ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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人間の女『ナンナ』の事情

#10

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 お悩み相談と言われてもどうしたものか、というのが率直な気持ちだ。

 俺は怪盗などではないが、仮にそうであったとしても悩み解決に導ける回答をひねり出せるとは思えない。盗みのテクニックをいくら身につけていたところで、人生経験が豊富になるわけじゃない。人生経験は歳月の長さ、そしてその期間に体験した出来事によって厚みが変わるものなのだ。
 学校で成績トップの優等生がいたとしても、所詮そいつの年齢は年相応なのだから、立ち振る舞いがどれだけ大人びていようと、スナックのママさんみたいな「あんたも苦労してるね、わかるよその気持ち」などという対応はできっこない。俺にはスナックのママさんに知り合いはいないが。
 というわけで、歳を重ねてはいるが密度がペラペラな木の年輪みたいに脆い俺の人生経験ではちゃんとした回答などできそうにないので、ナンナからの相談をじっくり聞いてやることぐらいしかできないのだった。

 森の中を分け入りながら彼女と会話する。ちなみに、コケる心配をしなくていいほど踏みならされた道があるので余所見しながらでも会話できる。
「さっきVRに詳しいって言ったでしょう、私」
「ああ、そう言ってたな」
 言われて思い出した。その後の映画の話が面白くて記憶の隅に押しのけられていた。
「なんで詳しくなったかっていうとね、そういう仕事してたから」
「へえ、VR技術の研究者とか開発者とか?」
「流れ的にはそれよりだいぶ下流。必要な技術はすでに揃ってるけど、でもそれを人に見せられる程度に動かすにはある程度経験が必要、でもコツを掴めていれば割りと簡単。そのくらいのレベル感」
 そのレベル感は理解はできなかったが、おぼろげながらどういうタイプの仕事か想像はつく。ちゃんとした環境が整っていないとイジれないような技術を扱う専門職、いわゆるプロのエンジニアってやつだろう。
「一年目は超面白かったんだよ。私の作ったオブジェクトとか、それをVR空間で演者さんたちが楽しそうに振り回すのを見て、どんどんのめり込んでさ。二年目もそんな感じで、毎日仕事するのが楽しかった! で、三年目も……って思ってたんだけどさ」

 はあ、というため息。
 テンションがジェットコースターもかくや、という感じで落ち込んだ。
「途中からつくる側じゃなくて、使う側……言っちゃえば演者さんになった、っていうかされちゃったんだよね」
「……うん?」
 聞きとがめる。
 先進技術の話に関連のないワードが聞こえたような。
「すまん、VRの演者ってなんだ?」
「Vのキャラの中に入って、そこで演技する人のこと」
「演技? なんで演技する必要があるんだ?」
 仮想現実を体験したことがないからよくわからんが、近未来を描いた漫画に出てきそうなゴーグルを付けて、全方位がデジタルでできた世界に没入することが可能な、有り体に言っちゃえばゲームみたいなものを想像していた。
 ゲームでは各自のプレイスタイルがあるにせよ、演技が必要だとは思えない。そりゃまあ、ゲームのキャラクターになりきる人もいるだろうが……。
 いや、それだって他人に強制されることはないだろうし、ならば、『演者にされた』とは一体?

「もしかしてだけど、カイトウさんネットとかしない人?」
 というナンナの質問。いいや、と否定する。
「じゃあ、動画は?」
「見ないわけじゃないが、VR系の動画はあんまりだな。面白そうなら見るが」
「そういうことかあ……」
 うーんと唸りつつ、ナンナは腕を組んだ。どうやら説明の仕方に迷っている様子。
「私っていわゆる『Vの人』なんだけど、そう言ってもピンとこないよね」
「寡聞なもんでね」
「……じゃあ、『更科しらさ』っていう名前も聞いたことないんだ?」
「サラシナ、シラサ」
 今度は俺が頭を使う番となった。

 更科しらさ。逆から読んでもサラシナシラサ。
 なぜナンナがこの名前を出してきたのかはわからないが、何かしらの訳があって俺に聞いているのだろう。
 ……聞かん名だな。初めて聞いた。
 『更科』はともかく、『しらさ』とはなんだ。そんな日本語があるのか。どこぞの地名か。
 名付け親はどういう人間になってほしいと期待したのだろう。
 逆から読んでもなんたらかんたら、というネタをやらせたいがために名付けたのではないかと疑ってしまう。
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