横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~

みつまめ つぼみ

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第3章:春の予感

11.

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 真理は拓海と並んでランニングマシンに乗り、走り出した。

 土曜日と同じ速さで走る真理の横で、拓海は一段階上の速さで走っている。

「すご……それで持つの?」

「これでもスポーツ経験者だよ?
 これくらいは走れるさ」

 ――高校時代はサッカー部って言ってたっけ。

 既に拓海は上着を脱ぎ、腰に巻き付けている。

 白いタンクトップ越しに、しなやかに鍛えられた筋肉が自己主張していた。

 真理が盗み見ている前で、拓海がフッと笑う。

「よそ見してると危ないよ、村上さん」

「――そんなこと、してませんから!」

 あわてて取り繕ったが、拓海はクスクスと笑みをこぼす。

 すっかり見透かされていると諦めた真理が、拓海に尋ねる。

「スポーツやってたのって、高校までじゃなかったの?」

「料理を作ってると、何かと体を使うからね。
 あまり筋肉が落ちずに済んだみたいだ」


 十分も走ると、真理も汗をかき始めた。

 迷ったが、思い切って上着を脱ぎ、腰に巻き付ける。

 真理も黒いタンクトップ姿で、走り込みを続けた。

 拓海が明るい声で告げる。

「大丈夫? 結構なペースだけど」

「これくらいなら、まだ平気よ」


 三十分もすると、真理がマシンを止めて休憩をする。

 手すりにもたれかかり息を整えていると、拓海がスポーツドリンクを差し出した。

「持ってきてないんじゃない?
 これ、あげるよ」

 どうやら、拓海も真理に合わせてマシンを止めたようだ。

 二人で向き合うようにマシンの手すりにもたれかかり、ドリンクを口にする。

「――ふぅ、ちょっとなまってたのかしら」

「そうかい? 良いペースで走り切ったと思うけど」

 軽く笑いあっていると、拓海の背後から体格の良い男性が近づいてきた。

「拓海、新しい彼女か?」

 豪快な声に、真理は一瞬驚いて身が縮んだ。

 拓海は困ったような笑みで応える。

「そんなんじゃないよ。
 職場の――部下かな?」

 その応えに、真理は落胆する自分を感じていた。

 ――何を期待してたんだろう。

 真理はちらりと男性に視線を送り、拓海に尋ねる。

「その人は?」

「ああ、戸田直也。
 シェアハウスの住人だよ。
 時々、僕の部屋で飲み会をする仲さ」

 男性――直也が大きな声で笑った。

「ハハハ! 拓海の飯は美味いからな!
 あんたも一度、ご馳走になるといい」

「はぁ……」

 直也は拓海の背中を叩いて「頑張れよ!」と声をかけ、去っていった。

「いってぇ……あいつ、力加減をしらないのかな」

 真理が拓海に尋ねる。

「最後の『頑張れ』って、どういう意味だったの?」

「――えっ?! いや、それは、なんだろうな。
 僕にも分からないや」

 真理は少し挙動不審な拓海に小首をかしげた。

「次はバイクに乗らない?」

「いいけど、二十分ぐらいね」

「ええ、わかったわ」


 二人で並んでエアロバイクにまたがり、言葉を交わしながら漕いでいく。

 スポーツドリンクで水分を補給しつつ、真理は心が充実する時間を楽しんでいた。


 二十分のアラームが鳴り、拓海がバイクを止めた。

「ごめんね、そろそろ店に戻らないと」

 真理は首を横に振って応える。

「ううん、私もこれで戻るわ」

 二人で並んで歩きながら更衣室で別れる。

 軽くシャワーで汗を流したあと、服を着替えてエレベーターホールで合流した。

 拓海が腹を抑えながら告げる。

「少し小腹が減ったな。
 やっぱり体を動かすと、夜までもたないか」

「あら、じゃあどこかに食べに行く?」

 拓海は少し考えてから首を横に振った。

「店で食べるよ。
 村上さんはどうする?
 賄いで良ければ出せるけど」

「……そうね、頂いて行こうかしら」

