遥かな約束は、色褪せもせず

桜 詩

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24,勝負

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 アシュフォード侯爵家の舞踏会は、くしくも新しいドレスが間に合う夜に予定されていた。

ジョージアナの主催したこの夜会はもちろん目的は親族である、デビュタントのレナのお披露目であるから、招待されているのはもちろん若い独身の男女が招かれているとあって、料理のメニューから広間の飾り、それに選曲も全体的に華やかな物になっていた。

招待客にはもちろん、シャンテルやキャスリーンという少し気まずくなってしまった二人も、それからアニスも……。

さすがにアドリアン・アンスパッハは、来ないようだ。その事にレナは思わずホッとしてしまった。

レナの使っていた部屋には、メイドたちとそれからコーデリア。
二人の支度を完璧にするためにメイドたちは本気の仕事に取り組んでいる。

「ねぇ……やっぱり、大胆じゃない?」

新しいミリアのドレスは、前から見れば控えめな位だが、背中は大きく開いて、このドレス専用のコルセットが必要だったのだ。
「とっても、綺麗よ。ねぇ?」
「はい、レナお嬢様はこれくらい大胆でも品がありますし大丈夫ですわ」

メイドたちがコーデリアの声にすかさず同意して、髪も上にでなく襟足で内にまくという形にして、サイドに大きめの飾りをつける。口紅は、印象的な赤にドレスは淡いローズカラーである。

「胸をこぼれそうなほどにしてる令嬢に比べれば、なんてこと無いわ」
すい、と出されたのは赤のヒールのシューズ。これも高さが10㎝以上ありそうで、これでダンスを踊るなんて気合いが必要だ。
これを履くと163㎝のレナは170㎝を越える。

「高いヒールは不安定でしょ?せいぜいヴィクターに寄りかかって親密さをアピールするのよ」
「それはとても、いい考えです!」
ミアがコーデリアに乗り気を見せた。

「でしょう?ヴィクターはかなりの長身だし、これでやっと頭の位置も近くなるし、他の令嬢たちも威圧できるわ」
「威圧って……」

「見た目でまずは威圧して、それから私とのレッスンを思い出して。それに、今日は強力な助っ人も招待しているから」
「助っ人って……」

戸惑いつつコーデリアを見ると、コーデリアのドレスはレナのドレスをベースにしつつ、形をやや変えてある。色は艶のある明るい紫だ。
化粧もした鏡の中のレナは、大人びて見えて別人のようで落ち着かない。

階下ではすでに続々と招待客が訪れていて、フレデリックとジョージアナが出迎えをしているはずだ。

「ヴィクター・アークウェイン卿とマリウス・ウィンスレット卿がご到着されました」
従者が扉越しに伝えて、いよいよだとレナは立ち上がった。
いつもよりも高い視界に、やはりどこか何かが変わったような気がしてしまう。

コーデリアと共に部屋を出て、階段の上から下を見ると着飾った男女の姿があり、その中にヴィクターとマリウスの姿を見つけた。特にヴィクターの姿はすぐに見つかってしまう。

今日の姿をヴィクターはどう思うだろうかと……レナは心臓が胸を叩いて暴れそうなのを感じていた。

二人に気づいたヴィクターが、緩やかなカーブを描く階段を上がってくる。
少しずつ大きくなるその姿に目は釘付けでそれがレナを迎える為の行動だとすれば尚喜ばずにはいられない。

「レナ」
「こんばんはヴィクター」

差し出した手に、ヴィクターは軽くキスをする。
「今夜はすごく綺麗だ」
社交辞令だとしても、嬉しいものだ。

ヴィクターの後から上がってきたマリウスは、コーデリアのエスコート役なので彼もまた同じように挨拶をし、腕をとった。

「どう?ヴィクター。今日のレナは?わたくしの作品なの」
「レディ コーデリアの、か。いつものレナももちろん愛らしいが、今日みたいに大人びた姿ももちろん素敵だ」

「ですって、良かったわね。レナ」
コーデリアは満足そうににっこりと笑った。
「コーデリアももちろんとても綺麗だ」
「あら、ありがとうマリウス。今までわたくしの存在なんて忘れていたくせに」
コーデリアが軽く笑いながら言うと
「コーデリアが少しも私を頼ってくれずに邸に引きこもってるから拗ねていただけだよ。君が『お願いマリウス』と一言言えば何だってするよ」

「そうみたいね」
「今夜のコーデリアのお願いはちゃんと聞いてる。今夜の特別な客人はジョエルがここへお連れする予定だ。どう?頼りになることを少しは信じる?」
「少しね」

