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流れる円舞曲
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笑いさざめく声がする、大広間。
着飾った貴婦人と、テールコートをきた紳士たち。楽団が音合わせをしている。
大人になりつつある、けれどまだ幼さの残る若い男と女。
ティファニーは、そんな中の一人になっていた。
社交界デビューすると、あちこちから夜会の誘いが毎日のようにやってくる。どれに行くべきなのか、クロエの言うままに夜会に参加している。
今夜はウェルズ侯爵家の舞踏会…。
社交界の中心とも言うべきウェルズ侯爵家の招待は、必ず受けなければならない類いなのだとクロエは教えてくれた。
ウェルズ侯爵は宰相という地位にあり、政治的にも有力者であり夫人の顔も広く、次期侯爵であるベルナルド卿も、そして夫人のマリアンナもそれを受け継ぐのに相応しい人物であり、無視しては貴族社会ではまず生きていけないと言われていた。
デビュー間もない少女たちは、淡い色のドレスが多い。
ティファニーもまた淡い色合いのクリーム色のドレスに身を包んで会場にやって来ていた。
この夜のエスコート相手には、マリアンナから事前に連絡がきてあり、マクシミリアン・オックスフォードが、ホールでティファニーを待っていた。19歳の彼はオックスフォード伯爵家の嫡男である。
はじめて会った、その彼の持つ雰囲気はどことなくラファエルと似ている。そう思った。
マクシミリアンは、ラファエルよりも少し背は低い。金髪は淡い色で綺麗に後ろに流して撫で付けている。瞳は青い瞳、この国ではありがちな色合いである。そして、眉目秀麗。そんな言葉が似合う整った面差しである。
マリアンナはなぜ彼をティファニーの相手に選んだのかと、思った。
「私ではご不満ですか?」
俯いたままのティファニーに、覗きこむように屈んでマクシミリアンが言ってきた。
間近にせまった顔にぎょっとして、
「いいえ……とんでもないです。私なんかには勿体ない方で気後れしている、だけです……」
ティファニーは少し早口で言った。
「気後れ?」
「私は、それほど条件のいい令嬢ではないでしょう?」
「はっきりと言う方なんですね、ミス ティファニー」
「取り繕ったとしても、何も良いこともありませんから」
くすっとマクシミリアンは笑うと
「条件なんて私には関係ありません。貴女はとても、可愛らしい素敵な女性です」
前言撤回……ラファエルには似ていない。彼はこんなに口が上手くない……それとも、ラファエルもちゃんとした令嬢にはこんな風に上手く話しているのかな?
「お褒めいただいて光栄です、マクシミリアン卿」
「嬉しくも、なんともない……そんな感じですね」
くくくっとマクシミリアンが笑った。
「貴女は他の令嬢たちと違いますね」
「そう……かもしれません」
「他の令嬢のように、結婚というものに関心が無いのですか?」
ほとんどの令嬢は、社交界にデビューすると同時に結婚相手を探し始める。先手必勝、少しでも良い条件の相手を捕まえるのに必死である。
「そう見えますか?確かに、関心がないのかも知れません、私は変わってるのかも知れません……」
ふっと笑うと
「ラファエルと、何かありましたか?」
いきなりの、話の方向転換。
「……何か?」
ラファエルと、何か……
〝脳裏には甦る、過去の記憶。
強い雨の音がしている
ラファエルの操る二頭立ての馬車が雨の中を水飛沫をあげて石畳を駆けていく。
『どこへ…』
そしてたどり着いたリースグリーン・ハウス………
鬱蒼と草花が生い茂った人気のないタウンハウス。
濡れてまとわりついたドレス。若くしなやかな肢体に張り付いたシャツとズボン。濡れて冷えきった、二人の体…。
頬に滴を落とす短くなった栗色の髪。
宝石のように輝く緑の瞳とキラキラとした水滴。
その雫一つずつに映る、迷子のような不安げな自分の顔…〟
「ええ、何か」
