新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第1章:精霊眼の少女

3.愛の渇望

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 私は孤児だ。

 冬の朝、孤児院の前に捨てられていた赤ん坊だった。

 身元を知らせる物は何もなく、名前すらわからなかったらしい。

 院長先生は私に『ヒルデガルト』という名前を付けた。

 たくさん居る子供たちの中で、私を識別するだけの名前だ。

 親の顔も、声も知らない私は、切実にそれを求め続けた。

 親の愛を求め、心は愛で渇いていた。

 院長先生はとても優しくて、子供たちを等しく慈しんでくれる。

 だけど子供の心はわがままで、『自分だけの愛』を求め続けた。

 子供が『もっと自分を見て欲しい』と願う心を、誰も否定は出来ないと思う。

 この気持ちを表に出したことはない。

 だけど愛の渇望を止めることはできなかった。

 いつしか、私の夢は『可愛いお嫁さん』になっていた。

 穏やかで慎ましく、暖かな家庭を持ちたかった。

 そして生まれてくる子供たちに、私がもらえなかった分だけ、愛を注いで育てたかった。

 愛されて幸せに笑う子供たちを、微笑んで見守りたいと願っていた。

 『愛される子供たち』を見て満たされたいと思ってしまった。

 夫は優しい人であれば良かった。

 優しく私を愛してくれる人と家庭を築く。それが私の目標だ。

 ――それなのに。


 泣き疲れて涙が枯れた私に、領主様が優しく声をかけてくる。

「少しは落ち着いたかい?」

 私はタオルで顔を拭きながら、うなずいた。

 領主様が言葉を続ける。

「申し訳ないが聞こえてしまった。
 『これじゃあ、可愛いお嫁さんになれない』というのは、どういうことかな?」

 どうやら、泣きながら余計なことを口走っていたらしい。

 渋々、私は領主様に応える。

「私は普通のお嫁さんになりたいんです。
 穏やかで慎ましく、温かい家庭を築きたかった。
 でもこの目じゃ、夫になってくれる人を探すのも一苦労です」

 人は異物を嫌うものだ。

 異物そのものの精霊眼。

 しかも片目だけが、異物に変化している。

 こんなグロテスクな外見の女の子が、お嫁に行けるとは思えなかった。

 だけど夢を諦める訳にもいかない。

 なんとかして、夫になってくれる人を探し出さないと。

 領主様が微笑まし気に私に告げる。

「とてもいい夢だね。素敵な夢だ。
 大丈夫、『精霊眼だから結婚できない』ということはない。
 既婚者だって居る、その程度の瞳だよ」

 そうなのか。なら、少しは望みがあるのかな。

 せめて両目とも精霊眼だったならなぁ。

 このアンバランスな顔で、本当に夫を見つけられるかな。

 考えこんでいる私に、領主様が告げる。

「実は精霊眼にはもう一つ、大事な特徴があるんだ」

 私は領主様を見上げて尋ねる。

「特徴? 特徴ってなんですか?」

「とても高い魔導の素質を持つ、というものだよ。
 国内の精霊眼保持者は、みな魔導士になっているくらいだ」

 魔導士――魔力を使って魔導術式という技を操る職業だ。

 俗に『魔術』と呼ばれるその技術は、貴族の世界で重宝されてるらしい。

 平民は魔力が低い人ばかりなので、ほとんど縁がないと聞いた。

 私も十二歳の魔力検査で調べてもらったけど五等級、つまり『魔力無し』だった。

 三等級なら高等教育の学費が免除になったのに。

 高等教育は学費が高いから、孤児が通える学校じゃない。

 悔しい思いをしながら、この二年間を過ごしてきた。

 私はふてくされるように領主様に告げる。

「魔導の素質って言われても、私は五等級なんですけど」

「それなんだがね?
 君は後天的な精霊眼だ。魔力にも、変化があるかもしれない。
 一度、再検査をしてみても構わないかな?」

 そんなの、私が寝てる間に調べてしまえばよかったのに。

 わざわざ起きるのを待って、同意を求めてきた。

 『勝手にプライバシーを調べる』ことを嫌う人なのか。

 領主様の癖に、律義な人だな。

 私はうなずいて応える。

「構いませんよ。十二歳の時と同じなんですよね?」

 領主様が「ああ、そうだよ」と言って、足元の鞄から水晶球を取り出した。

 私はそれを手渡され、両手で握りこんだ。

「それじゃあいくよ、力を抜いて」

 領主様の言うままに体をリラックスさせる。

 領主様の手のひらが私の額に押し当てられ、その手が淡く輝いた。

 ――同時に、水晶球に赤い光が灯っていた。

 炎のようなその光は水晶球の中で燃え盛り、見る間に大きくなっていく。

 昼間だというのに太陽の光すら遮り、水晶球からほとばしる赤い光が部屋を染めていく。

 その光はもう、直視することもできなかった。

「ほぅ……」

 領主様が感心する声が聞こえた。

 その手が私の額から離れると、水晶球の光は急速にしぼんでいった。

 あっという間に赤い光は消え失せ、ただの水晶球に戻っていた。

 ……なんだろう、十二歳の時とまるで違う。

 あの時は部屋を暗くしないとわからないくらい、淡い光だった。

 これはいったい、何が起こったの?

