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第四章 望まぬ邂逅
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「そうか、失敗したか・・・」
都市デラベルにある教会の一室。執務机に座って報告を聞くデルクニフ大神官は、ある人物からの報告を受けていた。
「申し訳ありません。王女殿下が連れてきていた近衛騎士達の監視の目もありまして、あまり大っぴらな行動に移れなかったもので・・・まさかワイバーとの戦いで少なからず疲弊している状況にもかかわらず、そのまま魔族の英雄と戦闘状態に突入して大した怪我もなく切り抜けるとは、予想以上の実力でして・・・」
申し訳無さそうな表情を浮かべて報告しているのは、案内役としてライデルに同行していたガブスだった。
「まったく・・・大人しく私の筋書き通りに死んでいれば良いものを・・・」
ガブスの報告に、デルクニフは眉間に寄った皺を撫でた。彼がこの街に到着したのはライデルがワイバーンの討伐に出立した5日後のことで、王女がライデルに同行することになったという話を聞いて、急いで駆けつけたのだ。するとガブスは、恐る恐るといった様子で口を開く。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「奴は既に魔族の最大戦力である、英雄グラビスをも圧倒しています。その力を利用しないのですか?」
ガブスの質問に、デルクニフは少し考えるような仕草を見せると、逆に彼に質問をした。
「君は制御できる暴力と制御できない暴力、使うならどちらを使うかね?」
「そりゃあ・・・制御できる暴力ですかね」
「だろうな。制御できぬ暴力など危険極まりないものだ」
「つまりあのライデルという少年は、制御できない暴力だと?」
ガブスは疑問の表情を浮かべたが、それは彼が短時間ではあるが、今までライデルと同行して会話をした結果、素直で従順な性格をしていると判断していたからだ。
「貴族であれば幼い頃から国の為に仕えるという考え方の教育も受けているであろうが、平民の彼はそうではない。戦場で活躍し、彼のお陰で戦争に勝利したとしよう。すると、何が起こると思うかね?」
「・・・平和を実現した人物として讃えられる、ということですか?」
「そうだな。そしてその声は、国民の大多数である平民からより支持されるだろう。貴族よりも平民の彼を、王族よりも平民の彼を、とな。やがて国民は2つに分裂する。私が心配なのはそこなのだ」
デルクニフの言わんとしていることは、貴族や王族の地位を平民の彼が脅かすという可能性だ。そしてその可能性が実現した場合に行き着く先は・・・
「つまり、反乱が起こることを危惧しているんですか?それは考えすぎなのでは?」
ガブスはデルクニフの考えを否定した。何故ならこの国、いや、この人界に住まう人々の大半は、豊穣の女神アバンダンティア様を信仰しており、その教えの中には『汝、隣人を愛し、国を愛せ。さすれば豊かな生活を送れるであろう』という一文があるからだ。
つまり、この人界の統一宗教では、国家への反乱を認めていない。そして、有史以来現在に至るまで、他国を含めても反乱が起こった話など聞いたことがないのだ。
「人間というのは欲深く、愚かな生き物なのだ。反乱とまではいかずとも、貴族や王族の発言権が低下すれば、それは国家の運営に影を落とすということに直結する。やがて人界が混乱すれば、その隙をついて再び魔族が侵攻してくるやもしれん」
「おぉ、さすがはデルクニフ大神官様!ダルム王国の事だけでなく、その先の人界全体のことを見据えての考えだったのですね!」
大仰な仕草で称賛するガブスの姿に、デルクニフは口許を緩めた。
「勿論だ。立場上、一つの国に肩入れすることは出来ぬが、事は人界全体に波及する恐れのあること。未来の人界の為になるのなら、私はいくらでも非情な判断を下し、混乱の芽を取り除く為に汚名を着よう」
「デルクニフ大神官・・・私もお手伝い致します」
デルクニフの言葉に、ガブスの目には光るものが溢れていた。
「ところで、王女殿下はどちらにいるかね?」
ライデルの話が一段落したところで、デルクニフは懸案事項だった王女の居場所について確認した。