「何もありません、ただの知り合いだというだけです」
「そうですか、それはおかしな事を聞いてすみません」
なんだろう……この人……
「私はね、ラファエルの昔からの友人なんです。この間ラファエルがエスコートをしているのを見て、何か他の令嬢と扱いが違うように見えて気になって……それで今日はエスコートをさせてほしいとレディ マリアンナに取りなしてもらったのですよ」
友人……。そうか、そういえばラファエルとこのマクシミリアンは同じ年である。友人関係だとしても全く意外ではなかったというのに……。でも、この口ぶりだとティファニーとラファエルが先日の王宮舞踏会で一緒に居たことしか知らないのだろう。その事に安堵する
「そうですか……それは当てが外れて残念でしたね」
「……私は別に、貴女の敵ではありませんよ?」
その言い方に、さすがに無愛想だったのかなとティファニーは思った。ラファエルの事を持ち出されて、神経質になりすぎたのかも知れない。
「すみません、そういうつもりはないのです。ただ……私は社交に向いてないのです。気の効いた言い回しとか……そんな事が出来ないのです」
はじめて、ティファニーは笑みをマクシミリアンに向けた。
「ミス ティファニー、私には気遣いは無用ですよ。そうやって笑みを向けて下さればね」
ふいっとティファニーは視線をまた外した。
「そういう事を言うのは……本気のお相手にしないと、相手に誤解を招きます」
「誤解を招きたい相手にしか、言いません」
「マクシミリアン卿……どういうつもりですか?」
「どういうも、口説こうと思っていますよ?貴女がとても、可愛くて、そしておもしろい女性だから」
そういう率直な言い回しは、貴族的ではない。さすがにティファニーも可笑しくなって、くすっと笑えた。
「じゃあ、貴女が飽きるまでは口説かれてあげます」
「そうされて下さい。そして、ラファエルよりも私を選んで欲しいですね。私は彼に負けることが多いんです。悔しいですが」
なるほど……そういうことか。
ティファニーのことを先日ラファエルがエスコートしていたから、気になったという事だろう。彼にとっては、ゲームのようなものなのだろう。
「私は誰も選ぶことはありません。選ぶ事が出来るのは……ああいう……令嬢たちだけ…」
ティファニーが目をやった先には、若い令嬢たちと、その相手になる若き貴公子たち。
華やかな集団である。
「……あそこにいるのは、古臭い、カビの生えたような教育を受けた令嬢たちです」
マクシミリアンの言葉にティファニーは少しぎょっとした。
「知ってる?あいつら、揃って同じような返答しか出来ないんだ。あの頭は飾りみたいなもの、つまらない女だ」
ヒソヒソと囁いて、ニヤリと笑うマクシミリアン
「君の方がずっと……話していて、楽しい」
耳元で言われて、ティファニーはゾクリとした。
「……舞踏会がはじまりそうです。私たちも行きましょう」
マクシミリアンのエスコートは、やはり完璧で……だけどさっきの垣間見せた本音のような言葉がちらついた。
一曲踊り終えると、マクシミリアンとティファニーの元にラファエルを先頭にした青年たちがやって来た。
「マックス」
ラファエルがマクシミリアンに笑みを向ける。
「あれ?相手はティファニーだったのか、知り合いだった?」
「今日会った所。可愛らしいレディだから、レディ マリアンナに紹介してもらった」
とマクシミリアンは言った。
「ティファニー、彼らは俺の友人たちで、ルシアン・ランチェスター 、ノエル・ラヴクラフト、オスカー・レノン=フォード セオフィラス・マイアーズ」
マクシミリアンは、一人ずつ紹介していく。
「はじめまして、ティファニー・プリスフォードと申します」
ティファニーはレディらしく、お決まりのお辞儀をした。
「よろしくねティファニー、ダンスの空きはある?」
ノエルが人懐こく言い、それに空きがあるとうなずくと、ティファニーの手にかかっていたダンスカードに名前を書き込んだ。
「じゃぁ、俺もよろしく」
