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第三章 謀略と初陣
隊長として
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◆
戦闘要員となる30名との連携確認を始めてから2週間が経過した。私達は少し遠征して、王都から離れた森に住むワイバーンを相手にした戦闘訓練を行いながら、互いの動きや考え方の癖や、個々人の得意な戦闘スタイルなどを確認していった。何故その確認の為にワイバーンかと言えば、どうも今回の作戦目標の村から少し離れた場所に、ワイバーンの巣があるらしく、もしもの事を考えての実戦演習なのだという。
また、命令系統としては30人の部隊を更に5人ずつの6小隊に分け、それぞれの小隊長に指示を出すことによって部隊全体に素早く命令を浸透させるという効率化を図っている。
ただ、実際に私が指示を出しながら部隊を動かし、魔物の討伐を指揮するのは思っていた以上に困難だった。今までは目の前の魔物をただ倒せば良いと思っていたのが、予め目標とする戦果に対して、どの程度の戦力を割いて、どの様な陣形を組んでいくかを考えねばならず、更に不測の事態に際しても、撤退の条件を決めておくなど、部隊の運営は学ぶことだらけだった。
叔父様からは、「目の前の事から考えるな、どのような戦果を挙げて終わらせるか。そこから考えろ」という言葉を常々言われ、今までの戦闘や作戦行動に対する考え方を180度、変えさせられた気がした。
(何も全戦力を使えば良いってものじゃないのね。部隊としての戦闘継続能力を維持するには、ある程度の余力を常に残しておく必要がある。相手の戦力を正確に分析し、必要な戦力を算出。どの様に配置して攻撃を仕掛ければ、より少ない戦力で多大な戦果を挙げられるかを考えて指示を出さないといけない。知識も経験も不足している私は、とにかく学んでいかないと)
基本的に私は戦わず、指揮官として魔物の討伐についての指示を出していく。最初の頃は的外れな指示だったり、過剰過ぎる戦力を動かしたりしてしまい、その都度叔父様から検証という名の厳しい指導をされる。
もちろん隊長としての威厳を保つ為、部隊の皆が見ていない場所でなのだが、指導の後には決まってしょぼんとした雰囲気をしてしまっていたらしく、その後の食事の際には部下である皆から励まされるのが日課のようになってしまっていた。
自分が思い描いていた威厳たっぷりの上官に従う部下ではなく、頼りない娘を支えようとする父性の籠った目を向けられるのは、少しだけ釈然としなかった。
そんなこともあって、今日の魔物討伐はいつもと趣向を変えて、私の威厳回復のためのものとすることにした。簡単に言えば、私の実力を見せつけ、頼りになるということをアピールするのだ。
「では皆さん、今日は私の実力を確認してもらいます。頼りになる存在が控えていると分かれば、戦闘においても心の余裕が出来るでしょう」
2週間前と比べ、喋り口調は普段の私のそれと同じようになってきた。魔物の討伐で野営等を通し、ある程度の友好関係を築き始めてきたこともあって、気心知れたようになってきたからだ。当初は叔父様も、「もっと威厳と尊敬を向けられるような言動を!」と言われたのだが、どうも私の見た目や年齢の事もあって、この部隊での私の立ち位置がマスコット的な扱いに落ち着いてきてしまったのだ。
そんな部隊の様子に叔父様は、「まぁ、そんな指揮官もありか・・・」と、半ば諦めたような言葉を呟いていた。副官であるシルビアは微妙な表情を浮かべていたが、周りの雰囲気に押されるような形で、今の私の立ち位置を認めていたようだった。
「隊長、本当にお一人で討伐するんですか?」
私が今日の目的を告げると、整列している男性隊員の一人が、心配した表情で確認してきた。レイというこの男性は、比較的私と年齢が近く、事あるごとに何かと私を気に掛けて話しかけてくれる。耳に掛かる位の銀髪に、190センチ近くの身長で、しっかりと鍛えられている体躯には安心感さえ感じさせるものがある。それでいて童顔の彼は、始めて見た時に、失礼ながら未成年かなと思ってしまったほどだった。
