新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第2章:綺羅星

38.初デート(1)

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 休日の朝になり、デートの支度をウルリケたちが整えてくれる。

 淡いアイボリーのロングドレスは長袖で、少し動きづらそうだ。

 真珠のネックレスとイヤリングを付けられ、頭にはカチューシャをセットされた。

「ここまで着飾るものなのですか?」

「お嬢様の記念すべき初デートです。
 手を抜くわけにはまいりません」

 そうなのか。

 私よりウルリケの方が気合入ってる気がする。

 薄く化粧を施され、私はそれだけで疲れてしまった。

 ジュリアスと出かけるだけなのに、ここまで必要なの?


 お茶を飲んでくつろいでいると、侍女がやってきて告げる。

「シュルマン伯爵令息がお見えになります」

「わかりました。今、下に降ります」

 私は立ち上がって、ウルリケと一緒にリビングに向かった。




****

 リビングに居るお父様は、微笑んで私を迎えてくれた。

「良く似合ってるね。
 貴族令嬢として、そして婚約者として初めてのデートだ。
 わからないことも多いと思うが、そこはジュリアスに任せておけばいい」

 貴族令嬢どころか、人生で初めてのデートだよ?

 でもそうか、相手に任せておけばいいのか。

「わかりました、お父様。
 他に気を付けておくことはありますか?」

 お父様がうなずいて応える。

「ジュリアスならば、心配するようなことはないだろう。
 心置きなく楽しんでおいで」

「はい、わかりました」

 間もなく従者が「シュルマン伯爵令息がお見えになりました」と伝えた。

 私はお父様にハグをしてから、外で待つジュリアスの元へ向かった。




****

 馬車の前で待っていたジュリアスは、若草色のフォーマルなスーツを着ていた。

 いつもは落ち着いた色なのに、なんだか若々しい印象を受ける。

 ジュリアスが私に向かって、略式の礼をした。

「お待たせしました、ヒルダ嬢」

 その様子がなんだか不思議で、私はクスクスと笑ってしまった。

「なんだかジュリアスらしくありませんわね。
 もっと普段通りでもよろしいのではなくて?」

「あなたの婚約者として、初めて外出するんです。
 少しくらいは恰好をつけさせてください」

 学院に通うのは、外出にカウントされないのかな?

 私はジュリアスから差し出された手を取り、馬車に乗りこんだ。


 ウルリケを乗せ、馬車が走り出す。

 ジュリアスの視線が、私のアイボリーのドレスに落ちていた。

「良く似合っていますね。
 素朴であなたらしい色合いです。
 あなたには柔らかい色も、よく似合う」

「あの、その……ありがとうございます」

 なんだか改めてほめられると、照れ臭い。

 私ははにかみながらジュリアスに告げる。

「ジュリアスのスーツも、よく似合ってますわよ?」

 ジュリアスは微笑んで応える。

「ええ、ありがとうございます」

 わずかな沈黙――不思議な居心地の悪さを感じた。

 悪いことなんて何もなかったのに、なぜだろう?

 私が密かに悩んでいると、ジュリアスが穏やかに告げる。

「あなたにとって、初めて『男性と女性』の付き合いをすることになります。
 おそらく、それで居心地が悪いのでしょう」

「……なぜ、わたくしが居心地が悪いと思ったのかしら」

 ジュリアスがニコリと微笑む。

「あなたを見ていれば、簡単にわかります。
 精霊眼に惑わされなければ、簡単な事ですよ」

 そんなにわかりやすいかなぁ?!