とルシアンとオスカー、セオフィラスも続いて、最後にラファエルも書き込んだ。
次の曲はこの前にも踊ったジョルダンであった。彼が迎えに来て、ティファニーは彼らと離れた。
「こんばんは、ミス ティファニー。少しは慣れましたか?」
「え……いえ、慣れたと言いたい所ですけれど、正直私はこういう世界に向いてないのです。きっと……」
「実は、私も苦手です」
にっこりとジョルダンが言った。
「貴族社会は、人脈が命ですから……こういうことが苦手だと大変ですね……お互いに」
「ジョルダン卿はとても社交をきちんとこなしておられると思います……」
「私は次男ですから気楽な身分です」
人好きのする笑顔である。彼の言動は、そつがない、社交下手なティファニーですら、少し安心して話せる。
若い男性たちとダンスをこなしていくと、ラファエルの順番が来た。運良く……若しくは悪かったのか……曲は奇しくもワルツである。
体が密着するワルツ……それをラファエルと踊るなんて……。
「……なに?変な顔して」
ラファエルが少し呆れたように言ってきた。
「……ワルツって……緊張する」
ラファエルとっていう、言葉はわざと飲み込んだ。
「緊張、ねぇ?」
ぐっと手と腰をホールドされて、ティファニーはぎゅっと目を瞑った。
「ほんとだ、がちがち」
くすくすと、ラファエルが笑う。
曲がはじまり、ステップを踏む。テールコート越しに伝わる、ラファエルの力強い腕、そして、鼻孔をくすぐる爽やかなグリーンノートの香り、時おり触れ合うまだ成長途中の引き締まった肢体
その感触と、香りがまた過去を思い出させる。
〝『何があった?』
ラファエルの心配する声。すがりついたティファニーの細い腕……
『私………結婚させられちゃう……』
『だれと?』
『確か…デーヴィ、なんとか…でもすごく歳上のおじさん、みたい。レオノーラがそう、あの女に言ってた……』
すぶ濡れの、二人。何も考えず、感情にまかせてアークウェイン邸から逃げたティファニー〟
「なに、考えてる?」
「なにも?」
嘘だ……。ラファエルとこれほど近くにいて何も考えずにいられるはずがない。
「クロイス、まだ行ってる?」
《クロイス》。
そこは、王都の街中では上品な界隈にある、お酒と音楽を提供するお店だった。
ティファニーはリーフグリーン・ハウスに行ってから生活に困った頃仕事を求めて街に行った。そこでクロイスという店のオーナーの妻 エリカと出会い、そこでピアノを弾き、歌いお金を得ていた。
「まだ、時々行ってる…」
バクスター子爵邸に帰ってからも、ティファニーはまだそこに夜になると出掛けていた。
「俺、お前の歌好きだな……また、行っていい?」
「お客さまを拒める訳ないでしょう?」
ティファニーはやっと笑みを見せた。
「いつ?」
「時々……」
一応、決まってはいたけれど、以前のようにいつ行く予定なのかラファエルに告げるのは、来て欲しいと言う様で言いづらかった。
「相変わらずだな」
ボソッとラファエルが言った。
令嬢らしくなく夜中に街の店でピアノの弾き語りなんて事をしていたのをラファエルは知っている。
あの頃は、気安く素直に言い合えたのにな…。
〝『やっぱりお前だったんだな』
ある日店に来て、舞台前に座ったラファエル。
『知ってたの?』
演奏を終えたティファニーは、ラファエルの座るテーブルについた。
『この間、会ったときにどこかで見た気がした。で、この店だったと思い出して、ここにきた』
アークウェイン邸でティファニーははじめて会ったと思っていた。だんまりを決め込んでいたティファニーの頬を引っ張って、耳元でわっと大きな声を出して、ティファニーに声を上げさせた。なんて男 だと、苛立った…
『…呆れた…ちゃんとした貴族の子息の癖に』
『お前だって』
『私は、ちゃんとしてない令嬢だから』
それからというもの、ラファエルはティファニーから予定を聞き出して、毎回送り迎えをしていたのだ
素直に楽しかった。
ラファエルとの軽口のたたきあい。
