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『圧倒的な力は平和的な世界をつくる』をスローガンに掲げる秘密結社が、私の所属する組織だ。その目的は力による世界平和の実現。有り体に言えば世界征服だ。
私自身と組織本部との関わりは薄い。せいぜい本部のエージェント名簿に私の名前が記録されているぐらいだろう。
新人エージェントだった私は、幸運にも人的資源に恵まれた支部に配属され、自分なりの努力と工夫、そしてなによりも周りの助けのおかげで、三年目に地方拠点の責任者となった。
老朽化した賃貸ビルのテナントから、私の責任者兼中間管理職としての仕事が始まった。
やることは山積みだった。なにせ、未踏エリアを開拓する尖兵となるために新しく設立された拠点だったのだから、場所と住所以外は何もない。当然私以外に人はいない。だから、まずは人を集めるところから始めなければならなかった。
伝手をたどってようやく確保した人員が、まだエージェント経験の浅い新人の彼女、クローバーだった。
簡潔にまとめると、クローバーは優秀過ぎた。
組織に入るとすぐにその能力を発揮し、任務を次々と成功させていった。
そのときの私は、彼女の上司であることが誇らしかった。控えめに言っても拠点と呼ぶことすらふさわしくなかった私の仕事場には、たったの半年で人員が過剰なほど集まった。最低でもひと月に三人ずつ、多いときは週に五人も部下が増えていき、拠点は未処理の書類と部下で埋め尽くされ、限界を悟った私は拠点を移さざるを得なくなった。
この急成長が私の働きのおかげであるとは、口が裂けても言えない。そう、エージェントクローバーこそが功労者だった。
彼女が増やした資源はヒト・モノ問わず多種類にわたるが、成長率が顕著だったのがカネ、特に金融資産の増え方だった。
ある日、資金確保の手段に頭を悩ます私を見たクローバーは「私に任せて下さい」と言った。なんでも、彼女は金融資産を増やすことにかけては経験豊富であるらしかった。このままではいずれ資金難に陥ることが私には予測できていたので、駄目もとのつもりで、彼女に資金の半分を運用できる権利を与えた。
それから、月をまたぐごとに資金が倍に倍にと増えていくという、恐怖の月次報告を聞くことになった。中でも特に恐ろしいのは、本部向けの収支報告書に毎度欠かさず添えられる一文で、そこには「すべて拠点責任者の手柄である」という旨が記されていた。
私よりも有能でありながら、クローバーはそれを隠しているのだ。部下の威を借りて成果を上げている情けない上司の姿があった。それは他でもない、私自身だった。
正当に評価されるよう本部にかけ合おうかと提案すると、クローバーはこう言った。
「ボス、私はあなたの部下です。ボスに評価されていればそれでいい。ボスが私の成果を見てくれれば、それ以上何も望みません」
だから本部には何も言わないでください、と彼女は提案を断ったのだった。
本人が断っている以上、私からはなにも言えない。だからこの件について、私は静観することにした。
今だからこそ理解できる。ここで静観するのは間違いだったのだと。
いや、活動資金の運用はすべてクローバーに任せて自分は部下のマネジメントに集中しようと、資金運用の全権限を彼女に一任したことが決定的な過ちだったのか。
いずれにせよ、今となってはすべてが後の祭りである。
かつて私が全権を握っていた組織は日毎に拡大を続けており、もはや全貌を把握しているのは彼女しかいない。さらにたちの悪いことに、彼女は自分の上司は一人(私のことだ)しか居ないと、事あるごとにアピールしている。おそらくはもう、私が何を言ったところで配下のエージェントたちが信じることはないだろう。私はクローバーの宣伝効果によって、組織の長というよりも、全知全能をもつ絶対の存在としてまつりあげられているのだから。
私自身と組織本部との関わりは薄い。せいぜい本部のエージェント名簿に私の名前が記録されているぐらいだろう。
新人エージェントだった私は、幸運にも人的資源に恵まれた支部に配属され、自分なりの努力と工夫、そしてなによりも周りの助けのおかげで、三年目に地方拠点の責任者となった。
老朽化した賃貸ビルのテナントから、私の責任者兼中間管理職としての仕事が始まった。
やることは山積みだった。なにせ、未踏エリアを開拓する尖兵となるために新しく設立された拠点だったのだから、場所と住所以外は何もない。当然私以外に人はいない。だから、まずは人を集めるところから始めなければならなかった。
伝手をたどってようやく確保した人員が、まだエージェント経験の浅い新人の彼女、クローバーだった。
簡潔にまとめると、クローバーは優秀過ぎた。
組織に入るとすぐにその能力を発揮し、任務を次々と成功させていった。
そのときの私は、彼女の上司であることが誇らしかった。控えめに言っても拠点と呼ぶことすらふさわしくなかった私の仕事場には、たったの半年で人員が過剰なほど集まった。最低でもひと月に三人ずつ、多いときは週に五人も部下が増えていき、拠点は未処理の書類と部下で埋め尽くされ、限界を悟った私は拠点を移さざるを得なくなった。
この急成長が私の働きのおかげであるとは、口が裂けても言えない。そう、エージェントクローバーこそが功労者だった。
彼女が増やした資源はヒト・モノ問わず多種類にわたるが、成長率が顕著だったのがカネ、特に金融資産の増え方だった。
ある日、資金確保の手段に頭を悩ます私を見たクローバーは「私に任せて下さい」と言った。なんでも、彼女は金融資産を増やすことにかけては経験豊富であるらしかった。このままではいずれ資金難に陥ることが私には予測できていたので、駄目もとのつもりで、彼女に資金の半分を運用できる権利を与えた。
それから、月をまたぐごとに資金が倍に倍にと増えていくという、恐怖の月次報告を聞くことになった。中でも特に恐ろしいのは、本部向けの収支報告書に毎度欠かさず添えられる一文で、そこには「すべて拠点責任者の手柄である」という旨が記されていた。
私よりも有能でありながら、クローバーはそれを隠しているのだ。部下の威を借りて成果を上げている情けない上司の姿があった。それは他でもない、私自身だった。
正当に評価されるよう本部にかけ合おうかと提案すると、クローバーはこう言った。
「ボス、私はあなたの部下です。ボスに評価されていればそれでいい。ボスが私の成果を見てくれれば、それ以上何も望みません」
だから本部には何も言わないでください、と彼女は提案を断ったのだった。
本人が断っている以上、私からはなにも言えない。だからこの件について、私は静観することにした。
今だからこそ理解できる。ここで静観するのは間違いだったのだと。
いや、活動資金の運用はすべてクローバーに任せて自分は部下のマネジメントに集中しようと、資金運用の全権限を彼女に一任したことが決定的な過ちだったのか。
いずれにせよ、今となってはすべてが後の祭りである。
かつて私が全権を握っていた組織は日毎に拡大を続けており、もはや全貌を把握しているのは彼女しかいない。さらにたちの悪いことに、彼女は自分の上司は一人(私のことだ)しか居ないと、事あるごとにアピールしている。おそらくはもう、私が何を言ったところで配下のエージェントたちが信じることはないだろう。私はクローバーの宣伝効果によって、組織の長というよりも、全知全能をもつ絶対の存在としてまつりあげられているのだから。
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