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第五章 動き出す世界
それぞれの思惑
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◆
ーーーフーリュ村近辺ーーー
「あの村ね・・・」
「では、私が先行して村に入ります。今のあなたは隷属の首輪がないので、村の聖石碑の影響で侵入者と見なされてしまうでしょう」
「わかりました。よろしくお願いします」
ライデル君のお母様の身の安全を確保するために訪れた村は、遠目から全体像が把握できるほどの小さなものだった。村人はせいぜい100人程度だろうか、若干寂れているような印象を受ける。
そんな村の手前で、私は一緒に同行して来た近衛騎士の女性から村に入るための手順として、ここで少し待っているように伝えられた。先ずは身元がしっかりしている近衛騎士がこの村の村長に事情を説明し、私が入れるように手引きするためだ。
とはいえ、私が魔族であることを明らかにする訳にもいかないので、その辺の事情は伏せる必要がある。今の私は灰色のローブを着込み、フードを目深に被って正体を隠すような格好をしている。
(あの子はこんな僻地で生まれ育ったのね・・・こんな規模の村じゃ、剣術や魔法の指導なんてろくに受けられないと思うんだけど、どうやってあれほどの実力を身に付けたのかしら?)
馬車から降りて近衛騎士の彼女を待っている間、岩に腰掛けてぼんやりと村を眺めながら、ライデル君の事について思いを馳せる。余程の経験と実力のある指導者がいなければ、あれほどの実力が身に付くわけがないのだが、静かで平穏な村の様子を見つめていると、とてもそんな実力者が居るような村とは思えない。
(訓練できるような場所も無ければ、軍や衛兵の駐屯地すらない・・・)
軍に所属していた私からしてみれば、日々の過酷な訓練や実戦があってこそ実力が身に付くものだと思っている。どう考えてもこの村で、魔族の英雄たるグラビス殿に匹敵する実力者が誕生するなんて思えなかった。
(となれば、その実力は彼の生来の才能・・・まさに天才と言うことね)
「ーーーっ!?」
改めて彼のとんでもない才能に驚いていると、後方からの物音に気づき、私は急いで近くの茂みに身を隠した。
(・・・馬車?・・・っ!!あいつはっ!!)
人族の衛兵隊の使う馬車が村の方へ向かっていくのを隠れ見ていると、その御者席に座っているのはライデル君の案内係を勤めていたはずのガブスという衛兵であることに気がついた。
(何であいつがここに?まさか!あの王女の読み通りってこと!?だとすると、マズイわね・・・)
出来れば相手に気づかれる前にライデル君のお母様の身柄を保護したかったが、この状況でそれは難しい。近衛騎士と衛兵であれば、近衛騎士の言葉を信じる可能性は高いが、そうなると相手が強行手段に出てくる可能性もある。
下手をすれば村人を人質にするかもしれないし、失敗した見せしめに、後日この村の住人達を処刑するようなことも考えられる。そうなれば、ライデル君への精神的な衝撃は計り知れない。それがどんな結果をもたらすことになるかは分からないが、あの子が悲しむ姿は見たくない。
(相手はあの底意地の悪い大神官の手駒・・・平気でこの村の住人に有りもしない罪をでっち上げるでしょうね)
そう考えると、最悪はあのガブスを拘束もしくは暗殺し、口を封じて時間を稼ぎ、その隙にあの王女に対応を考えてもらった方が良いかもしれない。
(待っててねライデル君!君のお母様は必ず私が保護するからね!)