「この街一番の宿を取ってから、目立った動きはありません。殿下の引き連れてきた近衛騎士の数名は街中の様子を監視していますが、殿下自身は市場調査という名の買い物をしては宿に籠もっています。見聞を広めたいなどと高尚なことを言ったらしいですが、正直観光に来ているようにしか見えません」
「そうか・・・」
ガブスの報告に、デルクニフは思案げな表情を浮かべる。王女がずっと教会周辺を嗅ぎ回っていたことは把握しており、この街には例の施設がある。杞憂だったと思いたいところだが、王女にはまだあの処置を施していない。
事ある毎に王城の隣にある大神殿に呼びつけようとするのだが、その度に「都合がつかない」、「体調が悪い」と断られている。そして神殿や教会に顔を出すのは、決まってデルクニフが不在のタイミングだ。
ここまでくると王女の意図的なものを感じるが、式典等で実際に王女を見る機会があると、彼女は王族であるもにかかわらず、かなり痩せていて、成長も遅れているようだった。だからこそ体調不安を理由にされると、強硬に呼びつけることが出来なかったのだ。
その為、デルクニフとしても王女が自分の弱味を探っているのだという確証は得られていない。
ライデルという目障りな勇者候補と、自分を探っている可能性が高い王女の動き。デルクニフにとって頭を悩ます問題だが、行動を優先したのはライデルへの対処だった。
「ところでガブス君。女性を使って彼を籠絡する方法はどうだったかね?」
「それが、年齢の割にウブすぎる奴でして。娼婦で様子を見たら、逃げ出す始末でした」
「そうか。様々な事態を想定して弱みを増やしたかったが、そちらの方面は難しいか・・・」
ガブスの返答に対して、大して落胆している訳では無いが、彼を武力で排除できない以上、あらゆる手段を模索していく必要がある。
考え込むような仕草をとるデルクニフに対して、ガブスはニヤリと笑みを浮かべる。
「奴を相手にした娼婦の考えだと、同じようにウブな女だったら上手くいく可能性があるってことでした。そこで、あの女勇者に合わせてみるってのはどうでしょうか?」
「クリスティーナか・・・確か彼女が勇者を引退したがっていたのは、結婚相手を見つけるためだったな」
ガブスの言葉に、デルクニフは現勇者である人物について記憶を思い起こした。メルクス王国の第一王女でありながら、その圧倒的な才能と武勇でもって、5年前に勇者に叙任された女傑だ。今年で27歳になる彼女の口癖は、「運命の男性に出逢いたい」だったと記憶している。
「ええ、何でも自分を守ってくれる男性が好みという、夢見る乙女な思考らしいのですが、勇者である彼女を守れる人物なんて存在しないと思っていました。しかし・・・」
「なるほど、彼ならもってこいの人選というわけか」
「はい。彼女は貴族だろうが平民だろうがこだわらないと公言していますし、その話が上手く行けば、奴の弱みも増えるでしょう」
ガブスの提案に、デルクニフは思考を重ねる。2人の強者が協力関係を築くのは不安要素だが、恋愛にうつつを抜かせばつけ入る隙も出来る。どのみち計画では、最終的に勇者も英雄も死んでもらう必要があることから、一考の余地ありと結論づけた。
ただ、もっと確実な弱みも準備しておく必要もある。
「そうだな。クリスティーナの事はこちらで動こう。それとガブス君、君はここから少し離れた場所にあるフーリュ村へ行って欲しい」
「フーリュ村・・・ですか?」
聞いたことが無い村なのだろう。ガブスは首を傾げていた。
「そうだ。その村にライデルの母親が居るんだが、将来的に彼が変な気を起こさないようにしておきたくてね・・・」
「なるほど、分かりました。身柄はどこに?」
デルクニフの言わんとしている事を瞬時に悟ったガブスは、暗い笑みを浮かべていた。その表情に、デルクニフも自分の腹積もりを彼が理解していると判断した。
「一先ずはこの教会に。理由は・・・そうだな、彼が大怪我を負ってしまったとでも言えば飛んでくるだろう」
「了解しました。準備が整い次第向かいますが、その間に奴が戻ってきたらどうしましょうか?」
案内役である自分が街から消えてしまうというガブスの懸念に、デルクニフは薄ら笑いを浮かべて口を開いた。
「なに、問題ない。彼にはもう少しあの森でやってもらいたいことがある」
「・・・魔族の後片付けでしょうか?」
「ふむ。彼の処分が出来なかったとなれば、少々予定を変更せざるを得ないからな。人界からご退場願おう。とはいえ、その際に彼を亡き者にしてくれても良いのだがね」
