横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~

みつまめ つぼみ

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第5章:両親

20.

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 朝の陽ざしで、真理が目を覚ます。

 拓海の胸に包まれた真理が、目の前の拓海の頬に手を触れた。

 ――夢みたい。

 穏やかな日常、信頼できるパートナー。

 ほんの少し前まで、全てを失っていたのが嘘のようだ。

 腰かけ就職のつもりだった『カフェ・ド・アルエット』への就職。

 それがまさか、永久就職になるかもしれないなんて。

 人生、何があるかわからない。

 すべては優美の支援が始まりだった気がした。

 座敷童が結ぶ縁――そんな奇妙な感覚に、真理は頬を緩ませた。

 ――『やりたいことを思うようにやる』、か。

 言うのは簡単だ。

 だけど一歩踏み出すのは、とても難しい。

 背中を後押ししてくれる優美の存在に感謝しながら、真理は拓海の胸に頬を埋めた。


 スマホのアラームが鳴り、拓海が目を覚ます。

「……おはよう、真理」

「おはよう、拓海さん」

 ゆっくりと起き上がった拓海が、欠伸を噛み殺しながら真理の頭を撫でた。

 アラームを止め、拓海が洗面台に向かう。

 真理もその後を追って、顔を洗いに向かった。




****

 拓海が着替えを済ませて真理に告げる。

「じゃあ先に店に行ってるから。
 真理はいつも通りでいいよ」

 拓海がパタパタとあわただしく玄関を飛び出る。

 真理はその姿を見送ったあと、一人残された部屋を見回す。

 拓海の残り香を胸に吸い込みながら、これからのことを考えていた。

 ――キャリアプラン、どうしようかな。

 拓海と結婚して、共に喫茶店経営に関わる。

 それが一番安定しているだろう。

 だが働く一人の女性として、武器になるスキルを身に付けてもみたかった。

 考えたくはないが、この関係がずっと続くとは限らない。

 その時の保険を作るためにも、外に仕事を求めることも考えるべきかもしれない。

 ふぅ、と真理がため息をついた。

 ――今から破局を視野に入れるなんて、不誠実だ。

 頭を振った真理は、元気に立ち上がって気合を入れた。

 やりたいことを、思った時にやる。

 今は拓海と喫茶店を切り盛りするのが、やりたいことと言えた。

 それを胸に確認してから、真理は着替えをしに自分の部屋に向かった。




****

 開店した喫茶店のカウンターで、真理は拓海と隣り合ってコーヒーを飲んでいた。

 拓海が真理に告げる。

「真理はやりたいこと、見つけられそう?」

 きょとんとした顔で真理が拓海を見つめた。

「どうしたの? 急に」

「ほら、喫茶店の従業員じゃつぶしが効かないだろう?
 それに今なら、真理もやりたい仕事が見つかるかも。
 そう思っただけだよ」

 真理が拓海の頬を指で引っ張りながら告げる。

「なあに? 私を店から追い出して、女の子でもつれ込みたいの?」

 拓海が楽しそうに微笑みながら、真理の手に触れた。

「僕らの年齢って、大切な時期だろう?
 飲食業って忙しくて時間が無くなるしさ。
 やりたいことがあれば、それを優先した方がいいよ」

「お店はどうするの?
 人手が足りないから求人広告をだしたんでしょ?」

「接客対応が充分にできないのは確かだけど。
 また誰か、新しい人を雇えばいいだけだし。
 元気になれた真理なら、やりたいことが見えるんじゃないかな」

 真理が拓海の目を見つめた。

「本気でそれを言っているの?」

「本音を言えば、今のままがいいなって思う」

 真理がフッと微笑んで拓海の唇を奪った。

「それなら余計な気を回さなくていいわよ。
 いいじゃない、ここで働きながらバリスタの資格でも取れば。
 それは立派に一つの働き方よ」

「……ありがとう、真理」

「どういたしまして」

 微笑みあいながら、カウンターの中で真理は拓海に包まれた。




****

 昼食をはさんで、真理は拓海からコーヒーの淹れ方を教わっていた。

 普段は使われないが、店内にはエスプレッソマシンも置いてある。

 それを使ってエスプレッソを作り、拓海がカフェラテを淹れていった。

 ラテアートを器用に作る拓海のスキルに感心しながら、真理が告げる。

「こんなこともできないといけないのね」

「別に必須じゃないよ。
 お客さん受けがいいから、チェーン店だと求められるけどね。
 バリスタは資格がなくてもなれる仕事だから」

「拓海さんはどうやって覚えたの?」

「オーナーに専門学校に通わせてもらったよ。
 一応、資格は持ってる」

 真理がおずおずと尋ねる。

「その資格って、簡単?」

「普段からコーヒーを淹れ慣れてれば、難しいことはないよ。
 問題があるとしたら、この店じゃ使い道がないことかな?」

 真理が小さく息をついた。

「なんだか、バリスタの世界もややこしいのね」

「もっとシンプルに考えればいいのさ。
 お客さんにコーヒーを楽しんでもらう。
 そんなサービスを提供するのがバリスタだからね。
 名前なんて、実はどうだっていいんだ」

 真理は少し考えてから拓海に尋ねる。

「私がバリスタの資格を取るとして、学校に通った方が良いの?」

「他でも通用するバリスタになりたいなら、通った方が無難かな。
 一年か二年、通いながら資格を取得する感じ。
 僕は一年で資格を取得して、それで終わりにしちゃった」

 学校に通うとなれば、日中の接客業務はできなくなる。

 週三日のコースだとしても、週の半分は休まなければならない。

 ふぅ、と憂鬱なため息をつく真理に、拓海が告げる。

「お店のことは心配しなくていいよ。
 やりたいこをがあるなら、それを優先して」

 ――やりたいことか。

 この店でいつまでも拓海と一緒に働きたい。

 今はそれ以上の未来絵図を思い描くことが、真理にはできなかった。

 ぼんやりしている真理が、拓海に尋ねる。

「私、このままでいいのかな」

「別に構わないんじゃない?
 無理にキャリアを作る必要もないし。
 やりたいことがみつからないなら、じっくり待つのも手だよ」

 真理がクスリと笑った。

「さすが、『自分探し』のプロが言うことは違うわね?」

 拓海が唇を尖らせて応える。

「あー酷いなぁ。
 今はきちんと店を切り盛りしてるだろう?」

「それで満足できてるの?」

 拓海がカフェラテを見つめながら応える。

「……こうして真理と巡り合えたからね。
 きっと親父の跡を継ぐのが、正しい道なんだよ。
 だから店が潰れるまでは、守っていこうかなって」

 真理が拓海の手にそっと触れた。

「私にその手伝いをさせてもらえる?
 拓海さんのそばで、お店を守る手伝いを」

 拓海が真理に振り向いて尋ねる。

「それで本当に後悔しない?
 僕は真理の幸せを大切にしたい」

 真理がニコリと微笑んだ。

「後悔ならするかもしれない。
 でもそうなったら、また立ち上がればいいだけ。
 あとで悔やむことを恐れて、今ベストを尽くさないなんて不誠実よ。
 すべてを含めて私なんだもの。
 失敗を恐れる必要なんて、ないんじゃない?」

 拓海が嬉しそうに微笑んで、真理の頬にキスをした。

 真理が拓海に抱き着き、拓海がそれを受け止める。

 刹那主義かもしれない――それでも今は、この幸せを。

 ようやく手にした明るい未来、それを二人は胸いっぱいに吸い込んでいた。
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