宝石のような時間をどうぞ

みつまめ つぼみ

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第2章:クラスメイト

10.

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 私はお客さんの役をやるため、一度お店の外に出た。

 振り返ってみても、ちゃんと喫茶店になっていて、扉の奥でマスターが早苗さなえたちに何かを教えてるのが見える。

 ……ここが神社かぁ。

 ちょっとした感慨を覚えながら、私はドアに手を伸ばした。


 私が入店すると、歩美あゆみがカウンター席からこちらに歩いてくる。

「いらっしゃいませ、『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ。
 お客様は一名様ですか」

「はい、そうです」

「ではお席へご案内します。
 こちらへどうぞ」

 丁寧に手近な席に案内され、メニューを渡された。

 私は歩美あゆみを見上げて告げる。

「ブレンドを一つ」

「かしこまりました」

 歩美あゆみは伝票に鉛筆で書きこみ、カウンターに向かって告げる。

「ブレンド一つ入りました」

 マスターがうなずいてコーヒーを入れ始める。

 歩美あゆみがカウンターに戻っていき、コーヒーを入れ終わるのを待っていた。

 コーヒーが出来上がると、それをトレイに乗せ静かに歩いてくる。

 コトリと小さな音を立てて、カップが私の前に置かれた。

「ごゆっくりどうぞ」

 カウンターに戻っていった歩美あゆみに、マスターが拍手をしていた。

「よくできてるね。
 未経験者なのに迷いがない。
 普段から店員の動きを見てるんだね」

 歩みが得意気に髪をかき上げた。

「これくらい、当然です」

「――でも、最初にお水を出し忘れてる。
 そこだけが減点かな」

 歩みが「あっ!」と口を手で押さえていた。

 どうやら冷静に見えて、彼女も緊張していたらしい。

 マスターがクスクスと笑いながら早苗さなえに告げる。

「次は荒川あらかわさんだね。
 お客さんの役は、また伊勢佐木いせざきさんにお願いしようか」

「はい!」




****

 早苗さなえはちょこちょこ手順を忘れかけていたけど、ちょっと待ってあげれば思い出せていた。

 マスターがニコリと微笑んで告げる。

「本番でも、今みたいにできれば充分だ。
 少しくらいミスしても、怒るようなお客さんはまずこないからね。
 もし相手にできないお客さんがいたら、僕が相手をするから安心して」

「はい!」


 研修の後片付けをしていると、カランコロンとドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ!」

 私たち三人の声が店内に響き渡る。

 入ってきたお客さん――顔のない和服のお爺さんが、驚いたようにたじろいでいた。

 同時に、早苗さなえ歩美あゆみも悲鳴を上げる。

「キャー! お化けー?!」

 マスターが楽しそうに口を開く。

「二人とも、落ち着いて。
 ――三井さん、久しぶりだね。
 ごめんね、騒がしくて」

 顔のないお爺さん――三井さんが、戸惑うように応える。

わしはかまわんが……しかし、こりゃ人間かい?
 あんたが人間を雇ったって、何年振りだろうねぇ」

「ハハハ! かんなぎ以外を雇ったって意味では、初めてかな?
 ――荒川あらかわさん、接客して」

「――え?! 私ですか?!」

 おどおどとした歩美あゆみが、マスターと三井さんを交互に眺めた。

 マスターが穏やかな表情で歩美あゆみに尋ねる。

「接客は無理? じゃあバイトは諦めるってことで、いいかな?」

 ハッとした歩美あゆみが、マスターの顔を見つめてから自分の頬を両手で叩いた。

「――いえ、できます!」

 ゆっくりと歩美あゆみが三井さんに近づいて行く――やっぱりちょっと、及び腰かな。

「い、いらっしゃいませ。
 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ。
 一名様ですか?」

「ああ、そうだよ、お嬢さん」

 どこから声を出してるんだろう、三井さん……。

 歩美あゆみがぎくしゃくした動きで手で示す。

「お席へご案内します。
 こちらへどうぞ」

 そのまま、三井さんに背中を見せないようにカニ歩きをしながら、席へ案内していく。

 ……背中を見せるのが怖いのか。

 三井さんから楽しそうな声が聞こえる。

「ハッハッハ! 取って食いやしないよ!」

「あはは……」

 三井さんがゆっくりと席に座ると、歩美あゆみはあわててカウンターに戻り、一息ついていた。

 私は歩美あゆみを肘で小突きながら告げる。

歩美あゆみ、お水お水」

「わ、わかってるってば!」

 歩美あゆみが冷たいお水を用意して、三井さんの前に持っていき、コトンとコップを置く――手が震えてるなぁ。

 三井さんが歩美あゆみを見上げて告げる。

「カプチーノ。ダブルで」

 渋いものを注文するんだな?!

