新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第3章:金色の輝き

53.社交界(1)

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 休日になり、私はお茶会に参加していた。

 主催者はツィエンテク子爵家の令嬢、ペトラ様。

 彼女はエマの友人だ。

 私はペトラ様に微笑んで告げる。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 ペトラ様が緊張した様子で私に応える。

「ようこそお越しくださいました。
 ぜひ楽しんでいかれてください」

 参加者はクラウやエマ、ルイズやリッド。

 他にもペトラ様の友人が何人か来ていた。

 様子を窺っていると、ペトラ様もその友人も、なんだか表情が強張っている。

 だけどこの場に居るのは、全員がクラウの知り合いのはず。

 今さらクラウを相手に緊張するはず、ないんだけどなぁ?

「ペトラ様、どうかされまして?
 随分と緊張されていませんか」

 彼女は真っ赤になって両手と顔を横に振った。

「いえ! その、ヒルデガルト様を近くで拝見するのは、初めてのことですから。
 お話に伺っていた以上に素敵な方で、舞い上がっております」

 ……なるほど、私か。

 私は『クラウの腹心の友』として通っているらしい。

 それが初めて、親しい人間以外が開く社交場に出てきた。

 クラウの友人相手にミスをしないか、それを心配してるのかな。

 私は出来る限り優しく微笑んで告げる。

「そんなに緊張なさらないで?
 わたくしも初めてのことですから、これでも緊張しておりますのよ?」

 ペトラ様は、さらに小さく縮こまってしまった。

 真っ赤な顔で、ガチガチに固くなっていた。

 うーん、なんだかまるで『クラウの前に初めて出た時の私』みたいだな。

 私を初めて見た時のクラウも、こんな心境だったんだろうか。


 お茶会は滞りなく進み、それなりの情報交換をして終わった。

 クラウやエマが、それとなく話題を誘導してくれたのだ。

 私の話術は、この二人に遠く及んでない。

 お茶会では、くだらない噂話から深刻な話題まで、さまざまに飛び交う。

 その中から価値のある情報を拾い上げ、積み重ねていく。

 そうして積み上げたものを裏付けるため、次のお茶会の参加者を選択するのだとか。

 何度もそれを繰り返し、情報の精度を上げるのがコツだ、と教わった。

 お茶会ひとつとっても、一筋縄者いかないんだなー。

 噂を集めるだけじゃなく、自分に有利な噂を流していく。

 そうして社交界で主導権を握るらしい。

 エマはこうした情報戦が得意分野。

 情報戦のエキスパートだ。

 同世代でエマの右に出る者は居ないと、クラウが言い切るくらいだもん。




****

 お茶会から帰宅し、ウルリケにミルクティーを入れてもらう。

 頭を使った後は、甘いミルクティーが体に染み渡る。

「ふぅ。お茶会も疲れるものなのですね」

 今までクラウたちと五人で過ごしてきたお茶会。

 それは気が休まる癒しの空間だった。

 だけどやっぱり社交場は戦場だ。

 油断なんてしていられる場所じゃない。

 今は敵対勢力が居ないから、まだいい。

 だけどいつか戦う日が来たら、熾烈な噂合戦になるんだろうな。

 直接顔を合わせれば、舌戦で戦うことにもなる。

 日頃の行いで隙を見せないことが、どれだけ大切かわかる。

 もっとも、隙の無い行動を心がけていても危険は残るらしい。

 エマは『火のない所に煙を立てるのも常套手段だよ』と言っていた。

 実に油断のならない世界だ。




****

 別の日の夜、今度はクラウの知人が開く夜会に参加した。

 当然、私はジュリアスにエスコートされている。

 私たちが姿を見せると、周囲から感嘆の声が上がっていった。

 ……まぁ、身内以外の夜会に出るのは初めてだし、珍しいのかもだけど。

 今夜の主催者が挨拶に来た。

「ようこそ、おいでくださいました。
 今夜はどうぞ、楽しんでいってください」

「ええ、ありがとうございます」

 私が淑女の微笑みで応えると、相手は緊張した顔で去って行ってしまった。

 みんなもよく『クラウが二人いる』って言ってるし、クラウみたいなオーラを出せてるのかな。

 それに私は伯爵令嬢、しかもファルケンシュタイン公爵家の分家筋だ。

