横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
17 / 33
第4章:大人のデート

17.

しおりを挟む
 アラームの音で真理の目が開く。

 欠伸を噛み殺しながら着替えを用意し、入念にシャワーを浴びていく。

 下着を装着し、洗面台の前でわずかに頬を染める。

 ――やっぱり、ちょっと大胆かなぁ?

 だが豪華な下着は気分を高揚させる。

 自分は『これから戦いに行くんだ』と自覚しながら、真理は自分の両頬を叩いた。

 見られようと見られまいと、下着は『戦いに臨む服』なのだ。

 ベッドの上に服を並べ、コーディネートを確認する。

 順番に自分を着飾らせ、さらに気分が高揚していった。

 化粧を施し、ジャケットを羽織る。

 姿見の前で自分の出来栄えに満足し、会心の笑みを見せた。

 今の自分が一番美しい――そう確信した。

 小ぶりのショルダーバッグを肩に引っ掛け、時計を確認する。

 午前九時三十分。待ち合わせの時間だ。

「――っと、いけない」

 真理は小走りで玄関を飛び出し、エレベーターに飛び乗った。




****

 『カフェ・ド・アルエット』の前では、拓海が空を見上げながら待っていた。

 モスグリーンのジャケットに白い開襟シャツ。

 ダークグリーンのスラックスに、白いスニーカー。

 耳にはいつもと違うピアスをつけている。

「――ごめんなさい、待った?」

 拓海が笑顔で真理に振り向く。

「いいや? ぜんぜん。
 ――それより、すごいね。
 とっても綺麗だ」

 真理が照れながら髪を触った。

「……そう?」

「スマホで撮影していいかな?」

「だーめ!」

 笑い合いながら、拓海がさりげなく手を差し出す。

 真理は緊張に気付かれないように、ゆっくりと拓海の手を取った。


 大通りを、桜木町駅に向けてゆっくりと歩いて行く。

 通り過ぎる何人かの男女が、真理や拓海に振り向いていた。

 拓海が穏やかに告げる。

「気づいてる? 真理が目立ってるよ」

「拓海さんだって目立ってるじゃない」

 ――むしろ、拓海さんの顔の良さに振り向く女性の方が多くない?