そんな軽いやり取りに、緊張していた肩が少し和らぎ自然な笑顔になる。

並んで立つヴィクターを何気なく見ると、コーデリアの思惑通り顔の距離は近くなっている。それでもまだまだ彼の方が高い。

「今日だけは、他の令嬢とは踊らないでいてくれる?」
少しだけ上向いてレナが囁くと、
「言われなくてもそのつもりだった。今夜はアシュフォード家の姪であるレナのお披露目と、それから俺との婚約の祝いだから」

ヴィクターの言うように、ついに正式に婚約が整い2日前の新聞に掲載され告知された。これで世間も二人をそのように見るし、今夜はそのすぐあとの夜会であるから、ヴィクターがレナとだけ踊ることも許されるだろう。

階下に降りて、会う人毎に祝福の声を受けながら大広間へと入る。アシュフォード家の大広間は、すでにたくさんの人で彩られ笑いさざめく声が楽の音と共に会場を華やかな舞踏会へと演出している。

 アシュフォード侯爵夫妻が入り、扉が閉められるといよいよ舞踏会がはじまるのだ。
「皆様に姪のレナと婚約者のヴィクター・アークウェインをご紹介致します。まだ若い二人ですから皆様にどうぞ温かく見守ってください」
フレデリックの紹介に、拍手を贈られレナとヴィクターはお辞儀をする。

本来ならフレデリックとジョージアナのダンスだが、今夜はレナとヴィクターのダンスで始まるのだ。
「どちみち目立つ。気にするなって言っても無理だろうからどうせなら……俺の顔を見て踊って」

中央に歩いて行ったところで、音楽が始まる。

みんなに見られている……。
それは当たり前だ。二人だけのダンスなのだから……。

なのに、最初に軽くよろめいてヴィクターに掴まってしまった。
「もう失敗したから怖いものなしだな」
余裕のある笑みにレナは少しだけ笑い返した。

「わざとじゃないわ」
最初にわざと?と聞かれた事を思い返してレナはそう言った。それはわざとよろめいて、男性と接点を持つのはそれほど珍しい手腕ではないのだと知ったからだ。

「わかってる」

話ながらのせいか、思った以上に踊れている気がした。一つにはヴィクターのリードが上手いというのがあるのだが……。
高いヒールのお陰か、腕のホールドの位置がしっくりとしてヴィクターと踊りやすくなっている。

二曲目からは二人だけではなく、来客たちも一斉に踊り出す。

「このドレス……。すぐに着替えさせたくなるな」
「なぜ?」

「気づくだろ?肌に直接……手が触れる。他の男が触るなんて許しがたい」
「平気よ、きっとそう長くない内に着替えないといけなくなるわ、予想通りなら」
「……それはそれで複雑だな。せっかく似合ってるのに」
「ほんとう?」

婚約を、したからと言ってもヴィクターがレナの事を愛してるとは思えてはいない。それでも少しは好意があると、思いたい。
ヴィクターはレナの問いに微笑んで頷いた。
背に触れた手は、手袋越しだけれどその手は熱く感じてしまう。

今日の装いは確かに距離を縮めてくれている。
そして、レナの戦いを後押ししてくれている。

「今夜はこれから……戦いよ。勝てたら褒めてね」
「……何をするのか知らないけど、応援する。レナなら勝てる」

曲が終わり、レナとヴィクターは従者のトレーからシャンパンを取った。

「レナ、おめでとう。とてもきれいだったわ」
それはシャンテルだった。
「ありがとうシャンテル。あなたもとても綺麗」
シャンテルは、淡いピンク色のドレスを着ていてデビュタントらしく愛らしい装いだ。

こうやって向き合って話すのは、あの日以来だ。
シャンテルはレナの事を、嫌ってる………。けれどレナもそれをわかっていながら、笑顔を返す。

そうして話していると、少女たちが続々とレナに声をかけにやって来る。ヴィクターもまた、若い男性たちに囲まれて少し距離が開いていく。
皆、新しいレナのドレスが気になって仕方ないらしい。

「ねぇ、どこのドレスなの?」
一人が思いきって尋ねてくるので
「大通りのchouchouというお店よ」
とレナが答えると、皆脳内メモに書き込んだようだ。
「素敵なデザインだわ」
「ありがとう」

