王妃の階段

桜 詩

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お忍びの舞踏会 (E)

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 ウェルズ家の執事は、ショーンと共に現れたエリアルドにわずかに驚きを見せた。

1度外へ出て来て男同士で待ち合わせるというなんだか色気の欠片もなく。ショーンが、『お忍びだ』とこそっと言い執事は黙ってお辞儀をした。

そうして…エリアルドがその扉を開けて足を踏み入れたのは、舞踏会も後半になり宴も最高潮を迎えた頃合いだった。

踊る紳士淑女たちの中から、エリアルドはフェリシアを見つける事が出来た。彼女の方へと足を進める度に、エリアルドを認めた人々はその道を開けてフェリシアへと視界が開かれていく。

淡い水色にレースの可憐なドレスを着ていたフェリシアはフェリシアは、紳士とダンスを踊っていた。その眼差しがエリアルドに注がれそして、驚きが浮かぶ。

手を離してターンをしたその隙に、それまで踊っていた紳士とエリアルドは交代していた。

「お忍びだよ、驚いた?」
派手な登場でお忍びだという言葉が似合いもしないが、そうとしか言い様も無い。

「驚かない訳がありません」
フェリシアの言葉に
「君に会いに王宮を抜け出して来たんだ。喜んではくれない?」
つい、そんな事を言ってしまう。
「もちろん…嬉しいです」

その言葉が嘘か真かは分からないが、笑みを見ればやはりエリアルドの心は浮き立ったし、そして……。
「着けて来てくれたんだね、よく似合ってるよ」
エリアルドはさりげなく耳朶についたイヤリングを指先で揺らした。キラリと輝くそれは贈ったばかりの物だった。

自分が贈ったものを身に付けてくれると言うのは、この上なく悦びをもたらすものだと、そう知った。

「ありがとうございました、とても嬉しいです」
踊っていても、フェリシアの一つ一つのその動きや、その声の奏でる言葉がエリアルドを魅了する。
「お礼状ならもう受け取ってる」

「そうですけど…会ってお礼は言いたいものです」
「そう…じゃあ、ますます来た甲斐があったと言うことだね」
フェリシアはエリアルドの言葉に小さく頷いた。

「ダンスが終わったら…少し話そう」
「はい、殿下」

ここでは……人の目も耳もありすぎる。出来れば人に聞かれない所で、話せたら……そんな思いだった。

曲が終わり、エリアルドが導いたのはテラスである。思わせ振りな場所であるが、まさか個室に連れていくわけにもいかない。

厚い生地のどっしりとしたカーテンをくぐりテラスに出れば、会場内と違いまだ外は寒く、イヴニングドレスのフェリシアは寒そうで

「寒いだろう?こちらへ」
エリアルドは思わず腕にすっぽりと抱き寄せてしまった。伸びやかな肢体はしっくりと収まり、見上げてきたフェリシアのその近さに思わず鼓動が早まってしまい、息を整えるのに少し時を要してしまった

話を……、しなくてはと口をついて出たのは、なんとも気の利かない言葉だった。
「今ごろは…凄く騒ぎになっていることだろうね?」
「そのように思います」

フェリシアは知らされているだろうが、エリアルドとの婚約は決定しているといっても過言ではなくまだ若い彼女には申し訳ない気持ちだった。
「すまない、あまりゆっくりと進める事は出来ないんだ」
「それは…結婚まで、ということでしょうか?」

「そう…。申し訳なく思うよ、まだデビューもしたばかりなのにね」
「殿下は…この結婚をどう思われますか?」
フェリシアの問いに、エリアルドの答えは一つだった。
「待っていたよ、ずっと。君がデビューしてくるのを…私の花嫁」

「それは…決められていたからですか?」
「…そうかも知れない」
決められていたからこそ、あの出会いがあり、だからこそ無意識に誰も特別な目で見なかったのかも知れない。

だが……決められていなくても、フェリシアに惹かれていたかも知れない。

「こんな形で…君は私を愛することは無いかもしれない。けれど家族のような気持ちでもいいし、友情でもいい。せめてそんな関係を築けることを私は望んでいる」
エリアルドと違い、フェリシアにとっていきなり現れた婚約者だろう。ゆっくり……いい感情を育めれば……そんな気持ちだった。