『あそこはもっと…こうした方がいい』
ティファニーの歌う曲に注文を言う。
『なによ、半人前のクセに』
『俺が半人前なら、お前は半人前以下だな。社交界デビューもしてないし』
ふふんと笑うラファエル
軽く、拳で殴るティファニー〟
あの日々はもう、取り戻すことは出来ないのか……
「相変わらず?でも、もう前の私とは違う……家に戻ったし……むやみやたらに反抗もしてない……」
あの頃は、何もかもがやるせなく、荒ぶった気持ちの抑えが効かずに反抗していた。あの子どもじみた自分からは、卒業出来たと思っている。
「あーそうだな、お前も少しは大人になったよな」
ラファエルが意地悪く笑った。
「……なんだか意地悪……」
少し不機嫌なティファニーにくっと笑う。
少しだけ以前のように話せた事に少しだけ安堵する。
曲が終わり、ティファニーとラファエルの間に距離が開いた。
「何か飲む?」
ラファエルがティファニーに聞いた。
「疲れてない?」
マクシミリアンがそう二人の背後から声をかけてきた、その手には飲み物が3つ。
「ティファニーにはこれかな」
レモンの浮いた冷たい飲み物を、ラファエルと、マクシミリアンはどうやらウィスキーのようである。アルコール特有の香りがした。
「ありがとう、マクシミリアン卿」
「マクシミリアンか、マックスでいいよ」
ティファニーはそれに頷いた。
ラファエルもマクシミリアンも目立つ。
ダンスに誘われたいと、女性達の秋波がびしばしと側にいるティファニーにも感じられる。
「そろそろ離れるね、これ以上いると嫉妬の目線で殺されそうだから」
ティファニーはそう二人に宣言して、二人から離れた。
あの、目立つ集団の令嬢たち。彼女らの逆鱗に触れてしまいそうだ。その事を心得ているのか、ラファエルもマクシミリアンも苦笑してティファニーを見送った。
一人で休憩していると、隣に誰かが近づいてきた。
「ねぇ、貴女、ティファニー・プリスフォード?」
知らない少女である。明るそうで、とてもまっすぐに育った風な子である。
「私はエーリアル・レイノルズ。貴女と同じ17歳なのよ」
人懐こく笑う。
「こんばんは、レディ エーリアル」
「エーリアルでいいわよ」
金髪に金の瞳の、顔形が綺麗というよりは、華やかな雰囲気があるのだ。
「さっき、マックスとラファエルと話していたでしょう?しばらくこっちにいらっしゃいよ。あそこ…近づいたら危険よ?」
エーリアルが示したのは、令嬢達の集団だ。
エーリアルはティファニーの腕を持つと、ぐいっと話している一団に連れていった。
「お姉さま、連れてきたわ」
「エーリアル、よくやったわ」
誉めたのは、エーリアルに良く似た少女である、
「エーリアルの姉のアデリンよ。よろしくねティファニー」
「はい、はじめて、よろしくお願いします」
ティファニーも笑みを返した。
「あのね、あそこのジェニファー。熱烈なラファエル ファンで危ないの。ティファニー、彼と踊っていたでしょう?そのあとも話をしてたから危なそうと思って連れてきたの」
ここにいる令嬢たちは、比較的穏やかそうに見える。
紹介されたのは、アナベル・メイスフィールド。それからアニス・オルブライト。それに、もう一人はティファニーも顔見知りのルナ・レイア・ブロンテ。レオノーラとラファエルの妹だ。
「ひさしぶりだわ、ティファニー」
にっこりと笑みを向けるルナ。
「はい、お久し振りです」
ティファニーも笑みを返した。あの時を知っているルナに少し居心地が悪くなる。
「緊張しないで、大丈夫、ここにいれば安心よ」
ルナが柔らかな声音で言った。
レオノーラたちのように、圧倒的な美貌の持ち主ではないけれど、清廉な空気の綺麗な人だとティファニーは思った。
「ありがとう……」
「ルナで良いから」
「ルナ」
そう呼ぶと、ルナは親しみのある微笑みをティファニーに向けた。
社交界という場所で生きて行くには……こうして、友人を作り情報を得ていかないと大変な目に合うのかもしれない。
エーリアルは去年にデビューしているから、先輩らしく色々と知識をティファニーに教えてくれた。