企みを考えるデルクニフの表情は、普段の大神官としての優しげな表情からは遠く離れていた。
「そうか、失敗したか・・・」
都市デラベルにある教会の一室。執務机に座って報告を聞くデルクニフ大神官は、ある人物からの報告を受けていた。
「申し訳ありません。王女殿下が連れてきていた近衛騎士達の監視の目もありまして、あまり大っぴらな行動に移れなかったもので・・・まさかワイバーとの戦いで少なからず疲弊している状況にもかかわらず、そのまま魔族の英雄と戦闘状態に突入して大した怪我もなく切り抜けるとは、予想以上の実力でして・・・」
申し訳無さそうな表情を浮かべて報告しているのは、案内役としてライデルに同行していたガブスだった。
「まったく・・・大人しく私の筋書き通りに死んでいれば良いものを・・・」
ガブスの報告に、デルクニフは眉間に寄った皺を撫でた。彼がこの街に到着したのはライデルがワイバーンの討伐に出立した5日後のことで、王女がライデルに同行することになったという話を聞いて、急いで駆けつけたのだ。するとガブスは、恐る恐るといった様子で口を開く。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「奴は既に魔族の最大戦力である、英雄グラビスをも圧倒しています。その力を利用しないのですか?」
ガブスの質問に、デルクニフは少し考えるような仕草を見せると、逆に彼に質問をした。
「君は制御できる暴力と制御できない暴力、使うならどちらを使うかね?」
「そりゃあ・・・制御できる暴力ですかね」
「だろうな。制御できぬ暴力など危険極まりないものだ」
「つまりあのライデルという少年は、制御できない暴力だと?」
ガブスは疑問の表情を浮かべたが、それは彼が短時間ではあるが、今までライデルと同行して会話をした結果、素直で従順な性格をしていると判断していたからだ。
「貴族であれば幼い頃から国の為に仕えるという考え方の教育も受けているであろうが、平民の彼はそうではない。戦場で活躍し、彼のお陰で戦争に勝利したとしよう。すると、何が起こると思うかね?」
「・・・平和を実現した人物として讃えられる、ということですか?」
「そうだな。そしてその声は、国民の大多数である平民からより支持されるだろう。貴族よりも平民の彼を、王族よりも平民の彼を、とな。やがて国民は2つに分裂する。私が心配なのはそこなのだ」
デルクニフの言わんとしていることは、貴族や王族の地位を平民の彼が脅かすという可能性だ。そしてその可能性が実現した場合に行き着く先は・・・
「つまり、反乱が起こることを危惧しているんですか?それは考えすぎなのでは?」
ガブスはデルクニフの考えを否定した。何故ならこの国、いや、この人界に住まう人々の大半は、豊穣の女神アバンダンティア様を信仰しており、その教えの中には『汝、隣人を愛し、国を愛せ。さすれば豊かな生活を送れるであろう』という一文があるからだ。
つまり、この人界の統一宗教では、国家への反乱を認めていない。そして、有史以来現在に至るまで、他国を含めても反乱が起こった話など聞いたことがないのだ。
「人間というのは欲深く、愚かな生き物なのだ。反乱とまではいかずとも、貴族や王族の発言権が低下すれば、それは国家の運営に影を落とすということに直結する。やがて人界が混乱すれば、その隙をついて再び魔族が侵攻してくるやもしれん」
「おぉ、さすがはデルクニフ大神官様!ダルム王国の事だけでなく、その先の人界全体のことを見据えての考えだったのですね!」
大仰な仕草で称賛するガブスの姿に、デルクニフは口許を緩めた。
「勿論だ。立場上、一つの国に肩入れすることは出来ぬが、事は人界全体に波及する恐れのあること。未来の人界の為になるのなら、私はいくらでも非情な判断を下し、混乱の芽を取り除く為に汚名を着よう」
「デルクニフ大神官・・・私もお手伝い致します」
デルクニフの言葉に、ガブスの目には光るものが溢れていた。
「ところで、王女殿下はどちらにいるかね?」
ライデルの話が一段落したところで、デルクニフは懸案事項だった王女の居場所について確認した。
「この街一番の宿を取ってから、目立った動きはありません。殿下の引き連れてきた近衛騎士の数名は街中の様子を監視していますが、殿下自身は市場調査という名の買い物をしては宿に籠もっています。見聞を広めたいなどと高尚なことを言ったらしいですが、正直観光に来ているようにしか見えません」