 え?! 和服ののっぺらぼうが、カプチーノをダブルで飲むの?!

 歩美あゆみも戸惑いながらマスターに振り向いた。

「マスター、カプチーノダブル、お願いします」

「はーい。ちょっと待ってね」

 カウンターの奥の機械を操作しながらマスターが応えた。

 いつもはブレンドしか出さないから、機械の準備ができてないみたい。

「マスター、このお店のメニューにカプチーノなんてあったの?」

「裏メニューだよ。
 三井さんみたいに頼む人が居るから、機械だけは置いてあるんだ」

 なるほど……裏メニューか。

 カウンターに戻ってきた歩美あゆみ早苗さなえが、心細そうに三井さんを見つめて居た。

 私は二人に明るい声で告げる。

「あんな風に、『ちょっと変わったお客さん』が来るだけの、普通の喫茶店だよ」

「普通じゃないでしょ?! のっぺらぼうって妖怪だよ?!」

 早苗さなえの声に、三井さんが楽しそうに笑った。

「ハハハ! そう呼ばれるのも、久しぶりだねぇ!」

 歩美あゆみが不安気に私に尋ねる。

「本当に危なくないの?」

 私は指に顎を乗せながら考えてみる。

「んー、危ないって感じは全然しないし。
 夜のお客さんに比べたら、全然怖くないよ」

「夜のお客さんって、何者なのよ……」

 私はニンマリと微笑んで応える。

「それは、見てからのお楽しみ!」

 なんだか、私も楽しくなってきたぞ?

 この二人はどんなリアクションをするかな?


荒川あらかわさん、お願いね」

 カプチーノが出来上がり、カウンターにカップが置かれた。

 歩美あゆみは震える手でトレイを持ち、そっとカップを乗せると、ゆっくりと三井さんに近づいて行く。

 三井さんはそんな歩美あゆみの様子を眺めているようだ――顔の向きしか、わからないけど。

 カタカタと音を鳴らしながら、カプチーノのカップが三井さんの前に置かれた。

「ご、ごゆっくりどうぞ……」

「ああ、ありがとう。お嬢さん」

 三井さんはカプチーノを口に運び、泡の突いた口元(?)で満足気なため息をつく。

「凄いね、とても濃厚な味わいだ。
 若いお嬢さんが三人もいるから、それだけ元気になれるのかな?」

 言い方ー?! それだと『女の子が好きなお爺ちゃん』みたいだよ、三井さん!

 マスターが軽やかに笑う。

「あはは! そうだね、友達が揃ったことで、伊勢佐木いせざきさんの力が増したみたいだ。
 やっぱり友達と一緒の方が、心が元気になれるのかもね」

 私はきょとんとしながらマスターに尋ねる。

「私の元気が、そんなに影響するんですか?」

 マスターがニコリと微笑んで、艶めかしい眼差しを寄越してくる。

「もちろんだとも。
 心の力が強いほど、かんなぎの力が増すからね。
 伊勢佐木いせざきさんは最初から心が強い人だったけど、友達と一緒の方が『力が湧く』気にならない?」

 その視線に思わずドキッとした。

 まぁ、一人で接客対応してるよりは頼もしく感じられるけど。

 私が曖昧にうなずくと、マスターが楽しそうにうなずいた。

「細かなことは、わからなくても大丈夫だよ。
 君たちがお店にいれば、それだけ美味しいメニューを提供できる。
 それだけわかっていれば充分さ」

 私は振り返って、早苗さなえたちと一緒に三井さんがカプチーノを飲む姿を見守っていた。

 早苗さなえがぽつりと告げる。

「……どこから飲んでるんだろう、三井さん」

 それは、誰にも答えがわからない疑問だった。
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