女の子たちの知り合いが出来て、ようやく…デビューして楽しめる気がしてきた
着飾った貴婦人と、テールコートをきた紳士たち。楽団が音合わせをしている。
大人になりつつある、けれどまだ幼さの残る若い男と女。
ティファニーは、そんな中の一人になっていた。
社交界デビューすると、あちこちから夜会の誘いが毎日のようにやってくる。どれに行くべきなのか、クロエの言うままに夜会に参加している。
今夜はウェルズ侯爵家の舞踏会…。
社交界の中心とも言うべきウェルズ侯爵家の招待は、必ず受けなければならない類いなのだとクロエは教えてくれた。
ウェルズ侯爵は宰相という地位にあり、政治的にも有力者であり夫人の顔も広く、次期侯爵であるベルナルド卿も、そして夫人のマリアンナもそれを受け継ぐのに相応しい人物であり、無視しては貴族社会ではまず生きていけないと言われていた。
デビュー間もない少女たちは、淡い色のドレスが多い。
ティファニーもまた淡い色合いのクリーム色のドレスに身を包んで会場にやって来ていた。
この夜のエスコート相手には、マリアンナから事前に連絡がきてあり、マクシミリアン・オックスフォードが、ホールでティファニーを待っていた。19歳の彼はオックスフォード伯爵家の嫡男である。
はじめて会った、その彼の持つ雰囲気はどことなくラファエルと似ている。そう思った。
マクシミリアンは、ラファエルよりも少し背は低い。金髪は淡い色で綺麗に後ろに流して撫で付けている。瞳は青い瞳、この国ではありがちな色合いである。そして、眉目秀麗。そんな言葉が似合う整った面差しである。
マリアンナはなぜ彼をティファニーの相手に選んだのかと、思った。
「私ではご不満ですか?」
俯いたままのティファニーに、覗きこむように屈んでマクシミリアンが言ってきた。
間近にせまった顔にぎょっとして、
「いいえ……とんでもないです。私なんかには勿体ない方で気後れしている、だけです……」
ティファニーは少し早口で言った。
「気後れ?」
「私は、それほど条件のいい令嬢ではないでしょう?」
「はっきりと言う方なんですね、ミス ティファニー」
「取り繕ったとしても、何も良いこともありませんから」
くすっとマクシミリアンは笑うと
「条件なんて私には関係ありません。貴女はとても、可愛らしい素敵な女性です」
前言撤回……ラファエルには似ていない。彼はこんなに口が上手くない……それとも、ラファエルもちゃんとした令嬢にはこんな風に上手く話しているのかな?
「お褒めいただいて光栄です、マクシミリアン卿」
「嬉しくも、なんともない……そんな感じですね」
くくくっとマクシミリアンが笑った。
「貴女は他の令嬢たちと違いますね」
「そう……かもしれません」
「他の令嬢のように、結婚というものに関心が無いのですか?」
ほとんどの令嬢は、社交界にデビューすると同時に結婚相手を探し始める。先手必勝、少しでも良い条件の相手を捕まえるのに必死である。
「そう見えますか?確かに、関心がないのかも知れません、私は変わってるのかも知れません……」
ふっと笑うと
「ラファエルと、何かありましたか?」
いきなりの、話の方向転換。
「……何か?」
ラファエルと、何か……
〝脳裏には甦る、過去の記憶。
強い雨の音がしている
ラファエルの操る二頭立ての馬車が雨の中を水飛沫をあげて石畳を駆けていく。
『どこへ…』
そしてたどり着いたリースグリーン・ハウス………
鬱蒼と草花が生い茂った人気のないタウンハウス。
濡れてまとわりついたドレス。若くしなやかな肢体に張り付いたシャツとズボン。濡れて冷えきった、二人の体…。
頬に滴を落とす短くなった栗色の髪。
宝石のように輝く緑の瞳とキラキラとした水滴。
その雫一つずつに映る、迷子のような不安げな自分の顔…〟
「ええ、何か」
「何もありません、ただの知り合いだというだけです」
「そうですか、それはおかしな事を聞いてすみません」
なんだろう……この人……
