ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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人間の女『ナンナ』の事情

#13

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 うん、まあ、そうだな。
 単純に設定が重かった。まるで軽い気持ちで引き受けた物置の掃除で、産業廃棄物として処理しなければならないゴミを発見し、そのうえそれを片付けなきゃならなくなったときくらい、意外な重さを感じたけども。
 これだけ設定モリモリの解説を聞かされたら、さすがに俺にもわかる。
 
「つまり、『更科しらさ』はそういう背景を持った架空の人物ってことか」
「身も蓋もない言い方だけど、それで正解。『更科しらさ』は実態のない架空の人物に過ぎない」
「で、あんたはなんでその人物の名前を出した? VRの話と全然繋がりが見えないぞ」
「繋がり、つながりね……あるんだけど、前提知識の無い人に言っても伝わるのかな」
「あまり俺の理解力をなめないほうがいい。なにせ人類には早すぎると言われる動画を飽きずに眺め続けられるくらい吸収が早い」
「それ流し見してるだけじゃ……ま、いいや。とりあえずそのまま教えてあげる。でも、このこと絶対に他の人には教えたら駄目だから」
 絶対にね、とナンナに念押しされる。うなずく。
 絶対、絶対ね、とまた念押し。
 やけに慎重な姿勢を見せているが、架空の人物とVRにそこまでの情報的価値があるんだろうか。
 そのあたりのことはわからんが、とりあえずうなずく。そこまで重要な内容でもないだろうし。

 ナンナは体の向きだけこちらへ、視線を右下へやり、少しだけバツの悪そうにこう言った。
「実はーーしらさちゃんは私なんだよね」
 ……うん? 聞き間違いか?
「悪いけどもう一度言ってくれないか」
「実は、しらさちゃんは私なんだ」
「え」
「え、って何?」
「いやいや、おかしいだろ? さっきテンション高く、『しらさちゃんはナイスバディ』と言ってなかったか?」
「言ったけど、それが何?」
 ナンナが首を傾げる。
 その仕草を捉えつつ、彼女の姿を俯瞰する。
「……ちょっとその目。何か言いたそうにしてるけど」
「いいや、なんでもない。多分言わぬが華というやつだ」
「そこまで聞かされたらわかるわ! あんた、失礼にもほどがあるでしょ! 私だってナイスバディでしょうが!」
「なんだとぉ!」
 もう一度、ナンナを見る。しかし俺の感想は変わらない。
 『更科しらさ』の人物像と、彼女は合致しない。服装はさておき、その肢体を表現する言葉として『出るとこ出てる』はふさわしいとは言えない。まあ、フツウかな。
 かすかに鼻で笑う。
 ナンナの眉間が険しく歪んだ。
「これがナイスバディだと。まさか、この閉鎖空間では言葉の定義までも異なると言うのか」
「……ちょっと、それぐらいにしとかないとシバくから」
「まさか、ナイソバディの間違いか? そうだな、まさかこのジャージ女がナイスバディなわけないもんな」
「そう、ソバられたいんだ。だよね、ソバって欲しいんだよね?」
「ソバは動詞だった……? いや、一般名詞のハズだが」
「そのうるさい口を閉じないと今すぐソバットするぞ!」
「なるほど! つまり『ソバる』とは『ソバットする』と言い換えられるとーー」

 言い終わる前にナンナの体が翻り、丹田の辺りに衝撃が走る。
 しっかり腰の入った、経験者のそれを思わせるようなキレのあるソバットだった。
 芯をつく一撃にたまらず転倒する。
 痛みに喘ぎながら耳をそばだてると「やば、やりすぎた!」という声を拾った。
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