「そうか・・・」
ガブスの報告に、デルクニフは思案げな表情を浮かべる。王女がずっと教会周辺を嗅ぎ回っていたことは把握しており、この街には例の施設がある。杞憂だったと思いたいところだが、王女にはまだあの処置を施していない。
事ある毎に王城の隣にある大神殿に呼びつけようとするのだが、その度に「都合がつかない」、「体調が悪い」と断られている。そして神殿や教会に顔を出すのは、決まってデルクニフが不在のタイミングだ。
ここまでくると王女の意図的なものを感じるが、式典等で実際に王女を見る機会があると、彼女は王族であるもにかかわらず、かなり痩せていて、成長も遅れているようだった。だからこそ体調不安を理由にされると、強硬に呼びつけることが出来なかったのだ。
その為、デルクニフとしても王女が自分の弱味を探っているのだという確証は得られていない。
ライデルという目障りな勇者候補と、自分を探っている可能性が高い王女の動き。デルクニフにとって頭を悩ます問題だが、行動を優先したのはライデルへの対処だった。
「ところでガブス君。女性を使って彼を籠絡する方法はどうだったかね?」
「それが、年齢の割にウブすぎる奴でして。娼婦で様子を見たら、逃げ出す始末でした」
「そうか。様々な事態を想定して弱みを増やしたかったが、そちらの方面は難しいか・・・」
ガブスの返答に対して、大して落胆している訳では無いが、彼を武力で排除できない以上、あらゆる手段を模索していく必要がある。
考え込むような仕草をとるデルクニフに対して、ガブスはニヤリと笑みを浮かべる。
「奴を相手にした娼婦の考えだと、同じようにウブな女だったら上手くいく可能性があるってことでした。そこで、あの女勇者に合わせてみるってのはどうでしょうか?」
「クリスティーナか・・・確か彼女が勇者を引退したがっていたのは、結婚相手を見つけるためだったな」
ガブスの言葉に、デルクニフは現勇者である人物について記憶を思い起こした。メルクス王国の第一王女でありながら、その圧倒的な才能と武勇でもって、5年前に勇者に叙任された女傑だ。今年で27歳になる彼女の口癖は、「運命の男性に出逢いたい」だったと記憶している。
「ええ、何でも自分を守ってくれる男性が好みという、夢見る乙女な思考らしいのですが、勇者である彼女を守れる人物なんて存在しないと思っていました。しかし・・・」
「なるほど、彼ならもってこいの人選というわけか」
「はい。彼女は貴族だろうが平民だろうがこだわらないと公言していますし、その話が上手く行けば、奴の弱みも増えるでしょう」
ガブスの提案に、デルクニフは思考を重ねる。2人の強者が協力関係を築くのは不安要素だが、恋愛にうつつを抜かせばつけ入る隙も出来る。どのみち計画では、最終的に勇者も英雄も死んでもらう必要があることから、一考の余地ありと結論づけた。
ただ、もっと確実な弱みも準備しておく必要もある。
「そうだな。クリスティーナの事はこちらで動こう。それとガブス君、君はここから少し離れた場所にあるフーリュ村へ行って欲しい」
「フーリュ村・・・ですか?」
聞いたことが無い村なのだろう。ガブスは首を傾げていた。
「そうだ。その村にライデルの母親が居るんだが、将来的に彼が変な気を起こさないようにしておきたくてね・・・」
「なるほど、分かりました。身柄はどこに?」
デルクニフの言わんとしている事を瞬時に悟ったガブスは、暗い笑みを浮かべていた。その表情に、デルクニフも自分の腹積もりを彼が理解していると判断した。
「一先ずはこの教会に。理由は・・・そうだな、彼が大怪我を負ってしまったとでも言えば飛んでくるだろう」
「了解しました。準備が整い次第向かいますが、その間に奴が戻ってきたらどうしましょうか?」
案内役である自分が街から消えてしまうというガブスの懸念に、デルクニフは薄ら笑いを浮かべて口を開いた。
「なに、問題ない。彼にはもう少しあの森でやってもらいたいことがある」
「・・・魔族の後片付けでしょうか?」
「ふむ。彼の処分が出来なかったとなれば、少々予定を変更せざるを得ないからな。人界からご退場願おう。とはいえ、その際に彼を亡き者にしてくれても良いのだがね」
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