私は懐から支給された量産品のワンドを取り出すと、魔法による攻撃がし易い場所へと静かに移動したのだった。
◆
「ふぅ・・・ようやく到着か」
大神官フェルドラー様の命の元、俺はライデルの生まれ故郷である村へと馬車を走らせていた。ようやく前方に小さな集落が見えて来たことで、ここまでの道中の疲れが出たのか、大きなため息が出てしまった。
「簡単な任務だから人手を割けられないってのは理解できるが、さすがに単独はキツいな・・・出来れば村で一泊してから戻りたいが、こんな小さな村に宿なんて無いだろうな・・・」
季節はじきに冬を迎えようとし、朝晩は肌寒い。夜営については携帯用の聖石碑のお陰で十分睡眠をとれるが、そろそろ温かな部屋の中、柔らかいベットでぐっすりと眠りたかった。
「出来れば隣に女が居て欲しいが、娼館なんて無いだろうな・・・いや、待てよ。あいつの母親なら年齢的に40代前後か・・・手を出すのは禁止されてねぇし、ここらで発散しておくか?」
デラベスの娼館では任務中だったこともあり、さすがに性欲を発散することは憚られた。もし娼館側から大神官様に報告され、俺が任務中にコトに勤しんでいる様を知られようものなら、物理的に首が飛んでしまう。
「熟女はあんまし趣味じゃねえが、自分の母親が凌辱されたと知れば、あのスカした小僧の絶望する顔が見れるかもしれなぇな」
自分の半分も生きていないような子供に対して気を使って対応するのは、正直ストレスでしかなかった。ここでその意趣返しが出来るというのであれば、これほど愉快なことはない。
「さて、どうやって遊んでやろうかね」
この後のお楽しみを考えながら、村の入り口付近へと差し掛かった時だった。
『ーーードンッ!!』
「っ!?ぐあっ!」
突如、かなりの衝撃を受けて馬車から投げ出された俺は、そのまま地面に身体を強打してしまった。すぐに飛び退いて自分に何が起きたのか確認するように周囲に視線を向けると、俺が乗っていた馬車が大破しており、水浸しになっていた。幸いにも二頭の馬達は怯えて動けないようで逃げ出してはいない。ただこれは、完全に魔法による攻撃だ。
「誰だっ!?俺はこの国所属の衛兵だぞ!?こんな事をして、処刑されても文句は言えんぞ!!」
腰の剣を抜き放ち、周囲に睨みをきかせながら襲撃してきた相手の位置を探る。
(・・・チッ!相手が魔法主体だと、俺には相性が悪いな。さて、考えられる相手は人界に侵入している魔族か、その辺の野盗か、それとも・・・)
敵の正体に当たりをつけながら油断無く剣を構えていると、俺に向かって拳大の水の塊が無数に飛んできた。
「くそっ!完全に俺を敵として攻撃してきやがって!!」
残骸となった馬車の陰に隠れ、水魔法の攻撃から身を守りながら悪態を吐く。本来であれば魔法に対しては魔法で迎撃すべきだが、生憎と俺は魔法は不得手で、戦闘に使えるような威力は無い。その為、身体強化をしての接近戦が得意分野だ。
(今の攻撃で相手のおおよその居場所は分かったが、それは向こうも分かってるだろうな。簡単に接近を許すわけないだろうし、どうしたもんか・・・)
襲撃者はおそらく、街道から少し離れた大木の樹上にいる。距離にして300メートル位だが、身体強化をしても、駆け抜けるのに10秒以上かかってしまう。それほどの時間姿を無防備に晒せば、間違いなく殺られる。
打開策を考えている内にも、遮蔽物にしている馬車はどんどん相手の攻撃によって壊されていき、あと数分もしない内に攻撃を防ぐことも出来なくなるだろう。
(くそったれ!せめてあともう一人一緒に来てりゃあ!!)
今回大神官様から言い渡された任務は、辺境の村から女を一人連れてくること。それだけだ。しかも大義名分もしっかり用意されていたため、その難易度は極めて低く、単独で問題ないだろうと判断されていた。
ところが蓋を開けてみれば、こうして襲撃者に襲われ、身動きが出来ない状況に陥ってしまっている。
(くっ!ここまで執拗に俺を攻撃してくるのに、姿は見せようとしない・・・自分の正体を知られたくないってことか?その理由は?あり得るのはこちらの目的を知って、妨害している?それを知られたくない?だとすれば、相手は大神官様に楯突く反抗勢力・・・しかもかなりの情報網を備えている・・・っ!まさか、あの王女の差金か!?)
教会から距離を取り、以前から教会の目指す動きとは別の動きを見せていたこの国の第一王女の存在が脳裏を過ぎった。教会と敵対するという明確な動きまでは無く、決定的な証拠や裏取りがあるわけでは無いが、教会の動きを先回りできるだけの情報収集能力と、即時に動かせる手駒を備えた組織など、そうは存在しない。ならば、消去法で一番怪しいのは王女の手の者ということになる。
(そうなると、相手は複数で動いていると考えるべきだな・・・最悪、別の奴が既に対象を確保している可能性すらある)
村人にとってみても、この国の王族である王女の遣いであると説明されれば、簡単に相手を信用してしまうだろう。その結果、あの小僧の母親は王女の手の者に連れられて行ってしまう。
(そんな事になれば大神官様から見放されてしまう・・・何とかしねぇと!)
そんな事を考えていると、相手の攻撃の衝撃で足元に転がってきた支給品の煙幕玉に視線がいった。
(・・・いけるか?)
俺は煙幕玉を拾い上げると、ある策が頭に浮かんだ。上手くすればこの襲撃者を出し抜けるかもしれない。
(誰だか知らねぇが、教会に楯突くことの愚かさを教えてやる!)
