mistress

桜 詩

文字の大きさ
34 / 46
第四章

34

しおりを挟む
フェリクスを追い出した…その、数日の後の事。
新年を迎えてからはじめて、ライアンが訪ねてきた。
「エレナ、心配をさせてしまってすまなかった…それから、フェリクスの事も…君に任せたままになってしまった…本当ならもっと早く、私からフェリクスに告げるべきだったな…」
ライアンは、フェリクスが形ばかりの愛人であるアネリの事を、律儀に通い続けていたことを失念していた…と言ってもいい。
「フェリクスが、君が良くしてくれたと。ここと、領地にある家の名義をと頼んできたよ…」
「領地の家?」
「たぶん、未亡人だから家を追い出されたと思ったんじゃないのか?」
エレナはとまどった。事実に少し近い。
「珍しく苦しげな顔を見れたよ」
ライアンは苦笑した。
息子が、大人になったと実感させられた。
「フェリクスが幸せになると良いと心から思ってます…私は」
ライアンもうなずいた。

「ここにいたアネリ・メルヴィル夫人は消えるのね…」
ポツリとエレナは言った。
アネリはもう書類上もおらず、エレナ・ヘプバーンの名を取り戻している。フェリクスが来なくなる以上この居心地が良かったこの家も、もはやいれるはずはなかった。
「もうすぐすべての片がつく…。そうなれば、私と結婚をして、そして一緒に暮らそう…」
ライアンが囁き、エレナもそうしたいと願いうなずいた。
「待っているわ…あともう少し…」
何も出来ない自分が不甲斐ない…。

エリザベスの望みはヨーク・ブリッジの屋敷。それは今は人手にあったが、ライアンは持ち主には、いい条件で買うと言い、そこを手に入れた。
屋敷を購入するのに、お金はかかったものの、それはライアンには容易い事ともいえた。
離婚の件は、ジェラルドに頼んでいた根回しがあるので、エリザベスさえ条件を了解すればすぐにでも叶う。
弁護士のコリン・メージャーがエリザベスとの間に入り、様々な取り決めを行うと、離婚のサインをして終わりだ。

「エリザベスこれで離婚は成立した…だが、今フェリクスはまもなく婚約が決まるかも知れない…」
ライアンはエリザベスに告げた。
「それで何が言いたいのかしら?」
「離婚の公表と、別居はもうしばらく待ってほしい…頼む」
ライアンは頭を下げて頼んだ。 
エリザベスの機嫌は途端に悪くなった…。
「フェリクスの婚約…貴方が奨めた娘よね…」
ライアンは眉をしかめた。
ライアンが奨めた娘、というところに何かしら不快感があるようだ。
「フェリクスは君の息子でもある。幸せを願うだろう?」
エリザベスは、ため息をつくと、
「フェリクス…あの子も貴族の男だわ…わたくしの父と、そして貴方と同じ」
きらりと目を向けられて
「フェリクスは私とは違う。高潔な魂の持ち主だ」
ライアンは反論した。
エリザベスとこれほど長く話す事は、これまでかつてにあっただろうか…
「どうかしら?わたくしの父だって、そんな風に見せていたわ…だけど…死んだのよ、愛人の所でね」
ライアンは肩を強ばらせた。

嫌悪感と憎悪の滲むエリザベスの顔。確か、エリザベスの父は、ライアンと結婚をする以前に亡くなっていた。だから、その真相も知らないし、それが本当ならそこから男に嫌悪感を抱いたのかと納得もいくように思えた。

「だからわたくしは父もあなたも、貴族の男なんて大嫌い」
憎しみの目を向けられても、浮気をしていた自分は仕方なく思えるが、フェリクスは違うと言いたい。
「エリザベス…」
「でもまあ、いいわ今年の社交シーズンが終わるまでは我慢して妻を演じてあげる。その文謝礼は頂くわよ」
高飛車に言い放つと、同じ空間にいるのすら耐えられないと、踵を返す
「わかった…」
とその背に返した。
エリザベスの根深い闇を感じたのははじめてかも知れない…。

しかし、なんとか説得は出来たし、正式に離婚も出来た…。
後味はよくないものの、結果は良好と言えた。

ライアンは、エレナに報告に行った。
「エレナ、エリザベスとの離婚が成立したよ」
エレナは息を飲んだ
「ただ、公表は今年の社交シーズンが終わるまではしない…それまでにフェリクスが婚約をしてほしいものだ…」
ライアンとエリザベスの離婚は、フェリクスの婚約に影響が出るかもしれない…。
エレナはうなずいた。
「エレナ…改めて言うよ…結婚してほしい…こんな年で初恋かと笑われるだろうが、愛する君と幸せになりたい」
エレナはゆっくりとうなずいて
「ありがとう、ライアン。貴方にばかりたくさん犠牲にさせてしまったわ…」
「私だってたくさん我慢をさせた…何年も…」
二人はゆっくりと唇をよせて、誓うようにキスをした。

ほとんどの障害が取り払われ、二人の未来はようやくわずかな陽が射してきたように思える。
その事に喜びを感じながら、二人だけの誓いの口づけを交わし、愛し合う一夜を過ごしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

処理中です...