「私はね、ラファエルの昔からの友人なんです。この間ラファエルがエスコートをしているのを見て、何か他の令嬢と扱いが違うように見えて気になって……それで今日はエスコートをさせてほしいとレディ マリアンナに取りなしてもらったのですよ」
友人……。そうか、そういえばラファエルとこのマクシミリアンは同じ年である。友人関係だとしても全く意外ではなかったというのに……。でも、この口ぶりだとティファニーとラファエルが先日の王宮舞踏会で一緒に居たことしか知らないのだろう。その事に安堵する
「そうですか……それは当てが外れて残念でしたね」
「……私は別に、貴女の敵ではありませんよ?」
その言い方に、さすがに無愛想だったのかなとティファニーは思った。ラファエルの事を持ち出されて、神経質になりすぎたのかも知れない。
「すみません、そういうつもりはないのです。ただ……私は社交に向いてないのです。気の効いた言い回しとか……そんな事が出来ないのです」
はじめて、ティファニーは笑みをマクシミリアンに向けた。
「ミス ティファニー、私には気遣いは無用ですよ。そうやって笑みを向けて下さればね」
ふいっとティファニーは視線をまた外した。
「そういう事を言うのは……本気のお相手にしないと、相手に誤解を招きます」
「誤解を招きたい相手にしか、言いません」
「マクシミリアン卿……どういうつもりですか?」
「どういうも、口説こうと思っていますよ?貴女がとても、可愛くて、そしておもしろい女性だから」
そういう率直な言い回しは、貴族的ではない。さすがにティファニーも可笑しくなって、くすっと笑えた。
「じゃあ、貴女が飽きるまでは口説かれてあげます」
「そうされて下さい。そして、ラファエルよりも私を選んで欲しいですね。私は彼に負けることが多いんです。悔しいですが」
なるほど……そういうことか。
ティファニーのことを先日ラファエルがエスコートしていたから、気になったという事だろう。彼にとっては、ゲームのようなものなのだろう。
「私は誰も選ぶことはありません。選ぶ事が出来るのは……ああいう……令嬢たちだけ…」
ティファニーが目をやった先には、若い令嬢たちと、その相手になる若き貴公子たち。
華やかな集団である。
「……あそこにいるのは、古臭い、カビの生えたような教育を受けた令嬢たちです」
マクシミリアンの言葉にティファニーは少しぎょっとした。
「知ってる?あいつら、揃って同じような返答しか出来ないんだ。あの頭は飾りみたいなもの、つまらない女だ」
ヒソヒソと囁いて、ニヤリと笑うマクシミリアン
「君の方がずっと……話していて、楽しい」
耳元で言われて、ティファニーはゾクリとした。
「……舞踏会がはじまりそうです。私たちも行きましょう」
マクシミリアンのエスコートは、やはり完璧で……だけどさっきの垣間見せた本音のような言葉がちらついた。
一曲踊り終えると、マクシミリアンとティファニーの元にラファエルを先頭にした青年たちがやって来た。
「マックス」
ラファエルがマクシミリアンに笑みを向ける。
「あれ?相手はティファニーだったのか、知り合いだった?」
「今日会った所。可愛らしいレディだから、レディ マリアンナに紹介してもらった」
とマクシミリアンは言った。
「ティファニー、彼らは俺の友人たちで、ルシアン・ランチェスター 、ノエル・ラヴクラフト、オスカー・レノン=フォード セオフィラス・マイアーズ」
マクシミリアンは、一人ずつ紹介していく。
「はじめまして、ティファニー・プリスフォードと申します」
ティファニーはレディらしく、お決まりのお辞儀をした。
「よろしくねティファニー、ダンスの空きはある?」
ノエルが人懐こく言い、それに空きがあるとうなずくと、ティファニーの手にかかっていたダンスカードに名前を書き込んだ。
「じゃぁ、俺もよろしく」
とルシアンとオスカー、セオフィラスも続いて、最後にラファエルも書き込んだ。
次の曲はこの前にも踊ったジョルダンであった。彼が迎えに来て、ティファニーは彼らと離れた。
