剣神と魔神の息子

黒蓮

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第一章 はじまり

幼少期 10

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 13歳になる年の3の月下旬。穏やかな陽気に包まれてきた今日この頃、僕は学院へと旅立つ。


あれから少し身長も伸び、もう少しで170cmになろうというところで、母さんよりも大きくなった。父さんは190cm位あるらしく、まだまだ頭一つ分ほど大きい。


体格も筋肉が引き締まってきており、最近鏡で見る自分の顔は、暗い金髪が耳に少し掛かる程の長さで、表情が大人びてきたと思っている。



「忘れ物はないか?」



家の玄関先で心配な表情をしている父さんが、僕の大きなリュックを叩きながら確認してきた。旅支度を整えた僕の格好は、父さんのお下がりの漆黒の革鎧を装備し、その上から灰色の外套を着込んでいる。


これはSランク魔獣のワイバーンの翼膜を加工した物で、完全防水の上に防御性能も折り紙付きだ。さらに、両の腰には二本の武器を差している。左には父さんから貰った剣を、右には母さんから昨日貰った魔術杖を提げている。


魔術丈は細工師である母さんの特注品で、先端には母さんと同じ様に、魔石を六面体に加工して、それぞれの面に全ての属性呪文が記述されている。僕は2属性しか使えないので意味無いと言ったのだか、「いいから母さんの最高傑作を持っていきなさい!」と渡された。


杖の心棒には魔力を通しやすいAランク魔獣のトレントが使われており、その表面を父さんが青白いミスリルで覆ったために、杖自体も打撲武器として使える強度になっている。そんな、父さんと母さんが僕の為に作ってくれた武器を撫でながら返答した。



「大丈夫!昨日ちゃんと確認したよ!」


「水袋と方位磁石、地図、入学許可証、個人証は?」


「母さん・・・大丈夫だって!母さんも昨日一緒に確認してくれたじゃないか!」



昨日は夜遅くまで3回も母さんと一緒に荷物確認を行った。リュックに入れては出して、メモに記載したものがちゃんとあるか指差し確認までして。特に母さんが心配しているのは、個人証だろう。


これは縦5cm横10cm程の魔石を原料に使った薄い板の様なもので、最初に個人の魔力か闘氣を注ぐと、その個人専用となる。使用の都度、魔力か闘氣を注ぐと名前や年齢などの個人情報が浮かび上がる身分証だ。


しかも、この世界ではお金は基本的にこの個人証を使ってやり取りされる。買い物の際には魔力か闘氣を注ぎ、所持金の項目を触ると相手との金銭のやり取りが可能となるのだ。


昔は金貨や銀貨等を持ち歩いていたようだが、今では嵩張らないこの個人証を使うのが一般的だ。ちなみに、今僕の個人証には1000万コルの大金が入っている。


内訳は100万コルが学院までの諸々の移動費用とその後3年間の生活費。残りの900万コルは、学院への入学金と3年間の授業費や寮費等の学院への支払いで消えてしまう。


一般市民における一月の生活費の平均が約17万コルらしいので、物凄い大金だ。恐るべし貴族や成功した商人が通う学院だと思った。とはいえ、そんな学院に通うお金が家にあったんだと驚愕したものだ。



「はぁ、一人で行くなんて大丈夫かしら」


「エイダももう成長したんだ。大丈夫だろ」



母さんは頬に手を当てながら本気で心配してくる。そんな母さんに父さんは楽観的に諭した。あと3年もすれば僕は成人になるというのに、母さんの過保護ぶりだけは相変わらずだった。



 これから向かう学院は、この国の王都の隣の都市にある。父さんが地図を示しながら行き方を細かく教えてくれたのだが、馬車で1週間の道のりらしい。その時間を聞いて、旅路の長さに辟易すると、父さんがもっと早く着く方法を教えてくれた。


それは、闘氣を纏いながら走っていくことだ。馬車に乗るより早く、鍛練にもなるから一石二鳥だと笑顔で言っていた。そこで僕は考えた、走っていこうと思うけど、途中で道に迷う可能性も考えて、馬車も使うかもしれない。だからその為のお金を貰おうと。


どうやって学院に行くか聞かれたときに即座にそう返答した僕に、両親は目を点にして呆気にとられていた。そして、「この金銭感覚・・・母さんに似たんだな」と、父さんが遠くを見るような目をして呟いたものだ。


父さんはお金に疎く、あると使ってしまうタイプだ。逆に母さんは倹約家で、無駄なものにお金を使うのを嫌うタイプだ。必要なものにお金を惜しむことはないが、貯金が趣味みたいな感じだった。


だから母さんが財布の紐をしっかり握っているのだが、そんな母さんとよく町に行って買い物する姿を見ていたので、僕もその考え方に近くなっている。



(貰えるものは貰う!使わなければならないのなら、出来るだけ安くだ!)