 領主様が私の手から水晶球を受け取って告げる。

「君は特等級だね。それも見たことがないほど高い魔力だ。
 おそらく、国内随一の強さを持つだろう」

 私は小首をかしげて尋ねる。

「特等級ってなんですか?」

 領主様がニコリと微笑んで説明してくれた。

 魔力は人間なら誰しもが持っている力だ。

 その強さは五段階。五等級から一等級まである。

 平民は『魔力無し』の五等級から四等級、ごくまれに三等級が生まれるくらい。

 貴族は血が濃くて、最低三等級から一等級らしい。

 魔力は子供に遺伝すると言われてるので、血筋の良さを現すステータスだ。

 ……ここまでは、勉強しているので知っていた。

 でもごくまれに、一等級より高い魔力を持つ人が生まれるらしい。

 上限もわからない、そんな人たちをひとくくりに『特等級』と呼ぶのだとか。

 人口三十万人を誇るレブナント王国でも、今まで二人しか居なかったらしい。

 一人は領主様、もう一人はそのお弟子さん。

 そして今日、私が三人目として加わった。

 精霊眼より珍しい、三十万人に三人しか居ない、特異体質だ。

 私は必死になって領主様に告げる。

「この魔力、小さくは出来ないんですか?!」

 領主様が驚いたように片眉を上げた。

「魔力を小さく? なぜそんなことを?」

「だって、私の夢を叶えるのが更に難しくなるじゃないですか!
 そんな責任が重たい力、私には分不相応ですよ!」

 領主様の目の色が変わったような気がした。

 領主様が私に告げる。

「……そういえば、君の名を聞いていなかったね」

「ヒルデガルト、みんなは『ヒルダ』と呼びます」

 領主様がうなずいて応える。

「きちんとした自己紹介がまだだったね。
 私はヴォルフガング・フォン・ファルケンシュタイン。
 先ほど言った通り、グランツ伯爵だ。
 ――ヒルダ、君は自分がこれからどうなるか、わかるかな?」

 これからか。

 私は頭を回転させながら、領主様に応えていった。

 まず『この国に三人しか居ないほど高い魔力を持つ孤児』の噂が流れる。

 そんな高い魔力、貴族たちが放っておくわけがない。

 孤児なら引き取るのも簡単だ。

 そして養子にして、政略結婚を企てる。

 これほど高い魔力なら、縁談には困らない。

 自分の家より上位の家と縁を繋ぎ、力を増す道具にされる。

 そんな空虚な結婚を認める訳にはいかない。

 不幸が約束されてるようなものだし。

 だけど私には力がなければお金もない。

 だから私にできるのは、噂が広まるより早く身を隠して逃げること。

 当てがなくても身分を隠して、逃亡する人生を送ることぐらいだ。

 私が言い終わると、領主様は感心するようにうなずいた。

「そうだね、おそらく君の言う通りの流れになるだろう。
 だが当てのない逃亡生活では、野垂れ死にするようなものだ。
 そんな手段を取るより、良い選択肢があるとしたら――君はどうする?」

「良い選択肢? いったい何があるっていうんですか?」

 領主様がニヤリと微笑んだ。

「充分な地位と力を持つ貴族が、君を引き取ればいい。
 他家に結婚を強制されないほど強い家がね。
 そうすれば、君は逃げなくてもよくなる」

 私は思わず声を荒げて反論する。

「そんな酔狂な貴族様が、どこに居るっていうんですか!」

 十四歳、あと一年で成人する年齢で、基礎教養しか勉強してこなかった。

 その上、政略結婚の道具にもならないんじゃ、私を引き取る貴族のメリットがない。

 無駄飯食らいの私を引き取る貴族が居るわけがない!

 今にも噛みつきそうな私に、領主様が穏やかに応える。

「目の前に居るよ」

「……はい?」

 領主様の言ってる意味がわからず、私は小首をかしげた。

 領主様が微笑みながら告げる。

「私が君を引き取ろう、ヒルダ」

 その言葉に、私は思わず言葉を失った。
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