BloodyHeart

真代 衣織

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異常事態

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「——現在、東京の気温は三十八度です。引き続き運動は避け、熱中症に厳重警戒して下さい」
 テレビから、気象予報士が注意を呼び掛けている。
 画面が変わり、アナウンサーがニュース原稿を読み上げる。
「——高校で、部活動中だった生徒全員が、熱中症により救急搬送されました」
 画面の上に、テロップが流れ出す。
「現在、急な電力供給量により、電力の供給が不充分な状態が続いています。今も尚、一部の公共施設、公的機関では電力の供給が制限されています——」
「……あちぃ。何で、夏でも三十度いかねぇのに、四月に体温超えんだよっ」
 言いながら、羽月は水うちわで自身を扇ぐ。
 上着を脱ぎ、シャツのボタンを三つ目まで開けて袖を捲り、裾を出している。襟に掛かったネクタイも解き、着崩している。
「訓練出来ないなら自宅待機させろよ。エアコン使えないとか、もう地獄だよ……」
 ぜはぁーと溜息を吐き、伊吹は項垂れた。
 低めで、ハスキーな声が完全に枯れている。服を脱ぎ、もうパンツ一丁だ。首には濡らしたタオルを掛けている。
 対イーブル軍主要施設が、電力供給を制限された一部の公的機関だった。そのおかげでエアコンが使えず、羽月と伊吹、旭は暑さにバテていた。
「……何で、厳重警戒って言ってんのに、部活してる学生がいんだよ。Jアラート鳴っても休校になんねぇし、教師は馬鹿か……?」
 キッチンシンクに寄り掛かって脚を投げ出して座り、アイスを食べながら旭は言葉を漏らした。
 ジレベストを脱ぎ、Tシャツの袖を捲ってジーパンの裾も捲っている。
「ガキ共、守る気ねぇんだよ。判断力奪って根性論叩き込む、学校は社畜養成所だ。昔から、同調圧力に屈する教育の、洗脳機関だろっ」
 顔と首周りの汗をタオルで吹き、苛立ち露わに羽月は言い捨てた。
 苛立つ理由は暑さだけではない、学生達の置かれた環境が自分達と重なる分もある。
 三〇一隊の室内は、ドア側に伊吹と旭のデスク、窓側に羽月と那智のデスクがある。伊吹と羽月のデスク横側、上座に和左が使っていたデスクがあり、伊吹の後ろがドアだ。和佐のデスクの上には、五人が楽しそう笑っている写真が二枚、写真立てに入って飾られている。
 デスクがある部屋の続きに応接室がある。ソファーとテーブルの前には、プライバシー保護の為に、磨りガラスが設置されている。
 応接室前の壁にキッチンシンク、冷蔵庫がある。その横にあるドアの向こうは、シャワー室、トイレと洗面室になっている。
「これで、少しは涼しくなりますよ」
 唯一、バテている様子のない那智が発した。
 だが、那智も暑いのだろう。腕捲りは何時もだが、ベストは脱いでネクタイを緩めている。
 那智は、プロペラにハッカ油を塗り込んだ扇風機を、皆に当たるように付属のクリップを使って、窓の上に設置した。
「おおっ、結構効く! 汗は止まんねぇけど……」
 真っ先に伊吹が喜んだ。
「さすがッスね。気持ちいいっ!」
 旭も喜んだ。
 羽月も険しい顔が緩み、喜んでいる様だ。
 ——だが、冷気は束の間だった。
「三〇一隊。至急、司令室までお越し下さい。身嗜みを整え! 司令室までお越し下さい。繰り返す——」
 呼び出しされた。
 放送している人も暑いのだろう、口調が苛立っている。
 警察部隊では、ベストがジャケットを着用するのが規則になっている。それ以外は、常識を弁えた身嗜みと決められているだけで、頭髪等に規制はない。ないが、羽月達以外に染髪や長髪の人は滅多にいない。
「はぁー。」
 全員で落胆した。
「仕方ねぇ……。行くかっ」
 羽月が言い出したのを合図に、タオルで体を拭いて諦めながら支度する。伊吹を除いて……。
「諦めて着ろよ。適当に受け流して、さっさと戻りゃいいだろっ!」
 旭が呆れて怒った。
「やっだねぇ!」
 伊吹は頑なに拒み、腰に手を当て舌を出す。
「ママから逃げる二歳児かっ⁉︎ 暑さで、くだらねぇ話も五分持たねぇよっ。さっさと着ろっ!」
 羽月も呆れて怒っている。
 半ばキレた様子で、伊吹はパンツを脱いだ。
「これでもいいなら連れてけよっ!」
 裸でマッスルポーズを取りながら言い、伊吹は反抗を続ける。
 突然ベルが鳴り、ドアにあるディスプレイに名前と役職が表示された。
 ドアを背にしている伊吹以外は、目を見開き驚く。
 ドアに付けられた機器は、手帳を当てると自動ドアが解錠され、入室が出来るようになっている。
 横開きのドアが開き、姿を見せたのは、陸軍統帥部長及び参謀総長、有川直孝《ありかわなおたか》大将。陸軍統帥次長及び参謀次長、稲垣浩介《いながきこうすけ》中将。大本営のツートップ二人と警察部隊総司令官だ。
「お疲れ様です! 有川直孝大将閣下、稲垣浩介中将閣下——」
 声を揃えて挨拶し、羽月、那智と旭は即座に挙手の敬礼をした。……が、全裸の伊吹は尻を見せ、マッスルポーズのまま固まってしまった。
 大本営の二人も、一度も経験した事のない部下の珍事を目にし、言葉も発せず驚きに固まっている。
「……っ何してんだっ⁉︎  無礼者ー‼︎」
 総司令官の怒鳴り声がフロア中に響き渡った。
「——っすいません! 敬意を込め、ケツで詫びます」
 どうしょうもなくなり、伊吹は尻を振って戯ける。
「っ早く、着なさい……」
 何とも言えない顔で有川は命じた。
 笑うしかないという思いで、伊吹は苦笑している。
「伊吹君、早く穿いて下さい。私には前が見えているんです」
 穏和な表情のまま、那智が苦々しく促す。
 居た堪れない思いで、伊吹は服を着出した。
「大本営がお出ましとは……相手は魔界の使い魔ですか?」
 ネクタイを結びながら、羽月が問い掛ける。
「察しがいいな。そんなとこだ」
「ほぅ——。通りで、緊張してる訳だ」
 驚きはしたが羽月は物怖じせず、大本営のツートップを相手に挑発的に投げ掛けた。
 三〇一隊の四人は、ツートップと総司令官に連れられて司令室に向かう。
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