横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
30 / 33
第7章:バトンタッチ

30.

しおりを挟む
 食事を済ませた美代子が帰ろうとしたところで、真理が呼び止めた。

「ちょっと待って秋元さん、あなた今夜、時間があるかしら」

 美代子が振り返って尋ねる。

「今夜ですか? 別に大丈夫ですけど」

 真理が微笑んで告げる。

「あなたの歓迎会をしようって、みんなが言ってるの。
 午後九時に私の家に集まれないかって。
 参加費は無料だけど、どうする?」

「はぁ、無料なら構いませんけど」

 真理がニコリと微笑んだ。

「決まりね。時間になったらあなたの部屋に迎えに行くわ。
 それでいいかしら?」

 美代子は黙ってうなずいて、『カフェ・ド・アルエット』から出ていった。

 その背中を見送った真理が、ぽつりと告げる。

「消極的な子ね。
 若い子との付き合い方、ちょっとわからないわ」

 拓海がクスリと笑って応える。

「君と四歳しか違わないよ。
 まだ打ち解けられてないだけさ。
 同じビルの住人同士、そのうち仲良くなれるって」

 真理はうなずき、ゆっくりと食事を食べ進めていく。

 拓海はそんな真理を幸せそうな微笑みで見守っていた。




****

 午後九時になり、真理が四階一号室のインターホンを押した。

『――はい』

「私よ、千石真理。迎えに来たわ」

『ちょっと待っててください』

 扉の向こうで足音が聞こえてきて、ゆっくりとドアを開けて美代子が顔を出した。

「お待たせしました」

「じゃあ行きましょうか。
 私の家は六階よ」

 ゆっくりとエレベーターホールに移動し、六階に上がっていく。

 六階は家族用の賃貸物件が並ぶフロアで、辺りは静まり返っていた。

 真理のあとを歩きながら、美代子が尋ねる。

「どんな人が参加するんですか?」

「このビルの住人よ。
 みんないい人だから、怖がる必要はないわ」

 真理が一号室のドアにスマホをかざし、ロックを解除して扉を開ける。

 中から響いてくる賑やかな声が、美代子の耳に届いた。

 整頓された玄関から続く短い廊下を抜ける。

 ドアを開けると、広いリビングではすでに酒盛りの準備が済んでいるようだった。

 豪快な声で直也が告げる。

「おー! 今日の主賓が来たな?!」

 声の大きさに驚いた美代子が、体をすくませた。

 真理に背中を押されながら中に入り、ローテーブル周りに腰を下ろす。

 今日の参加者は美代子を淹れて七人。

 真理が美代子に微笑んで告げる。

「改めて、私が千石真理よ」

 その隣に座る拓海が告げる。

「僕が夫の千石拓海だ」

 直也が楽し気に笑いながら告げる。

「俺は戸田直也、ジムのインストラクターだ」

 その隣、ひょろっとした厚樹がおずおずと告げる。

「松島厚樹、システムエンジニアです」

 綾女がニコリと微笑んで告げる。

「私は佐藤綾女、二号室だからお隣さんね。
 ライター業をしているの」

 その隣で瞳が缶ビールを手にしながら告げる。

「私は吉田瞳……漫画家」

 最後に美代子が恐縮しながら告げる。

「えっと、秋元美代子です」

 拓海が手を打ち鳴らして告げる。

「お酒は行き渡ったかな?
 それじゃあ――秋元さんの入居を祝って、乾杯!」

 缶ビールが打ち合わされ、賑やかに飲み食いを始めた。

 美代子はちびちびとビールを飲みながら、隣でお茶を飲む真理に告げる。

「いろんな人が居るんですね」

「そうかもね。
 困ったことがあれば、いつでも相談して。
 私たちで良ければ、力になるから」

「はぁ……」

 美代子が部屋を見回すと、棚に育児雑誌が置いてあった。

 老舗のブランドなので、美代子でも聞いたことがある雑誌だ。

「今時、紙の雑誌を買ってるんですか?」

 真理がクスリと笑って応える。

「私ね、元出版業なの。
 だからつい、紙の雑誌を買ってしまうのよね。
 あの雑誌ひとつを作るのに、どれだけの手間がかかってるか。
 ――そう考えると、なんだかスマホで済ませる気になれなくて」

