横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~

みつまめ つぼみ

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第3章:春の予感

10.

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 カウンター席で真理が拓海と会話を弾ませていく。

 互いの大学時代の話や、高校時代の話。

 よくある何気ない進路の悩みや、淡い恋の話まで。

 微笑みあう二人の会話を切り裂くように、ドアベルが軽快な音色を響かせる。

「――おや、邪魔をしたかな?」

 姿を見せた優美を、あわてて真理が迎える。

「オーナー! どうしたんですか?」

 優美がニコリと微笑んで応える。

「いつも通り、甘味を食べに来た」

 真理が案内するよりも前に、優美はカウンター席に座る。

 カウンターの中に入った拓海が「ブレンド?」と尋ねた。

「そうじゃな、それとイチゴのタルトを所望しようか。
 ――どうじゃ? 真理。少しは慣れたか」

 真理が優美に向き直り、深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。
 ジムの手続きまでしていただいて」

 コロコロと笑いながら優美が応える。

「従業員の福利厚生に気を配るのも、オーナーの役目じゃからな。
 ――ほれ、何をぼうっとしておるか。
 拓海はコーヒーを淹れておって手が離せん。
 こういう時に真理が料理をとってこい」

 ハッと気づいた真理が、あわてて厨房に駆け込んだ。

 業務用冷蔵庫の中からイチゴのタルトを一切れ取り出し、皿の上に乗せる。

 銀色のトレーに乗せたタルトを、静かな足取りで優美の元に届けた。

 コトリと置かれた皿に、優美がにんまりと微笑む。

「次はもっとはよう持ってこよ。
 じゃが拓海一人で切り盛りするより、待ち時間が少ない。
 これは投資のし甲斐があったというものじゃ」

 優美はフォークを手に持ち、美味しそうにイチゴのタルトを口運んでいく。

 真理はそのそばで、おずおずと尋ねる。

「でも、これだけのために私の世話を?」

「ついで、という奴じゃな。
 前も言ったであろう? 『趣味じゃ』と。
 趣味と実益を兼ねた投資じゃ」

 拓海がブレンドの入ったカップを優美の前に置く。

「オーナー、それで今日の味は?」

「んー、七十点といったところかの。
 まだまだ泰介の味には届かんな」

 不機嫌になった拓海が優美に告げる。

「あのレシピ、大雑把すぎるんだよ。
 親父の奴、もう少し細かく教えてくれてもいいのに」

「なに、『泰介からの宿題』とでも思うておけ。
 ここから先は、拓海が自力で辿り着いてみせよ。
 時間はある。焦ることもなかろう」

 楽しげに笑う優美の声が、店内のジャズと混じっていった。




****

 優美が身軽にカウンター席から飛び降りて告げる。

「邪魔したな。ではまた来る」

 来た時と同様に、唐突に優美は店から出ていった。

 真理は空になった皿とカップをトレイに載せ、拓海に告げる。

「奥の洗い場で洗ってきますね」

「うん、お願い」

 真理はトレイを厨房の洗い場へと運んでいった。


 食器を洗いながら、真理はぼんやりと考えていた。

 優美が現れるまで、真理は拓海と楽しくおしゃべりに興じていた。

 あの心地良い時間を、もっと味わいたい。

 そんな思いの芽生えを、胸の中に感じていた。


 カランコロンと、遠くでドアベルの音が聞こえた。

 拓海の「いらっしゃいませ」という声も聞こえ、何かを話しているようだ。

 食器を洗い終わった真理は、急いでカウンターに戻っていった。


 拓海がテーブルでオーダーを受けていた。

 席に座っている女性には、見覚えがある――綾女だ。

「佐藤さん! いらっしゃい!」

 真理の言葉に、綾目がニコリと微笑んだ。

「あら、思っていたよりずっと似合ってるわね、そのエプロン。
 今日から出勤と言っていたのを思い出したの」

 拓海がカウンターに戻っていくのと入れ違いに、真理が綾女のそばに立つ。

「それで来店してくれたの?」

「そうよ? 美味しいコーヒーも、気分転換になるでしょう?」

 クスクスと笑いあう二人に、トレーを持った拓海が近づいて行く。

「いつの間に知り合ったんだい?」

 コーヒーとケーキを綾女の前に置く拓海に、真理が応える。

「土曜日、ちょっとジムに行ってみたの。
 そこで知り合ったのよ」

「ああ、なるほど。
 ――でも抜け駆けされたってこと?」

「だって、やることがなくて退屈だったんだもの」

 真理と拓海を見ていた綾女が、薬と笑みをこぼした。

「マスターと村上さん、随分と仲がいいのね」

 真理と拓海が目配せをした後、赤くなって目をそらした。

 言葉にされてしまうと恥ずかしくなる。

 まだ出会って間もない異性に、これほど近づくのを許した覚えはない。

 真理は今までと違う感触を拓海から得ていた。

 拓海が真理の肩を軽く叩いて告げる。

「お客さんの邪魔をしないようにね」

 カウンターに戻っていく拓海の後ろを、真理も静かに追っていった。




****

 会計を済ませた綾女が「また来るわね」と笑顔で立ち去った。

 テーブルを片付けながら真理が時計を見る――午後五時前だ。

 拓海が真理に告げる。

「食器を片づけたら、今日は上がりにしようか」

「ええ、わかったわ」

 真理は厨房へ食器を運び、拓海は店外から立て看板を回収し始めた。


 真理が食器を洗い終わると、拓海はエプロンを脱いでいた。

「今日から一緒にジムに行くんでしょ?」

 真理は戸惑いながら応える。

「そうだけど……閉店してすぐに行くの?」

「この後の雑務を終えてからだと、ジムが閉まっちゃうからね。
 先に事務を済ませてから、店に戻ってくるよ」

「――そんな! 無理に突き合わせるみたいで悪いわ!」

 拓海がニコリと微笑んで応える。

「無理じゃないさ。
 雑務と言っても、大したことじゃない。
 清掃と帳簿づけ、ついでに明日の仕込みぐらいだ」

 ――立派に仕事が残ってるじゃない。

 肩を落としている真理の背中を、拓海が優しく叩いた。

「僕としても、立ちっぱなしは疲れるからね。
 軽く汗を流して、気分転換みたいなものさ」

「……ごめんなさい、気を使わせて」

 拓海がきょとんとした顔で応える。

「別に気を使ってる訳じゃないよ。
 村上さんと一緒にジムに通えるのが楽――いや、なんでもない。忘れて」

 少し頬を染めている拓海を見て、真理は思わず笑みをこぼした。

「――そうね、それじゃあジムに行きましょうか!」

 真理と拓海は、エプロンをカウンター席にかけたあと、二人で店を出た。




****

 三階のエレベーター前で、真理はたたずんでいた。

 手にはジム用具が入った白い手提げ袋。

 ここで拓海と待ち合わせているのだが、五分待っている。

 六分経ち、七分が経つ頃、ようやくエレベーターから拓海が姿を見せた。

「――ごめん、ちょっと電話が入っちゃって」

 真理は微笑んで首を横に振った。

「ううん、私も今きたところ」

「そう? じゃあ行こうか」

 二人で並んで靴を履き替え、エントランスの先に進む。

 にやけ笑いを我慢している受付の女性の前を通り過ぎ、二人は男女別の更衣室に入っていった。

 更衣室でスポーツウェアに着替えた真理と拓海が、入り口で落ち合う。

「今日はどうする?」

「ランニングマシンにしましょう」

 うなずいた拓海と一緒に、真理はトレーニングルームへと向かった。
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