女性隊員の中には、そんな彼の見た目や実力もあって、好意を抱いている者もいるらしく、この部隊での女性側のマスコット的存在だと言える。
「心配はいりません。今日の討伐目標は難度7のベヒモスですが、その程度であれば単独でも問題ありません」
ベヒモスとは、体長10メートル程の厳つい牛のような見た目の魔物だ。その巨体から繰り出される突進は強力で、堅牢な角にも注意が必要だ。更に最大の特徴として、ベヒモスは火魔法を放つ事が出来る。ただ、予備動作はわかりやすいので、相手が大口を開けたら回避か迎撃をすればいい。
「し、しかし、ベヒモスと言えば3個小隊で対応するような魔物です。いくら隊長が英雄であるグラビス殿に認められた実力の持ち主とはいえ、単独では万が一の事があるやもしれません!」
私の事を心配してくれるのは嬉しいのだが、今日の目的は隊員からの威厳の獲得なのだ。はいそうですかと、前言を撤回することは出来ない。とは言え、ここは指揮官として部下からの進言も受け入れるという懐の広さと、危機管理も十分に対応できているという能力も見せた方が良いだろう。
「レイの指摘も分かりますが、心配ご無用です。ただ、どんな不測の事態が起こるやも知れないというのもまた事実・・・」
「っ!で、では!?」
私の言葉に、彼は安堵したような表情を浮かべるが、そう簡単に方針を曲げることは出来ない。
「私とベヒモスの戦闘を離れた場所で見ていてもらいますが、私が危機的状況に陥ったなら助力を許します。その判断は、グラビス殿がしてくれるでしょう」
「で、ですが、それでは間に合わない場合もーーー」
「これが隊長の判断だ!異論があるなら明確な論拠を示せ!危なそうだから、危険そうだからという妄想の類いでは認めんぞ?」
「っ・・・・・」
レイの言葉を遮って、叔父様が睨みを効かせた口調で諭していた。その迫力に、レイはたじろぐように口を噤いだ。
「これで話は以上です。それでは、移動開始!」
未だ納得した様子を見せていないレイを置いて、私はベヒモスの居る目的地への移動を開始させた。
ワイバーンの討伐演習をしていた森の更に奥、2時間ほど飛行した先に、目的のベヒモスの住処があった。周辺はベヒモスの縄張りの様な痕跡のためか、森の中にポッカリと更地が出来上がっているようになっており、その中心の少し窪んだ所に、体を丸めて眠るような体勢をしているベヒモスが居た。そこから100メートル程距離を取って、陛下から下賜されたワンドの機能を有した漆黒の剣を構えると、小さく息を吐き出した。
「さて、やりますか」
部隊の皆は更地になっている場所から少し離れた場所に待機してもらい、私の戦闘の様子を眺めてもらうようにしている。このまま不意打ちを仕掛けて討伐したとしても、私の実力を知らしめる事にはならないので、先ずは眠りから覚めてもらうため、土魔術を発動する。
「礫!」
『・・・っ!?』
それほど威力を込めていない下級土魔術をベヒモスの頭部目掛けて放つと、眠りを妨げられたのが不快な様子で、のっそりと上半身を持ち上げると、周辺を見回すように顔を動かしていた。
幾度かこの剣で魔法の試し打ちはしているが、やはり今までのワンドよりも数段効率が良く、威力も増大される。また、剣としての切れ味も抜群で、国の最新技術の粋を結集したという言葉も頷ける。
「まだ寝ぼけているようね・・・水球!」
『っ!!・・GYAAAAAA!!!』
私は更に中級の水魔法をベヒモスの顔に向かって放つと、直径3メートル程の水の塊がベヒモスをびしょ濡れにした。そのことに驚いたように目を見開くと、次の瞬間には耳が痛くなるほどの咆哮をあげて私を威嚇してきた。これでようやく私を敵と認識し、戦闘態勢に入ってくれたようだ。
「隊長としての威厳を獲得するんだったら、この程度の魔物、一発で仕留めないとね!」
その巨体から、ゆっくりと動いているように見えるが、実際にはとてつもない速度で突進してくるという、遠近感が狂わされるようなベヒモスに対して、私は口元をニヤリと歪めた。
そして、冷静な思考のまま魔力を身体に浸透させると、私を食べようと大口を開いて突進してきたベヒモスの頭上を飛び越えた。