「こんばんは、ミス ティファニー。少しは慣れましたか?」
「え……いえ、慣れたと言いたい所ですけれど、正直私はこういう世界に向いてないのです。きっと……」
「実は、私も苦手です」
にっこりとジョルダンが言った。
「貴族社会は、人脈が命ですから……こういうことが苦手だと大変ですね……お互いに」
「ジョルダン卿はとても社交をきちんとこなしておられると思います……」
「私は次男ですから気楽な身分です」
人好きのする笑顔である。彼の言動は、そつがない、社交下手なティファニーですら、少し安心して話せる。
若い男性たちとダンスをこなしていくと、ラファエルの順番が来た。運良く……若しくは悪かったのか……曲は奇しくもワルツである。
体が密着するワルツ……それをラファエルと踊るなんて……。
「……なに?変な顔して」
ラファエルが少し呆れたように言ってきた。
「……ワルツって……緊張する」
ラファエルとっていう、言葉はわざと飲み込んだ。
「緊張、ねぇ?」
ぐっと手と腰をホールドされて、ティファニーはぎゅっと目を瞑った。
「ほんとだ、がちがち」
くすくすと、ラファエルが笑う。
曲がはじまり、ステップを踏む。テールコート越しに伝わる、ラファエルの力強い腕、そして、鼻孔をくすぐる爽やかなグリーンノートの香り、時おり触れ合うまだ成長途中の引き締まった肢体
その感触と、香りがまた過去を思い出させる。
〝『何があった?』
ラファエルの心配する声。すがりついたティファニーの細い腕……
『私………結婚させられちゃう……』
『だれと?』
『確か…デーヴィ、なんとか…でもすごく歳上のおじさん、みたい。レオノーラがそう、あの女に言ってた……』
すぶ濡れの、二人。何も考えず、感情にまかせてアークウェイン邸から逃げたティファニー〟
「なに、考えてる?」
「なにも?」
嘘だ……。ラファエルとこれほど近くにいて何も考えずにいられるはずがない。
「クロイス、まだ行ってる?」
《クロイス》。
そこは、王都の街中では上品な界隈にある、お酒と音楽を提供するお店だった。
ティファニーはリーフグリーン・ハウスに行ってから生活に困った頃仕事を求めて街に行った。そこでクロイスという店のオーナーの妻 エリカと出会い、そこでピアノを弾き、歌いお金を得ていた。
「まだ、時々行ってる…」
バクスター子爵邸に帰ってからも、ティファニーはまだそこに夜になると出掛けていた。
「俺、お前の歌好きだな……また、行っていい?」
「お客さまを拒める訳ないでしょう?」
ティファニーはやっと笑みを見せた。
「いつ?」
「時々……」
一応、決まってはいたけれど、以前のようにいつ行く予定なのかラファエルに告げるのは、来て欲しいと言う様で言いづらかった。
「相変わらずだな」
ボソッとラファエルが言った。
令嬢らしくなく夜中に街の店でピアノの弾き語りなんて事をしていたのをラファエルは知っている。
あの頃は、気安く素直に言い合えたのにな…。
〝『やっぱりお前だったんだな』
ある日店に来て、舞台前に座ったラファエル。
『知ってたの?』
演奏を終えたティファニーは、ラファエルの座るテーブルについた。
『この間、会ったときにどこかで見た気がした。で、この店だったと思い出して、ここにきた』
アークウェイン邸でティファニーははじめて会ったと思っていた。だんまりを決め込んでいたティファニーの頬を引っ張って、耳元でわっと大きな声を出して、ティファニーに声を上げさせた。なんて男 だと、苛立った…
『…呆れた…ちゃんとした貴族の子息の癖に』
『お前だって』
『私は、ちゃんとしてない令嬢だから』
それからというもの、ラファエルはティファニーから予定を聞き出して、毎回送り迎えをしていたのだ
素直に楽しかった。
ラファエルとの軽口のたたきあい。
『あそこはもっと…こうした方がいい』
ティファニーの歌う曲に注文を言う。
『なによ、半人前のクセに』
『俺が半人前なら、お前は半人前以下だな。社交界デビューもしてないし』
