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僕の一言に対して、彼女はこう言った。何故か首を傾げながら。
「おかしいのは君の方じゃない? 鍵変えたこと言ってくれないし、マンションのオートロックの番号まで変えちゃって」
「……それは君に伝えるようなことじゃない、入居者である僕の権利だ」
「おかしいのは君の方だよ? 何言ってるの?」
またしても首を傾げる。さっきは左だったので、今度は右へ。
「だって、私は君の彼女だよ。合鍵もらって当然じゃん。君がくれないから、自分で全部用意しなきゃいけなかったんだよ」
彼女ーーカナタは、僕の恋人だった。
彼女だった、というのがふさわしい気もするが、彼女を男女関係的な意味で『彼女』と表現すると紛らわしいので、恋人とあらわす。それに、外様からすれば『彼女だった』の時点で、イコール恋人扱いなのだから、大した違いはない。
『彼女だった』の方がカナタにふさわしい理由は、僕は彼女に恋をしていたわけではなかったからだ。付き合っていたのは事実ではあるが、肉体関係的な繋がりは無かったし、そもそもお付き合いしましょうと言った後で、僕らは彼氏彼女の関係になったわけではなかった。
「今度ダブルデートしようぜ。お前、相方な!」
などと友人A、もとい英吉くんに誘われて、ちょうど暇していた僕が誘いに乗ったのが僕らの関係が始まるきっかけであり、そして僕にとっては決定的な選択ミスだった。
英吉くんの性格上、自分とお付き合いする女性はともかく、相方となる僕のパートナー役として変な女性を紹介してくることはないだろうと考えていた。彼は突飛なことをするやつではあるが、僕が嫌がる種類のことをやってくるタイプの男ではなかった。
そしてダブルデート当日。僕はおろしたばかりのグレーのカーゴパンツが浮いていないかと少し悩んでいたり、けれどどうせ今日限りの付き合いだから気楽に行こうと呑気な気分でいたりと、まあ言ってしまえばリラックスしてその場に臨んだ。
そこで出会ったのがカナタだ。英吉くんに紹介されたときの彼女が、僕の顔を上目遣いで覗き込んでいたのが印象に残っている。
その時のカナタは肌の露出が少ない格好で、袖は手の甲まで覆っていたし、ロングスカートの裾からはみ出した素足までレギンスで隠していた。
「は、初めまして。カナタです。今日はよろしくお願いします」
「うん、よろしく。まあ気楽に行こうよ」
などと軽い感じで、僕らの関係はスタートしたのだ。
「思い出すなあ、初対面の君が優しく声をかけてくれた時のこと」
出会いから一ヶ月がすぎ、ニヶ月がすぎても、僕とカナタは会っていた。そして二度会うと必ず一回はそう言った。
僕は仕事の関係で、彼女と休日のタイミングが合うことはあまりなかった。だけど、彼女は毎週僕に映画に行こうとか今日は散歩に行こうとか、色々な誘いをかけてきた。それに対して、僕は月に一度ニ度ぐらいの頻度で応えていた。
そう。この時点で、僕は彼女を異性の友人としてとらえていたのだ。
カナタと出会って一年が経った頃、よく行く喫茶店のテーブル席で彼女は言った。
「私たち付き合って一年になるんだから、そろそろ同棲してもよくない?」
僕はその時ブラックコーヒーを飲んでいたから助かった。「はあ?」というとっさに出そうになった言葉を抑えることができたからだ。
口の中にあるコーヒーを飲み干すまでの時間、それプラス、右手のカップをソーサーに戻すまでのほんのわずかな時間が、僕の考える時間となった。
私たちは付き合って一年になる。
同棲してもよくないか。
この二つに直接的な因果関係はないが、少しだけ遠回りして考えると、一年以上続いている関係ならこれからも上手くやっていけそうだし、その先を見据えて一緒に住むのもよいのでは、という筋道を立てて繋げることはできる。
しかし、という否定的接続詞を浮かべた僕は、もう一口コーヒーを口に含み、考える時間を伸ばした。
『私たちは付き合っている』とはどういうことなのか。
いや、振り返ってみると、人間の機微に疎い僕でも何となく理解することはできた。いやむしろ、疎いからこそ自分の現状についても冷静に客観的にみることができたのかもしれない。
僕とカナタはたまにではあるが、二人きりでどこかに出かける。仲が悪いわけではないし、彼女が「今日は帰りたくないな」と言い出しても僕は見捨てたりしなかった。彼女が飽きるか疲れるかするまでアレコレとお店で物を見て回ったり、最終的にぐったりした彼女をタクシーに乗せて自宅に送ることまでしてきた。タクシー代を折半するべく彼女のポケットにこっそり二千円を入れたりもした。
なるほど、これは確かに。
客観的に見れば、僕とカナタは付き合っている風に見えてもおかしくない。僕だったら、男友達の誰かが特定の女性と遊びに出かけるだけで「あの二人付き合ってるんだろうな」と推察する。その対象となった二人と、僕とカナタを入れ替えれば、僕らは付き合っているという勝手な推察をされたとしても反論できない。事実を考慮に入れなければ、だが。
