約束が繋ぐキミとボク

黒蓮

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第二章 勇者候補と英雄候補

旅立ち

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 神殿騎士様から王都への出発の予定を聞かされた夕刻、僕は自宅のリビングでテーブルに座りながら、対面に座る母さんに事の次第を話した。

「そう・・・お国が決めたことではどうしようもないわね・・・」

僕から話を聞き終わった母さんは、寂しそうな表情を浮かべながら大きく肩を落としていた。

「神殿騎士様が約束してくれたんだけど、教会経由で定期的にポーションを持ってきてくれるって言ってたよ!それに、僕が勇者候補生になれば、お金も入れてくれるって!」

僕は何とか母さんの不安を払拭しようと、先程聞いた話の中でも魔族や魔物と戦わなければならない部分を隠し、心配しなくても良いようにと、良い部分だけを伝えた。

ただーーー

「ライデル・・・そんな事はどうでも良いのよ。私はあなたの身に何かあるかもしれないと心配でたまらないの。力を見出だされてしまったということは、その力を国の為に使わなければならないということでしょう?」
「・・・うん」
「確かにライデルには力があるわ。この村でも右に出る者が居ないくらいには・・・でもね、あなたは優しすぎるの。魔物相手ならまだしも、もし魔族との戦場に出るような事になれば、その優しさで自分自身を殺すことになるかもしれない。私はそれが怖くてたまらないの・・・」

母さんは涙を流しながらも、僕の瞳を真っ直ぐに見つめて語ってきた。魔族との戦争で父さんを亡くしている母さんにとって、僕まで同じように死んでしまうのではないかという不安で一杯なのだろう。

「ごめん、母さん。僕があの時の模擬戦でもっと上手く負けていたらこんなことには・・・」

悲壮な表情を浮かべる母さんを見て、僕は申しわけない思いで一杯だった。もっと自分の置かれている状況を認識して、最善の方法を選んでいたらこんなことにはならなかったはずだ。怪我をしないように上手く負けるのではなく、怪我をしてでも負ける。これがあの模擬戦での最善の選択だったんだ。

「話は聞いているわ・・・ライデルのせいじゃない。皆の話では、神殿騎士様は丸腰のあなたを殺すような勢いだったそうじゃないの」
「それは・・・」
「そんな相手から上手に負けるなんて・・・やっぱり無理よ。これも、運命だったのでしょうね・・・」

そう言うと母さんは席を立ち上がり、僕の方へと歩み寄ってきた。そうして僕を背中から優しく抱き締めると、小さな声でこう言ってきた。

「いい?ライデル。どんな状況になろうとも、決して自分を見失わないで。自分の信じる道を進みなさい。例えそれが国の思惑から外れていようと、あなたの信じる選択をなさい」
「えっ?でも、そんなことしたら・・・」
「大丈夫。ライデルが自分の信じる道を進めば、きっとあなたの事を支えてくれるたくさんの人達が現れるわ。だから大丈夫よ」

優しい声で語る母さんに、僕も言葉を返す。

「うん。そうだよね」
「そうよ。魔族のリーアちゃんとも心を通わせたライデルなら、きっと上手くいくわ」
「うん!ありがとう、母さん!」

母さんからリーアの名前が出たことで、彼女が今どうしているのか気になった。人族と魔族の戦争は終わる気配を見せず、中々会うことが叶わない状況でこの村を離れるのは少し心残りだ。僕の居ないうちにもし彼女が訪ねてきたらと考えると、王都になんて行きたくないし、そもそも勇者候補として功績を上げることに対しても興味は無かった。

(勇者になりたいわけじゃないし、どうせなら魔物で困ってる人達の手助けをしていこう!)

勇者候補生と認められてしまった以上、何らかの功績を立てるような活動はしなければならないと聞いている。であれば、功績としての順位が高い魔族との戦いは別の候補生にしてもらって、僕は魔物で苦しむ住民がいれば、その助けになろうと考えた。そうすれば早々に勇者としての適正無しと判断され、村に帰ってこれるだろうと考えたからだ。


 ーーー翌日早朝ーーー

 王都に行く為、夜の内に荷物を整えた僕は、大きなリュックを背負って村の門にいた。そこには、神殿騎士様がこの村まで乗ってきていた魔導車が並んでいる。そしてその魔導車の前には、少し苛立ちの表情を浮かべている神殿騎士様もいて、出発を今か今かと待っているようだった。

「ライデル、気を付けてね!本当に無茶だけはしないでね!」
「ライデルなら大丈夫だと思うけど、辛くなったらいつでも帰ってこいよ!」

僕は今、小さい頃から仲良くしているラナとフランクに別れの挨拶をしていた。早朝からずっとこんな感じで、村の住人が全員集まったのではないかと思うほど、代わる代わる僕の方へ来ては、見送りの言葉を伝えてくれていた。中には旅の道中に摘まめるようにと保存食をくれたり、着替えがあった方がいいだろうと、たくさんの服をくれたりもした。
既に30分以上もそんな事をやっているので、待ちくたびれた神殿騎士様からは苛立ちの雰囲気が漂っていた。ただ、僕としても今まで15年過ごした村を初めて離れるとあって、これくらいの時間は大目に見て欲しかった。

「チッ!おい、まだか?」

一人の神殿騎士様から催促の言葉が飛んでくると、最後に村長さんがやって来た。

「ライデルよ。ルディさんの事はワシらに任せなさい。お前さんには魔物の討伐でも、農作業でも、村人の全員が今まで世話になっておる。もし勇者候補として上手くいかなんでも、何も気にすることなく村に帰ってきなさい。ワシらは皆、お前さんの味方だということを忘れるんじゃないぞ?」
「村長・・・ありがとうございます!」
「うむ。気を付けて行ってくるんじゃぞ」
「はい!」

みんなとの挨拶が終わると、僕は大きく手を振りながら神殿騎士様達が待つ魔導車の方へ向かおうとしたその時、人混みを掻き分けるようにして、肩で息をする母さんの姿が目に映った。

「か、母さん!」

足をもつれさせ、転びそうになる寸前で、僕は何とか母さんを抱き止めた。

「な、何で?身体のこともあるから、見送りはいいって言ったのに」

昨日の夜、僕は母さんに見送りは来なくていいと言っていた。体調が心配ということもあり、こうして前日に別れの挨拶は済ませられるからと。

「あぁ、大きくなったわね、ライデル・・・行ってらっしゃい」

僕に抱き止められている母さんは、僕の腕をぎゅっと握ると、真っ直ぐに見つめてきながら、優しい笑顔を向けていた。

「母さん・・・行ってきます!」

僕も母さんを心配させまいと笑顔で応えた。まだ少しふらついている母さんはフランクとラナが支えてくれ、僕は魔導車に乗り込んだ。窓から見える母さんやフランクやラナ、村の人達に手を振りながら、魔導車は走り出した。

「リーア・・・」

僕は流れ行く景色をぼんやりと眺め、リーアから貰った六角柱の虹鉱石を握りしめながら、これからの自分の境遇に幾ばくかの不安を募らせていた。
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