これが僕のお金に対する考え方だ。だからこそ、学院では安定した職業に就けるように頑張ろうと考えている。



「父さん、母さん、そろそろ行くよ!」


「おう!しっかり友達を作ってこい!」


「エイダのやりたいことも見つけてくるのよ?無理はしないで、無理だと思ったら即座に帰ってきて良いのよ?それから・・・」


「母さん、分かってるから大丈夫だよ!2人の息子なんだからちょっとは信じてよ!」


「っ!!あの小さかったエイダがこんなに成長して・・・母さんは嬉しいわ。たまには手紙を書いてね!長期休暇には帰ってくるのよ?どれだけ成長出来たか確かめてあげるから」


「・・・あ、ありがとう。じゃあ、行ってきます!」



最後に微妙に嬉しくない母さんの言葉を聞いて苦笑いを浮かべつつ、父さん母さんに大きく手を振りながら歩きだした。



「頑張ってこいよ!!」


「行ってらっしゃい!!」



2人の見送りに笑顔を返し、前を向いて全身に闘氣を纏う。



「さぁて、どんな世界が待ってるのか楽しみだ!!」




 初めて両親から離れて、今まで行ったこともない都市で始まる新しい生活に興奮を覚えながら歩く足に力を込めると、速度を上げて走り出す。周りの景色はあっという間に流れていき、トップスピードに乗って一路学院を目指す。



「父さんだったら2日で行けるって行ってたから、長く見積もっても4日で着くかな。まぁ、旅路も楽しんでいこう!」



そうして、僕の人生の新しい物語が始まろうとしていた。






 我が子の旅立ちを見送った両親は、息子の背中が見えなくなってから互いに顔を見やって微笑みを浮かべた。



「行っちまったな・・・」


「そうね、行ってしまったわね・・・」


「この13年、厳しく鍛えたつもりだが、あいつはやっていけるかな?」


「大丈夫でしょ!私達の子供よ?信じてあげましょう」


「・・・そうだな」



2人は親の責務を果たしたような達成感を少し味わっていた。我が子が魔術と剣武術の両方が扱えると分かったときから今日まで、この厳しくも残酷な世界で生き抜ける力を覚えさせようと奮闘した。


2つの能力を使える者は大成しない。そんなことは2人にも分かっていたが、だからといって諦めることはしなかった。


自分達はかつて、この大陸中に名を轟かせた実力者だ。ならば自分の子供一人、生き抜く力をつけられなくてどうする。そう2人で話し合って、心を鬼にして厳しい鍛練を幼い時から我が子に課したのだ。


結果として、エイダは自分達も驚くほどの力を付けたと思っている。まだまだ拙いとは言っても、2つの能力を持っている人物とは思えぬほどに、どちらの能力も高いレベルに達しつつあるのだ。ただ、一つ心配事もある。



「・・・ところで母さん、エイダと同い年の子供の実力ってどのくらいか知ってるか?」


「えっ?・・・そうねぇ、私が13歳の頃には既に第五階悌に到達していたわね・・・」


「いや、母さんと比べちゃダメだろう!そんなこと言ったら俺だって第五階層に到達してたんだぞ?」


「う~ん、周りの子達なんて道端の小石ぐらいにしか思ってなかったから、どの程度の実力だったかなんて覚えてないわよ・・・」


「酷い言いようだな・・・まぁ、俺も周りと比べたら隔絶してたからな・・・あいつ、学院で浮かないよな?」


「だ、大丈夫・・・だと思うけど、変に目立って厄介事に巻き込まれても不味いわよね・・・」


「う~ん、それがエイダまでのことで済むなら社会勉強の一言で終わるんだが、さすがに俺達の所まで厄介事が来るとなるとなぁ・・・最近は俺達の事を嗅ぎ回っている御仁もいたから、今度はこの大陸から離れなきゃならんことになるかもしれんな・・・」


「・・・まぁ、その時はその時で何とかするわよ」


「そうだな・・・まっ、何とかなるだろう!俺とサーシャなら、この大陸に敵なんて居ないんだからな!」


「もぅ、あなたったら!」



2人は笑いながら、かつて自分達がこの大陸で行った事を思い出した。それは歴史に残る程の大事だったのだが、各国が国民の混乱を恐れて情報封鎖を行った。結果として2人の偉業は極少数の国の為政者のみしか知らぬこととなった。


その事に対して、2人には異論など無かった。何故なら大陸中に名が広がってしまえば、その後に穏やかな生活をしようとしても世間がそうさせてくれないと考えたからだ。


だからこそ、その対応に2人は諸手を上げて賛成した。そして狙い通り、今の平穏とした生活を手に入れたのだった。



「サーシャ、久しぶりに2人で旅行にでも行かないか?」


「あら、良いわね!じゃあ、まだ恋人だった頃に行った温泉郷が良いわ!」


「よし!早速準備して行くか!」


「もぅ、子供みたいにはしゃがないの!」



彼女は興奮する夫を嗜めながらも、頬を朱に染めて微笑んでいる。彼女も夫との旅行が楽しみで仕方ないのだろう。仲良く旅支度を整える2人の頭の中には、いつの間にか我が子への心配事は忘れ去られていた。
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