「おかしいのは君の方じゃない? 鍵変えたこと言ってくれないし、マンションのオートロックの番号まで変えちゃって」
「……それは君に伝えるようなことじゃない、入居者である僕の権利だ」
「おかしいのは君の方だよ? 何言ってるの?」
またしても首を傾げる。さっきは左だったので、今度は右へ。
「だって、私は君の彼女だよ。合鍵もらって当然じゃん。君がくれないから、自分で全部用意しなきゃいけなかったんだよ」
彼女ーーカナタは、僕の恋人だった。
彼女だった、というのがふさわしい気もするが、彼女を男女関係的な意味で『彼女』と表現すると紛らわしいので、恋人とあらわす。それに、外様からすれば『彼女だった』の時点で、イコール恋人扱いなのだから、大した違いはない。
『彼女だった』の方がカナタにふさわしい理由は、僕は彼女に恋をしていたわけではなかったからだ。付き合っていたのは事実ではあるが、肉体関係的な繋がりは無かったし、そもそもお付き合いしましょうと言った後で、僕らは彼氏彼女の関係になったわけではなかった。
「今度ダブルデートしようぜ。お前、相方な!」
などと友人A、もとい英吉くんに誘われて、ちょうど暇していた僕が誘いに乗ったのが僕らの関係が始まるきっかけであり、そして僕にとっては決定的な選択ミスだった。
英吉くんの性格上、自分とお付き合いする女性はともかく、相方となる僕のパートナー役として変な女性を紹介してくることはないだろうと考えていた。彼は突飛なことをするやつではあるが、僕が嫌がる種類のことをやってくるタイプの男ではなかった。
そしてダブルデート当日。僕はおろしたばかりのグレーのカーゴパンツが浮いていないかと少し悩んでいたり、けれどどうせ今日限りの付き合いだから気楽に行こうと呑気な気分でいたりと、まあ言ってしまえばリラックスしてその場に臨んだ。
そこで出会ったのがカナタだ。英吉くんに紹介されたときの彼女が、僕の顔を上目遣いで覗き込んでいたのが印象に残っている。
その時のカナタは肌の露出が少ない格好で、袖は手の甲まで覆っていたし、ロングスカートの裾からはみ出した素足までレギンスで隠していた。
「は、初めまして。カナタです。今日はよろしくお願いします」
「うん、よろしく。まあ気楽に行こうよ」
などと軽い感じで、僕らの関係はスタートしたのだ。
「思い出すなあ、初対面の君が優しく声をかけてくれた時のこと」
出会いから一ヶ月がすぎ、ニヶ月がすぎても、僕とカナタは会っていた。そして二度会うと必ず一回はそう言った。
僕は仕事の関係で、彼女と休日のタイミングが合うことはあまりなかった。だけど、彼女は毎週僕に映画に行こうとか今日は散歩に行こうとか、色々な誘いをかけてきた。それに対して、僕は月に一度ニ度ぐらいの頻度で応えていた。
そう。この時点で、僕は彼女を異性の友人としてとらえていたのだ。
カナタと出会って一年が経った頃、よく行く喫茶店のテーブル席で彼女は言った。
「私たち付き合って一年になるんだから、そろそろ同棲してもよくない?」
僕はその時ブラックコーヒーを飲んでいたから助かった。「はあ?」というとっさに出そうになった言葉を抑えることができたからだ。
口の中にあるコーヒーを飲み干すまでの時間、それプラス、右手のカップをソーサーに戻すまでのほんのわずかな時間が、僕の考える時間となった。
私たちは付き合って一年になる。
同棲してもよくないか。
この二つに直接的な因果関係はないが、少しだけ遠回りして考えると、一年以上続いている関係ならこれからも上手くやっていけそうだし、その先を見据えて一緒に住むのもよいのでは、という筋道を立てて繋げることはできる。
しかし、という否定的接続詞を浮かべた僕は、もう一口コーヒーを口に含み、考える時間を伸ばした。
『私たちは付き合っている』とはどういうことなのか。
いや、振り返ってみると、人間の機微に疎い僕でも何となく理解することはできた。いやむしろ、疎いからこそ自分の現状についても冷静に客観的にみることができたのかもしれない。
僕とカナタはたまにではあるが、二人きりでどこかに出かける。仲が悪いわけではないし、彼女が「今日は帰りたくないな」と言い出しても僕は見捨てたりしなかった。彼女が飽きるか疲れるかするまでアレコレとお店で物を見て回ったり、最終的にぐったりした彼女をタクシーに乗せて自宅に送ることまでしてきた。タクシー代を折半するべく彼女のポケットにこっそり二千円を入れたりもした。
なるほど、これは確かに。
客観的に見れば、僕とカナタは付き合っている風に見えてもおかしくない。僕だったら、男友達の誰かが特定の女性と遊びに出かけるだけで「あの二人付き合ってるんだろうな」と推察する。その対象となった二人と、僕とカナタを入れ替えれば、僕らは付き合っているという勝手な推察をされたとしても反論できない。事実を考慮に入れなければ、だが。
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