ふふんと笑うラファエル
軽く、拳で殴るティファニー〟
あの日々はもう、取り戻すことは出来ないのか……
「相変わらず?でも、もう前の私とは違う……家に戻ったし……むやみやたらに反抗もしてない……」
あの頃は、何もかもがやるせなく、荒ぶった気持ちの抑えが効かずに反抗していた。あの子どもじみた自分からは、卒業出来たと思っている。
「あーそうだな、お前も少しは大人になったよな」
ラファエルが意地悪く笑った。
「……なんだか意地悪……」
少し不機嫌なティファニーにくっと笑う。
少しだけ以前のように話せた事に少しだけ安堵する。
曲が終わり、ティファニーとラファエルの間に距離が開いた。
「何か飲む?」
ラファエルがティファニーに聞いた。
「疲れてない?」
マクシミリアンがそう二人の背後から声をかけてきた、その手には飲み物が3つ。
「ティファニーにはこれかな」
レモンの浮いた冷たい飲み物を、ラファエルと、マクシミリアンはどうやらウィスキーのようである。アルコール特有の香りがした。
「ありがとう、マクシミリアン卿」
「マクシミリアンか、マックスでいいよ」
ティファニーはそれに頷いた。
ラファエルもマクシミリアンも目立つ。
ダンスに誘われたいと、女性達の秋波がびしばしと側にいるティファニーにも感じられる。
「そろそろ離れるね、これ以上いると嫉妬の目線で殺されそうだから」
ティファニーはそう二人に宣言して、二人から離れた。
あの、目立つ集団の令嬢たち。彼女らの逆鱗に触れてしまいそうだ。その事を心得ているのか、ラファエルもマクシミリアンも苦笑してティファニーを見送った。
一人で休憩していると、隣に誰かが近づいてきた。
「ねぇ、貴女、ティファニー・プリスフォード?」
知らない少女である。明るそうで、とてもまっすぐに育った風な子である。
「私はエーリアル・レイノルズ。貴女と同じ17歳なのよ」
人懐こく笑う。
「こんばんは、レディ エーリアル」
「エーリアルでいいわよ」
金髪に金の瞳の、顔形が綺麗というよりは、華やかな雰囲気があるのだ。
「さっき、マックスとラファエルと話していたでしょう?しばらくこっちにいらっしゃいよ。あそこ…近づいたら危険よ?」
エーリアルが示したのは、令嬢達の集団だ。
エーリアルはティファニーの腕を持つと、ぐいっと話している一団に連れていった。
「お姉さま、連れてきたわ」
「エーリアル、よくやったわ」
誉めたのは、エーリアルに良く似た少女である、
「エーリアルの姉のアデリンよ。よろしくねティファニー」
「はい、はじめて、よろしくお願いします」
ティファニーも笑みを返した。
「あのね、あそこのジェニファー。熱烈なラファエル ファンで危ないの。ティファニー、彼と踊っていたでしょう?そのあとも話をしてたから危なそうと思って連れてきたの」
ここにいる令嬢たちは、比較的穏やかそうに見える。
紹介されたのは、アナベル・メイスフィールド。それからアニス・オルブライト。それに、もう一人はティファニーも顔見知りのルナ・レイア・ブロンテ。レオノーラとラファエルの妹だ。
「ひさしぶりだわ、ティファニー」
にっこりと笑みを向けるルナ。
「はい、お久し振りです」
ティファニーも笑みを返した。あの時を知っているルナに少し居心地が悪くなる。
「緊張しないで、大丈夫、ここにいれば安心よ」
ルナが柔らかな声音で言った。
レオノーラたちのように、圧倒的な美貌の持ち主ではないけれど、清廉な空気の綺麗な人だとティファニーは思った。
「ありがとう……」
「ルナで良いから」
「ルナ」
そう呼ぶと、ルナは親しみのある微笑みをティファニーに向けた。
社交界という場所で生きて行くには……こうして、友人を作り情報を得ていかないと大変な目に合うのかもしれない。
エーリアルは去年にデビューしているから、先輩らしく色々と知識をティファニーに教えてくれた。
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