ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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人間の女『ナンナ』の事情

#12

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「そうだった、そもそもカイトウさんはVのことほとんど知らない人だった」
 先走ってはしゃいだ自分が恥ずかしいわ、とナンナが言う。
 実はそうするように俺から仕向けたとは言ってやらない。
「しょうがない。あんまり自分から説明することがないから上手く伝わらないかもだけど……」
 そしてナンナは『更科しらさ』について教えてくれた。
 その人物のプロファイルをまとめるとこういうことだった。

 『更科しらさ』は蕎麦の怪人である。
 時空を渡り、様々な並行世界へ赴き、次々と目的を遂げてきた。
 彼女の活動目的とは『お蕎麦による心身の健康増進ならびに世界平和』であり、それを成し遂げるためのゲリラ活動を生業としている。
 そして今、俺たちの住む世界は彼女の標的に選ばれた。
 今日本は窮地に立たされている。徐々に八割蕎麦が広まってゆき、原価率高騰によりあらゆる立ち食いそば屋は壊滅させられ、やがて日本の主食は『更科しらさ』の思惑どおりにーーーー

「違うから! いや部分的に真実が混じってるけど、そもそも蕎麦の怪人じゃない!」
 と、ナンナは否定する。
「違ったか? 俺なりに解釈したらこうなったんだが」
「バイアスかかり過ぎでしょうが! しらさちゃんはそんな悪い子じゃない!」
「いや、目的は崇高だぞ。健全な心身は食事から、とおばあちゃんは言っていた」
「それも私の知らないネタなんでしょうね……」
 はあ、というため息のあと、ナンナはもう一度解説のために口を開いた。

「更科しらさちゃんはとってもいい子なの。江戸時代のお蕎麦屋さんの一人娘で看板娘。彼女に会うためだけにお忍びでお殿様がやってくるくらいの人気者だったの」
 うむ、さっきも聞いたが若干無茶な設定だ。江戸時代のお殿様はフリー素材か。
「で、ある日お腹を空かせて倒れそうになっているお侍さんにお蕎麦をごちそうして、その時に聞いた感謝の言葉に心動かされるの。お腹をすかせた人が、みんなお蕎麦を食べて満腹になれば、誰もが幸せになれるはずだって」
 ……このあたりから、きな臭さを感じてしまう俺。
 それって『○○すれば誰もが幸せになれる』ということを語っているわけで、前提とか、条件ありきの幸せなんだよ。前提も条件も満たせないやつだっているわけだ。蕎麦アレルギーの人とかな。そういう人にどうやって手を差し伸べる?
 一部に禍根を残して築いた平和に意味はあるのか。
 いや待てよ、蕎麦アレルギーの人がいるということを理解した上で全体的幸福について語っているとしたら、『更科しらさ』は確信犯というやつなのでは。

「ちなみにしらさちゃんは頭が良いから、蕎麦アレルギーの人が居ることも知ってて、アレルギー持ちの人にはうどんを食べてもらうつもりでした。なんなら天ぷらでも可」
 ああ、ならいいわ。
 こぼれた人たちへのケアも怠らない姿勢、抜かりねえな。
「しらさちゃんの願いを叶えるため、神様は彼女に力を与えたの。時間も時空も超えられる力をね」
 そういうの、アレだな。
 いわゆる、チート乙。
「確かにしらさちゃんは力を得た。その代わりに、人間ではなく、概念的な存在に成ってしまった。でも、特別な力はあってもお蕎麦は生み出せない。お蕎麦を作るにはお金が必要だから、Vの活動で頑張って稼ぐことにした。辛いこともあるけど、それでも諦めずにみんなの笑顔のために彼女は今日も頑張るの……」
 若干湿っぽく、ナンナの解説が終わった。
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