 うなずいた二人が目配せをしながら、エレベーターに乗っていく。

 シャンプーの香りをさせた二人が、静かに一階に降りていった。




****

 閉店後の『カフェ・ド・アルエット』のカウンターで、真理は拓海と並んで座っていた。

 オムライスを食べながら、真理が告げる。

「今度から閉店後に私も作業しようかしら」

 驚いたような顔で拓海が応える。

「なぜだい?
 雇用契約は九時五時だよ?」

 真理がオムライスに目を落としながら応える。

「……マスターだけに雑務を任せるなんて悪いわ」

 拓海が軽妙に笑った。

「そこは気にしないで。
 元々、店内従業員として雇ってるんだし。
 こっちこそ契約外の仕事をさせる訳にはいかないよ」

「でも、それで帰りは何時ごろになるの?」

「ん~、いつもなら九時くらいだけど、今日は十時かな。
 明日の仕込みは、どうしても時間を食うからね」

 ――仕込み、料理か。

 それは真理が手伝えない領域だ。

 真理はおそるおそる尋ねる。

「それで朝は? 何時から準備をしてるの?」

「八時くらいだね。開店する十時までには、それで間に合うよ」

「……それで充分なお金はもらえてるの?
 雇われ店長でしょう?」

 拓海がニコリと微笑んで真理を流し見た。

「部屋を見たろう?
 年齢の割にはもらってる方だよ。
 それに通勤時間がゼロだからね。
 印象ほどきつい仕事じゃないよ」

 真理が小さく息をついて告げる。

「やっぱり、私も手伝うわ。
 私が料理以外をやれば、マスターの帰りも早くなるでしょう?」

 拓海が少し考えてから応える。

「じゃあ、清掃だけ頼めるかな?
 帳簿はまだ、難しいだろうし。
 仕入れのこと、教えてないからね」

 真理は黙ってうなずいた――今の自分にできるのは、それぐらいだろう。

 サクサクとオムライスを食べていく拓海に、真理が尋ねる。

「このまま独り身でもいいの?
 こんなに忙しいんじゃ、出会いもないんじゃない?」

 拓海がスプーンを持つ手を止めて応える。

「そうだなぁ。このままジムに通っていれば、誰かに会えるかも?
 それに今は、村上さんと一緒に働いてるのが楽しいからね。
 特にどうこうしようって気も起らないかな」

 ――それは、どういう意味だろうか。

 真理が悩んでいると、拓海のスマホが着信音を鳴り響かせた。

「――はい、拓海ですが」

『おい拓海! 今夜のまないか!』

 無音の店内で、離れている真理にも聞こえる声――さっき出会った直也だ。

 拓海が眉をひそめて直也に応える。

「え? 今夜? なんで急に」

『新しい従業員が来たんだろう?
 歓迎会だよ! 夜十時でどうだ?
 お前の部屋で飲もう!』

「僕の一存じゃ決められないよ。
 ――村上さん、十時から飲み会しないかって」

 真理はあっけに取られながらうなずいた。

「私は構わないわ。
 でもマスターは大丈夫なの?」

 拓海がニヤリと微笑んだ。

「これくらい、いつものことさ。
 ――おい直也、オーケイだってさ」

『わかった! つまみは俺たちが買っておくぞ!
 飲みたい酒はあるか?!』

「いつも通りでいいよ。
 じゃあ十時ね」

『おう! あとでな!』

 通話を切った拓海が小さく息をついた。

「――ったく、強引な奴だな」

 真理がクスリと笑った。

「仲が良いの?」

「飲み仲間ってとこかな。
 同じシェアハウスの住人だから、顔を合わせてるうちにね。
 ちょっとやかましい奴だけど、悪い奴じゃないから」

 真理は静かにうなずいた。

 拓海はオムライスをかき込んで平らげると、真理に告げる。

「じゃあ僕は先に仕込みを終わらせてくるね。
 掃除のやり方は教えておいたよね。
 わからないところは、そのままでもいいから」

「うん、わかった」

 カウンター席から立ち上がった拓海が、自分の皿を持って厨房へ消えた。

 真理はゆっくりとオムライスを口にしながら考える。

 ――飲み会か。今度は失敗しないようにしないと。

 どこか懐かしい響きに、わずかに頬を緩ませながら真理は食事を続けた。
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