『GRYUUUUU・・・』
体高にして5メートルはあるベヒモスを、翼も使わずに跳躍だけで突進を避けると、身体を反転させたベヒモスが苛立たしげな目を向けて私に唸り声をあげてきた。
「そうそう。私はあなたより格上なんだから、もっと警戒しないとダメよ?」
魔物であるベヒモスに言葉など通じるわけがないが、何となく軽口を叩いてしまった。この強大な身体能力強化も、魔力の精密制御も、ライデルのお陰で体得したものであることから、私は自分の力を使う度に彼を身近に感じるような気がして、最近は愉悦さえ覚えていた。
『・・・GYAAAA!!!』
私の挑発的な言葉に反応したのかはわからないが、ベヒモスは先程よりも威圧の籠もった咆哮を上げると、体の動きがピタリと止まった。
「ふっ、あんたのそのご自慢の火魔法ごと葬ってあげるわ!」
剣の切っ先を、動きの止まっているベヒモスに向けると、私も魔術の発動に集中する。特級に区別されるこの魔法は、少しの魔力の乱れで不発となってしまうからだ。
『ーーーーっ!!!!!』
止まっていたベヒモスが急に大口を開けると、王城を一撃で破壊しそうなほどの巨大な炎の塊をこちらに向かって吐き出してきたが、私に恐れはまったくなかった。
「喰らいなさい、疾風刃雷!!」
私の放った巨大な十字形をした風の刃が炎の塊を切り裂き、そのまま炎を巻き込むようにして火炎を纏った風の刃になってベヒモスへと襲い掛かった。この現象は互いの相性もあるが、相手よりも魔法の威力が勝っていた際に見られる現象で、弱い魔法を吸収し、より強力な魔法となる。融合魔法と違って偶発的なものだが、ライデル直伝の魔力操作による魔法威力向上の成果の賜物だ。
『GYAーーー』
火炎を纏った十字形の風の刃は、ベヒモスに短い叫び声を残させ、縦横の四分割に切り裂いていった。さっきまでベヒモスだった肉塊は、炎を上げながら地面に倒れ込み、周囲に肉の焼ける臭いを漂わせていた。ベヒモスはあまり美味しくないと言われているので、このまま完全に燃やしてしまおうと考えながら、私はしばらく炎の揺らぎを見つめているのだった。
戦闘要員となる30名との連携確認を始めてから2週間が経過した。私達は少し遠征して、王都から離れた森に住むワイバーンを相手にした戦闘訓練を行いながら、互いの動きや考え方の癖や、個々人の得意な戦闘スタイルなどを確認していった。何故その確認の為にワイバーンかと言えば、どうも今回の作戦目標の村から少し離れた場所に、ワイバーンの巣があるらしく、もしもの事を考えての実戦演習なのだという。
また、命令系統としては30人の部隊を更に5人ずつの6小隊に分け、それぞれの小隊長に指示を出すことによって部隊全体に素早く命令を浸透させるという効率化を図っている。
ただ、実際に私が指示を出しながら部隊を動かし、魔物の討伐を指揮するのは思っていた以上に困難だった。今までは目の前の魔物をただ倒せば良いと思っていたのが、予め目標とする戦果に対して、どの程度の戦力を割いて、どの様な陣形を組んでいくかを考えねばならず、更に不測の事態に際しても、撤退の条件を決めておくなど、部隊の運営は学ぶことだらけだった。
叔父様からは、「目の前の事から考えるな、どのような戦果を挙げて終わらせるか。そこから考えろ」という言葉を常々言われ、今までの戦闘や作戦行動に対する考え方を180度、変えさせられた気がした。
(何も全戦力を使えば良いってものじゃないのね。部隊としての戦闘継続能力を維持するには、ある程度の余力を常に残しておく必要がある。相手の戦力を正確に分析し、必要な戦力を算出。どの様に配置して攻撃を仕掛ければ、より少ない戦力で多大な戦果を挙げられるかを考えて指示を出さないといけない。知識も経験も不足している私は、とにかく学んでいかないと)
基本的に私は戦わず、指揮官として魔物の討伐についての指示を出していく。最初の頃は的外れな指示だったり、過剰過ぎる戦力を動かしたりしてしまい、その都度叔父様から検証という名の厳しい指導をされる。