ーーーフーリュ村近辺ーーー
「あの村ね・・・」
「では、私が先行して村に入ります。今のあなたは隷属の首輪がないので、村の聖石碑の影響で侵入者と見なされてしまうでしょう」
「わかりました。よろしくお願いします」
ライデル君のお母様の身の安全を確保するために訪れた村は、遠目から全体像が把握できるほどの小さなものだった。村人はせいぜい100人程度だろうか、若干寂れているような印象を受ける。
そんな村の手前で、私は一緒に同行して来た近衛騎士の女性から村に入るための手順として、ここで少し待っているように伝えられた。先ずは身元がしっかりしている近衛騎士がこの村の村長に事情を説明し、私が入れるように手引きするためだ。
とはいえ、私が魔族であることを明らかにする訳にもいかないので、その辺の事情は伏せる必要がある。今の私は灰色のローブを着込み、フードを目深に被って正体を隠すような格好をしている。
(あの子はこんな僻地で生まれ育ったのね・・・こんな規模の村じゃ、剣術や魔法の指導なんてろくに受けられないと思うんだけど、どうやってあれほどの実力を身に付けたのかしら?)
馬車から降りて近衛騎士の彼女を待っている間、岩に腰掛けてぼんやりと村を眺めながら、ライデル君の事について思いを馳せる。余程の経験と実力のある指導者がいなければ、あれほどの実力が身に付くわけがないのだが、静かで平穏な村の様子を見つめていると、とてもそんな実力者が居るような村とは思えない。
(訓練できるような場所も無ければ、軍や衛兵の駐屯地すらない・・・)
軍に所属していた私からしてみれば、日々の過酷な訓練や実戦があってこそ実力が身に付くものだと思っている。どう考えてもこの村で、魔族の英雄たるグラビス殿に匹敵する実力者が誕生するなんて思えなかった。
(となれば、その実力は彼の生来の才能・・・まさに天才と言うことね)
「ーーーっ!?」
改めて彼のとんでもない才能に驚いていると、後方からの物音に気づき、私は急いで近くの茂みに身を隠した。
(・・・馬車?・・・っ!!あいつはっ!!)
人族の衛兵隊の使う馬車が村の方へ向かっていくのを隠れ見ていると、その御者席に座っているのはライデル君の案内係を勤めていたはずのガブスという衛兵であることに気がついた。
(何であいつがここに?まさか!あの王女の読み通りってこと!?だとすると、マズイわね・・・)
出来れば相手に気づかれる前にライデル君のお母様の身柄を保護したかったが、この状況でそれは難しい。近衛騎士と衛兵であれば、近衛騎士の言葉を信じる可能性は高いが、そうなると相手が強行手段に出てくる可能性もある。
下手をすれば村人を人質にするかもしれないし、失敗した見せしめに、後日この村の住人達を処刑するようなことも考えられる。そうなれば、ライデル君への精神的な衝撃は計り知れない。それがどんな結果をもたらすことになるかは分からないが、あの子が悲しむ姿は見たくない。
(相手はあの底意地の悪い大神官の手駒・・・平気でこの村の住人に有りもしない罪をでっち上げるでしょうね)
そう考えると、最悪はあのガブスを拘束もしくは暗殺し、口を封じて時間を稼ぎ、その隙にあの王女に対応を考えてもらった方が良いかもしれない。
(待っててねライデル君!君のお母様は必ず私が保護するからね!)