 だからお父様も、簡単に私の心を読めるんだろうか。

 ジュリアスがクスリと笑みをこぼした。

「ヴォルフガング先生は別ですよ。
 あの方は老獪で、人の心を読む力に優れています。
 彼にかかれば、あなたの心は丸裸でしょう」

 丸裸……隠し事ができないってことかな。

 でもそうか、今のジュリアスは『男性』として私の前に居る。

 そして私も『女性』として、ジュリアスの前に居るんだ。

 それを自覚した途端、自分の左目が急に気になりだした。

 この目になるまで自慢だった私の可愛い顔を、グロテスクに変貌させた『もの』。

「ジュリアス、正直に言って欲しいの。
 わたくしの精霊眼がグロテスクだと思わないのですか?」

 ジュリアスは微笑みながら、まっすぐ私の両目を見てきた。

「俺は精霊眼になった後のあなたしか知りません。
 そして最初から、あなたをグロテスクだと思ったこともありません。
 あなたは情熱的で穏やかな、尊敬できる女性ですよ」

 その言葉は、自分でも驚くほど心の奥に届いてきた。

 ジュリアスが嘘を言ったところなんて、見たことがない。

 そして今の言葉も彼の本心だと、私の心が認めていた。

 私は赤くなりながら、うつむいて顔を隠した。

「あ、ありがとうございます……」

 最後は消え入りそうな声だった。

 ジュリアスに見られることが、こんなに恥ずかしいだなんて。

 自分の心の変化に、自分で驚いていた。

 ジュリアスが楽しそうにクスリと笑みをこぼす。

「ようやく俺を、ひとりの男性として見てくれたんですね」

「……そうなのでしょうか。
 わたくしには、よくわかりません」

 目的地に着くまで、ジュリアスは微笑まし気に私を見つめ続けた。

 私は逃げ場のない馬車の中で、いたたまれない時間を過ごしていった。




****

 目的地――近くの町に着いた。

 大通りで馬車が止まり、先に降りたジュリアスが手を差し出してくる。

 ……この手に掴まらなきゃいけないのか。

 ジュリアスの手を借りて、馬車から降りる。

 手を繋いでいる間、ドキドキと胸がうるさくて困惑した。

 つないだ手を離さずに、ジュリアスが告げる。

「このまま少し、通りを歩いて行きましょう」

 私はジュリアスがつないだ手を見つめて告げる。

「あの……ジュリアス。手が……」

 なんだか『離してほしい』とも言えなくて、中途半端に口にした。

 ジュリアスがクスリと微笑んで応える。

「まだ手をつなぐのは怖いですか?
 では肘に掴まりますか?」

「こ、怖くなんてありません!」

 つい、強がってしまった。

 私は火照った顔を持て余しながら、ジュリアスと街を歩き始めた。

 足元だけを見ながら、ジュリアスの背中を追いかける。

 ジュリアスはゆっくりと歩いて、黙って二人の時間を楽しんでいるようだった。

 不意に、ジュリアスの足が止まる。

 顔を上げ、ジュリアスを見た。

「どうかしまして?」

「いえ、花屋です――この花をもらえないか」

 ジュリアスは私から手を離し、花屋の軒先にあった白いチューリップを買っていた。

「これが俺からあなたへの、初めてのプレゼントです」

 ジュリアスから差し出された花束を、私は両手で受け取った。

 白いチューリップが十二本。花言葉は――。

 私の顔が、音がするほどゆだっていた。

 蒸気が噴き出てるんじゃないかと、錯覚するくらいだ。

「ジュリアス、これは――」

「俺たちは、あなたが望むような手順を踏まずに婚約を結びました。
 ですからまず、ここから始めましょう」

 この場合、私はジュリアスから『恋人になって欲しい』と言われたことになる。

 初めてのプレゼントで、こんなものを受け取るだなんて。

 恥ずかしくて、ジュリアスの顔をまともに見られない。

 うつむいている私の前に、ジュリアスが差し出した手が見えた。

「もう少し散策していきましょう。
 手を握れますか?
 それとも、肘にしておきますか?」

 私は黙って、ジュリアスの手を握った。

 そのまま彼が歩きだすのを、一生懸命追いかけた。

 ――あるがままの私を見てくれる、穏やかで優しい男性。

 この胸のときめきは、どういう意味なのだろう。

 私は自分の心をみつめながら、彼の気配を心のそばに感じていた。
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