BloodyHeart

真代 衣織

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暗躍者

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「芹沢さん、ご馳走様でした」
 帰り仕度をする芹沢に、那智は丁寧に頭を下げて礼を言い、立ち上がった。
「ゴチです。あざーっした」
 旭も続いて、礼を言い軽く頭を下げた。
「ゴチです、芹沢さん。——しっほー、この後は同伴しよっ?」
 礼を言って立ち上がった伊吹は、志保を後ろから抱き締める。
「いいの? クラブだし、居心地悪くない?」
 仲良さげに伊吹の腕に触れ、目だけを向けて志保は窺う。
「全然いいよ。ちゃんとした格好してるんだし……。せっかくだし……」
 甘える様な声で言い、伊吹は抱き締めた志保を軽く揺らす。
「じゃあ、そうしよっと……」
 腕の中で、志保は嬉しそうに笑った。
「そういやぁ、取引日を知ってる暗殺者が来ると、よく予想出来たな」
 芹沢が関心を口にする。
「同じ軍人ですから。やる事は想像出来ますよ」
   表社会でも、裏社会でも軍人は殺しの道具——。そう那智は思った。
 那智に「やるな」と声を掛け、舎弟の二人と共に芹沢は個室を後にした。
 店の前に、舎弟の真が車を回して来た。
 車はフルスモークが貼られた黒いロールスロイスだ。
 腕を組んだ志保と伊吹、旭が見送りに店の前にいる。
 そして、この様子を窺っている男がいた。
 二百メートル離れたビルの空きテナントから、スナイパーライフルのスコープを覗き込んでいる。
「これで、都合良く交渉出来る」
 窓枠にセットしたオートマチック方式、スナイパーライフルの照準を芹沢に合わせた。
「ざまぁみやがれ」
 男の指が引き金に触れる。
 ——瞬間だった。
 後頭部に針が刺さる。
 脳幹という司令塔を失った身体は、糸が断たれた傀儡人形の様に崩れ、事切れた
 空きテナントの入口に、女が右手を向けて立っている。
 個室で接客していた女だ。先程と同じ格好、髪型もツインテールのままだ。
 着物の袖に隠れているが、下ろした右手首と左手首にも、暗器用武器を付けている。
 魔界製の武器、アンチブレイヴァーだ。
 この武器は、針を銃の様に乱射出来る他に、幾つかの暗器が仕込んである。
 完全な無音で火薬等は使われていない。その為、硝煙反応も出ない無臭だ。
 エレベーターを使わず、女は階段を下り裏口から外に出る。
「お疲れ様です。穂積《ほづみ》さん」
 ドアを開けると、柔らかな表情で那智が缶コーヒーを差し出してくる。
 無愛想に、穂積は缶コーヒーを奪い取った。
「取引を押さえられても、ブツはそこにはないよ。受け渡しは別の場所でやる。……アンタ達は逮捕出来ない、無駄足に終わる」
 自身の犯行を、余裕で見透かす那智が気に食わない。
 普段から余裕ぶって、こいつナメてる……。
 穂積は壁に寄り掛かり、受け取った缶コーヒーを、口には出さなかった厭悪と共に飲み込んだ。
「それ程大きく大量の品ですか……」
 柔らかな表情を崩さず、那智は口を開いた。
 ピクリと顳顬を揺らし、穂積は缶コーヒーを口から離す。
「大きな荷物を運び込んでも違和感を持たれない場所……。それなら、水商売のお店は外せます。持っている不動産の何処だと、穂積さんは思いますか?」
 温和だが、挑発としか思えない問い掛けだった。
「知っていても……教える義理はないよっ!」
 当然ある。協力関係である上に、どちらかといえば芹沢からの依頼だ。
 だが、穂積は不愉快を露骨に背を向けた。
「いいヒント、有難う御座います」
 礼を言う那智を無視し、先程の料亭に向かい、穂積は足早に去って行った。
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