彼女の反逆と、世界から争いが無くならない理由について

きどじゆん

文字の大きさ
3 / 3

#3

しおりを挟む
「どうしてこうなってしまったのか」と、ひとりごちる。
 無駄に広いこの空間には私一人しか居ない。一緒に仕事をする仲間も、相談にやって来る部下も居ないのだ。
 初めての拠点を任されたころ、私は部下を上手くマネジメントして一流のエージェントに育てるという小さな目標を持っていた。厳しい指導教官が唯一高く評価してくれた私の能力は、他人の良い点を発見することに長けた観察眼だった。その能力を活かして、伸び悩む部下を自分よりも高みにすくい上げることが、組織における私の役割だと考えていた。
 現状は全く逆で、今の私はすくい上げられる側にいる。
 積極的にそうしようとする女性エージェントを筆頭に、彼女に賛同する構成員までもが、私を過剰に高く評価する。
 ここから逃げてしまいたい。そう何度も考えてきたし、今だってその考えは変わらない。
 私一人が居なくなったところで組織が回らなくなるなんてことはないだろう。近頃の私が組織存続にかかわるような重要な仕事をしただろうか?
 いや、皆無だ。
 本当に私は何もしていない。
 私の秘書を兼務するクローバーの組んだ予定に従い、この部屋にやってくる来客との会談に臨むぐらいしかやっていない。彼ら彼女らは一様に腰が低く、名前を訪ねてもはぐらかし、私の提案に賛同するだけの機械的なコミュニケーションを淡々とこなすだけの、退屈な人間ばかりだった。この程度の仕事なら、私がやってもやらなくても変わらない。

 私の考えを余すことなくクローバーに伝えたところ、彼女はこう言った。
「ボス、そんなことを言わないでください。あなたの仕事を代わりにこなせる人は他にいないんです」
 もちろん私も含めてです、と言いきられる。
 それはどういうことかと問うと、答えが返ってきた。
「ボスの計画に従って任務を遂行した結果、敵性組織は首都から一掃されました。連中の一部は潔く消滅する道を選びましたが、それを選ばない者たちが居ました」
 クローバーが淡々と挙げていく個人名と団体名を聞いて、私は戦慄した。
 この国の政権を表と裏の両面から操る政治家と政治団体、人類史に大きな影響を及ぼしてきた歴史ある宗教を教導する地位に居る人物、治安維持を担うあらゆる組織、そしてーー私と彼女が所属している組織の名前までも。
「彼らは、我々……いえ、ボスの傘下に加わることを是としました。ボスと顔合わせした者たちは、全員がその関係者です」
 いずれ私達の古巣からも誰かがやってくるはずです、とクローバーは言った。
 呆然とする。
 うなだれることもできない。喉が固くひき絞られていて、声が出せない。
 私がやってきたことはなんだったんだ。平和をおびやかす者たちが強大ならもっと強い力で立ち向かえば、いつか平和がやってくると信じていたのに。動機が短絡的でも、思いをつなげていけばいつかその通りになると、希望を抱いていたのに。
「ボス」と言って、クローバーが私の両手を優しく包み込む。じっと見つめてくる瞳には揺るぎない芯が通っているようだった。
「ボスが無茶な任務を私に与えていた理由はわかっています。私が失敗するように仕組んでいたことも、もちろん」
 わかっていたなら、なぜ私の命令に従ったのか。
 私には彼女の考えが読めなかった。
「そうすればボスが失敗の責任をとって降格されて、きっと私はボス以外の人間を上司として扱うよう、あの枯れた組織から辞令を受けていたことでしょう。でも、もうそんなことは起こらない」
 ボスと私を引き裂く者はもうこの国には居ない、と彼女は言った。

 ここにずっと居ましょう。
 この街も、このビルも、すべてボスの所有物です。
 このビルを新築した理由、知っていますか?
 実は、私達が初めて出会ったあの湿っぽい雑居ビルを買い取れたから、思い切って同じ場所に建ててみたんです。
 私は、この場所を大切にしたかったから。
 ずっとずっと、私を信頼してくれる人を探していました。そしてボスは私を全面的に信頼して、大事なお金を任せてくれた。
 あのときの想いを忘れたくない。
 最期まで何があっても。

 窓のむこうには空があり街があった。
 だけど、ここからは誰の姿も見えない。
 せめて、今の私の表情だけでもこのガラスが映してくれれば、彼女に何か言えただろうに。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...