ふたりきりの閉鎖倶楽部

きどじゆん

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架空の人物『更科しらさ』の補足情報

#14

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 女性格闘家ナンナ氏いわく。
 特定の動画配信プラットフォーム上では、VRを応用して作られたキャラクターを現実の人間が身に纏い、まるでゲームの登場人物が動画を配信しているかのように振る舞う世界がある、とのこと。人物の動きはもちろん、声までリアルタイムの配信にのせるそうだ。
『更科しらさ』とは、VR技術で構成された美少女である。
 ただし彼女は自律して活動するわけではないので、あたかも『彼女が喋り動いている』ように誰かが操作する必要がある。
 ナンナはその役割を担当している、ということらしい。

「それであれだけ念押ししてきたわけか」
「そう。バレたら大変なことになるから。企業を通して大きくやってる活動だし、私としらさちゃんの関係は機密情報扱いってわけ」
「だいたいわかった。心配しなくていい。俺は口が堅い男だから秘密は漏らさない」
 うわあ、というナンナのうめき声。
「カイトウさんに言われた言葉の中で、一番信用ならない言葉だったかも。信用ならない台詞をつくるために人間の脳が限界まで働かないと出てこないよね、今の」
「そこまで言わんでも良くないか?」
「だってさ、そんなべらべら喋る癖に、自分は口が固い、なんてジョークにしか聞こえないよ?」
「……いや、本当だよ。俺は口の固さには自信があるから」
「そうなんだ。じゃあよろしくね」

 黙っていた方が物事が上手く運ぶことはままある。
 そのことを俺は理解している。
 ただ、理解できているくせに、実感が伴わない。
 ありふれた言葉が記憶の中に根付いていて、そこから実のスカスカな果物が生えてきているみたいな、薄っぺらさが拭えないままでいる。
 おそらく、俺のーーーー

「カイトウさん、どうしたの?」
 ナンナの声で、記憶の奥へ沈んで行きかけた思考が引き戻された。
「悪い、ボーッとしてた」
「大丈夫? やっぱさっきのいいところに入っちゃったかな」
「いや、それとは関係ない」
 すでに痛みは引いている。
 衝撃を受けた瞬間こそ痛覚の主張は激しかったものの、この閉鎖空間では外傷を負わないようになっているので傷口から痛みがじくじくと広がることがない。
「ごめんね、つい熱くなっちゃって本気で……まあカイトウさんがデリカシーのないこと言うからだけど」
 自分でも先ほどのやりとりは配慮に欠けていたと反省している。しかしこれ以上話を引きずることもない。

 ナンナからのお悩み相談は終わっていないのだ。まだ彼女が悩みのバックグラウンドを説明している途中にすぎない。
 どこで流れが途切れたんだったか。
 ……ああ、ナンナが自分を指して『私は更科しらさだ』と言い出したところだ。
 いやはや、生身の人間がVRのキャラクターを演じているという情報が無ければ、「別人のふりをするなんて、こいつの人生に嫌なことでも起きたのだろうか」と疑ってかかるところだ。
 しかし、こうやってお悩み相談という名目で話をしてくるのだから、内容不明ながらも何かしらの悩みはあるわけで、今の俺はそれを聞く役にまわるとしよう。

「悩みの種は、それなのか?」
「それ、って?」
「さっき言ってたろ、Vの演者にされてしまった、って。それが悩みなのか?」
 演者が嫌ならやめればいい、という意見が出そうになるが止める。過去、俺が突き放した言い方をしたせいーーかどうかは定かではないが、本当に会社を辞めてしまった同僚を思い出したから。

「ああ、そうだね……演者になっちゃうなんて突発的事態が起こらなければ、今の悩みを抱えることは無かったから、それが悩みの種といえば、その通り」とナンナが言う。
「突発的?」
「突発、唐突、突然、青天の霹靂、出し抜け、ひょんな、予期せぬ、どれでもいいけど、急な話だったよ。私がしらさちゃんを演じるようになったのは」
「理由を聞いてもいいのか?」
「もちろん、というかここまで知られたからには聞いてもらわなきゃ」
「知られた、という言い方は適切じゃないだろう。あんたの事情は知りたくて知ったわけじゃないぞ」
 勝手に悩み相談を持ちかけてきたくせして。
「いいじゃん、どうせヒマなんだし。ちょっと聞いてってよ。それとも知りたくない?」
 首を振って否定する。
 会話の主導権争いへの些細なこだわりより、今はナンナの事情に興味がある。
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