もちろん隊長としての威厳を保つ為、部隊の皆が見ていない場所でなのだが、指導の後には決まってしょぼんとした雰囲気をしてしまっていたらしく、その後の食事の際には部下である皆から励まされるのが日課のようになってしまっていた。
自分が思い描いていた威厳たっぷりの上官に従う部下ではなく、頼りない娘を支えようとする父性の籠った目を向けられるのは、少しだけ釈然としなかった。
そんなこともあって、今日の魔物討伐はいつもと趣向を変えて、私の威厳回復のためのものとすることにした。簡単に言えば、私の実力を見せつけ、頼りになるということをアピールするのだ。
「では皆さん、今日は私の実力を確認してもらいます。頼りになる存在が控えていると分かれば、戦闘においても心の余裕が出来るでしょう」
2週間前と比べ、喋り口調は普段の私のそれと同じようになってきた。魔物の討伐で野営等を通し、ある程度の友好関係を築き始めてきたこともあって、気心知れたようになってきたからだ。当初は叔父様も、「もっと威厳と尊敬を向けられるような言動を!」と言われたのだが、どうも私の見た目や年齢の事もあって、この部隊での私の立ち位置がマスコット的な扱いに落ち着いてきてしまったのだ。
そんな部隊の様子に叔父様は、「まぁ、そんな指揮官もありか・・・」と、半ば諦めたような言葉を呟いていた。副官であるシルビアは微妙な表情を浮かべていたが、周りの雰囲気に押されるような形で、今の私の立ち位置を認めていたようだった。
「隊長、本当にお一人で討伐するんですか?」
私が今日の目的を告げると、整列している男性隊員の一人が、心配した表情で確認してきた。レイというこの男性は、比較的私と年齢が近く、事あるごとに何かと私を気に掛けて話しかけてくれる。耳に掛かる位の銀髪に、190センチ近くの身長で、しっかりと鍛えられている体躯には安心感さえ感じさせるものがある。それでいて童顔の彼は、始めて見た時に、失礼ながら未成年かなと思ってしまったほどだった。
女性隊員の中には、そんな彼の見た目や実力もあって、好意を抱いている者もいるらしく、この部隊での女性側のマスコット的存在だと言える。
「心配はいりません。今日の討伐目標は難度7のベヒモスですが、その程度であれば単独でも問題ありません」
ベヒモスとは、体長10メートル程の厳つい牛のような見た目の魔物だ。その巨体から繰り出される突進は強力で、堅牢な角にも注意が必要だ。更に最大の特徴として、ベヒモスは火魔法を放つ事が出来る。ただ、予備動作はわかりやすいので、相手が大口を開けたら回避か迎撃をすればいい。
「し、しかし、ベヒモスと言えば3個小隊で対応するような魔物です。いくら隊長が英雄であるグラビス殿に認められた実力の持ち主とはいえ、単独では万が一の事があるやもしれません!」
私の事を心配してくれるのは嬉しいのだが、今日の目的は隊員からの威厳の獲得なのだ。はいそうですかと、前言を撤回することは出来ない。とは言え、ここは指揮官として部下からの進言も受け入れるという懐の広さと、危機管理も十分に対応できているという能力も見せた方が良いだろう。
「レイの指摘も分かりますが、心配ご無用です。ただ、どんな不測の事態が起こるやも知れないというのもまた事実・・・」
「っ!で、では!?」
私の言葉に、彼は安堵したような表情を浮かべるが、そう簡単に方針を曲げることは出来ない。
「私とベヒモスの戦闘を離れた場所で見ていてもらいますが、私が危機的状況に陥ったなら助力を許します。その判断は、グラビス殿がしてくれるでしょう」
「で、ですが、それでは間に合わない場合もーーー」
「これが隊長の判断だ!異論があるなら明確な論拠を示せ!危なそうだから、危険そうだからという妄想の類いでは認めんぞ?」
「っ・・・・・」
レイの言葉を遮って、叔父様が睨みを効かせた口調で諭していた。その迫力に、レイはたじろぐように口を噤いだ。
「これで話は以上です。それでは、移動開始!」
未だ納得した様子を見せていないレイを置いて、私はベヒモスの居る目的地への移動を開始させた。