 そんな真理の不安を察したかのように、拓海が手を握り直した。

 無言で伝わってくる気持ちを感じ、真理は胸の奥が熱く燃えていた。

 こんな気持ちを味わうのは、何年振りだろう。

 もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。

 それほどの高揚を拓海の手から感じ取っていた。

 やがて歩道橋を渡り、桜木町駅が見えてくる。

 真理と拓海は、手をつなぎながら駅前の映画館へ吸い込まれて行った。




****

 拓海が窓口で当日チケットを購入し、席が半分埋まったシアターに二人で入る。

 中央寄り後方の席を確保し、拓海が真理を座らせた。

「ちょっと飲み物買ってくるよ。
 コーラでいい?」

 真理がうなずくと、拓海が軽やかに通路に出てシアターから出ていった。

 客は若いカップルが多そうだ。

 平日水曜日の午前、こんな時間にデートができるのは、大学生がほとんどだろう。

 真理はそっとハンカチを取り出し、手汗を拭った。

 自分でも驚くほど緊張しているのがわかる。

 ――緊張してるの、バレてないかな。

 二十八歳の女性として、大人びたところを見せてやるぞ、と決意していた。

 拓海が無邪気な笑顔で、両手に紙コップを持って戻ってくる。

「はい、真理。
 ――どうしたの?」

 うっかり拓海の笑顔に見惚れていた真理が、あわてて応える。

「なんでもないわ。
 ありがとう、拓海さん」

 澄ました笑顔でコーラを受け取り、一口飲んでからドリンクホルダーに置く。

 拓海も一口飲んだ後、コーラをホルダーに置いた。

 やがてシアターの照明が落とされ、アナウンスが響いてくる。

 ――おっと、マナーモードか。

 真理がスマホを取り出し、マナーモードにセットする。

 ついでに横目で拓海を見ると、ゆったりと椅子に座って真理を見つめていた。

「……どうしたの?」

「なんだか、嬉しくて」

 そっと肘置きの上に差し出された手。

 真理はスマホをバッグにしまってから、おずおずとその手に手を重ねる。

 照明が真っ暗になり、予告編が開始された。




****

 ロマンス映画を見ながら、真理は拓海と小声で感想を言いあった。

 耳打ちで寄せられる顔に戸惑い、耳にかかる息に高揚する。

 すっかり舞い上がってしまった真理は、映画の内容をほとんど覚えていなかった。

 シアターが明るくなり、拓海が告げる。

「どうだった? 楽しめた?」

「うん、とっても!」

 ――映画じゃなく、拓海さんを、だけどね。

 手を握られ、人の流れに乗りながらシアターを出ていく。

 拓海が琥珀色の眼差しで真理を見つめた。

「お腹空いたでしょ、あっちに行こうか」

 真理は黙ってうなずいて、拓海に手を引かれて歩く。

 平日午前でも、桜木町駅前は混み合う。

 そんな人混みから、真理を守るようにしながら拓海が歩いて行く。

 再び歩道橋を渡り、ホテルのレストランに入っていった。


 みなとみらいを一望できる窓際の席で、拓海が告げる。

「ここはビュッフェなんだ。
 食べたいものはある?」

「うーん……」

 正直、真理は食欲どころではなかった。

 朝食も食べていないのに、空腹を感じない。

 胸がいっぱいで、何を食べたらいいのかわからなかった。

 拓海がニコリと微笑んで告げる。

「じゃあ適当にとってくるね」

 拓海が席を立ち、料理を取りに行った。

 混み合ったレストラン、その人波に消える拓海を見届け、真理は窓に目を向けた。

 身近だが遠かった『みなとみらい』。

 学生時代から知ってはいたが、目の当たりにすると感動すら覚えた。

 遠くでは水平線が見えるほど海が広がり、船が行き交っている。

 『カフェ・ド・アルエット』とは別の穏やかさがそこにはあった。

 浮足立っていた真理の心が、少しずつ落ち着いて行く。

 小さく腹の虫が鳴る頃、拓海が真理の元へ戻ってきた。

「はい、これが真理の分」

「ありがとう、拓海さん」

「じゃ、食べようか」

 海を眺めながら、真理と拓海は料理を口にしていった。

 ――でもやっぱり、拓海さんは顔がきれいだな。

 みなとみらいという場所にいても浮くほど綺麗な顔立ち。

 先祖が外国の『あやかし』と言っていたが、その影響だろう。

 日本人離れした拓海は、レストランでも輝いて見えていた。

 拓海がフォークを置き、スマホを窓に向けた。

 撮影音がして、画面を確認した拓海がスマホをテーブルに置く。

「何を撮影したの?」

「初めて真理と見た海を、記念にね。
 これでいつでも、今の気持ちを思い出せるでしょ」

 ――何かを言わなきゃ。

 胸が苦しくて、言葉が出てこなかった。

 目の前の拓海という一人の男性に、真理は完全に翻弄されている。

 そんな自分を自覚しながら、真理は平静を装い、食事を続けた。




****

 レストランを出た真理と拓海は、みなとみらいを堪能していった。

 観光客に混じりながら、赤レンガ倉庫までを歩いて行く。

 拓海は『今日の記念に』と、小さな船のキーホルダーを二つ購入していた。

 そのうち一つを真理に手渡す。

「もらってくれる?」

「……うん」

 真理はキーホルダーを、大切にバッグにしまい込んだ。


 遠目ではいつも見ていた大観覧車前を通り過ぎ、ドッグヤードガーデンまで戻っていく。

 付近ではストリートパフォーマーが彫像芸を見せていた。

 人だかりに紛れ、拍手とチップを送る。

 手をつないでランドマークタワーに入り、喫茶店で一息ついた。

「ちょっとお手洗い行ってくるね」

「あ、じゃあ私も」

 化粧室に入った真理は、ミラーの前で洗面台に両手をついて脱力していた。

 ――し、心臓がもたない!

 真理の胸は鎮まることを知らなかった。

 まさか地元横浜、身近なはずのみなとみらいで、こんなデートになるなど思いもしない。

 鏡で顔を入念にチェックしていく――崩れてないよね?

 軽く化粧を直し、髪を整えて気合を入れる。

 ――負けっぱなしじゃないからな!

 真理は気合を入れて、席に戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...