君の声が失われても残るものと、小銭ぎらいの僕

きどじゆん

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 彼女は、昼休みに僕が自動販売機のおつりを取らなかったことについてどうしても聞きたかったから、文芸クラブへ連行したのだった。

『私は常々思っています。文章は、その人の意見を正確に表現するために最適であると。たしかにしゃべったほうが素早く伝わる。けれどそれはまとまっていない言葉のままであることが多くて、受け取る側は理解に苦しむことがある。でも文章は違うんです』
 よくもまあスラスラと書けるものだと感心しているうちに、彼女はもう一枚原稿用紙を取り出した。どうやら次の文章を書き切るには今手元にある分では足りないらしい。
『たぶん、私は君の説明を聞いても理解できないと思います。自動販売機からおつりをとるのは自然な行為です。私ならまず忘れない。なのに君は取るのを忘れるどころか、あまつさえ、今日は取りたい気分ではない、と言いました。その言動は私には理解できません。これはもう、文章で理路整然と説明してもらうしかないでしょう?』と書かれた紙を受け取った。僕は非常にめんどうな事態の中にいると自覚した。
 彼女と対象的に、拙い手つきで文章を書いていく。
 彼女は怒っているのではなく、僕の説明を求めているのだ。思ったことをそのまま書けばいいのだ。
 だけど、僕の文章は決して上手ではなかったし、何より要点がまとまっていなかったから、伝わるかどうか怪しかった。
 僕は嫌な汗をかきながら、事情を説明する文章を書ききった。まるで反省文を書かされているようだった。いや、実際に書いたことはないけれど、もし書いているとしたらこんな気分なんだろうと想像した。

 彼女のつくった文芸クラブの活動目的は、『日本語の文章を読む力と書く力を養い学業に寄与することを活動主旨とする』だった。その目的どおり、なし崩し的に文芸クラブのメンバーとなった僕の作文能力はそれを機に向上した。
 自動販売機からおつりを受け取らなかった理由と、そこに至るまでの経緯を説明して彼女に納得してもらうまで、何枚も原稿用紙を消費した。何度も彼女から『全然論理的じゃありません、書き直してください』という一文を見せられた。

 一ヶ月、二ヶ月とそんなことを続けていたおかげで、ようやく僕は彼女を納得させることができたのだが、その頃の僕は文芸クラブにいることを心地よく感じるようになっていた。
 僕が書いている間に彼女は本を読んでいた。もちろん黙ったままだ。たまに部屋から出ていくことがあったけれど、僕も同じように出ていくことはあった。彼女も僕と同じようにしばらくしたら戻ってくるから、行き先はだいたいわかる(僕はトイレに行っていたのだ)。
 沈黙が二人の間にはあったけど、それは決して悪いものではなかった。むしろ、空気に含まれる水分みたいに、見たり触れたりすることはできずとも、実際は無くてはならない必要で大事なものだと僕は考えていた。
 そんなことを簡潔な文章で伝えると、彼女はいつもの原稿用紙を取り出して、眉間にペンを当てたり、机の上をコツコツと指先で叩いたりして、いつもより余計な時間をかけて文章を書き上げた。
 そして彼女は原稿用紙を裏返しにすると、そそくさと帰ってしまったのだった。
 いつも使っているシャープペンは、原稿用紙の端の方にぴったりとくっついていた。
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