「殿下…」
「少なくとも、昨夜私は君の美しさに心から惹かれた」
決められたからではない……その気持ちは通じただろうか……。

「ありがとうございます…」
ふっとちからの緩んだフェリシアが愛らしく……

「…キスをしても?」
ついそんな風にささやいてしまった。小さな頷きに本能はすぐに反応して、ゆっくりと唇を重ねた。
夜風で冷えていた唇は少しひんやりとしいて、少しだけ……触れあわせれば……その感覚をもっと追い求め……二人の唇の温度を瞬く間に熱くさせていた。

思わず理性を失いかけたエリアルドはフェリシアの様子をうかがう。
「…大丈夫?」
その言葉にそっと頷くフェリシアは健気で愛らしかった。
体を離すとひんやりとした空気が肌を撫でて、離れがたい気持ちを呼び覚ます。

「殿下…誰かに見られて…」
フェリシアの言葉に、そんな事は思いもしていず、
「誰も…騒ぎにはしないだろう」
きっと、エリアルドに遠慮して誰だろうと騒ぎにはしないはずだ。

「さぁ…そろそろ戻らないと」
長すぎては……要らぬ疑いはフェリシアの名にも関わってしまう。

テラスから再び重いカーテンをくぐり大広間に戻ると、いきなり冷たかった空気から、暖かい空気が身を包んでかえって空気が重く感じる。
「何か飲もうか」

エリアルドはそう言うと、ちょうど近くに来た従者が配るシャンパンを二つ手にした。

小さく「殿下」と呼ばれ、ふいにフェリシアが顔を近づけてくる。ドキっとしつつも訓練され尽くした平静さは、こんなときにも感情を表さない。

「どうかした?」
「口紅が…」

「ああ、そうか」
ついさっき彼女のものが……移ってしまうほど……。そう思えば赤面してしまいそうだった。
さりげなくハンカチーフで拭うとそのままシャンパンを飲んだ。
エリアルドに移ってしまった口紅は、つけ直さなくてはならないだろう。フェリシアのその細いウエストに手を回したまま、
「君もパウダールームに行ってくる?」
近い距離で聞こえるくらいで囁いた。
「そう、させて頂きます」

大広間を二人揃って横切り、ホールに出るとそこにはほとんど人気はなく
「ここで待ってるから行ってくるいい」

パウダールームに消えていくのを見送り、少し所在なげに待っていれば、ショーンが一言だけ告げに来た。
「さすが王子さまだな、目立つのに慣れている」
クスクスと笑われて居心地が悪くなる。

「うまく次のデートの約束でもしろよ?奥手な王子さま」
「……先生のおっしゃる通りにしますよ」
エリアルドはそう嫌みを込めて言えば、ショーンはそのまま大広間へと戻っていった。


そしてショーンが居なくなり、少したってフェリシアが出てくれば、エリアルドはまた自然と笑みが浮かぶ。
「お待たせしてすみません」
「レディの準備を待つのも、紳士の役割の一つだから」

フェリシアを再びエスコートして大広間に戻ると、心得たように邪魔しないように場所が開けられる。
「ああ、ラストダンスのようだ。フェリシア、私と踊ろう」

この夜のワルツは、すこし親密になった気がして身も心も近くなった気がして、恥ずかしそうなフェリシアの様子にまた心が奪われそうになる。

「恥ずかしい?」
「はい…殿下」
「こちらを見て」

そろそろと見上げたその瞳が潤んで美しさに息が詰まる。

「乗馬は好き?」
やっと……フェリシアに言えたのは、またしても気の利かない実用性ありきな言葉で……
「ええ、もちろん好きです」

「では良い駿馬を用意して誘うよ」
「楽しみにしています」

ショーンのアドバイス通りにデートの誘いが出来ただけで精一杯だった。

昼の日差しの下で見るフェリシアは……エリアルドにどんな表情を見せてくれるだろうか……。知らず心が浮き立ち、その時を心待ちにしていた
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