私は懐から支給された量産品のワンドを取り出すと、魔法による攻撃がし易い場所へと静かに移動したのだった。
◆
「ふぅ・・・ようやく到着か」
大神官フェルドラー様の命の元、俺はライデルの生まれ故郷である村へと馬車を走らせていた。ようやく前方に小さな集落が見えて来たことで、ここまでの道中の疲れが出たのか、大きなため息が出てしまった。
「簡単な任務だから人手を割けられないってのは理解できるが、さすがに単独はキツいな・・・出来れば村で一泊してから戻りたいが、こんな小さな村に宿なんて無いだろうな・・・」
季節はじきに冬を迎えようとし、朝晩は肌寒い。夜営については携帯用の聖石碑のお陰で十分睡眠をとれるが、そろそろ温かな部屋の中、柔らかいベットでぐっすりと眠りたかった。
「出来れば隣に女が居て欲しいが、娼館なんて無いだろうな・・・いや、待てよ。あいつの母親なら年齢的に40代前後か・・・手を出すのは禁止されてねぇし、ここらで発散しておくか?」
デラベスの娼館では任務中だったこともあり、さすがに性欲を発散することは憚られた。もし娼館側から大神官様に報告され、俺が任務中にコトに勤しんでいる様を知られようものなら、物理的に首が飛んでしまう。
「熟女はあんまし趣味じゃねえが、自分の母親が凌辱されたと知れば、あのスカした小僧の絶望する顔が見れるかもしれなぇな」
自分の半分も生きていないような子供に対して気を使って対応するのは、正直ストレスでしかなかった。ここでその意趣返しが出来るというのであれば、これほど愉快なことはない。
「さて、どうやって遊んでやろうかね」
この後のお楽しみを考えながら、村の入り口付近へと差し掛かった時だった。
『ーーードンッ!!』
「っ!?ぐあっ!」
突如、かなりの衝撃を受けて馬車から投げ出された俺は、そのまま地面に身体を強打してしまった。すぐに飛び退いて自分に何が起きたのか確認するように周囲に視線を向けると、俺が乗っていた馬車が大破しており、水浸しになっていた。幸いにも二頭の馬達は怯えて動けないようで逃げ出してはいない。ただこれは、完全に魔法による攻撃だ。
「誰だっ!?俺はこの国所属の衛兵だぞ!?こんな事をして、処刑されても文句は言えんぞ!!」
腰の剣を抜き放ち、周囲に睨みをきかせながら襲撃してきた相手の位置を探る。
(・・・チッ!相手が魔法主体だと、俺には相性が悪いな。さて、考えられる相手は人界に侵入している魔族か、その辺の野盗か、それとも・・・)
敵の正体に当たりをつけながら油断無く剣を構えていると、俺に向かって拳大の水の塊が無数に飛んできた。
「くそっ!完全に俺を敵として攻撃してきやがって!!」
残骸となった馬車の陰に隠れ、水魔法の攻撃から身を守りながら悪態を吐く。本来であれば魔法に対しては魔法で迎撃すべきだが、生憎と俺は魔法は不得手で、戦闘に使えるような威力は無い。その為、身体強化をしての接近戦が得意分野だ。
(今の攻撃で相手のおおよその居場所は分かったが、それは向こうも分かってるだろうな。簡単に接近を許すわけないだろうし、どうしたもんか・・・)
襲撃者はおそらく、街道から少し離れた大木の樹上にいる。距離にして300メートル位だが、身体強化をしても、駆け抜けるのに10秒以上かかってしまう。それほどの時間姿を無防備に晒せば、間違いなく殺られる。
打開策を考えている内にも、遮蔽物にしている馬車はどんどん相手の攻撃によって壊されていき、あと数分もしない内に攻撃を防ぐことも出来なくなるだろう。
(くそったれ!せめてあともう一人一緒に来てりゃあ!!)
今回大神官様から言い渡された任務は、辺境の村から女を一人連れてくること。それだけだ。しかも大義名分もしっかり用意されていたため、その難易度は極めて低く、単独で問題ないだろうと判断されていた。
ところが蓋を開けてみれば、こうして襲撃者に襲われ、身動きが出来ない状況に陥ってしまっている。
(くっ!ここまで執拗に俺を攻撃してくるのに、姿は見せようとしない・・・自分の正体を知られたくないってことか?その理由は?あり得るのはこちらの目的を知って、妨害している?それを知られたくない?だとすれば、相手は大神官様に楯突く反抗勢力・・・しかもかなりの情報網を備えている・・・っ!まさか、あの王女の差金か!?)
教会から距離を取り、以前から教会の目指す動きとは別の動きを見せていたこの国の第一王女の存在が脳裏を過ぎった。教会と敵対するという明確な動きまでは無く、決定的な証拠や裏取りがあるわけでは無いが、教会の動きを先回りできるだけの情報収集能力と、即時に動かせる手駒を備えた組織など、そうは存在しない。ならば、消去法で一番怪しいのは王女の手の者ということになる。
(そうなると、相手は複数で動いていると考えるべきだな・・・最悪、別の奴が既に対象を確保している可能性すらある)
村人にとってみても、この国の王族である王女の遣いであると説明されれば、簡単に相手を信用してしまうだろう。その結果、あの小僧の母親は王女の手の者に連れられて行ってしまう。
(そんな事になれば大神官様から見放されてしまう・・・何とかしねぇと!)
そんな事を考えていると、相手の攻撃の衝撃で足元に転がってきた支給品の煙幕玉に視線がいった。
(・・・いけるか?)
俺は煙幕玉を拾い上げると、ある策が頭に浮かんだ。上手くすればこの襲撃者を出し抜けるかもしれない。
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