ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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人間の女『ナンナ』の事情

#11

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「その感じだと、聞いたことないんだ」とナンナ。
「そうだな、さすがにそんな変わった名は聞いたことがない」
「最初に聞いた時、どう思った?」
「ユニークな名前にしたいという方針を立てたものの、いつまで経ってもピンとくる名前が浮かばず、ネタに走ってしまった結果生まれたものなんだろう、と思った」
「それで?」
「……それで?」
「だから、いい名前だー、とか。面白いなー、とか。そういうの」
「ああ、そうだなあ……」

 返事に窮する。
 いい名前とはまず思わないし、ちょっと面白いかもと思ったけど冷静になって振り返るとやっぱりそうでもないし。もう少しひねってみたらどうだったんだ、みたいなことをちょっと思う。
 さっきから、俺を見るなぜかナンナの目が輝いているような気もーーいや、これは期待している目だ。好意的な反応が返ってくるものと思いこんでいる。
 まるで年末恒例の宝くじを一枚だけ買って、「たまたま買った一枚が当たるわけないじゃん」とか思いつつも、実は当選発表の日を待ち望んでいて前日は楽しみでなかなか寝付けないタイプの人間と同じ目をしている。
 この手の人間を前にして、「どうでもいいよそんなの」という反応を見せるのはもったいない。興ざめだ。
 そう、こういうときに一番面白い反応を得られそうな返事はーーこれだ。

「いい名前だと思うぞ」
 え、という反応。
 ナンナの顔に少しの困惑、それより多めの喜びが浮かんでいるような気がした。
「意外。カイトウさんはドライな反応すると思った」
「きっと名前からして蕎麦を打つのが得意なんだろうな」
「……あ、わかる? わかるよね! わかってるじゃんカイトウさん!」
 ひねりも何も無い言葉がアタリを引いたらしい。
 さっきの落ち込んだテンションはどこへ行ったのか。

「そうなの、受注生産の『しらさの開幕八割更科そば』が売れてて、好評なんだ! 第三弾が好評につき増産中で、私も食べたけどめちゃ美味かった!」
「名前だけで特徴って出せるもんだな」
 ちなみに商品名のことではない。そっちも触れておきたいが流れを止めないようスルー。
「名前だけじゃないよ。しらさちゃんのデザイン考えてくれた人が人気イラストレーターさんで、その人は手の造形、特に爪にこだわりがあって、しらさちゃんの一枚絵には絶対に手が写ってるの。お蕎麦を練ってる姿を切り取った絵があるんだけど、今にも動き出しそうなあの小指の躍動感! あれは口では説明しきれないからぜひ見てもらいたいのに……ああもうスマホがここに無いのが恨めしい!」
 ナンナは天を仰いで懊悩しながらも、テンションが上がってきたご様子。
 これはいい。この上がり幅なら『この先』を期待できる。

「他に何かある?」
「えっと、しらさちゃんはスレンダーなのに実はナイスバディ! ファンアートではどちらかといえば小さめに描かれることが多いけど、実際は全体のバランスを崩さないギリギリのラインを攻めつつ限界まで大きくしてます! 特におっぱいとおしりは衣装のシワと陰影まで考慮に入れた大きさに調整されてて、そこがいい!」
「それは助かる。で、スリーサイズは?」
「いやあ、それはカイトウさんにも教えられないよ。しらさちゃんを穢すわけにはいきません」
「本当に好きなんだな、その子のこと」
「あとねあとね、衣装は今のところ和風がメインなんだけど、キャラ設定的に下着をつける習慣は無くて、代わりにサラシで隠すようにしていて、それがまたエッーーっと、あの、その、つまり好評でね?」
「『さらしなし』なのにサラシは付けたままなんだな」
「それも大事な個性のひとつだから。リスナーさんは『名前に釣られたのに裏切られた』とか『サラシはよ外せ』とかたまにコメントするけど、こっちはみんな思春期かよって返したくなるよ。つい嬉しさあまって、衣装の設定で外せることを教えて見せちゃった私にも非はあるだろうけど……」
「ふうん。ところで俺からも一言いいか?」
「もちろん。まあ、しらさちゃんの良さをこれだけ語ったんだから、きっと好きになっちゃったよね」

 このときのナンナの顔を画家が描いてタイトルを付けたら『ドヤ顔とジャージ』になるだろう。彼女のテンションは爆上がり状態。
 おそらくこれ以上伸びることはなさそうだし、ここらへんで投下するとしようーー単純な疑問という爆弾を。

「更科しらさって何者だ?」
「それ今頃聞いてくるの?! あれだけ上げてから落としてくるなんて、ひどくないカイトウさん!」
 すまんな、マジでわからんのだ。
 今のところ、ナンナは『更科しらさ』という人物ーーおそらく女性ーーが好きという情報しか伝わっていない。
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