ワイバーンの討伐演習をしていた森の更に奥、2時間ほど飛行した先に、目的のベヒモスの住処があった。周辺はベヒモスの縄張りの様な痕跡のためか、森の中にポッカリと更地が出来上がっているようになっており、その中心の少し窪んだ所に、体を丸めて眠るような体勢をしているベヒモスが居た。そこから100メートル程距離を取って、陛下から下賜されたワンドの機能を有した漆黒の剣を構えると、小さく息を吐き出した。
「さて、やりますか」
部隊の皆は更地になっている場所から少し離れた場所に待機してもらい、私の戦闘の様子を眺めてもらうようにしている。このまま不意打ちを仕掛けて討伐したとしても、私の実力を知らしめる事にはならないので、先ずは眠りから覚めてもらうため、土魔術を発動する。
「礫!」
『・・・っ!?』
それほど威力を込めていない下級土魔術をベヒモスの頭部目掛けて放つと、眠りを妨げられたのが不快な様子で、のっそりと上半身を持ち上げると、周辺を見回すように顔を動かしていた。
幾度かこの剣で魔法の試し打ちはしているが、やはり今までのワンドよりも数段効率が良く、威力も増大される。また、剣としての切れ味も抜群で、国の最新技術の粋を結集したという言葉も頷ける。
「まだ寝ぼけているようね・・・水球!」
『っ!!・・GYAAAAAA!!!』
私は更に中級の水魔法をベヒモスの顔に向かって放つと、直径3メートル程の水の塊がベヒモスをびしょ濡れにした。そのことに驚いたように目を見開くと、次の瞬間には耳が痛くなるほどの咆哮をあげて私を威嚇してきた。これでようやく私を敵と認識し、戦闘態勢に入ってくれたようだ。
「隊長としての威厳を獲得するんだったら、この程度の魔物、一発で仕留めないとね!」
その巨体から、ゆっくりと動いているように見えるが、実際にはとてつもない速度で突進してくるという、遠近感が狂わされるようなベヒモスに対して、私は口元をニヤリと歪めた。
そして、冷静な思考のまま魔力を身体に浸透させると、私を食べようと大口を開いて突進してきたベヒモスの頭上を飛び越えた。
『GRYUUUUU・・・』
体高にして5メートルはあるベヒモスを、翼も使わずに跳躍だけで突進を避けると、身体を反転させたベヒモスが苛立たしげな目を向けて私に唸り声をあげてきた。
「そうそう。私はあなたより格上なんだから、もっと警戒しないとダメよ?」
魔物であるベヒモスに言葉など通じるわけがないが、何となく軽口を叩いてしまった。この強大な身体能力強化も、魔力の精密制御も、ライデルのお陰で体得したものであることから、私は自分の力を使う度に彼を身近に感じるような気がして、最近は愉悦さえ覚えていた。
『・・・GYAAAA!!!』
私の挑発的な言葉に反応したのかはわからないが、ベヒモスは先程よりも威圧の籠もった咆哮を上げると、体の動きがピタリと止まった。
「ふっ、あんたのそのご自慢の火魔法ごと葬ってあげるわ!」
剣の切っ先を、動きの止まっているベヒモスに向けると、私も魔術の発動に集中する。特級に区別されるこの魔法は、少しの魔力の乱れで不発となってしまうからだ。
『ーーーーっ!!!!!』
止まっていたベヒモスが急に大口を開けると、王城を一撃で破壊しそうなほどの巨大な炎の塊をこちらに向かって吐き出してきたが、私に恐れはまったくなかった。
「喰らいなさい、疾風刃雷!!」
私の放った巨大な十字形をした風の刃が炎の塊を切り裂き、そのまま炎を巻き込むようにして火炎を纏った風の刃になってベヒモスへと襲い掛かった。この現象は互いの相性もあるが、相手よりも魔法の威力が勝っていた際に見られる現象で、弱い魔法を吸収し、より強力な魔法となる。融合魔法と違って偶発的なものだが、ライデル直伝の魔力操作による魔法威力向上の成果の賜物だ。
『GYAーーー』
火炎を纏った十字形の風の刃は、ベヒモスに短い叫び声を残させ、縦横の四分割に切り裂いていった。さっきまでベヒモスだった肉塊は、炎を上げながら地面に倒れ込み、周囲に肉の焼ける臭いを漂わせていた。ベヒモスはあまり美味しくないと言われているので、このまま完全に燃やしてしまおうと考えながら、私はしばらく炎の揺らぎを見つめているのだった。
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