 並の伯爵令嬢と格が違うのは当たり前か。

 社交場が苦手なジュリアスも、挨拶に来る貴族子女の相手くらいはできるみたいだ。

 『好きじゃない』だけで、やればできるタイプなのだろう。

 父兄が挨拶に来ても、いつものマイペースを崩さない。

 お父様の予定では来年、ジュリアスがグランツ領伯爵を受け継ぐことになる。

 今からジュリアスも、それなりの人脈を作っておかないとね。


 クラウが私の様子を見に来てくれた。

「どう? 楽しめていて?」

 私は余裕の笑みで返す。

「ええ、とっても」

 社交場の要領はお茶会で理解したし。

 それは夜会でも変わらないみたいだ。


 夜会ではライナー様の話題も飛び出してきた。

 お茶会ではクラウやエマが、巧くかわしてくれてたんだけどな。

 私はまだそこまで、話題を操縦することができなかった。

 近くに居た貴族令嬢が、私に告げる。

「ヒルデガルト様にライナー様が好意を示した、というのは本当でして?」

 私は内心で顔を引きつらせながら、微笑んで応える。

「好意だなんて、大袈裟ですわ。
 わたくしもあの夜、初めてライナー様とお会いしましたの。
 親戚の親睦を深めるための、ちょっとした余興ですわね」

「ですが、ライナー様が他のご親戚と踊られた、なんて話は伺ったことがありません」

 うわ、そうなのか。

 徹底して回避してたんだな、あの人。

 私は少し困ったような顔をして応える。

「直前にルドルフ兄様が精霊眼に興味を持たれまして。
 かなり踏み込んだ悪戯をされましたのよ。
 きっと、そのお詫びだったのではないかしら」

 ルドルフ兄様が病的な魔術フリーク、というのは有名らしい。

 彼女はそれで納得したのか、それ以上は踏み込んでこなかった。

 ある意味、ルドルフ兄様の悪癖に助けられたんだろうか。

 複雑な気分だなぁ。


 夜会も半ばを過ぎた頃、会場がざわつきだした。

 なんだろう? 入口の方が騒がしいな。

 人々のざわめきを切り裂くように登場した長身の人物――ライナー様だ。

 ……なんで、ここに来てるの?

 ライナー様がにこやかに私に告げる。

「すまない、来るのが随分と遅れてしまったね」

 聞いた人が勘違いすることを言わないで欲しいなぁ?!

 私は、それでも淑女の微笑で応える。

「そんな話は伺っておりませんわ。
 今夜はどうしてこちらに?」

「なに、君に会いに来ただけさ」

 なに言ってるの、この人?!

 周囲を盗み見ると、どうやら噂をし始めたみたいだ。

 これはまずいなぁ。

 ジュリアスを見ると、いつもと変わらないマイペース。

 彼は落ち着いた大人の雰囲気でライナー様に告げる。

「ヒルダは俺の婚約者です。
 ライナー様が会いに来る理由など、ないでしょう」

 ライナー様は悪びれもせずに応える。

「ヒルデガルトは私の叔母だ。
 今まで面識を作ることができなかったのでね。
 親戚と親しくなるのに、理由が必要かな?」

 こう言われたら、断る理由がない。

 ライナー様は私に向き直り、今夜も手を差し出してきた。

「どうだろう、私と一曲、いかがかな? 叔母上」

 ええ……これは、どうしたらいいんだろう。

 ライナー様は公爵家嫡男。

 それが『親睦を深めに来た』とダンスを望んだ。

 周囲の目がある中で、断れるわけがない。

 断れば私の、そしてジュリアスの立場を悪くする。

 ――のだけど、ジュリアスは私とライナー様の間に割り込むように立っていた。

「叔母と甥だろうが、公の場では諦めてください」

 ちょっと?! ジュリアス?!

 私は彼の耳元で、小声でささやきかける。

「相手は本家嫡男なんだよ?! わかってるの?!」

 ジュリアスはライナー様を見据えたまま応える。

「だが彼と踊れば、ヒルダが要らぬ噂で困ることになります。
 本家も分家も関係ない、と以前おはなししましたよね。
 俺の幸福はあなたの笑顔。譲る気はありませんよ」

 だーかーらー! 場と状況を考えてー?!

 周囲の喧騒が、さらに騒々しくなっていく。

 えーい! ここはしょうがない!

 睨み合うライナー様とジュリアスの間に、私が逆に割り込んだ。

「ジュリアス! 叔母と甥が親睦を深めるだけだから!
 ね、だから今夜は我慢して?!」

 私がライナー様の手を取ると、彼は満足気にうなずいた。
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