「はぁ……」

 美代子はサラダを小皿に取って口に運びつつ、部屋を見ていく。

 すでに用意されたベビーベッドやおもちゃ類。

 整理された部屋の一角で、それらが異彩を放っていた。

「もう用意してるんですか? ベビー用品」

「オーナーが買ってきちゃうのよ。
 待ち遠しくて、仕方がないみたい」

 ――変な座敷童だな。

 もっとも、座敷童自体が変なのだが。

 自分の認識が崩壊しつつあることに、美代子はまだ気づいていなかった。


 歓迎会も無事終わり、それぞれが家に戻っていく。

 美代子も立ち上がり、「ごちそうさまでした」と告げて出ていった。

 淡白な反応の美代子を見送り、真理が告げる。

「やっぱり反応が薄いわね」

 宴会跡を片づけながら、拓海が応える。

「そのうち慣れてくれるって」

「そうかしら。少し不安だわ」

 心配している真理の額に、拓海がキスをしていく。

「大丈夫、僕とオーナーがなんとかするよ」

 うなずいた真理が「先に寝るわね」と寝室に向かった。

 拓海は真理を支えながら、一緒に寝室に歩いて行った。




****

 初夏に入り、『カフェ・ド・アルエット』の店内で美代子はのんびりとスマホを見ていた。

 滅多に客が来ないこの店は、実に快適だ。

 暇をつぶす手段さえ持っていれば、こんなに条件が良い就職口はないだろう。

 真理はもう臨月に入り、自宅で体を休めている。

 拓海はカウンターの中で静かにコーヒーを淹れていた。

「そろそろ慣れてきたかな?」

 美代子がスマホから顔を上げて応える。

「そうですね、だいぶ。
 お給料の大半が返済に回るのが苦しいですけど」

 拓海がクスリと笑った。

「無理して返済しなくてもいいんだよ?
 オーナーは『いつでもいい』と言ってるんだろう?」

 美代子が真面目な顔で応える。

「そうはいきませんよ。
 境遇に甘えて居たら堕落します。
 『借りたら返す』! 基本じゃないですか」

「真面目なんだねぇ、秋元さんは。
 ――はい、ブレンド」

「あ、ありがとうございます」

 美代子がコーヒーに口をつけていると、カランコロンとドアベルが鳴った。

「――拓海、ブレンドとエッグタルトじゃ」

 拓海が「了解」と応え、再びコーヒーを淹れていく。

 美代子は優美に水を出してから、小走りで厨房に入っていった。

 カウンター席に座る優美が、拓海に告げる。

「どうじゃ? 巧くやれておるか?」

「どうかなぁ? まだ壁を感じるかな」

 優美がため息をついて応える。

「おんし、人付き合いは得意ではなかったのか?
 まっこと情けないのう」

 拓海が苦笑しながら告げる。

「面目次第もございません。
 ――真理の様子は見てきたんですか?」

 優美がニタリと微笑んだ。

「もちろんじゃとも。
 日々成長していく稚児ややこが愛おしいわ。
 あの子は儂が見えるかのぅ……少し心配じゃ」

 美代子がトレーにエッグタルトを乗せ、優美の元へ運んだ。

「お待たせしました」

「うむ――なぁ美代子や。
 おんしはもう少し、愛嬌があってもよいのお」

「愛嬌、ですか?」

「人に対して、心を開けと言うておる。
 これが今どきの若者やもしれんが、それでは人生がつまらんぞ?
 孤独のまま生きるのも道じゃが、関わって生きるのも楽しいものじゃ」

「はぁ……」

 美味しそうにエッグタルトを頬張る優美を見て、美代子があきれていた。

 人の道を説く座敷童――理解の外だ。

 苦笑を浮かべている拓海のスマホが鳴り、それを手に取る。

「――はい、どうしたの真理。
 え? 救急車? ――待ってて、すぐ行くから!」

 通話を切った拓海が、美代子に告げる。

「ごめん、真理の出産が近いみたい。
 お店任せるけど、大丈夫かな」

 優美が手で追い払うように拓海に告げる。

「どうでもよいから、おんしははよう真理のところへゆけ。
 あとのことは儂に任せよ」

 拓海は「ごめんね!」と叫んでエプロンを脱ぎ捨て、店の外に駆けていった。

 優美はコーヒーを口にしながら、ぽつりと告げる。

「さすがの拓海も、初めての稚児ややこでは冷静になれぬか。
 あやつもまだ青いのう」

 美代子がおずおずと優美に尋ねる。

「あのぅ、私はどうしたら?」

「外の看板を店内にしまってしまえ。
 店を閉めたら、そのまま帰るが良い。
 鍵は儂が閉めておこう」

「はぁ……」

 うなずいた美代子が、言われた通りに閉店処理をしていく。

 店を閉めたあと、美代子は「おつかれさまでした」と告げ、自宅に戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...