ司祭はすぐに理解してくれて、礼拝堂の従者たちに向けて声を上げる。

「すぐに花びらをすべて回収しなさい! ひとつ残らず、丁重に扱うのです!」

 従者たちが祭壇の周りで花びらをかき集める中、私はコッツィ司祭に告げる。

「その花びらは、礼拝に来た住民たちに一枚ずつ配ってあげてください。
 私も時間があれば、こちらに来て祈りを捧げます。
 少しでもコッツィ司祭のお手伝いになれば幸いですわ」

 十年間、王都にいる間は毎日欠かさなかった、日課のような礼拝を思い出した。

 私やコッツィ司祭にできる救済は小さいものだ。

 それでも『少しでも苦しむ人々を救いたい』と、願って続けた祈りだった。

 コッツィ司祭が私の手を取り、目を潤ませながら告げる。

「ありがとうございます。聖神様のご加護が、あなたにもありますように」

 私はその言葉に、曖昧あいまいに微笑んでうなずいた。

 『聖女を再びやれ』というのは加護に入るのかな。

 重たい使命まで付いてきて、それを加護と断言することができなかった。

 『前回の人生』でも、聖神様の加護は私を守ることができなかった。

 聖神様の力にも限界はあるみたいだ。

 礼拝堂の入り口から、男性の大きな声が響く!

「コッツィ司祭、急患です! 祈祷きとうをお願いできませんか!」

 私とコッツィ司祭は顔を見合わせ、うなずいた。

 ――聖女の力、今こそ使う時だ!

 私たちは礼拝堂の外に向かって駆け出した。
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