「バカね、レナくらい背中が綺麗じゃないと難しいわよ」
「わかってるわ。でも、わたくしに似合うように作ってくれるでしょう?」

お店を知った令嬢たちは、必要な情報は得たとわらわらとまた去っていく。

「あっ……」

パシャっとレナのドレスに、誰かの飲み物がかかる。
「ごめんなさい~、わざとじゃないの」

微笑みながら言ったのは、これで何度目だと言いたくなるほどお約束のアニスだった。

コーデリアが目配せでレナに『やり返せ』と告げている。
レナはぐっとお腹に力をいれて、顔に笑顔を貼り付けて、思いきってアニスの頭からシャンパンをお見舞いする。

「なっ……!」
これまで大人しく引き下がっていたレナの行動にアニスも、シャンテルも驚いている。

「ごめんなさい、冷たかったから驚いて手が震えてしまったみたい。わざとじゃないのよ?」
「うそよ、絶対にわざとでしょ」

アニスは髪から雫を垂らしながらレナをキッと睨み付けて、抗議してきた。
『わたしの事をわざとだと言うのなら、あなたはこれまで何度わたしにわざとかけてきたの?これからは黙ってやられっぱなしでいないわ。これからわたしに嫌がらせをするときはその事も覚悟してきてね』
レナはイングレスではあまり馴染みのないロディア語でそれを言った。
アニスはどうにかどこの言葉かまでは分かったようだが、内容まではわからなかったようだ。
それは周りの令嬢たちのほとんどが同じ反応だったが、そもそもわからないだろうと言うことが狙いだ。

「レナ、ジョエルが特別なお客様をエスコートしてきてくれたわ」
コーデリアが一瞬シン、となっていた場にそう声をかけた。

人々の視線の向かう方へ顔を巡らせると
「プリシラ殿下と、アンジェリン殿下だわ!」
集まっていた令嬢のうちの一人が声を上げた。

ジョエルが伴った二人の王家の姫は、まっすぐにレナの方へと進んでくる。
「こんばんは、レナ。おめでとう」
プリシラが先に声をかけてくる。
「ありがとうございます、プリシラ殿下」
「お招きありがとう、若い人たちばかりで今夜はとても楽しめそうだわ」
アンジェリンも続いて、レナに声をかけた。

「コーデリア、あなたが社交界にいると安心するわ」
『しばらく離れていた内に、ロディア語も話せない令嬢が社交界に出てくるなんて……とても心配です』
コーデリアがそう言うと、
『まぁ……多くを求めては今はいけないのよ。コーデリア』

「レナ、婚約者を紹介して欲しいわ」
アンジェリンがにっこりと笑って、腕を取った。
「ええ、もちろんです」

「レナのが空になってしまったわ。返しておいてくれるかしら?シャンテル」
コーデリアは微笑んで、レナの手から取ったグラスをシャンテルに差し出した。圧倒されたようにシャンテルはつられてそれを受け取った。

「来たタイミングはどうだった?」
プリシラがコーデリアに尋ねた。
「素晴らしく良かったわ」
「アニスは目に余ってたから、慌ててる顔が見れてスッキリしたわ」
くすくすとアンジェリンは笑った。

助っ人、というのはプリシラとアンジェリンの事だったのだとレナはコーデリアの手腕に感心してしまった。
 令嬢たちの頂点は爵位で言えばコーデリア。だが、それよりも上なのが王弟の息女の二人だ。
その二人がアシュフォード侯爵家の舞踏会に……それもレナのお披露目の夜会に登場して、わざわざ歩みよって声をかけた。
これによって、レナの立場はうんと変わる。

「わたしの為に、姫様方を呼ぶなんて凄いわ……コーデリア」
「わたくしにだって、まだまだ出来ることはあるのよ。こうして………それに、あなたはフェリシア妃の幼馴染みでしょう?使える縁は使うべきよ。それが正しい社交の仕事ね」

ジョエルが、プリシラにヴィクターを紹介するべく彼らの前に立った。
「プリシラ殿下、レナの婚約者のヴィクターです」
「こんばんはヴィクター。噂の通り素晴らしい美青年ね」 
「ジョエルには敵わないでしょう?」
ヴィクターがエスコートをしてるジョエルを見ながら微笑んだ。
「どうかしら、何かで勝負でもしてみる?」

「まさか、そんな事をしたらお互い本気になりすぎて困ったことになりそうだ」
「見たいと言えば、どうするの?ジョエル」
くすくすとプリシラが笑うと、
「あなたが私の特別な存在になるとおっしゃるなら、ご覧にいれますよ」
ジョエルの言葉にプリシラは軽く笑った。
「どこまで本気なの?」
「この上なく。あなたにこんな冗談は言いません」

「考えておくわ」
プリシラは余裕のある笑みを浮かべて、あっさりとジョエルの言葉を受け流した。

「ヴィクター、レナのドレスが汚されてしまったの。着替えをお願いするわ」
コーデリアがさりげなくレナの方を示した。
「……ああ、それは残念だ。じゃあ、少し出よう」
レナは頷いて、ヴィクターの腕に手をかけた。
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